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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第6章 魔法を喰らう獣

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6ー6.月下の攻防 2

「月って奴は、どんだけデカいんだよ」


 筋骨隆々の大男が空を見上げ、うんざりといった様子で言葉を漏らした。

 禁域の森の一画がぽっかりと切り拓かれ、そこに王都師団が続々と集結している。禁域とは名ばかりで、すっかり有名無実と化していた。


「全く、あっちに行っても、こっちに行っても、月の尻が頭の上ってのは、落ち着かねえな」


 大男、カンクリが己の禿頭を撫でた。

 直下と思しき地宮は勿論、禁域の森全域に月の影が落ちている。どれほど月は大きいのか、城壁の内側、王侯貴族の居住区くらいは優にありそうだ。その月の底部は今、得体の知れない黒い靄に覆われている。それはもぞもぞと蠢き、まるで漆黒の大蛇が獲物を締め上げているようにも見えた。大蛇が鎌首をもたげ、月に頭突きや体当たりを繰り返し、飛び散った黒い靄が時雨のように地上に降る。その光景はこの世の終わりを思わせた。

 ドン、と音がする度、兵士達は視線を空に向け、ラズなどはぽかんと口を開け見上げている。その様子をカルシラが目敏く見つけた。


「ラズ、馬鹿みたいに大口開けていると虫が入るよ。何なら、ボクが入れてあげようか?」

「えええええっ、そんなことする必要ある? というか、それ今、指摘するところ?」


 その二人の遣り取りを横目にカンクリがそっと口を閉じた。その隣でネフェリンが笑いを堪える。


「ホント、あれじゃ、みんな王都を逃げ出すわよね」

「行く当ての無い貧乏人を除いてね」


 沈没する船から逃げ出す鼠の如く、王都から多くの民が姿を消した。しかし、王都にしがみ付かねばならぬ民もいる。多くは行く当ても、逃げ出す金も無い貧民街の住人達だ。


「でも、あいつらも何だかんだ、結構逞しくやっているぞ」

「家人が逃げ出した家屋を物色したり?」

「いや、それ泥棒だから!」


 国が荒れると治安が悪化する。火事場泥棒を取り締まるのも王都師団の仕事だ。彼らにその自覚がどこまであるのか謎ではあるが―――


 ドォーーーーーン!


「あ、塔が崩れた」


 視線の先で地宮の尖塔が沈み、集まった兵士達の間に動揺が走る。


「俺達、アレと戦うために招集されたんだよな……? 俺達にアレをどうしろって言うんだ? 地上(ここ)からじゃ、魔法も剣も届かねえぞ」


 カンクリが頭の上で腕をブンブン振り回す。

 直ぐ頭上に見える月も実際にはかなりの距離がある。黒い靄を払おうにも地上からでは、剣も魔法も届かないのだ。


「銃で撃つ?」


 ラズが頭上に向けて銃を構えた。


「馬鹿、止めろ。頭の上に撃って、銃弾が落ちてきたらどうする」


 カンクリが両手で頭を庇う。


「えっ! そんなことあり得るの?」

「試しに撃ってみれば? あくまで、ラズの頭上、垂直にね」


 カルシラが期待に満ちた目を向け、皆がラズからサッと離れた。


「………………止めとく。…………じゃあさ、どうしたらいいんだよ」

「空でも飛べばいいんじゃない?」


 カルシラが提案した。


「えーっ、俺、飛べないよ」


 ラズが答えた。


「俺も飛べないぞ」


 カンクリも答えた。


「ああ、それは奇遇だね。僕もだよ」


 そして、カルシラも同調した。


「「……」」


 人は重力に逆らえないのだ。


 ザワザワ……ガヤガヤガヤ……


 俄に背後が騒がしくなり、王都師団の兵士達に高揚感が伝播して行く。屯していた兵士達が大きく割れ、巨大な大砲が姿を現した。大砲には綱が繋がれ、大勢の兵士達が掛け声と共に引いている。その大砲が三基、広場に設置された。


「何だ、ありゃ?」

「魔道具の兵器版、魔道兵器ってとこだな」

「あ、隊長」


 伝達会議に出席していた小隊長のアウインと副長のノゼアンが今戻った。


「前時代の遺物だ。戦争の無い今の世の中じゃ無用の長物だったがな。今回の騒動で、郊外の倉庫で眠ってた奴を引っ張り出してきたそうだ。あのごっついので、黒い奴をやっつけようという算段だな」

「郊外に保管されていたため、魔力喪失を免れたらしいですよ」


 実際は保管ではなく、放置であっただろう。しかし、それが幸いして起動に必要な魔鉱結晶を失わずに済んだようだ。再充填のための屑結晶も同じ倉庫に保管されており、量は十分に確保されている。


「で、上からの伝令だ。これより、あの黒い奴を魔道兵器で攻撃する。下に落ちてきたものに関しては、俺達で始末するようにとのことだ。いやあ……しっかし、総長がいるから、いつも威張り腐ってるうちの師団長が借りてきた猫みてえだったな。なあノゼアン」


 アウインがニヤニヤと思い出し笑いをする。


「そうですね。おや、噂をすれば総長ですよ。攻撃が始まるようですね」


 魔道兵器の横に置かれた箱の上に壮年の男が立ち、掲げた白刃を振り下ろす。


「撃てーっ!」


 三発の砲撃の音が響き、爆発で生じた煙幕が月を視界から隠した。煙が晴れた時、黒い靄は虫食い状態で、砲撃が命中したと想われる部分は丸い穴が空き、月の底部が覗いていた。

 飛び散った黒い靄がゆらゆらと上空を漂う。


「効いているぞ!」


 兵士達から歓声が上がる。視線の先で、虫食い穴は徐々に埋められ、元の黒い靄の塊に戻っていく。


「アタシ達はあの漂っている黒い靄を処理するってことでいいのかしら? でもアレって、魔法はともかく、剣は効くのかしらね? 何かモヤモヤッとして、実体ないけど」

「ラズ、試してみなよ。ほら、そこ」

「え、俺?」


 ラズの目の前に都合良く、小さな黒い靄の塊が流れてきた。ラズが小刀で斬り付けると刃が黒く腐食し、ボロボロと崩れ落ちる。そのまま黒い靄はラズの方へ向かってきた。


「わっ、アブねっ」


 ラズはすんでのところで避ける。


「避けちゃだめだろ、検証しなきゃ」


 そいうカルシラは魔法障壁で完全防御だ。ラズが討ち漏らした黒い靄の塊を白刃一刀、ノゼアンが斬り、黒い靄は消失した。


「刃に魔力を纏わせれば、剣でも払えそうですね」

「なるほど、魔法攻撃は有効だが、物理攻撃は効かないということか。魔道兵器か、魔力を帯びた武器であれば対抗できると……」


 ノゼアンとアウインの言葉にラズが絶望の表情を浮かべる。


「無理無理無理、魔力底辺の俺がどうすりゃいいんだよ!」

「ラズ、何を言っている。ここは気合いだ!根性だ!」

「……カンクリは黙ってて」


 気合いではどうにもならないことがこの世の中にはある。

 こうしている間にも次の砲撃の準備が整ったようだ。


「撃てーっ!」


 再び魔道具の兵器が一斉に火を噴き、月の下部で次々と爆発が生じる。今回は間を置かず連続して砲撃を行うことにしたようだ。屑結晶の魔力を絶え間なく魔道兵器に注入する。本来は人の魔力を補充し使用する兵器であるのだが、過去数十年間、この兵器を起動できるだけの魔力を持つ者が現れて居ない。


「昔の奴はエグいな。あの兵器を人の魔力で発動していたのかよ」


 ド-ン、ド-ン、ド-ン!


 爆発音が次々と空気を震わせる。


「おい、あれ、月は大丈夫なんだろうな。これで月が落ちたりしたら、洒落にならんぞ」


 砲撃のあまりの激しさに兵士の間からも不安の声が漏れる。

 爆煙が晴れると黒い靄の無い月が姿を現した。


「「「オオオオオオオオ!!!」」」


 兵士達の勝利の雄叫び―――が、その瞬間、黒い塊が兵士達を襲った。黒い靄が大蛇―――龍となって、魔道具の兵器を次々と薙ぐ。


 ドオオオオオオオオォォォォォォォ―――――――――ン!!!


 森の木々がなぎ倒され、兵士が吹き飛び、噴煙が上がる。


「うわわわわわーーーっ!」


 ラズは必死で近くの木にしがみついた。風圧と土煙で目を開けていられない。


 ズガガガッガガガガガ――――――――――!!!!!


 黒い龍が地を這い、禁域の森が抉られる。

 地響きと共に地面が連鎖的に陥没していき、巨大な穴に滝のように土砂が雪崩れ込む。禁域内に建てられたホーン公爵の館の土台が徐々に崩れ、脆くも地中に飲み込まれていった。


 そして―――、

 土煙が晴れた後には、大きく陥没した穴の中にアーチ状の回廊が何層も重ねられた古代の闘技場に似た遺跡が姿を現していた。


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