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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第6章 魔法を喰らう獣

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72/73

6ー13.魔法仕掛けの月

・2/27 一部修正

 キィーーン。


 金属音と共に閃光が走った。

 少女が振るった巨大な剣は岩場にでも当たったのだろうか、少女の痺れる手から滑り落ち、地上の闇へと消えていった。

 足元に広がる闇の一部が急激に盛り上がり少女を狙う。少女を背に乗せた獅子栗鼠が、宙に浮かぶ魔法陣を足場にして黒霧の魔手をぎりぎりで躱す。


 太陽はほぼ沈み、空は一部に濃い紫色を残して濃紺に塗り潰されていた。二つ目の月は薄ぼんやりと光を放つが、黒霧を露わにするには光量が足りず、もう一つの月、本来の月は空を覆う黒い雲で遮られ、地上まで光を届けられずにいる。もしかしたら、あれは雲ではなく、黒霧の一部なのかもしれない。

 暗闇は厄介だ。黒霧は闇に紛れ、襲い掛かる。

 眼下の闇が僅かに揺らぎ、咄嗟に身構えるが、闇の中から浮かび上がったのは、先程落とした巨大な剣だった。淡い光に包まれた大剣は、少女の傍らで浮遊する。


「セレン?」

『ホントにアンタってば、私がいなきゃ駄目なんだから』


 少女の内にもう一人の少女の声が響く。


「ありがとう」


 少女は再び大剣を握った。少女の長い黒髪はぐちゃぐちゃに絡まり、女伯爵のお下がりの服は泥や血で汚れ、あちこちが破れて酷い有様だった。


「雷刃っ!」


 背後から少女に迫り来る黒霧をアンバーが魔法を帯びた剣で払う。アンバーも少女と同様に汚れ、傷ついている。剣を握る手はジンジンと痺れ、既に握力は殆ど無い。魔獣である獅子栗鼠だって同じだろう。

 どんなに黒霧を払おうとも、全体から見ればほんの僅かな量である。海の水をバケツで汲み出すようなものだ。魔王本体には何の影響も無い。

 少女も、アンバーも、獅子栗鼠も限界が近い。


「はぁっ!」

「くそっ、未だなのかっ!」

「ガァーッ!」


 少女の魔法が、アンバーの剣が、獅子栗鼠の爪が黒霧を切り裂く。後には激しい息づかいだけが残る。もう機械的に腕を動かしているような状態だ。


 ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ。


 風切り音に続きパッ、パッ、パッと三つの光が放たれる。閃光弾だ。


「合図だ!」


 閃光弾は門の側で打ち上げられている筈である。アンバーは門の位置と思しき所を見た。地図上で門の位置は確認していたものの、一瞬の光と共に足下に浮かび上がった森は、また一瞬にして更に深い闇に塗り潰され、肝心の門の場所は視認できない。


「アンバーっ!」


 少女が獅子栗鼠の背から呼び掛け、アンバーは少女の後ろに飛び乗った。

 その寸暇にも黒霧は襲いかかる。黒い霧との争いで目まぐるしく位置を変え、己がどちらの方向を向いているのか一瞬見失う。


「くそっ! どこだ」


 門の位置が分からない。兎に角、当たりを付けて行くしか無いか。


「見て、あそこ!」


 少女が指差した森の一画が淡い光でキラキラと輝いている。目を凝らすと、その光の背後に切り立った白い岩肌が見えたような気がした。


『門は張り出した崖の下に隠される様に存在する』


 王弟の言葉が脳裏に蘇る。―――目印だ!


「あそこだ!」


 アンバーの指さす方へ獅子栗鼠は跳躍し、少女が歌う様に呪文を唱える。


「lal#alala&la……Luna’s%… in her$ heaven,$$……all’s **right ……with@ the ##¥¥world!」


 次々と宙に魔法陣が描かれ、獅子栗鼠がその上を駆けて行く。その後を大蛇と化した黒霧が追い、獅子栗鼠の尻尾が食いつかれそうになる度、アンバーが魔法で払う。

 黒霧に追い付かれてはならない。しかし、離れ過ぎてもいけない。

 黒霧を誘導し、共に門を潜る必要があるのだ。


 獅子栗鼠は魔法陣の上を飛ぶように駆け抜け、キラキラと輝く一画に辿り着くと、崖が眼前に迫った瞬間急降下する。ふわりと身体が浮く感覚―――その一瞬、アンバーは崖の上にいくつか見知った顔を見つけた。親指を立てた人物がニヤリと笑う。彼らが何らかの手助けをしてくれたのだろう。


 ザザザザザーッ!


 獅子栗鼠が樹冠を破り、少女とアンバーは頭を低くしてその背にしがみ付く。枝から枝へと飛び移り、地面を蹴り、獅子栗鼠は木々の合間を突き進む。

 急に視界が開けた。

 崖を背にして樹木に飲み込まれる様に巨大な石の門が、篝火に浮かび上がる。


「あそこだ!」


 アンバーが指差す。

 門の隅では皿状の台座を取り囲み兵士達が屯ろしていた。台座の上には球状に固められた屑結晶が載せられている。


「今だ!魔力を注げ!」


 兵士達が台座に載せられた屑結晶の塊に一斉に魔力を注ぐ。門扉の表面に巨大な魔法陣が浮かび上がり明滅し、門扉の表面の一部の空間がグニャリと歪んでは石の壁に戻り、再び空間が歪んでは元に戻ることを何度も不安定に繰り返す。幾人もの兵士が扉を開こうと必死で魔力を注ぎ込んでいるが、明らかに魔力不足だ。

 獅子栗鼠が黒い大蛇を引き連れて門へと迫る。このまま転移魔法が発動されなければ、石の壁に衝突してしまうだろう。


「私が門を開く」


 少女が大剣を強く握ると、最後の力を振り絞りなけなしの魔力をその鋒に集める。


「扉よ、開いて!」


 大剣の鋒から放たれた魔力が台座に置かれた屑結晶の塊へと迸る。屑結晶の塊の隙間から光が溢れ、今にも崩壊しそうだ。


「頼む、保ってくれ! すこしの間で良いんだ」


 門扉の表面に黄金色の転移の魔法陣が現れ、その中央から空間の歪みが徐々に広がり、魔法陣を覆い隠す。


「シシィ、あの中へ!」


 少女とアンバーを乗せた獅子栗鼠は空間の歪みに躊躇無く飛び込んだ。直ぐさま黒い大蛇がその後に続く。大蛇によって木々がなぎ倒され、吹き飛んだ樹木に兵士達が逃げ惑う。黒い大蛇の大部分が門を通り抜けた瞬間、台座の屑結晶の塊は玻璃となって四方へ飛び散り、扉は閉ざされた。

 そして―――、辺りは闇に包まれた。



     ***



 闇の中に仄かに灯りが点った。

 巨大な門扉の表面が歪み空間を裂いて、少女とアンバーを背に乗せた獅子栗鼠が転がるように飛び出す。一拍の後、黒い霧の塊が空間をこじ開け、溢れ出した。


「そのまま駆け抜けろ!」


 アンバーの指示に従い獅子栗鼠は直様体勢を整え、床を強く蹴る。


「雷撃!」「風刃っ」


 二人の放つ魔法が大蛇の姿に凝集した黒霧の頭部を吹き飛ばし、暫し足止めする。


「ここが月?」


 目の前に広がるのは、果ての見えない殺風景な空間だった。辺りは薄暗い。錆びた鉄の塊らしきものが幾つも連なって蹲り朽ちている。獅子栗鼠はそれを足蹴にして進む。


「あ、あそこに……あれは、木?」


 少女の指さす方向が薄ぼんやりと輝き、根が絡まったような樹木らしき姿が見える。


「いや、違うな……」


 目を凝らすと、それが樹木でないことが見て取れた。木の根に見えたものは大小無数の人工的な管だ。その管が天井と床を結んでいる。


「兎に角、あそこへ」


 直ぐに黒霧は追ってくるだろう。猶予は無い。

 獅子栗鼠は駆ける。

 近づくに連れ、それが管を束ねた巨大な柱であることが分かる。管と管の隙間からオレンジ色の光が脈打つ。多分、月の心臓部、魔力燃料炉と繋がっているのだろう。


 二つ目の月とは、球を水平に半分に切った下半分を球状の透明な障壁で覆った様な物体である。半球は幾層にもなっており、一番上、表層には王の居城である月宮や、司祭や巫女達が生活する修道院、商店など建物が建ち並び、所謂街を形成している。中央には祈りを捧げる聖堂があり、その直下に月の心臓部である巨大な魔力溜まり、魔力燃料炉が存在する。聖堂は言うなれば、燃料投入口のようなものだ。

 王家の者でも第三の門が存在する下層に立ち入ることは希であり、それよりも深い層はほぼ未知の空間だ。多分、最下層は月を浮かべるための機械仕掛けがあるのだろう。


 視界の管の柱は徐々に大きくなるものの、なかなか辿り着けない。


「かなりデカいな……」


 アンバーの呟きが終わらぬうち……


 ドオオオォーーン!


 鉄屑が次々と跳ね上がる。

 黒霧の大蛇が鎌首を擡げ天井をぶち破り、破片が降り注ぐ。人間には遥かに高い天井も大蛇には低すぎるのだろう。再び凝集した大蛇が迫る。獅子栗鼠は間一髪避けた。


 ドォオオオーーン!


 大蛇が鉄屑を薙ぎ払う。

 天井にはぽっかりと穴が空いていた。


「あそこから上へ!」


 獅子栗鼠が朽ちた鉄の塊を足場に上層へと飛び移る。大蛇が獅子栗鼠の足を飲み込もうと口を開ける。


「炎っ!」


 少女の放った炎の球が大蛇を散らし、穴に吸い込まれていく。


 ドオォォーーン! ドォン! ドォン!


 穴から炎の柱が上がり、下層から連鎖的に爆発音が響く。


「火の魔法はダメだ」


 果たして月に影響はないのか?

 しかし、今はそれを考えている暇はない。直ぐに黒霧が追ってくるだろう。


「中心へ向う。そこに月の心臓部があるはずだ」


 上層も果ての見えない空間だった。下層との違いといえば、足下に朽ちた鉄屑が無いことと、中心に浮かぶ円環に囲まれた黒い球体の存在だ。球体の上部と下部、そして中央部分を円環が取り巻き、まるで三つの輪がある惑星ようだ。球体の内でチロチロと黒い炎が揺れる。


「あれが月の心臓、魔力燃料炉か……?」


 アンバーは既視感を覚えた。あれに酷く似たものを見たことがある。


「魔王の……ゆりかご?」


 考える間もなく、背後に黒い大蛇が迫っている。


「シシィ……頑張って」


 少女が獅子栗鼠に声を掛ける。獅子栗鼠も疾うに限界なのだ。


「おーい!こっちだ! この球体に魔力を注げ!」


 誰かの声が風魔法に乗って届く。球体の側には白っぽい服装のいくつもの人影が両腕を大きく振っている。多分司祭達だろう。


「シシィ、上の輪に乗れ! 球体には絶対に触れるな」


 獅子栗鼠が球体に向かって駆け、目前に黒い炎を閉じ込めた巨大な球体が迫る。


 ――『決して月の心臓部に触れてはいけない。あれは全てを呑み込んでしまうからね』


 王弟の言葉がアンバーの脳裏に蘇る。


「結局、月も“魔王のゆりかご”も同じじゃ無いか!」


 違いと言えば、“魔王のゆりかご”は互いに喰らい合い最後に魔王を生み出すのに対し、月は全てを喰らい尽くし何も残らない―――否、本当にそうだろうか。

 本当は何も変わらないのかも知れない。全てを喰らい尽くし、最後に残るは月だ。月こそが魔王なのかも知れない。そう思うと月そのものが不気味な生き物に思えてくる。


 獅子栗鼠は全速力で球体に突進し、衝突寸前に球体上部の円環に飛び乗る。獅子栗鼠の背後に迫っていた黒い大蛇はそのまま球体に衝突し、霧散した。

 その瞬間、取り囲む人々の口から呪文が紡がれる。この更に上、表層では巫女達が祈りを捧げている筈だ。

 アンバー達の足下で大蛇は最期を迎えるかの如くのたうち、崩れるように黒い球体に吸い込まれていく。形を失った黒い靄は最期の足掻きとばかり鞭のような触手を伸ばし、少女の足に絡みつくと、獅子栗鼠の背から引き摺り落とした。

 少女の手から大剣が弾き飛ばされ、ズシンと音を立て床に沈む。

 それから、少女の身体は黒い炎が躍る球体へと―――


「させるかっ!」


アンバーの伸ばした手が少女の手首をガッチリと掴む。黒い球体に触れたら終わりだ。


「ぐっ」


 黒い靄は少女を引き摺り込まんと執拗に触手を伸ばし、少女の身体は徐々に球体へと引き寄せられる。繋いだ手が少しづつずれていき、少女の全身が悲鳴を上げる。


『………………もぅ…………よ』


少女の内で微かな声がした。


『……器の中の魔物はね、最後の一匹になるまで喰らい合うんだよ。そして、最後に器を壊しにくる。だからね、…………もういいよ』


 それは彼女が生まれてから―――否、生まれる前からずっと聞いて来た馴染み深い声だ。


『私は器だから、……アレとはもう切り離せられない。でも、アンタは違う…………』

「セレンっ!」


 少女はその声の主が何をしようとしているのか悟った。床に転がっていた大剣が命を得たように独りでに浮かび上がり、少女の身体を―――


「!」


 ―――突き刺した。


 大剣は少女の身体を通り抜け、何事も無かった様に重力に従い下へと落ちていく。黒い触手が少女の脚からボロボロと剥がれ、それから―――黒い球体に落ちていく少女の幻を見たように思う。


「嫌だっ! 行かないで! セレンーーーっ!」


 詠唱の声が少女の絶叫をかき消し、球体の中の黒い炎が激しく燃え上がると、少女の幻影を飲み込んでいった。








                                『………………バイバイ……』







二つ目の月がゆっくりと天高く昇って行く―――






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