入学試験① 魔法学院の入学試験
魔法界メイ・フォールドのちょうど中央に位置し、魔法界最大の国でもあるディナカレア王国は学術や魔法研究に秀でた国であった。特に首都セントレアにある『国立ディナカレア魔法学院』は、魔法界における魔法研究の中心であり、有名な魔法使いや魔法学者たちを何人も輩出している非常に名高い学校だった。この学校の入学試験は非常に難しく、ディナカレア魔法学院に入れるだけでも非常に名誉なことであった。
ちなみに『魔法学院』の生徒の男女比率は約7:3と女性が多い。これは、この学校の性質によるもので、『魔法学院』は魔法をメインに勉強し、戦闘に関しても魔法のみで行う戦闘がメインだからだ。また、治癒魔法や魔法薬学、魔法具の作成など、その後の仕事にも生かせる魔法技能も学ぶことができるというのも特徴である。
この学院を卒業した魔法使い達は、災害救援などで世界各地で活躍したり、怪我や病気の治療を行ったり、古代の魔法の研究する学者になったり、生活をよりよくするために新しい魔法や魔法具を開発する仕事についたりと、様々な分野で活躍しているのだ。
それに対して男性は、肉弾戦や実戦をメインに学ぶ『魔法騎士学校』に行くものが多い。魔法騎士学校では、剣や盾などの実際の武器を使った実技授業も多く行っている。もちろん魔法騎士学校に行く女性もいる。
実は『戦闘』とは言ったが、この魔法界『メイ・フォールド』は非常に平和である。国同士の戦争や紛争も数百年間起きていない。今、生きている魔法使いたちは全員そういった大きな戦闘を話には聞いたことがあっても経験したことがない者たちなのだ。
もちろん人間同士の共同体ゆえの多少の犯罪や事件などはあるため、それらを解決するために『騎士団』や『自警団』が存在しているのだが、今の魔法界の『戦闘』と言えば、もっぱら殺し合いではなく、競技化されたルールに則った『決闘』や『魔法競技』のことである。
そんなディナカレア魔法学院に今年も入学試験の日がやってきた。メイ・フォールド各国に住む若者たちが、自分たちの実力を示そうと意気込んでやってきているのだ。田舎からはるばるやってきて不安そうにしている若者、有名な魔法使いの子供で自信たっぷりの若者、この学校に入って自分も有名な魔法使いになってやろうと息巻いている若者など、その胸中は様々ではあるが、みな試験が始まるのを今か今かと待っていた。
「はぁ、人がいっぱいだ…やっぱり都会はすごいね…」
そんな中にあって一人だけ浮かない顔をして大きな会場の隅でため息をついている少女がいた。彼女の名前はルーシッド・リムピッド。発言からして明らかに田舎者だ。黒髪のショートヘアーに眼鏡。身長は同年代より少し低め。言われないといたことに気づかないくらい影の薄い生徒であった。
「やっぱりディナカレア魔法学院を受ける人はいっぱいいるんだね…定員割れで偶然受かる…なんてことはありそうもないね…」
『ディナカレア魔法学院は学力も重視されますし、ルーシッド様なら、大丈夫ですよ。自信を持ってください』
彼女のつぶやきを聞いて反応したものがいたが、それは人ではなかった。彼女が手に持っているものから声がしているように思えた。それはちょうど手のひらに収まるサイズの鉄製の板のようなものだった。
魔法界には魔法を発動することができる『魔法具』と呼ばれる道具が存在しているので、これも恐らくそのたぐいのものだろう。
しかし、周りを見渡してもこれと同じような魔法具を持って、それと話している人は一人もいないので、これは一般的に流通しているものではない特注品なのかも知れない。
「もう、エアリー、私のことはルーシィって呼んでっていつも言ってるでしょ。うーん…でもなぁ…そうは言ってもそもそも私魔法使いじゃないしなぁ…受かるわけないと思うんだけど…」
「お集まりの受験生の皆様、大変お待たせいたしました、これより今年度のディナカレア魔法学院入学試験を始めさせていただきます」
そのとき、学院の先生の声が会場に響き渡った。使用しているのは、声を反響させ大きくする『音の魔法』の効果を持つ魔法具である。
「まずは魔法に関するペーパーテストを受けてもらいます。担当試験官が案内しますので、各自自分の教室に入ってください」
「1番から100番の受験生はこちらでーす!」
会場の左右の扉が開き、試験官が受験番号を呼ぶと、受験生たちは試験会場へと移動していった。自分の番号が呼ばれたので、ルーシッド・リムピッドもおずおずと試験会場に向かおうとしたその時だった。
「ルーシィ!!」
ルーシッドは自分の愛称を呼ばれて、思わずびくっとして、後ろを振り返った。
「よく来たわね、ルーシィ、大丈夫?疲れてない?」
そう言ってその声の主である少女はルーシッドに走りよって強く抱きしめた。
「あー…うん、大丈夫だよ。サリー、久しぶり」
ルーシッドは少し引きつった顔でそう返した。だが、その顔はどこかうれしそうでもあった。
「ねぇ、あれって、サラ・ウィンドギャザーじゃない?」
「え…あの、『全色の魔法使い』の?」
「魔法界初のSSランクの、あのサラ様っ!?」
「じゃああの子って、知り合い?」
周囲ではみなが二人が抱き合う光景を見て、ざわついていた。
彼女の名はサラ・ウィンドギャザー。サラは、このディナカレア王国において知らないものはいないほどの有名人であった。彼女の噂は国中だけでなく、他国にも知れ渡っていた。
なぜなら、彼女はこの魔法界で初めて魔力の強さを測る魔力ランクにおいて、これまで最高ランクとされていたSランクの上『SSランク』という評価を得た魔法使いだからである。
魔法使いが持つ魔力には特定の『色』があり、その色によって使役できる妖精、使える魔法が決まってくるのだが、なんとサラは『全色』、つまりどの色でもなく、どの色にもなる魔力を持っていた。その魔力のお陰で、彼女は全ての妖精を使役でき、全ての魔法を使うことができるのだ。
それに加えてサラは、このディナカレア王国の貴族・伯爵家であり、この国でも十本の指に入るくらいのお金持ちで、数々の有名な魔法使いや賢者を輩出している名家ウィンドギャザー家の次女でもあった。
ちなみにこの国立ディナカレア魔法学院は『地位と学問は無関係。学問の前では誰もが平等』という理念を持つ中立的な学校であり、貴族だからといって優遇されたり、特別扱いをされるわけでは決してない。サラがこの魔法学院における地位を確立したのは、一重に彼女の『魔法の才能』ゆえである。
そんなサラは、ルーシッドの1年先輩で、外見はウェーブがかかった綺麗なブロンドのロングヘアーで、ルーシッドよりも頭1つ分くらい身長が高い。なので、抱きしめられたルーシッドは、ちょうど胸に顔をうずめるような形になっていた。
「私のわがままを聞いて来てくれてありがとうルーシィ。どうしてもルーシィと同じ学校に通いたかったのよ。この1年間ずっと待ってたのよ?」
「うん、それは私もそうだよ…」
「試験頑張ってね。ルーシィならきっと大丈夫」
「あー…うん、まぁ全力を尽くすよ、一応ね、やるだけのことはやるよ…でも…」
「でも?」
「ううん、何でもない…頑張るよ」
ルーシッドの言いたいことを聞かなくても理解したサラは無言で抱きしめて、頭をなでた。
サラに抱きしめられ、少し元気になったルーシッドは小さく手を振りながら急ぎ足で試験会場に向かった。サラはルーシッドの後ろ姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。
自分にとってこの世でたった一人と言ってもいい親友のサラが学校で自分が入学するのを待っている、そう思うとルーシッドの心には灯がともった。先ほどの憂鬱さは嘘のように消えていた。
「あれがサリーの幼馴染だっていう、ルーシッドなの?」
「うん、そうよ。可愛いでしょ?」
サラの後ろで待っていた女生徒に対してサラが笑顔で答える。
「なんか…思ってたより普通というか何というか…」
「そうね。ずっと田舎の私の領地で暮らしてたから、人混みでちょっと緊張してるのかも…」
「大丈夫なの?だってあの子って、その…」
その女生徒は何かを言おうとして言いよどんだ。
「そうねぇ…ねぇ、私が魔法勝負で負けるところって想像できる?」
「サリーが?いいえ、できないわ。サリーに勝てる人なんているの?」
サラの強さを身をもって知っているその女生徒は首を横に振った。
「…私ね、ルーシィに魔法勝負で勝てたことが一度もないのよ」
「えっ…サリーが?一度も?」
「そうよ?ルーシィに魔法攻撃を当てれたことが一度もない。いえ、違うわね。魔法を発動させることができている時点でルーシィは手加減してくれてるわね。ルーシィがその気になれば、私は魔法を発動することすらできずに、ルーシィに攻撃されて勝負は一瞬で終わるでしょうね。それはもはや勝負にすらならない、ルーシィの一方的な蹂躙になるでしょうね」
そんなルーシィの圧倒的な強さを想像するだけで、サラは身震いして、顔が熱くなるのを感じた。それは勝てない『悔しさ』とは違う。自分が絶対かなわない圧倒的な強者を前にした時の崇敬の念にも似た『興奮』だった。
「私は絶対にルーシィには勝てない、今後どんなに努力しても絶対に、もうそれはわかっている。だから私は決めたの。私は、世界で二番目でいい、せめてルーシィの次に強い魔法使いになろうって」
そう言ったサラは笑顔だった。そんなサラの言葉を聞いてサラに話しかけた女生徒は絶句するのだった。
「はぁ…」
自分が陰でそんなことを言われているとも知らずにルーシィは机に向かい、ペンを走らせていた。ディナカレア魔法学院は魔法実技と同様に学問も重要視されていた。魔法の知識や理論に関する問題、魔法の歴史に関する問題などだけでなく、数学や言語学に関する問題も出題されていた。魔法実技に特化している受験生たちの多くは頭を悩ませているようだった。実技に特化した生徒たちの中には、魔法を感覚だけで使ってしまい、知識や理論をあまり考えていない生徒たちも多いのだ。
ルーシッドは小さい頃に自分の魔力が他の人と違うということに気づいた。他の人が普通にできる魔法が、自分には全く使えなかったのだ。それは彼女が他の人にできることができないというだけで、彼女が無能であるというわけではないのだが、そのせいでルーシッドは小さい頃からずっと「落ちこぼれ」のレッテルを貼られてきた。彼女は少しでもその差を埋めようと一生懸命に勉学に励んだ。そのかいもあって、彼女は魔法に関係する知識や理論なら誰にも負けないという自信があった。結局のところ、どんなに頭が良くなっても、魔法は使えないということに変わりはなく、一般的な点で「落ちこぼれ」であるという事実は変えられなかったのだが。
だから彼女のため息は難しくてお手上げだというため息ではなかった。こんな簡単でつまらない問題を解かなければいけないのかという失望のため息だった。かの有名なディナカレア魔法学院の入学試験の問題もこんなものか…そう思ってしまったのだ。
―まぁ、最後の問題だけはちょっとした時間潰しにはなったかな。後でサラで試してみよっと
テスト時間を大幅にあまらせてペンを置いたルーシッドは窓の外を見た。サラは今頃どうしてるかな、と思いをはせた。
そう、サラだけは自分を認めてくれた。最初こそ他の人と同様自分を見下し、ずいぶんと酷いことを言ってきたり、いじめたりもしてきたが、私が陰で積み重ねてきた努力について知った時、酷い態度をとってしまったことを許してほしいと、泣いて何度も何度も謝ってくれたのだ。その時のことは今でも覚えている。
それまでは、実の両親からも魔法が使えないせいで、親族の面汚しだと言われ、酷い扱いを受け、それこそ召使い同然の扱いを受けてきたが、それ以降は、ウィンドギャザー家にお世話になることができた。
ウィンドギャザー家の人たちも本当に良い人たちで、実の子供、実の妹のように優しくしてくれている。それもこれも全て、サラがウィンドギャザー家に私の事を説明してくれたお陰だ。
なので、サラとは世界でたった一人のかけがえのない親友であり、命の恩人だ。だからサラを悲しませるようなことだけはしたくない、二度とサラを泣かせるようなことはしたくない、そう思うのだった。
ペーパーテストが終わり、受験生たちは次の試験に備えて控室で待機していた。ペーパーテストが思うように解けず、少し落ち込んでいる受験生や、次の実技で挽回してやると自分を奮い立たせている受験生など、みなそれぞれの心情で待っていた。
そんな中で一人隅の席で、うつむいてなるべく目立たないように座っているルーシッドがいた。先ほどサラとのやり取りを目撃されたこともあり、少し悪目立ちしてしまったので、なるべく静かにしていようと思ったのだ。ルーシッドは昔から友達もいなく、家にこもって勉強していることが多かったので、あまり目立つのが好きではなかった。
「あなた…確かルーシッドと言ったかしら?」
突然声をかけられて、びくっとして見上げると、そこには一人の女生徒が腕組みをし立っていた。10人に聞いたら10人が美人と答えるであろう整った顔立ちにほっそりとしたモデル体型。そしてなりより、綺麗な赤毛のツインテールが印象的であった。しかし、目つきはきつく、自分の魔法力に対して絶対の自信を持っている、そんな印象を与えた。
「えっと…そうですが…何か?」
「あなた、サラ・ウィンドギャザーとはどういう関係?」
「あー…まぁ、古い友人…ですかね?」
「ふぅん…じゃああなたもかなりの実力者ってわけ?」
「いやぁ…どうでしょう…そういうわけでも…」
「はっきりしないわね…まぁいいわ、私はルビア・スカーレット、今回の入学者で主席になるのは私よ、あなたには負けないわ」
「あー…いや私は主席とかそんなの全然無理なので、どうぞ頑張ってください」
「何よ、張り合いがないわね!」
ルーシッドが気のない返事をしたので、ルビアは踵を返して自分の席に戻っていった。
ルビアが突っかかってきてくれたおかげで、その後には誰も話しかけてこなかった。なので、ルーシッドはルビアに心の中で少しだけ感謝したのだった。
「受験生のみなさん、お待たせしました。それでは次は魔力検査を行いますので、ついてきてください」
魔力検査と聞いて、ルーシッドはごくりと唾を飲み込んだ。いよいよである。自分の魔力の秘密についてみなが知ることとなる。この検査結果の判断次第では、自分はその時点でこの学院に入ることすらできないかも知れない。さて、どうしたものか。自分を期待して待ってくれているサラのことを考えると息苦しくなった。