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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第6章 魔法を喰らう獣

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6ー5.月下の攻防 1

・2022/10/27 誤字修正

 ギシ……ギシ…ギシ……ィ……


 地宮の中庭には、空を見上げる幾つもの人影があった。その中には王弟と博士、そしてジュード・スピネル遺物管理所長の姿もある。彼らの視線の先には、黒い蛇のような靄に纏わり付かれた魔法仕掛けの月があった。黒い大蛇は不気味に蠢く。


 ギシ…ギシ……ィ―――……


 頭上から聞こえる不穏な軋み音。それが月の歯車が回る音なのか、それとも黒い大蛇が月を締め上げる音なのか判断はつかなかった。


 ドォォン!


 黒い大蛇が鎌首を上げ月に突っ込む。月は見えない障壁に囲まれ、それの侵入を許さなかった。追突した頭部が血飛沫のように飛び散り、地上に降り注ぐ。


「殿下、こちらに待避ください」


 直ぐさま近衛の騎士が半ば強引に王弟を建物内へと誘導する。

 暢気に空を見上げていた文官が、風で流れてきた黒い靄の一欠片に手を伸ばし、触れた瞬間、皮膚は爛れたように黒く変色した。中庭に集っていた人々は、悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出す。中には足が竦んで動けない者、慌てて転ぶ者、頭を抱えその場に蹲る者なども見られた。

 降り注ぐ黒い靄は地宮の白い壁を黒く染め、じくじくと溶かしていく―――


雷光弾(ライトニングボルト)!」


 辺りが閃光に包まれると、降り注ぐ黒い靄の残骸が一掃された。


「ほれ、今のうちに安全な所に避難じゃ」


 丸眼鏡に禿頭の老爺が、中庭を囲む回廊から手招きする。


「博士、流石ですね」


 周囲から感嘆の声が上がるが、それに構わず、博士の目は上空に据えられていた。


「悠長に構えている暇はないようじゃ。直ぐに次がくるぞ」


 ドォォ―――ン!


 再び黒い大蛇が月に突進し、砕け散った黒い靄が降り注ぐ。


「魔法障壁を張れ!」

「魔法が効くぞ! 黒い奴を魔法攻撃で払え!」


 近衛騎士と思しき声が上がり、次々と魔法障壁が展開される。黒い大蛇は何度も月に頭を打ち付け、繰り返し黒い靄の欠片を撒き散らす。


「こりゃあ、切りが無いのう」


 黒い大蛇は砕けると直ぐさま元の姿に戻る。地上で騎士達が払う欠片など、微々たるもので、黒い大蛇全体から見ると無いに等しい。


「博士、例の黒く光る魔法陣が見えませんが、もしかして、あれは……」


 執拗に月への攻撃を繰り返す黒い大蛇を睨みつつ、ジュードが博士に問う。


「魔王か……或いは、成った呪詛か……分からぬ。ただ、あの黒い靄が魔力の塊なのは、間違いないようじゃ。どれ、……光輝の槍(ライトニングスピア)!」


 博士の突き上げた拳から一筋の光が上空に向け放たれ、その光柱に触れた黒い靄が消失する。しかし、光は上空に行くほどか細くなり、輝きを失い黒い大蛇を貫く前に消えた。一度は黒霧が消失した空間も直ぐに黒い靄に覆われ、元に戻る。


「やはり、遠すぎるのう」


 いつも飄々としている博士が、珍しく悔しさを滲ませた。

 黒い大蛇は再び月に突進を繰り返し、衝撃音と共に黒い靄を撒き散らす。


『月は大丈夫なのか』

『このままでは月の障壁が持たないぞ!』

『月が墜ちたらこの国は……』


 騎士達の間にも動揺が広がる。


「案ずるな!我が国が誇る月が沈むわけが無かろう!」


 王弟は皆に聞こえるように声を張り上げた。それはどこか自分に言い聞かせている様にも感じられる。


 ドガァァァァァ―――ンンンンンンンン―――――!


 勢い余り黒い大蛇の頭部が地宮の一番高い尖塔に衝突した。


 ゴォォォォォォォ―――――!


 塔はまるで積み木のように脆く崩れ落ちる。


「いかん。兎も角、今は待避じゃ!」

「先生、こちらへ!」


 王弟ら三人は護衛の騎士達と地宮の廊下を進む。バタバタと足音が行き交い、道々書類を抱えて右往左往する文官らに遭遇する。


『重要書類だけ持って、速やかに地下へ向かえ!』

『うわっ!!!』

『あ、こらっ!書類をばらまくな!』


 更にその奥、宮殿の廊下は複雑に入り組み、まるで迷宮のようだ。奥に進むに連れ、ドォン、ドォンという音と振動も心持ち遠ざかったように感じる。

 王弟は廊下に並ぶ扉の一つを乱暴に開けた。左右の壁一面が書棚になった部屋だ。正面に窓があるがカーテンで覆われている。王弟が左壁の書棚に近づき、一冊の本を手前に引くとカチッと音がし、書棚の一部が手前に動いた。その奥には下へと向かう石造りの階段がある。隠し通路だ。


「我々も同行してよろしいのですか?」


 ジュードが王弟に問う。


「今更であろう。付いてくるが良い。光球(ライト)

「良い機会じゃ、ここは遠慮無く、見学させていただこうではないか」


 博士が光の球を掲げた王弟の後を追い、ひょいひょいと階段を降りる。所長もその後に続いた。階段を降りきると鋼製の重厚な扉がある。その向こうは―――、広い空間だった。

 彼らはその空間にぐるりと巡らされた回廊の上から眼下を見た。喧噪に満ちた空間を何人もの騎士が忙しなく動き、大きなテーブルには地図らしきものが広げられている。その側に立ち、何やら指示しているのは第一(近衛)師団の副師団長だろうか?


「地下遺跡……ですか」

「そうだ。遺跡を利用した地宮騎士団の臨時拠点だ。まさかここを使用することになるとはな」


 地下と思しきこの場所には窓が無く、そこかしこで洋燈(ランプ)が灯されている。隅では箱型の装置が唸りを上げていた。


「郊外の倉庫から魔鉱結晶を掻き集めた。屑ばかりだが、洋燈(ランプ)や換気装置ぐらいなら動かせる」


 ジュードの視線を追って、王弟が説明する。息苦しい空間ではあるが、一先ず酸欠だけは避けられそうだ。思ったよりも音が響かないのは、防音対策がされているのだろう。

 伝令がカンカンカンと音を立て階段を昇り降りし、回廊にある扉の一つを頻繁に出入りしている。外に通じているのかも知れない。

 一人の騎士が王弟に近づき、耳元で何かを囁くと王弟が頷いた。


「先生、こちらへ」


 王弟が階下へと促す。


「年寄りに階段は辛いのう」


 と言いつつ、博士はひょいひょいと階段を降りる。その後をジュードが続く。一行は地図が広げられた大きなテーブルの側へと近づく。


「おお、アレク! 無事だったか」


 旧知の仲なのだろう、第三師団長は王弟を愛称で呼んだ。その側には第一(近衛)師団副長もおり、他にも厳つい顔をした将校達が屯している。


「全く、あの黒いモノは何だ? 危なくておちおち外も歩けねえ」

「あれはのう、端的に言えば呪詛じゃ」


 第三師団長の問いに博士が答える。


「誰だ? この爺さん」

「爺さんではない。その筋の専門家じゃ」

「学院時代の私の恩師だよ。君も覚えているだろう。学院のへ……ん……―――」

「ああ、魔術学院の変人教授な」

「誰が変人じゃっ!」


 トンッ!


「痛てーっ!」


 博士の手刀が師団長の頭頂部に決まった。頭を抱え蹲る師団長を無視し、第一(近衛)師団副長が話を元に戻す。


「コホン。呪詛……呪いですか。誰かが月を墜とそうとしているということでしょうか? それはつまり、物理的な王都の破壊か……王権の失墜、或いは……―――」

()()()()


 王弟の一言に一帯が沈黙に包まれ、周りの喧噪が自棄に耳に付く。


「普段なら一笑に付すところだ。しかし、このまま月が墜ちれば、それも簡単に実現するだろうな」

「そんな……一体、何者が……」

「他国か、国内の虫か。何百年も続く国家であるからな。様々な対象()が考え得る」


 王弟の言葉に皆が頷く。


「ふうむ、政治的なことは一介の研究者には分からんが、ただ、前時代の呪いを持ち出すのじゃ、相当な念があるのは確かじゃろうて、恨み、辛み、嫉妬……」


 博士の言葉にジュードは思いを巡らす。始まりはどこなのだろう。“魔王のゆりかご”の術式が組まれたのは少なくとも三百年以上前だろう。では、呪詛の術式は? これも三百年以上前のものなのか、それとも何者かによって、変質してしまったものなのか。例えば、最近“魔王のゆりかご“を見つけた誰かが、それを利用して王都を呪ったのかも知れない。そう、()()()()()()()()()()()()


「殿下には何か心当たりがございますか?」


 ジュードが王弟に水を向ける。


「例えば、……そうですね。最近おかしな動きがあった人物など……」

「おお、そういや、地下遺跡の妖しげな部屋で家紋入りのカフスボタンが見つかったと言ってたよな?」


 第三師団長の言葉を第一(近衛)師団副長も首肯する。


「……ホーン公爵か」


 王弟がその名をポツリと口にした。

 博士がジュードの顔をチラッと見る。博士も所長も嘘は吐いていない。ただ、肝心なところを噤んでいるだけだ。

 そこに騎士が近づき一礼した。


「申し上げます。第二(王都)師団、禁域の森に配備完了いたしました」

「そうか、総師団長に伝令。直ぐに作戦決行だ。相手が何者であろうと、屈する訳にはいかぬ。まずはあれを月から引き剥がす」

「はっ!」


 騎士がすぐ様踵を返す。その様子を眺めながら、博士が王弟に問うた。


「ほう、手があると?」

「軍の禁域内への立ち入りを許可しました。あれを禁域の森に誘導します」

「アレを引き摺り降ろすのはことじゃよ」

「それでもやって見せますよ」


 王弟が決意漲る顔を見せた。

 辺りは俄かに慌ただしさを増す。


「……問題はその後だな。あれだけの膨大な魔力の塊をどうするのか……それこそ封印の器が必要だろう」


 ジュードが独り言ちた。


「博士、これは秘密基地ですね」

「そうじゃ、秘密基地じゃ。秘密基地と言えば、当然……巨大ロボットが……」

「ありません!」

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