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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第6章 魔法を喰らう獣

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6ー1.月下の都

 巨大な月が王城を押し潰さんばかりに迫っている。

 まだ昼間というのに王都の中心部は薄暗く、それは月が王都に広く影を落としているためであった。日頃中空に在る“二つ目の月”がこれほどまでに巨大であるとは、王都民の殆どが想像だにしなかっただろう。

 見上げると、“二つ目の月”の腹が肉眼で確認できる。果たしてそれを、月と称して良いものか―――今まで“二つ目の月”と呼んでいたそれの底面は、機械仕掛けであった。錆の浮いた歯車と思しきものが複雑に入り組み、軋みを立て緩慢に動く。ギシギシとしたその音は、月下の人々の焦燥と不安を煽り立てた。


 数日前、“二つ目の月”が王都に墜ちてきた。


 その際、多くの王都民が地面に這い蹲り、嘔吐し、中には意識を失う者までいた。

 医師らの見立てによると、急激な魔力の枯渇による症状とのことだ。何故、そんな状況に陥ったのか。“二つ目の月”の墜下と関連すると考えるのは自然なことであろう。

 現に被害は“二つ目の月”を中心に円を描き、ほぼ月の直下にある地上の王城、地宮が最も影響が大きく、未だ不調を訴える者も多い。


 王弟は白髪交じりの髪を掻き上げ、地宮の一室から空に視線を向けた。

 “二つ目の月”はあれから沈黙したままだ。

 月からの連絡が途絶えている。地上から魔法の伝令を送るものの未だ返答がない。

 月と地上を結ぶ門は三つ存在する。一つは地宮に、一つは国教会に、もう一つは禁域の森の遺跡の中に。遺跡にある門は王族の緊急避難用であり、公にはされていない。

 その門の何れも起動しない。否、正しくは遺跡にある門のみ未確認であるのだが、確認したところで他の門と同様であろう。何れの門も心臓部と言うべき魔鉱結晶が魔力を失い玻璃と化して砕けてしまったのだ。

 王弟は顔を顰め、こめかみを押さえた。まだ僅かに残る頭痛は魔力喪失による後遺症か、或いは現況に起因するものなのか。

 彼の視線の先には、空を埋め尽くす(くろ)く輝く魔法陣があった。中空に描かれた魔法陣は黒い靄と雷を纏い、見るからに禍々しい。さらにその上には機械仕掛けの巨大な月の底面が見える。

 “二つ目の月”にある月宮には玉座が存在する。

 王は今も月にいるのだ。


「王弟殿下、お時間です」


 侍従に促され王弟は徐に振り向き、円卓を囲む面々を見回した。


「さあ、会議を始めよう」


 王弟は会議の開会を宣言した。王が不在の今、彼が王の代役なのだ。

 円卓を囲むのは二十名程度だろうか。六公と呼ばれる建国から国を支えた公爵家と、国教会や各官署の代表者達である。しかし、六公の内二つは空席だった。一席は既に途絶えて久しく、もう一つはホーン公爵家の席である。


 ――六公も近々実質四公となるやも知れぬな。


 ホーン公爵には、国家転覆を目論んだ容疑が掛けられている。大規模な盗賊行為に加え、今回の月の墜下にも関与している疑惑が持たれていた。


「報告いたします。地宮周辺につきましては、多くの貴族が自領に向け出立しております。留守邸を狙う盗人がいるやもしれませんので、警邏の数を増やし対応を行い―――」


 通称近衛師団こと第一師団の副師団長が報告した。彼も不在の師団長の代理だ。


「この非常時に王都を離れるなど、なんと無責任な!」

「国家に対する反逆として処罰すべきです」


 円卓がざわつく。危険な王都をさっさと逃げ出した者達への非難が相次ぐが、中には遅れを取ったと思っている者も居るかも知れない。碌に領地を持たぬ宮中伯などは、逃げようにも逃げる場所がないのが実情だろう。

 続いて王都師団長こと第二師団長が報告する。第一師団副長と並ぶとかなり厳つく見える。


「王都内でも魔道具が軒並み稼働できなくなっており、市民生活に影響が出ております。幸い郊外での被害は少ないものの、窃盗や諍いが彼方此方で起こっており、王都……第二師団が対応に当たっておりますが、いつ暴徒となってもおかしくないかと―――」


 王都は一見、平穏を保っているように見える。しかし、王都から逃げ出す民も少なくない。王都民の心の内は、この世の終わりとばかり不安に満ちており、爆発するのは時間の問題だろう。結局、今回も市中の見廻りの強化を指示する程度で終わる。まだ軍が機能しているのは救いであるが、このままの状況が続けば軍の中にも不穏な動きが出かねない。


「それで、月からの連絡はまだ……?」


 その問いに王家側の王弟も教会側の司祭も首を横に振った。


「全く、この様な事態を招き、月の司祭どもは何をしておるのだ!」


 まず王家派の誰かが口火を切った。


「聞き捨て成りませんな。この度の事態が教会側の失態だとでも? 月の主は王でしょう。責任は王にあるのでは?」

「王に対し何と不敬な!」


 何時ものように王家派と教会派の責任の擦り付け合いが始まり、会議は不毛な言い合いの場と化した。


「皆、静粛に……」

「いいや、そもそも教会の奴らは、普段大層な事を言っておるのにこの様はなんだ!」

「役人風情が、何を無礼な!」


 王邸は悪化する頭痛に眉を寄せた。そして―――


「五月蠅い!少しは静かにしろ!今はその様な言い争いをしている場合か!」


 温厚で知られた王弟がついに荒らげた。流石に円卓の面々も不承不承口を閉じる。


「えー、おほん。兎に角、月からの連絡が無い以上、最悪の事態を想定せねばなりませんぞ。異国に月が墜ちたことが知れ渡るのも時間の問題と思われる。この機に乗じて攻めてくるものがおるやも知れん。ここは国境の軍備の増強をだな……」

「何を馬鹿なことを、どこの国が攻め入るというのだ。この大陸は我が国がほぼ平定している。無駄なところに軍事費を回せというのか」


 有事とあって国境から騎獣で駆け付けたのであろう、第三師団長が発言するが、主計長が即座に却下した。


「しかし、二つ目の月が墜ちるということは、この国の終わりを意味しているに等しい。まずは、辺境よりも王都の軍備に資金を投入することが重要かと」


 この機に乗り遅れまいと第二師団長が主張する。


「何を馬鹿な、混乱に乗じて無駄な事に金を出させようというのか!二つ目の月はあくまで象徴であって、月が墜ちたところで国が揺らぐなどありえるものか!」

「平和惚けもいい加減にして貰いたい。月が墜ちたという事象ではなく、国民や異国がどう思うかである。国家というものは以外につまらぬ事で傾くものなのだ」


 今度は武官と文官の入り乱れた舌戦である。

 確かにいずれそれらの問題も顕在化してくるだろう。しかし、直近の問題は他国が攻めてくるかどうかではないのだ。

 確か総師団長は六公の一人であったな、と視線を向けると、件の総師団長は瞼を閉じたまま腕を組み、無言で微動だにしない。口出しする気は無い様だ。

 王弟は再び眉を寄せ、深いため息を吐いた。


「貴公ら、今は月をどうにかするのが先決であろう」


 張りのある声が室内に響く。六公の中で最も若いビックスバイト公爵が王弟の心を代弁した。そう、最も憂慮すべきは、頭上にある月が完全に墜ち、地上―――王都に衝突するや否やである。


「おお、正に。あんな巨大なものが王都に墜ちたら、王都は壊滅、間違いなく国が滅びてしまいますなあ」

「何を、不吉な事を!神の加護があるのです。墜ちるわけがありません」

「しかし、このままにしておく訳にはいきますまい」

「では、破壊するか」

「馬鹿をいうな!国の象徴を破壊するとは不敬もいいところぞ!そもそも破壊する手立てなどなかろう!破壊すれば、結局王都に多大なる被害が齎されるわい。月は再び空に戻すのが常套であろうが!これだから、単細胞な軍人は……」


 こんな状況にありながら、彼らにはどこか緊迫感がない。月が地上に衝突することなど夢にも思わないのだろう。

 過去に起こらなかったことは、これからも起こらない。


 ――こういうのを何と言ったかな……


 王弟は円卓に並ぶ顔を眺めながら、そう言う自身も同様な状態(正常化バイアス)にあるかもしれないなとぼんやりと考えた。


「月を空に戻す。それにはどうしたら良いものか」

「まずは地宮の門を開きましょう。王を地上にお迎えするのが先決かと。是非、王家保有の魔鉱結晶をご提供いただきたい」


 その言葉に王弟は王家の財務管理官にチラリと視線を向けた。彼は立ち上がり、一礼すると口を開く。


「それについては、当方より報告させていただきます。王家保有の魔鉱結晶は、全て魔力を失いました」

「「「は……?」」」


 間の抜けた声が会場を満たす。


「そういうことだ。王家所有の魔鉱結晶は全て玻璃となった」


 王弟が財務管理官の言葉を肯定する。


「で、では、貴族から魔鉱結晶を徴収したら良いのです。スカポライト卿ご自慢の魔鉱結晶がありましたね。ベリル公爵家には何でも魔物を閉じ込めた巨大な魔鉱結晶があるとか、他にも……」

「いやいや、何を言って……」


 身を切るように促された貴族達はソワソワと落ち着かない。

 六公の一席を占める老爺が、血管と染みの浮き出た腕を上げ、発言の許しを請う。ベリル公爵だ。


「それなのだが……我が家の魔鉱結晶も全て玻璃になってしもうてのう……」

「また、提供したくないからと、そんな言い逃れを……」

「失敬な。国家の非常時に偽りを申してどうする!」


 老公爵が一喝した。


「嘘では無い。ワシのところもじゃ……」


 次から次へと魔鉱結晶が玻璃と化したとの報告が上がる。


「は、まさか我が家のも……」


 地宮に保管されていた王家の宝と言うべき魔鉱結晶は悉く玻璃となり砕けてしまった。有力貴族ほど地宮近くに屋敷を構えている。多分、殆どの貴族が所持する魔鉱結晶も同様だろう。

 騒ぎ立てる貴族達を尻目に王弟は口を開いた。


「兎に角、まずは門の復活を優先させる。国中の鉱山から魔鉱結晶を集めろ」


 門を開くためには、魔鉱石の鉱山から新たに結晶を運び込むよりない。しかし、何れの鉱山も産出量は減っており、門に使用するような上質な結晶が果たして用意できるものか―――


「!」


 突如、この場に虫とも鳥とも付かぬ光の塊が飛び込んできた。室内をぐるりと回ると王弟の下に向かい、差し出された掌に吸い込まれる様に消える。

 全ての目が王弟に向けられた。


「王は無事だそうだ」


 王弟が告げると、おおっーと安堵の声が上がった。


「月では司祭や巫女達が月を墜とさぬよう魔力を捧げているとのことだ」

「ほれ、見なさい。我が教会の司教達は優秀ではないか。教会の働きに感謝して貰いたいものですな。これでもう安心だ」


 待ちに待った月からの伝令を迎え、室内はすっかり楽観的な雰囲気に包まれた。途絶えていた月との連絡が回復し、無事が確認されたことは僥倖である。しかし、目の前にある問題は何一つ解決していない。結局本日の会議も何も決まらぬまま閉会を迎えた。


「ここ数日で白髪が増えた様な気がする……」


 王弟は今日何度目かの大きな溜息を吐いた。



     ***



 王弟は翳る中庭の回廊から空を見上げた。

 地宮の尖塔が“二つ目の月”を突き刺しているように見える。

 今はまだ月は完全に墜ち切ってはいない。しかし、いつ王都に墜落してもおかしくは無い危うい状態にある。もしも月が王都に墜ちたならば、どれ程の被害がでるものだろうか―――

 王弟は(かぶり)を振って執務室へ足を向けた。非常時とは言え通常の仕事が無くなる訳ではない。王の代理の今はむしろ増えている。


「ん?」


 王邸は行く先の騒がしい気配に足を止めた。


「あ、あのっ、困ります」

「なに、気にするでない」


 侍従の困惑の声が聞こえる。何か問題が起きたのであろうか。

 こんな時に勘弁して貰いたい。

 王弟は踵を返したくなる気持ちを押さえ、騒ぎへと目を遣った。


「いえ、ですから」


 侍従が誰かを押し留めてる様だ。

 チラリと覗く禿頭―――


「おお、坊、久しいの。元気にしておったかの」


 侍従の陰から学生時代の恩師の顔がひょっこり現れた。



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