5ー2.セレン 1・☆
・2022/8/18 一部修正
その昔、私は小さな魔物だった。俗に言う前世と言っても良いかもしれない。
でも今は、金髪碧眼の母親の容姿を受け継いだ人間の娘だ。金髪碧眼は月の女神の色と言われ、美人の証である。だから名前は月の女神に肖ってセレンと言う。ちなみに同じ女神の色を持つ母の名はセレネだ。なお、妹は髪も瞳も女神の色を継いでいない。母が言うには妹は父親似らしい。
らしい―――
そう、私は父親の容姿を知らない。
祖父母や周りの人が言うには、母は異国の男と駆け落ちし、騙されて捨てられてしまったそうだ。祖父は、父親を蛇蝎のように嫌っている。でも母から父親の悪口は聞いたことが無い。
捨てられたのに今でも父のことが好きなのだろうか?
まあ、私にはどちらでも良いことだ。
そんなことよりも、今の私には大きな関心事がある。「今年の花娘が誰か?」である。いや正確に言えば、「今年の筆頭花娘も私か?」である。
花娘とは、この地域で行われるお祭りの花形である。お祭りの最終日に美しい花娘の乗った山車がナノハナ町を練り歩くのだ。行列は町で行われるけれど、祭り自体はこの辺の地域全体でとり行うものなので、花娘も町からだけでなく、私達の村からも選ばれる。そもそもこの村は町よりも遙かに美人揃いだ。だから、毎年、花娘の半分はこの村の娘になる。もしかしたら、この村の娘で独占されるのは不味いと思って、山車に乗る花娘の数を増やし、半分は町の娘にしているのかもしれない。
そして、この行列では特に美しい花娘が山車の一番高い場所に座る。その筆頭花娘は、十三歳の時から四年間ずっと、女神の色を持つ私である。
当然だけど。
でも、去年は町の有力者の娘が筆頭花娘に捩じ込まれそうになったという噂だ。結局、本人がこの村の娘達、特に私を見て泣いて嫌がったらしい。
そうよね、私があの娘だったら、一体何の虐めって思ってしまうわ。
今日はナノハナ町からお祭りの協力要請に担当者がやって来ている。
ああ、「ナノハナ町」というのは、私達の間だけの呼び名。本当の町の名前は知らない。大人達だって単に「町」と呼ぶし、私達の間では「ナノハナ町」だから。で、何故、ナノハナ町かと言うと、春には黄色い菜の花でいっぱいになるから。
素敵でしょ?
命名者は残念ながら私じゃないけどね。
つまり、ナノハナ町は菜の花が沢山植えられている。だから、お祭りの主役は「花娘」と言う訳。でも、お祭りは、菜の花の咲く春じゃなくて秋に行われる。だって、このお祭り、収穫祭なんだもの。
まあ兎に角、この村の娘にとって、お祭りの開催時期なんてどうでも良い。花娘に選ばれるかどうかが大事なのだから。
私は自慢の金髪を靡かせ、近所の娘達と指定の時間に集会所に向かった。村の未婚の娘は全員参加。これがどれだけ残酷な事か、村の偉い爺様達には分かっていない。
町から来た担当者は、集められた娘達の中から花娘を選ぶ。
「……君と、君と、君。それから、今年も筆頭花娘はセレン君にお願いするよ」
今年は七人の花娘が選ばれた。去年より一人少ないのは、去年の花娘が何人か結婚して未婚の娘の数が減ったからだろう。結局、村の未婚の娘の殆どが選ばれた。選ばれないのは未だ幼い娘か、訳ありの娘だけだ。
「選ばれなかった子達は残念だけど、祭りは来年もあるからね」
町から来た担当者は毎年決まった慰めの言葉を言う。数年前から選ばれていない娘は、来年も選ばれやしないのに。
「ねえ、やっぱりあの子は、今年も選ばれなかったわよ。セレンは今年も一番の花娘なのにねぇ。クスクスクス……」
集会所からの帰り道、心無い娘が、選ばれなかった娘を揶揄するように嗤う。
「ちょっと、止めなさいよ。可哀想よ」
そう言う娘だって、顔が嗤っている。
「だって、ねえ……クスクスクス……」
「ホントに止めた方が良いわよ。あの噂知らないの?」
三人目の娘が内緒話をするように小声で話すけれど、ここに居る皆に普通に声は届く。
「あの子に関わると、酷い目に遭うんだって」
その子がそう言った途端―――
「痛っ!」
「きゃっ!」
さっき迄嗤っていた二人の娘が声を上げた。二人の膨ら脛に刃物で切ったような傷ができていて、薄らと血が滲む。
「何?鎌鼬?」
「ほら、言わんこっちゃない」
「えー、何で私まで」
「ヤダ、あの子こっちを見てる。ホントなの?」
話題の中心が移って、私は不愉快になった。
「そんな事より、皆、花祭りの衣装は決めたの?」
私は話題を変える。折角、花娘に選ばれたのだ。楽しい話をしたい。未婚の娘はベールを被るのが決まりだけど、それ以外は自由である。皆お祭りに併せ服を新調し、特に花娘に選ばれた娘の服は華やかだ。
「花娘に選ばれたんだもの。いつもよりフリルいっぱいのドレスにして貰うわ。ギャザーをタップリ寄せてね」
今年初めて花娘に選ばれた年少の娘が言う。
「あー、どうせなら絹のドレスを着てみたいわ」
「無理、無理、一体どれだけ高いと思っているのよ。精々リボンが良いところね」
「そんなの分かっているわよ。夢を語ってもいいじゃない」
「でも、木綿でも結構するのよね。うちはそんなにお金は掛けられないかな。その代わりストールは、少し華やかな刺繍にするつもり」
娘達はお洒落談義に華を咲かせる。想像するだけなら自由だ。
一人の娘がちらりと後ろに視線を向けた。先程の心無い娘の片一方、スーだ。
「あーあ、花娘に選ばれない娘はいいわよね。こんなことで、悩まなくてもいいんだもの」
名前を言わなくても、誰のことを言っているのは明らかだった。華やいだ雰囲気が一変する。
「ちょっと、スー」
「何?ホントのことでしょ」
あの子は、今年もフリルやレースの華やかな衣装とは無縁なのだ。私は何とも言えない気持ちになった。胸が痛む。ちょっとだけ。
私達は暫く無言で歩いた。こそこそと話し声がするので、正しくは無言ではないけれど、兎に角、私達は比較的静かに歩き続けた。
「あ、ボウ爺」
誰かが声を上げた。視線の先には、腰の曲がった老人がヨロヨロと歩いている。
「ボウ爺?」
「いつもボーッとしているから、ボウ爺」
「やだあ、何ソレ。でも、あの爺さん、いっつも村の中をフラフラしていてヤな感じ。何でこの村に居るんだろう?」
ボウ爺は、村の中を彷徨いている得体の知れない人物だ。特に仕事をするでも無く、村人の施しで生活している。
「ボウ爺ってさ、婆ちゃんの子供の頃から、ずーっとあのまま変わってないんだってさ」
「えーっ、何ソレ、ボウ爺って魔物なの?」
「魔物が何でこの村に居んのよ」
「えーっ、でもさ……」
スーが、チラッと後ろを振り返る。
「スー、あんたさっきから、ちょっとしつこい。アルに振られたか―――」
「あーあーあー」
「何?スーあんた、アルに振られたの?」
「知りませーん。それより、ボウ爺の話でしょ」
「まあ、それは後でじっくり聞かせてもらうわ。兎に角、ボウ爺は、ずっと昔に封印の器を務めたとかで、何かね、村にすっごい貢献したんだって」
「えーっ、あのボウ爺が? で、封印の器って何?」
「人を器にして、その中に災禍を閉じ込めるらしいよ。その器」
「あー知っている。ソレって三人目の若者が昔、この村で黒霧の災禍を閉じ込めたって奴だよね。でもあの器って人間じゃなかったよね」
私は遥か昔の記憶を辿る。あの亡霊が閉じ込めるのに用いていたのは―――
「そうよね。何で人間に封じるのかしら?普通に壺とかの器に閉じ込めればいいじゃない。私、昔見たわよ。黒霧を変な器に閉じ込めている人。銀色の髪の凄く綺麗な男の人だった」
「え!凄く綺麗な男の人?」
亡霊だけどね。
「食い付くとこそこ? でもさ、何か嘘っぽい。そもそもそんな器、どこにあんのよ」
「さあ?王都にはあるんじゃない?」
「王都にあってもねえ……」
王都は私達のような田舎の娘にとって、物語の中の世界だ。御伽の国なのだ。本当は存在しないかも知れない。
「でもさ、災禍を封じられるのに、何で前の災禍の時はやらなかったの? 結構、被害あったよね」
「さあ? そんなの私が知るわけないでしょ」
「もしかしたらさ、人間の器の場合、ああなるからじゃない?」
皆の視線が彼女の指差す方向―――ボウ爺に向けられる。
「すっごい貢献したかもしれないけどさ、封印の器なんてなりたくないよね。ああなったら終わりだよ。今じゃ単なるお荷物だしさ。あ、やだ。こっち見た」
「え、あれ見えてんの?」
老人の目は白内障で真っ白だ。
クスクスと笑いながら娘達が足早にその場を立ち去る。私も彼女の後を追ってその場を後にした。
その日の夕方、隣の小母さんが畑で取れた馬鈴薯と南瓜を大量に持ってきた。小母さんは噂好きと有名な人で、彼女に掛かると村で起きた事は直ぐに広まる。今日もいつものように噂話のお土産を置いていった。
「ねえ、聞いたかい?ジウの所のスーが崖から落ちて脚の骨を折ったってさ。獣に襲われたそうだよ。可哀想に花娘は無理だね。折角選ばれたのにねぇ」
母達は気の毒そうな顔をしたけど、私は同情しない。
あの子を蔑ろにしたスーが悪いのだ。
それよりも、これから暫くは芋と南瓜の日々が続きそうで、ちょっとウンザリ。




