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訛りがエグい田舎娘に扮した子爵令嬢のわたしが、可愛がった子犬に何故か求婚される話を聞きたいですか?  作者: バナナマヨネーズ


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第三章 運命は動き出す(5)

 非常識にも扉をぶち破って登場したスターレットに対して、すぐに我に返っていたホークァンが突っ込みを入れていた。

 

「で……、殿下!? って、人様の家の扉を壊すなど……。いやいや、そうではなくな。何故王太子殿下がここに?」


 驚くホークァンに向かって、豪快に笑って答えたスターレット。

 

「ははは! 俺の愛してやまないヴェルファイアを迎えに来ただけだ! ふっ、扉の修繕はきちんと行うから安心してくれ。さぁ、ヴェル。帰ろうか」


 そういって、それとなく気品を感じるもののどこか豪快な仕草でスターレットは、ヴェルに向かって両手を広げて満面の笑みを浮かべたのだ。

 しかし、ヴェルに至ってはどう見てもドン引きしている表情で小さく唸り声をあげるばかりだった。

 そんなヴェルに向かって、何も気にした風もなくスターレットは、白い歯を見せて笑うだけだった。

 

「ほら、ヴェル。アレが手に入ったから、何も憂うことはないぞ? さぁ、俺の胸に飛び込んでおいで!」


 スターレットの言葉を聞いたヴェルは、やれやれといった様子でとことこと歩き出していた。

 それを見たアルシオーネは、スターレットの嫌になるほどの異常なテンションに引き気味だったが、はっと我に返ったのだ。

 そして、思わず手を伸ばしていた。

 

「ルーちゃん!」


 アルシオーネの悲し気な呼びかけに、ヴェルは立ち止まり振り向いたのは一瞬だった。

 尻尾を垂らして、肩を落とすようにしてスターレットの元に歩いて行ってしまったのだ。

 もともと、ヴェルは、スターレットから預かっただけ。そう自分に言い聞かせながら、ぐっと眉を寄せて別れの言葉を口にするアルシオーネ。

 

「ルーちゃん……。よかったね。おうちに帰れるって……。さ…さよなら……。ルーちゃん」


 苦し気なアルシオーネの声を聴いたヴェルは、堪らないとばかりに振り向き、全力で駆け出していた。

 そして、アルシオーネのスカートに縋りつくようにして数度「わんわん」と吠えたのだ。

 別れを惜しむかのような、それにしては情熱的なヴェルの鳴き声にアルシオーネが膝をついて小さな体を抱き上げる。

 抱き上げられたヴェルは、何度もアルシオーネの頬を口の端を舐めた。

 ヴェルからの好意をひしひしと感じ、アルシオーネは柔らかい笑みを浮かべた。それは、田舎娘の姿であってもとても美しいものに見えたのだ。

 

 その場にいたスターレットとホークァンは、野暮ったいはずの田舎娘がとても愛らしい姿に見えることに何度も瞬きをすることとなった。

 

 

 ひとしきり別れを惜しんだアルシオーネは、そっとヴェルを床に降ろしていた。床に降りたヴェルは、何度も振り返りながらもアルシオーネの元を離れて行ったのだ。

 スターレットは、アルシオーネに今までのお礼と多くの謝礼を残して屋敷を後のした。

 

 それまで、無言でいたホークァンは、いろいろと察した様子でアルシオーネに別れの言葉を残して花街に戻っていった。

 

 一人残されたアルシオーネは、ぽっかりと胸に穴が開いたかのような喪失感を感じつつも、ここにいる意味がもうないことを理解したのだった。

 

 

 そして、王都で出会った人たちに一通り別れの挨拶を済ませたアルシオーネは、自領に向けて旅立つため、馬車乗り場に向かっていた。

 

 王都で稼いだものとホークァンから渡された借金の過剰支払い分の金は、ギルドマスターの好意で領地に届けてもらっていたため、アルシオーネは、来た時と同様に必要最低限の荷物だけ持って領地方面行の馬車を探していた。

 

 いくつかの馬車を見た後、乗り心地や金額が合った馬車に乗り込もうとした時だった。

 

「アルシオーネ!! 待ってくれ!!」


 良く通る声がアルシオーネを引き留めたのだ。

 聞き覚えのないが、必死な様子の声にアルシオーネは馬車に乗ろうとしていた動きを止めていた。

 そして、声のほうに視線を向けると、見たことのない見目麗しい青年が駆け寄ってくるのが目に入ったのだ。

 

 初めて見るその人は、美しく輝くミルクティー色の髪とルビーのような紅い瞳が印象的な人だった。

 すらりと伸びた手足と均等の取れた美しい体つきは、優雅さを感じさせた。

 

 思わす視線が吸い寄せられたアルシオーネは、美しい紅い瞳と視線が絡んだ。

 瞳をそらすことができず、見つめあっていると、青年はアルシオーネの小さな手をそっと握った。

 

「アルシオーネ。僕のアルシオーネ。好きだ。ああ、やっとこの思いを伝えられる。好きだアルシオーネ。僕と結婚してくれ」


 突然、見知らぬ相手からのプロポーズの言葉に驚く余裕などアルシオーネにはなかった。

 なぜなら、その熱烈なプロポーズをした青年は、なんとアルシオーネの指先に口づけをしたのだ。

 今まで、そんなことをされたことのないアルシオーネは、あたふたとすることしかできなかった。

 そんなアルシオーネに向かって、くすりと小さな笑みを見せた青年は、とうとう片膝をついてしまっていた。

 

「僕のアルシオーネ。好きだ。愛してる」


 熱烈な告白に真っ赤になりつつもどうしていいのかわからないでいるアルシオーネに助け舟を出した者がいた。

 それは、いつの間にか青年の背後に立っていたスターレットだった。ただし、その表情は笑いをこらえるのに必至といった状態だったが。

 

「ヴェルファイア。お前というやつは。本当に可愛いなぁ。でも、アルシオーネ嬢が困っているぞ?」


 スターレットの笑いを堪えるような声音を聞いた青年は、表情をハッとさせた後に慌てて立ち上がっていた。

 

 そして、柔らかい笑顔でとんでもないことを言い出したのだ。

 

「アルシオーネ、ごめんね? 僕の名前は、ヴェルファイア・キャバリエ。訳あって、先日まで君と暮らしていたヴェルだよ」


 ヴェルファイアと名乗った美青年の表情に何故か愛らしい子犬のヴェルが重なって見えたアルシオーネは、気が遠くなる気がした。

 しかし、アルシオーネが倒れてしまう前にヴェルファイアがふわりと抱きとめたが、すでにその時にはアルシオーネは意識を失った後だった。



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