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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第1章 囚われの獣

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1−5.閉じ込められた獣

 ガラクタ倉庫―――否、遺物管理倉庫には三つの人影があった。


「何故、俺まで…」


 アンバーが愚痴を零す。


「まあ、付き合ってくださいよ。どうせ暇っすよね」


 ラズのへらへらした顔が癇に障る。


「いや、暇じゃない」

「いや、どう見ても暇でしょ」

「………」


 反論できないのが癪だ。

 仕事が一段落ついたので、田舎娘に所内を案内しようとラズが提案―――実は、単にラズが鍋磨きに飽きただけであるが、三人連れ立って所内見学の運びとなった。

 炊事場から始まり、中庭、馬房を覗き、―――国教会の主要部と管理所の事務室は叱られるので除外(スルー)して、遺物管理倉庫に辿り着いた。

 アンバーは背後の様子を伺い、小声でラズに問いかける。


「おい、部外者をこんな所まで入れて良いのかよ。そもそも、お前も部外者だろ。権限無いだろ」

「だから、一応、関係者の坊ちゃんに来て貰ったんじゃないっすか。ここにはガラクタしか無いって分かって貰った方が良いと思うんっす。『管理所の遺物売っぱらって金になるかも』なんて考えていても、こんな屑が金になるなんて誰も思わんしょっす」


 ラズも声を落として回答する。言葉遣いが何だかおかしい。


「誰が坊ちゃんだ。お前に坊ちゃん呼ばわりされる謂れはない」

「アンバー坊ちゃんて、お貴族様なのに意外に口悪いっすよね」

「だから、坊ちゃん呼びをするな」

「じゃあ、アンバー様?」

「気持ち悪い。アンバーでいい。そもそも士官学校の野郎どもと年がら年中一緒にいたんだ、お上品でいられるわけが無いだろう」


 アンバーのその言葉にラズはニヤリと笑って口を開いた。


「よし、アンバー、俺たちもう友達だよな。敬語で話す必要ないよな」

「お前、あれ敬語だったのかよ…」

「え、敬語だろ。なあ、あんたもそう思うよな」


 アンバーは背後を振り返り、少女に声をかける。


「えっ、そこでいきなり私に振る?」


 奇妙な遺物の山をキョロキョロと眺めながら背後を付いて来た少女は、不意打ちに狼狽えた。そして、期待に満ちた表情のラズに一言。


「敬語ではないと思う」


 ラズの表情が叱られた犬のようにシュンとなった。

 何故か罪悪感。


     ***


「これ、鍋じゃねぇ?」


 ラズがガラクタの山の中から半球状の金属製の器の突起部分を摘まみ上げる。


「鍋…なのか?」


 形状は両手鍋に酷似しているが、果たして鍋と断定していいものか、アンバーは疑問を呈する。


「うーん、底がないねぇ…」


 鍋底がなかった。


「穴の開いた鍋じゃねぇ?」


 ラズは飽くまでも鍋説を推すようだ。


「否々、どう見ても最初から底を作っていないだろう。これは、鍋では無い」

「うん、鍋じゃないと思う」


 アンバーと少女は同じ意見。


「じゃ、何だよこれ?」


 賛同が得られないラズはふて腐れた様子で、摘まんでいる何かをアンバーの目の前に突きつけた。


「そんなこと俺が知るか」


 その道の専門家でも何だか分からないものを素人が分かる訳ないのだ。

 ラズは鍋では無いと結論づけられたものから手を離した。金属のぶつかり合う音が大きく響く。


「で、探している『封印の器』とやらはここにあんのか?」

「………」


 沈黙。

 封印の器なるものを誰も見たことがないのだ。求めている本人さえ、又聞きであり、実物を見たことはない。


「やっぱ、所長じゃないと無理か。こりゃ、おとなしく待つしかねぇな。おい、お前、その前に追い出されないようにしとけよ」


 巫女送りの儀式までは人手不足なので、労働力として雇ってもらえるだろうが、その先は分からない。責任者の帰所の予定は、まだ十日ほど先なのだ。


「しっかし、ホントにガラクタの山としか思えんな。おっ、これなんだ?」

「おい、何でも勝手に触れるな」


 遺物保管部屋には、多種多様な遺物――つまりガラクタが山と積まれている。この部屋は一部の者を除いてガラクタ部屋と認識されており、扱いも雑である。


「まあ、まあ、気にすんなって」


 ラズは、とアンバーに向け手をひらひらとさせる。


「何故、お前が決める」

「お-すっげぇ、でけぇ剣」

「だから、無闇に触るなと」


 ラズはアンバーの言葉を無視し、べたべたと巨大な剣――と思わしきものに触れる。刀身は少し弓状に反っており、刃先の方が少し広がっている片刃の剣である。一般的な大剣よりは遙かに長く、かなりの大男でも扱うのは難しそうだ。


「お、重っ…」


 ラズが持ち上げようとしたがびくともしない。


「ちぇっ、これ置物(オブジェ)かよ。じゃ、こっちは何だ?」

「おい、いい加減にしろ」


 ラズの興味は巨大な剣の置物から別のものへと移る。その後をアンバーが諫めながら―――全く聞き耳を持たれないが―――追う。

 その場に残された縺れ髪の少女は、部屋に無造作に積まれたガラクタを見回した。果たしてこの中に目的のものはあるのだろうか。

 少女は何の気なしに剣の置物の刀身にツーッと指を這わせ―――指先に奇妙な感触を覚え視線を落とした。そこには模様が刻まれており、掠れたそれは文字のように見えた。


 ――『風よ……私の………剣…は―――』


「おい、こっちだ。こっち」


 少女を呼ぶ声に慌てて二人の背中を追う。


「ほら、これこれ、これを見ろ」


 ラズの声が弾む。遺物管理倉庫前の廊下の突き当たりにあるもの、それが彼の一番見せたかったものだった。

 そこには澄んだ魔鉱結晶に閉じ込められた魔獣がいた。

 獅子のような鬣を持ち、その体は獅子よりも遥かに大きい。今にも獲物に飛び掛からんと牙を剥き、鋭い爪を立てている。


「すげえだろ。前の野外調査で見つかったんだ」


 その時の調査にもラズは参加していないのだが、自分の手柄のように胸を張る。


「獅子栗鼠…」


 少女がぽつりと漏らした。


「シシ…リス?獅子はともかく、栗鼠?いやいやいや、栗鼠はないだろ。栗鼠は」

「獅子栗鼠は力があるから畑を耕すのに良いよね。村で使役している家があるけど、羨ましかったなあ…」

「いや、魔獣に畑を耕かせるって…牛馬じゃねえんだから…」


 流石に話盛りすぎだろ。ラズが口を開く前にアンバーが言葉を挟む。


「この魔獣はここ数十年、目撃情報が無く、絶滅したと見られている。このように魔鉱結晶に閉じ込められていなければ、正確な姿形さえ誰も知りえなかった。もし、使役している者がいるとしたら大変なことだ」

「うーん、使役している家も先々代が従属させたという話だし、あまり見かけない魔獣だけど、絶滅はしてない……と思う」


 少女はアンバーの言葉を否定する。


「ありえない」


 ――でも、もし……本当だったら?


「その村に行ってみたいものだな」


     ***


「魔獣が使役されているって?いやいやいや、ありえないだろ、そんなの。妄想癖があるとか、もしかしてやばい奴………?」


 魔鉱結晶に閉じ込められた魔獣の前でラズは一人、ブツブツと呟いていた。

 本日の業務が終わり、隊舎へ帰る前にちょっと寄り道。


「………そういや、あの()の名前を聞いていなかったな………まあ、明日聞けばいいか」


 ラズは踵を返し、帰路に着く。


 ビシッ。


 背後の魔鉱結晶に僅かにひびが入った。


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