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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第6章 魔法を喰らう獣

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6ー2.玄い魔法陣

・9/29 追記

「くぅいーん……」


 身体を丸めていた獅子栗鼠が首を上げ、鼻先を空に向けた。風の匂いを嗅ぐように鼻をひくひくと動かす。

 あの日―――月が墜ちてきた日から、獅子栗鼠は暫く姿を見せなかった。それが先日、国教会の建物の一室、黒髪の少女に宛がわれた粗末な部屋で、身体を丸めて眠る姿が見つかった。最初その姿を見た時、アンバーはこの魔獣が死んでいるのかと思った。恐る恐る近づくと、その身体は僅かに上下しているのが見て取れた。

 獅子栗鼠も人間と同じく魔力の枯渇による不調に陥ったのだろう。

 魔力枯渇による影響は地宮を中心として郊外に向かう程、そして魔力量が少ない者程軽微であった。ロードナイト伯爵邸は王侯貴族の居住地区の壁の外側にあり、地宮から距離があったにも関わらず、その場にいたアンバーは暫く魔力枯渇による不調に陥った。その一方で、ほぼ中心地である禁域の遺跡に居たラズは軽微な頭痛程度で回復している。所属部隊員が次々と倒れる中、ラズとカンクリが大活躍だったらしい。


「無神経な単純馬鹿ほど、症状が軽いんだよ。繊細なボクとは違ってさ」


 病床で顔を歪めながらカルシラが言った。

 強ち間違いでもないかもしれない。アンバーが体調不良に悩まされている時、ラズがケロッとした顔で訪れ、神経を逆なでしたことを思い出す。

 アンバーも獅子栗鼠も漸く動けるまでに回復していた。

 少女が目の前から消えてどれだけの時間が経ったのだろう。時間の感覚が失われている。つい先ほどにも、遙か昔にも感じる。

 ただジリジリとした焦燥感がアンバーを苛んでいた。少女らの消息は杳として知れない。国の大事の前に、名も無き少女と一介の(かんなぎ)の捜索など行う者など居るはずも無い。

 獅子栗鼠が四肢を張り、風に向かい鼻先をひくひくと動かす。行方の知れない主の魔力を嗅ぎ取ろうとしているのかも知れない。アンバーもそれを真似て空に顔を向けた。中空に浮かぶ魔法陣と機械仕掛けの月が視界を大きく占める。

 ふと、微かな魔力の痕跡、気配を感じたように思う。


 ガァァァァァァー!


 獅子栗鼠が空に向かって吼えた。

 そして、アンバーをジッと見つめる。


「がう」


 ――乗れ。


 獅子栗鼠がアンバーを促しているのだと思った。

 アンバーが背に跨がると、獅子栗鼠は大きく跳躍し、王都の屋根を駆けた。

 一人と一匹はか細い魔力の糸を手繰り、月へ向かって奔る。



     ***



 博士は王弟の執務室の長椅子(ソファー)にドスンと尻を落とした。ふかふかの座面で小柄な身体が上下に跳ねる。王弟が博士の従者に着席を促すと、従者の青年がスッと一礼し、博士の隣に美しい所作で腰を下ろした。博士が向かい合う王弟の視線を辿り、口を開く。


「おおぅ、此奴か? 非常時とはいえ、王弟殿下にお目通り願うのじゃ。それなりの顔が必要であるからな、連れてきた。なに、通行手形のようなものじゃ」


 青年がその顔に薄らと苦笑いを浮かべる。魔法統括省遺物管理所長、ジュード・スピネル、彼は王弟よりも一回り以上年下だが同じ師に師事する変わり者同士と言えよう。


「しかし、坊も老けたのう」


 王弟は恩師の頭にチラリと目を遣り、


『貴殿には言われたくないです。私はまだ白髪ですから―――』


 との火種となりそうな言葉を辛うじて飲み込み、代わりの言葉を発した。


「私も暇な身ではないのですが……」


 こんな時でなければ、仮にも恩師だ。歓迎しただろう。


「なに、そんなに邪険にするものではないぞ。少しは役に立つかと思うてな。わしの知りうることを伝えに来た。ほれ、アレについてな」


 博士が王弟の書類の積まれた執務机の後ろ―――窓の外を指し示す。


「月……ですか?」

「いや、その下のアレ……魔法陣の方じゃ。あれはな―――、“魔王のゆりかご”じゃ」

「マオーのゆりかご…ですか?」


 博士は如何にも重大な事を告げたという様子であるが、周りの反応は薄い。

 王弟は怪訝な顔で窓の外に視線を移した。そこには変わらず、月を支えるように玄く輝く魔法陣が中空に描き出されている。


「ふむ、やはり坊にも通じぬか。仕方ないのう……“魔王のゆりかご”とはな、遙か昔、魔法時代の術式で、夥しい数の魔物を閉じ込め、それらを殺し合わせるというものじゃ。そして―――最後に残った一匹が魔王となる」


 王弟は理解できないといった風情で首を捻る。


「魔王とは……御伽噺の類でしょうか? その術式が今、この上で展開されていると? そんな術式など寡聞にして存じ上げませんが……」

「まあ、そうかも知れんな。ここの地下の書庫の奥底にある禁書に記されておる術式だからのう。まず誰の目にも触れんじゃろうて……」

「は?」


 元王立魔術学院の教授であったとはいえ、王族も知り得ぬ禁書の内容を何故、一介の研究者が知っているのか。


「何、退職の駄賃にな。興味深い術式をいくつか転記しておいたのよ。古代語で書かれておったので、後で訳そうと思ってのう」


 全く悪びれず博士が言った。博士にかかれば、書庫の立ち入りを阻害する魔法など無いも同然なのだろう。


「そのような危険な術式を市井に放置されては困ります」


 “魔王のゆりかご”とは旧時代の禁じられた術式だと知り、王弟は事の重大さに漸く気付いた。それがどの様な術式であろうと碌な結果を招かない訳がない。


「なに、案ずるでない。術式を知ったところで、再現など不可能なのだよ。術式を完成させるためには、最低でも数十匹の魔物が必要なのじゃ。それだけの魔物がこの世のどこに居るというのかね」

「しかし、現に今、術式が展開されて……」

「ふむ、これはあくまで仮説じゃが……魔物の替わりとして、魔力で補った可能性がある。その魔力をどこから集めるか。坊らも知っての通り、生物には魔力が含まれておる。他に大量の魔力を集めるとしたら―――」


 博士は天を指さす。実際には室内なので、執務室の高い天井であるが。


「月から魔力を吸収したのであろうな」


 だから月は墜ちたのだ。そう言われると、あの魔法陣がより一層禍々しく感じられる。


「いやいや、この様な事態を招いた以上、やはり放置してはいけないものでは無いですか」

「いやあ、不思議じゃのう。今この時代に再現など不可能な筈なのじゃが……こりゃ、奇怪、奇怪」


 博士は適当にお茶を濁した。

 二人の会話に口を挟まずにいた博士の従者こと、遺物管理所長ジュード・スピネルは、ふと窓の外に目を遣った。豆粒ほどの何かが横切る。何だか見知ったものの様な気がした。


「まあ、それは後で論ずるとして、あの魔法陣は、まだ魔力を吸収し続けているのですか?」

「否、術式は既に閉じられておる。今頃は魔物同士の喰い合いだろうよ。そして、最後に生き残った一匹が―――」

「魔王と言うわけですか。それが放たれ、王都に害を齎すと……」


 王弟は顔を顰めた。産み出される魔王とは一体、どの様な存在なのか……。


「いや、正確にはちと違うの。“魔王のゆりかご”とは、―――言うなれば、蠱毒じゃ。魔王はあくまでも贄、呪詛を行うための贄に過ぎん」

「誰かが、それほどまでに強く呪っていると……一体、何に対する呪いと言うのです?」

「王都……いや、この国に対する呪詛かもしれんな」


 博士は、王都に降りかかる災難はこれからが本番であると告げた。



     ***



「わっふ、わっふ」


 アンバーを背に乗せたまま、獅子栗鼠が地面をカリカリと掻く。


「いや、気持ちは分かるが、無理だから……」


 アンバーは辺りをキョロキョロと窺う。

 主の魔力を手繰り、辿り着いた場所は地宮の庭園だった。勿論、無断侵入である。非常時とはいえ、警備があまりにも手薄だ。それだけ地宮では魔力枯渇の影響が大きかったということかもしれない。

 彼らが求める魔力は丁度この真下、地中から感じられた。


「くぅん?」


 獅子栗鼠が首を回し、背中に跨がるアンバーをジッと見つめる。


「兎に角、この場所は不味い。禁域の遺跡に向かおう。そこからならアイツの元に辿り着ける」


 ――多分。


 禁域の遺跡は複雑に入り組み、地宮の地下にも広がっていると、夢現で聞いたような気がする……勿論、あの兄から。

 まずは、面倒なことになる前に速やかにこの場を立ち去るべきだろう。


「わふ」


 獅子栗鼠は再び跳躍すると、地宮を取り囲む城壁を越えた。足場にした建物の屋根瓦が何枚か落下する。

 そして、庭園には大きな穴と土の山が残された。


どすん。

「一体誰だっ!こんな所に穴を掘った奴は!!」


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