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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第5章 魔王のゆりかご

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5ー3.セレン 2・★

 兎罠に獲物が掛かっていた。

 褐色の野兎が脚に掛かった針金を外そうと足掻く。私は短刀(ファルシオン)を振り下ろした。血が飛び散る。


 ――まず、一匹。


 今日は村の自警団の訓練を兼ねた狩りが行われている。

 自警団には各家から最低一人は参加することになっている。我が家には男手といえば、祖父しかいない。本人は参加する気満々だけれど、流石に足腰の弱った老人を参加させる訳にはいかないし、私以外の女性陣は荒事には向かないので、私が代表して参加している。

 女性が参加しているのは我が家だけではないし、私は身体を動かす事が嫌いじゃないので、特に問題はない。それに自警団は、私を一人の人間として見て貰えるので居心地がいいのだ。


 ガサッ。


 茂みが揺れる。次の獲物は小振りな野猪だ。

 私は間合いをはかって、短刀(ファルシオン)―――と言う名のほぼ鉈を振り下ろす。獲物に当たるが、少し狙いが逸れた。力が無い所為か致命傷にはならない。


 ヒュン―――


 背後から矢が飛んできて、野猪が横倒しになる。

 やられた!獲物を横取りされた。

 狩猟訓練は、狩猟を兼ねた訓練なのか、訓練を兼ねた狩猟なのかはハッキリしないけれど、兎に角、獲物は仕留めた者のものになる。大物なら分けてくれる人もいるけれど、今回仕留めたのはイーだ。あそこは大家族なので望み薄だろう。


「恨みっこなしだぞ。一発で仕留められないのが悪い」


 背後から現れたイーが野猪を首に担ぐ。何か納得いかない。


「魔法を使えば、一発なのになあ……」


 今回はあくまで、武器を用いての戦闘訓練なので、非常時以外魔法禁止だ。非力な私には明らかに不利な条件である。獲物を仕留められなければ、取り分が少なくなり、食卓にそのまま反映される。お肉は貴重なのだ。

 他の罠も回ったが、結局、私は野兎一匹しか仕留められなかった。

 魔法禁止が恨めしい。

 もっと自由に狩りが出来ればと思うけれど、昔、乱獲して獲物が激減したことがあったそうだ。そのため、狩猟数に規制が掛けられており、大抵の狩猟は今回のように自警団の訓練を兼ねて行われる。それも主に剣術の訓練を兼ねて、だ。魔法での狩猟訓練は殆ど行われない。火魔法や雷魔法を使う者が多く、折角の毛皮や肉が焼け焦げてしまうかららしい。

 私は風魔法も水魔法だって使えるのに!

 だから、害獣が大発生して大がかりな討伐でも無い限り、私の実入りは少ない。冬の食料確保に向けて、近々、兎や鹿あたりが大発生しないものだろうか?


「これ、やるよ」


 突然、目の前に野兎がぶら下げられた。アルが、野兎を一匹分けてくれたのだ。

 アルは本当に良い人だと思う。獲物の少ない私を見かねて、よく獲物を譲ってくれる。彼は確か、私よりも二つ上の筈だ。この辺りでは年が明けると、全員が一歳年を取る。私が今年十七歳になったので、アルは十九歳ということだ。年長者なのに偉ぶった所の無い、謙虚な人で、私がお礼を言うといつも照れて真っ赤になる。本当に奥ゆかしくて、良い人なのだ。村の娘達に人気があるのも分かるというものだ。


「え!?いいの?……ありがとう」


 私は一応遠慮して見せるものの、素直に受け取った。勿論、「これからも宜しくね」という下心を込めた満面の笑みを浮かべるのも忘れない。ちょっとあからさまだっただろうか? だって、動物性タンパク質は貴重なのだ。これで馬鈴薯と南瓜中心の我が家の食卓が少し豊かになる。

 アルはまだ私に用事があるのか、何だかグズグズ言っている。


「あの……さ。祭りの日は……時間がある……よな。……あ、いや、花娘がどうとかじゃなくて……その……残念、じゃなくて……それで、その……」


 アルの言葉に私の心が少しツキンとした。でも私はそれに気づかぬ振りをする。


「ああ、うん。スーが脚を怪我したんだってね。花娘に選ばれて、あんなに喜んでいたのにね」

「あ、ああ……うん。そうだな。いや、そうじゃなくて、祭りの日なんだが……」

「何だ、スーの奴、怪我をしたのか?」


 自警団の仲間が口を挟む。


「あの馬鹿、崖から落ちて脚の骨を折りやがった」


 自警団にはスーの兄達も居て、状況を説明する。これを機に自警団の他の面々が次々に会話に参加した。


「何でまた?」

「本人が言うには、魔物に追いかけられたんだとよ」

「はぁ? 魔物? 魔獣の事か? 魔獣もここ数年、見たって話を聞かねーな。俺はリウ爺さんとこで使役してる奴しか見たことないぞ。お前の妹、大丈夫か? 崖から落ちて頭を打ったんじゃないか?」

「まーな、大方、何かの獣を見間違えたんだろうよ」

「もしかして、アルに振られて、おかしくなっちまったんじゃねーか?」


 皆の視線がアルに集まる。


「え!? いや、俺は……」

「あー、アル、お前スーを振ったのかよ。まあ、しゃーねーか、アルは誰かさんに夢中だもんな」

「いや、いや、いや」


 アルは否定するものの、顔が真っ赤で否定になっていない。

 スーはアルが好きだけど、アルは別の人が好き。良くある話―――まあ、私には関係無いけどね。


「それよりよ、スーは祭りに参加出来ないのか? ほら、回復魔法で何とかするとかさ?」

「婆様に回復魔法を掛けて貰ったが、結局、苦しんで途中で断念だよ。祭りまでに歩けるか怪しいみたいだな。山車に乗るなんてとてもじゃないが無理だろうよ」

「あー、婆様の回復魔法じゃなあ……あれは、大の男でも辛いからなあ……」


 私達がガヤガヤとやっていると、村の代表の爺様と自警団の団長が、見知らぬ三人の若者を伴ってやって来た。私は何となくあの物語を思い出した。お馴染みの三人の若者の物語だ。


「お-い、皆、聞いてくれ! 皆に紹介したい奴らがいる。この村に暫く滞在することになった。仲良くやってくれ」


 私はその中の一人に目を奪われた。その顔は作り物のように美しかった。切れ長の目に翡翠のような濃い翠の瞳、そして―――


「ロウカンだ。暫くこの村のお世話になることになった。よろしく頼む」


 私は彼の夜の闇のような漆黒の髪から視線を外すことができなかった。



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