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訛りがエグい田舎娘に扮した子爵令嬢のわたしが、可愛がった子犬に何故か求婚される話を聞きたいですか?  作者: バナナマヨネーズ


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第四章 恋に落ちた子犬王子(3)

 ヴェルファイアは、アルシオーネがショックを受けそうな内容を端折ったり濁したりしながらこれまでの経緯を説明したのだった。

 話を聞いたアルシオーネは、呆然としながらも開口一番にこう言ったのだ。

 

「他にも苦しんでいる人がいるのなら、わたし、薬を作らないと……」


 誰かのためにと行動するアルシオーネの優しさにヴェルファイアは、目を丸くした後にこみ上げる愛おしい思いを止めることができずにいた。

 

「ああ、僕のアルシオーネは、やっぱり優しくて可愛くて最高だね」


 そういって、緩く抱きしめていたのだ。抱きしめられたアルシオーネは、驚きつつもなんとなく心地のいい腕の中に大人しく納まっていた。

 

 そんなほんわかとした空気を醸し出す二人に声をかけたのは、スターレットだった。

 彼は、微笑まし気にしながらもズバリと言ったのだ。

 

「うんうん。仲良きことは良きかな? でも、アルシオーネ嬢、ヴェルファイアは、俺の大切な弟だからね? ちょっと近すぎやしないかな?」


 嫉妬を滲ませたかのようなスターレットの言葉に、ハッとしたアルシオーネは、ヴェルファイアから身を離そうとしたがそれは許されなかった。

 ヴェルファイアは、アルシオーネが痛くない程度にだが、さらに力を込めてそのか細い体を腕の中に閉じ込めたのだ。

 

「兄上、今までのことは感謝しています。しかし、僕はアルシオーネ一筋。この腕に抱きしめるのはアルシオーネだけ。僕が愛を囁くのもアルシオーネだけ。傍に居たいのも居て欲しいのもアルシオーネだけ」


 恥じらうこともなくそう断言するヴェルファイアに向かって、一度目を丸くさせたスターレットは、やれやれといった様子で返した。

 

「はぁ。愛する弟が……。いや、それもいいか。俺も弟離れの時が来たのかな?」


 こんなことを言ったスターレットだったが、実際に弟離れができたのはだいぶ後のことだった。

 

 なんとなく、その場が纏まったかのように思われたその時だった。

 ヴェルファイアの腕の中のアルシオーネが恐る恐る問いかけたのだ。

 

「あの……。わたし、家に帰らないと……」


 いい感じにすべてが丸く収まりそうだった中でのアルシオーネの発言にヴェルファイアがムッとするのは仕方なかったが、ヴェルファイアの取った手段はアルシオーネにとんでもない衝撃を与えることとなった。

 アルシオーネの無自覚なひどい仕打ちにヴェルファイアは、その細い体をぎゅっと抱きしめてから子犬のヴェルを思わせるような潤んだ瞳で見つめてこう言ったのだ。

 

「僕のアルシオーネは、ひどいひとだね。僕の体を毎日好き勝手したのに、僕を捨てるの? ひどいよ……。僕、もうお婿に行けない……」


 ウルウルとさせた真紅の瞳に見つめられたアルシオーネは、飛び上がることとなった。

 

「ふえ? えーーー。ち、違います! 誤解です! だって、あの時は子犬だとばかり……」


 慌てふためくアルシオーネを逃がさないとばかりにヴェルファイアは、畳みかける。

 

「だとしてもだよ。僕は、毎日全身を君の手でくまなく触れられたよ。こことか、こことか、ここもね」


 そういって、アルシオーネの手を引いて自身の顔や体を触れさせる。

 そして、最後には視線でとある場所を示した。

 ヴェルファイアの視線に導かれて、とある場所を見たアルシオーネは、全身を真っ赤にさせて悲鳴を上げることになる。

 しかし、アルシオーネを逃がすつもりなど全くないヴェルファイアは、芝居がかった様子で悲し気に続けた。

 

「アルシオーネのえっち。僕を好き勝手した責任、取ってくれるよね?」


 そう言って、「違うんです!」と慌てふためくアルシオーネの柔らかく滑らかな頬にキスをしたのだ。

 これには、免疫の全くないアルシオーネが限界を超えてしまい、再び意識を遠のかせることとなった。

 

 そんな二人のやり取りを見ていたスターレットは、弟の隠された鬼畜な本性を垣間見て多少頬を引きつらせていたが、それは短い間だった。

 愛する弟の新たな一面をすぐに受け入れて、さらに弟愛が深まったのだった。

 

 そして、そんな鬼畜な一面を見せたヴェルファイアは、くったりと気を失ったアルシオーネを抱きしめて、獲物を狙うオオカミのような表情で甘く囁いていた。

 

「好きだよ。僕のアルシオーネ。もう、逃がしてなんてあげないからね。ふふ」



 その後、アルシオーネがどうなったのかというと、ヴェルファイアからの人目をはばからない愛のささやきに耐えかねて、自領に逃走ていた。

 しかし、それもヴェルファイアの手の上だった。

 密かに手を回して、アルシオーネの父親であるトライベッカ子爵にあることを申し入れていたのだ。

 断ることのできなかったトライベッカ子爵は、困惑しつつもそれを受け入れていた。

 

 アルシオーネは、ヴェルファイアとその騎士たちに護衛されていることも知らずに、トライベッカ領に戻った時、その変わりように隣の領地に間違ってきたのかと何度も御者に訪ねたのだった。

 

 農業しかないような土地だったはずのトライベッカ領は、魔改革されていたのだ。

 道は整備されて、街並みは整えられていた。

 街は活気にあふれ、若者が少なかった村々にも働き盛りの若者が多く移り住んでいたのだ。

 そして、修繕が追い付いていなかったトライベッカ子爵家は、見違えるほどだった。

 屋敷の修繕は完璧で、畑と化していた庭園も整えられていたのだ。

 

 そんな変わりように驚き、屋敷の前で立ち尽くすアルシオーネの背後からヴェルファイアが、そっと声をかけた。

 

「どうだい? 気に入ってくれたかな? 気に入らないところがあったら言ってね。すぐに直すから」


 ヴェルファイアから逃げ切ったと思っていたアルシオーネは、その声に飛び上がって背後を振り返っていた。

 何しろ、今までヴェルファイアに自身の出自を語ったことがないのにここにいるとは思ってもいなかったのだから。

 そんなアルシオーネににっこりとほほ笑んだヴェルファイアは、実にあっさりと明かした。

 

「アルシオーネのことなら調べないわけがないじゃないか。アルシオーネがトライベッカ領を大切に思っていることも分かったからね。私財をつぎ込んでいろいろ整備させてもらったよ。これから、二人でさらにここを繁栄させていこうね」


 ヴェルファイアの言葉が全く理解できないアルシオーネは、口をぱくぱくとさせるだけで、何も口にすることができないでいた。

 そんなアルシオーネに甘い砂糖菓子のような微笑みを浮かべたヴェルファイアは、向き合うような態勢でこう言った。

 

「改めて言うよ。アルシオーネ。僕は君を愛しているんだ。少しずつでいいから僕のこと好きになってほしい。それで、アルシオーネが許してくれるなら、僕と結婚してほしい。もし、僕のこと男として見られないというなら…………、あき……、らめられないから、もっと努力する!」


 そんなとんでもない発言に、アルシオーネの鼓動はドキドキと音を立てた。

 アルシオーネは、そのドキドキをヴェルファイアのとんでもない発言にお驚いただけだと自分に言い聞かせていたが、その表情はとても可愛らしい笑みを浮かべていたのだった。

 

 

 その後、ヴェルファイアの人目もはばからない溺愛っぷりにトライベッカ子爵が根を上げることとなった。

 娘の鈍感っぷりに驚きつつも、ヴェルファイアに味方するようになったのだ。

 どう見ても、ヴェルファイアを好きだろうアルシオーネの言動を本人だけが気が付いていない状況にヴェルファイアを不憫に思ったとも言えるが。

 

 

 

 田舎の何もない領地だったトライベッカ領は、瞬く間に発展していった。

 ただし、それまでの牧歌的でのんびりとした領民の気質は変わらず、繁栄している領地にしては珍しい、人々の優しさとゆったりとした気分が味わえる、観光地として国中で注目されるようになっていったのだ。

 

 そんなトライベッカ領の新領主は、元王族の入り婿だった。

 妻を第一に考え、愛する妻のために、妻が愛するトライベッカ領を繫栄させたのだ。

 そのため、いつの間にか恋愛の聖地として人気の観光地になっていったのだった。

 オシドリ夫婦の仲にあやかりたいと言う人々が挙って観光に来ることで、領地はますます栄えて行ったのだ。

 

 

 ただし、その二人がどうやって出会ったのか知る者は極めて少なかった。

 片や第二王子、片や貧乏領地の令嬢だ。

 どこで出会い、そのようにして恋に落ちたのかと、人々はその恋の物語を想像しては、きっと夢のような素敵な出会いがあったのだろうと溜息を吐くのだった。



『訛りがエグい田舎娘に扮した子爵令嬢のわたしが、可愛がった子犬に何故か求婚される話を聞きたいですか?』 おわり



最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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