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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第6章 魔法を喰らう獣

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6ー12.月に吼える 2

 空は西から橙、紫、青藍へと徐々に変化し、濃紺に塗り潰された東側には本物の月が玲瓏たる姿を現していた。


「くそっ、不味いな。もう日没か……あの黒い靄が闇に紛れると厄介だ。こりゃあ、時間との戦いだな」

「既に時間との勝負には負けているように思いますけどね」


 森の中は疾うに闇に侵食されており、樹木や下草の陰に何が隠れているのか夜目の利く者にも判別は困難であろう。アウイン小隊長とノゼアン副長は樹冠が途切れた場所で空を見上げ、言葉を交わした。その肩には、屑鉱石が詰め込まれた麻袋を担いでおり、踏み出す度ゴツゴツと袋の中で音を立てる。アウインの隊には、屑鉱石を禁域の門まで運搬する任務が与えられており、同様の任務を割り振られた王都師団の他部隊と共に目下行軍中であった。

 カンテラの灯りが遙か目的地へ向け点々と続く。

 森の中とあって台車は使用できないため、猫車(一輪車)が掻き集められたが、隊員全員に支給されるにはほど遠く、多くの兵士は自力で担いでの移動となった。中には、魔法を用いて運ぶ者も―――ここにいた。


「カルシラ、ズルい!」

「ズルくない。これも個々の能力だからね」


 カルシラが屑鉱石の詰め込まれた頭陀袋を宙に浮かせ、もたれ掛かる様に歩いているのに気付いたラズがぶうたれた。


「じゃあ、俺のも魔法で浮かせてくれよ」


 チラリとラズを見るとカルシラは面倒臭そうに言った。


「あー、魔力不足」

「ケチ!」


 行軍を続けるうち、前方がザワザワと騒がしくなった。いくつかのカンテラが激しく揺れ、野太い悲鳴が上がる。どうやら闇に紛れ、黒霧が襲ってきたようだ。


「はぐれの黒いヤツか? アレに意思があるのか?」

「さあ、どうでしょう? 生物を無作為に襲ってる様にも思えますが……どちらにしろ、闇の中で実体を伴わないものを相手にするのは面倒ですね」


 黒霧は一個体ではなく、膨大な魔力の集合体だ。大きな集団から逸れた黒い靄が不意に襲ってくる。


「はぐれ黒霧? よし、俺がちょっくら偵察に行ってくるよ! ぐえ、うわっ!」

「待ちなさい、ラズ。アンタ、騒ぎに便乗して屑鉱石の運搬をサボろうとしているでしょ」

「どうせ、ラズが行ったところで、黒霧の餌になるだけだよ」


 前方へ駆け出そうとするラズをネフェリンが襟首を掴み、カルシラが魔法で浮かせて引き留める。


「よし、そんなに余力があるなら、もう一袋ぐらい持つか?」


 複数の麻袋を担いでいたカンクリがその一つをラズの袋の上に載せ、透かさずカルシラが浮遊の魔法を解除した。


「そんな殺生なぁ……ぐへっ」


 ラズは重さに耐え切れず、その場に崩れ落ちる。

 前方で多数の魔法の光が瞬いた後、何事も無かった様に行軍が再開された。途中、足下に見たくないものが転がっていたが、皆無言で足を動かし、漸く目的地へと到着した。


「これが門かよ……」


 ラズはその門の威容に圧倒された。禁域の門は崖の下に隠される様に存在し、巨大な樹木に飲み込まれ一体化している。


「こりゃあすげえ、巨人でも楽に通れそうじゃねえか」


 その巨大さに大男であるカンクリも仰ぎ見て、感嘆の声を上げる。


「石の壁にしか見えないけど、ホントにこんな巨大な門の扉が開くのかい?」


 ネフェリンが首を傾げ、ノゼアンがその横に並ぶ。


「門が開くとは飽くまで比喩的な表現で、実際には空間が歪み、月と繋がるんですよ」

「空間が歪む? 想像つかないねえ」

「何でも門のどこかに転移魔法の術式が組み込まれているそうです」


 ノゼアンの左手がネフェリンの肩を抱こうと伸び―――


「ほほぉ、まともな転移魔法なんて存在するのか」

「へーっ、その術式は何処に刻まれてんだろうね?」

「よっ、一応、任務遂行中な」


 カンクリ、カルシラ、アウイン、三人の男達のにやけ顔を前にノゼアンの手がサッと引っ込む。


「えっ! 転移魔法!? 石の中に飛ばされんの?」


 ラズだけ状況が分かっていなかった。


「おい、お前ら、無駄口叩いていないで、サッサと魔鉱石をこっちに置け!」


 仕様も無い話に興じるアウイン達に士官の叱咤が飛ぶ。

 門の側ではカンテラの灯りの下で屑鉱石の選別作業が行われている。月への扉を開くため、魔鉱結晶の含有率が少ない屑鉱石の中でも、まだ使用に耐えそうなものを探しているのだ。

 屑鉱石の詰まった袋を順に下ろすと、代わりに貧弱な斧や鉈を渡される。


「作業を急げ!」


 別の場所では士官が斧を持つ兵士達に発破を掛けている。黒霧を門へと呼び込みやすくするため、門に絡む蔦や周りの木々を切り倒し、空間と見通しの確保を行っているのだろう。


「で、この作業にどンだけの意味があるんだ?」


 カンクリが斧を水平に払うと、その刃は大木の幹に僅かに食い込んで止まった。カンクリの力を以てしてもこの有様である。


「短時間にどれだけの木が倒せると思う? 見てよこの大木」


 カルシラが斧を咥えた巨木の幹を掌でパンパンと叩く。

 辺りで威勢の良い音は響くが、森の木々は殆ど減っていない。それどころか暗闇の中の不慣れな作業で怪我人が生じ、兵士の方が数を減らしている始末だ。


「ホント、あたしら何と戦っているのかしらね」


 ネフェリンが肩を竦める。


「おい、お前ら、屑鉱石の中の屑鉱石をくすねてこい」


 アウインが三人の部下、カンクリ、カルシラ、ラズに指示を出した。


「屑鉱石中の屑鉱石って……?」

「アレだよ、アレ」


 アウインが親指を立て肩越しに指し示す。その先には役に立たないと選別された屑鉱石、脈石の山があった。この間にもどんどん屑鉱石中の屑鉱石が積まれていく。


「ああ、なるほど、屑鉱石中の屑鉱石、屑中の屑、屑の王ね。で、どれくらい必要?」

「持てるだけだな。多ければ多いほど良い」

「了解」

「えーっ、やっとあの重さから解放されたのに……」


 カルシラが直ぐさま応諾し、ラズが不平を漏らす。


「ほら、ラズ行くぞ、隊長の命令だ。交渉役は任せたからな」

「えーっ、こういうことはカルシラが得意じゃん」

「ヤダ、メンドくさい」

「えーっ」


 カンクリがラズの首根っこを掴み引き摺って行く。

 文句を言いながらも、直属の上官の命令だ。ラズは選別作業している場所に近づくと何の考えもなく、そのまま声を掛けた。


「あー、えっと、お疲れ様っす。選別したものとごっちゃにならないように、不要な屑は袋に入れて処分しておきますですであります」

「ん? ああ、頼む」


 作業員は僅かに顔を上げ、ラズにチラリと目線を向けたが、特に関心を払うこともなく直ぐに作業に戻った。ラズ達はその横で屑鉱石の中でも選りすぐりの屑鉱石を次々と袋に詰めていく。


「これ絶対、使える屑鉱石より、使えない屑鉱石の方が多いよ。運ぶ前に選別すりゃ、余計な労力を使わなくても済んだんじゃ……」

「ラズ、世の中は、無駄と不条理で出来ているんだよ。特に軍隊はね」

「ちげえねえ」


 ゲラゲラとカンクリが笑い―――


「おほん!」


 三人は周りからの責めるような目を前に、廃棄処分となる屑鉱石が詰め込まれた麻袋を持てるだけ持つと、そそくさとその場を後にした。

 門から離れると闇が濃くなっていく。


「あー、いたいた」


 ラズ達は草を掻き分け進み、少し奥まった場所でアウイン隊長達と合流した。闇の中に白い岩肌がぼんやりと浮かんで見える。


「おい、アウイン、結構探したぞ。こんなところで何してる?」

「なに、足場(ルート)確保のための草刈りさ」


 アウインが手にした鉈を見せる。良く見ると、ノゼアンとネフェリンの手にも鉈が握られており、足下には刈り取られた草木らしきものが積み上げられていた。


「で、どうするの?コレ」


 カルシラが運んできた袋を示す。


「じゃ、屑中の屑を処分しに行くとしますかね。さあお前ら、あの上まで登るぞ」


 アウインが上を指さした。


「ええええええーっ!」


 ラズから嘆きの声が上がる。

 そこは切り立った崖で、覆い被さるように門の上まで張り出していた。


「彼奴らの加勢に行くんだよ。まあ、気休めかもしれんがな」


 屑の詰め込まれた袋をひょいと肩に担ぐと、上から垂れ下がる太い蔦をロープ代わりにしてアウインは崖を登り始めた。

 日が落ち急速に冷たくなった空気が火照った頬を撫でる。

 殆ど風の無い夜だった。

 崖の張り出した部分は岩肌が剥き出しで、僅かな草本が岩にへばり付いている。ここからは広く王都が見渡せた。

 市街地の明るい部分は実験的に導入されたガス灯だ。こんな非常時にも灯をともして回っている者がいるらしい。こういう時だからこそ、光は心強い。


「貴族の居住区より庶民の街が明るいとは皮肉なものだな」


 貴族達の居住区、内側の城壁内は闇に閉ざされ、その上空に巨大な月が浮かぶ。それを背景に小さな影が閃光を放ち忙しなく動いていた。


「はぁ、はぁ、っ……なにをっ、いっ…」


 漸く崖を登り切ったラズがひっくり返る。


「目を閉じろ!」


 ヒュッという音と共に光が瞬いた。

 門の準備が整った合図の閃光弾だ。それが三発。強い光が消え一瞬にして辺りは更に濃い暗闇に閉ざされる。


「カンクリ、屑石をぶち撒けろ。ノゼアン、ネフェリン、カルシラ頼んだぞ……まあ、ラズもそれなりに頑張ってくれ」


 屑鉱石が崖の上から門を覆う木々の上へとばら撒かれた。


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