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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第1章 囚われの獣

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1−4.燐寸と馬鈴薯

 土間に胡座をかき焦げ付いた大鍋を磨いていたラズは、話し声に顔を上げた。炊事場の戸口に対照的な二つの人影―――ふくよかな方は馴染みの料理人の小母さんで、もう一つは―――


「おっ、新しい下働きの()を雇ったのか。助かる」


 ペーペーの下っ端とはいえ、ラズはこの国の軍隊に所属する兵士だ。それなのにまだ十六の子供だと侮られているのか、偶に――否、頻繁に台所仕事などの雑用を頼まれる。


「そもそも俺は護衛として遺物管理所(ここ)に派遣されたのであって、決して芋の皮を剥くためじゃない。―――まあ、小隊長の命令だから、鍋は磨くけどな」


 大鍋は軍の備品である。だから磨くのは当然だ。それにちゃんと磨いておかないとどんな目に遭わされるか―――


 ゴシ、ゴシ、ゴシ。


「どんなコだろう………何だ、この焦げ全然取れないぞ…」


 束子を握る手に力が入る。


 ゴシッ、ゴシッ、ゴシッ。


「可愛いといいなあ………」


 ゴシッ、ゴシッ、ゴシッ。


「ラズ君、ラズ君…」

「そうそう、ラズ君なんて呼ばれたりして…」


 ゴシッ、ゴシッ、ゴシッ。


「ラズ君、ラズ君、ちょっといいかな」

「いやあ、カッコイイなんて…」


 パシッ。


「うわっ」


 パッとラズの目の前で魔法の光が弾けた。


「な、な、な、何ですか。ラング事務官、ふ、不意打ちとは酷いじゃないですか」


 妄想の世界に入り込んでいたラズは、彼の存在に気づけなかった。


「いやいやいや、普通に声、掛けてますから。起きたまま夢を見られるなんて、ラズ君は器用ですね」


 炊事場には二つの出入口がある。一つは水場に通じる屋外への戸口、もう一つは食堂など建物に繋がる扉。その扉に隠れるように片眼鏡の事務官がラズを手招きしている。


 オイデ、オイデ。


「もう何ですか」


 ラズは束子を片手に事務官の元へ大儀そうに参ずる。事務官はそんな態度に苦笑しつつ耳打ちした。


「彼女の動向に注意してください。所内の遺物に何かあると冷静でいられない人がいますから………まあ、念のためです」


 事務官の視線の先には例の人影の細い方の姿があった。

 ラズは首をかしげる。


「あんなモン盗むヤツいるンすか?金になるとは思えないですけど」


 何も知らない者にしてみれば、管理所に保管されているのだから、金目のものに違いないと思うのだろうか?まだ焦げ付いた鍋の方が役に立ちそうだ。


「だからあくまで念のためですよ。巫女送りの儀式も近いですしね。何事も無ければそれで良いのですから」


 ちらりと少女に目をやると、料理人の小母さんが少女の暴れる黒髪を紐で一つに括っていた。


     ***


 少年兵士は鍋を磨きながら、芋の皮を剥く少女にチラチラッと視線を向ける。年齢は自分と同じか、少し下くらいか。襟と袖口が白い上品ではあるが、地味な濃紺のワンピースを着ている。裾から覗く痩せぎすの脚に直りきらない擦り傷がいくつかあり痛々しい。肌の色は白いが、手入れが行き届かない黒髪は荷造りに用いる紐で無造作に括られ、お洒落とはほど遠い。長い前髪が目を覆い隠し、瞳の色どころか、表情も碌に読み取れない。


 ――うむ。…可愛いかどうかわからん。


 ゴロン。


 少女は馬鈴薯の山から一つ取り、皮を剥き終わると足下の木桶に落としていく。

 沈黙に耐えられないラズは機械的に手を動かし、視線を宙に泳がせ話題を探す。


 ――『今日は天気が良いですね。』


 いや、今日は晴れていたか?いやいや、そもそも天気の話ってアリか………無いな。


 ゴシ、ゴシ、ゴシ。

 ゴシ、ゴシ……


 ――いやいやいや、普通に『どこからきたの?』で良くね?


 ラング事務官が変なことを吹き込むから身構えてしまった。普段通りで良いのだ。普段通りで。


「やぁ、俺はラ…」

「ほら、ちゃんと謝りなさい」


 ラズが声を掛けようとした瞬間、邪魔が入った。女性神職が幼い少年を引き摺るように連れてくる。少年の背中に手を添え、少女の前へと促す。


「レビ、『ごめんなさい』は?」

「………」

「レビっ!」

「………ごめん…なさい」


 渋々と言った様子でと謝る少年。頭は下げず、顔はそっぽを向いている。神職がそれを咎めると彼女の腕をするりと抜け、走り去った。


「ちゃんと謝ったからな」


 小さな体が廊下の先へと走り去る。


「もう、レビったら…御免なさいね」


 神職が詫びの言葉をかけ、少年の後を追った。さすがに彼女は走らなかったが――


 神職の姿が見えなくなるとラズが口を開いた。


「あのガキに何かされたのか?」


 少女はラズをちらと見るとぽつりと言葉を零す。


「水をかけられた」


 少女は新しい馬鈴薯を手に取り、皮むきを続ける。


「ああ、あのガキ、またやったのか。客がくれば毎度いたずらしやがる。まあ、大抵は鼻持ちならない貴族か金持ちが標的だけどな…何で………」


 ――何であんたのような見窄らしい小娘を相手にしたのか。


 さすがにそれは口にしない。まあ、それとなく察しはしただろうが…。


「なぜこんなところに子供が?」

「ああ、それは先祖返りの魔物筋の子供だからな」


 近年魔力を持つ者が減少している。優秀な魔力持ちを確保するため、強力な魔力を持つ子供達を王都に集めるよう御触れが出された。

 魔力の強い子供は、原則として巫覡(ふげき)として二つ目の月に送られるが、月に送ることのできない魔力持ちの子供が存在する。それが魔の血脈に連なる者――魔物筋と呼ばれる魔物の力を受け継ぐ者のうち、特に強い魔力が発現した『先祖返り』だ。

 先祖返りは強力な魔力を秘めているが、彼らは自ら選んだ主人にのみ服従すると言われており、仕える主により国の守護者とも反逆者ともなりうる。それゆえ主のいない先祖返りは危うく、国の要所に置くことはできない。しかし、その能力の高さ故、手放すこともできない。

 国にとって都合の良い主が現れるまでここ――国教会に置かれる事になる。新たな飼い主を待つ保護動物のようなものだ。


「今、ここにいる主のいない先祖返りは、さっきのガキと…管理所の坊っちゃまだな」


 主を持たない先祖返りは二人。ただしその内一人は遺物管理所にいる貴族の三男坊で、本当の意味で行き場の無いのは六歳になる件の男児一人のみ。


「そのガキが飼い主候補を魔力で悉く撃退しているということだ。まあ、分からんでもないが」


 貴族の飼い犬なんて真っ平だ。その点では同情する。


「貴族の坊ちゃんの方は……あっちはあっちで大変かもな。まぁ、俺みたいな能無し庶民から言わせりゃ贅択な悩みってヤツだけどな」


 ――強力な魔力持ちの貴族で士官学校出、普通なら『月の騎士』にだってなれる。先祖返りというなら王様を主にすりゃあいい。どうせ騎士になれば王様に忠誠を誓うんだからな。何が不満なんだか…俺にあれだけの魔力があったらなあ……


 ラズは己の微々たる魔力に溜息を吐く。それでも無いよりはマシなのだ。現に軍に入隊できたのだから……例え燐寸程度の火力でも。


「なあ、あんたは魔術が使えるのか?魔術が使えれば、働き口には困らないぞ」

「………今は使えない」

「ああ、成長とともに消えるってやつか。よく聞く話だな。まあ気落ちしなさんな。俺も大した魔力はないが、結構なんとかなるもんだ」


 話し相手が出来たことが嬉しいのか、少年兵士は饒舌だった。

 彼は管理所の野外調査の際に同行する護衛として軍から派遣されているが、半人前のため一人待機指示があり、鍋の山をピカピカに磨いておくように言われているらしい。

 焦げついた鍋と悪戦苦闘しながら、彼の口が閉じられることはない。


 そもそも彼は二つ目の月――王の警備にあたる月の騎士こと近衛騎士にあこがれ田舎から王都にやってきた。彼には僅かな魔力がある――が、実際には薪に火を付けることくらいしかできない。近衛騎士は強力な魔力がある者か貴族の子弟でなければなれないと言われており、碌な魔力が無い平民の時点で全く望みがない。なんとか軍には採用されたが、半人前扱いで、護衛として野外調査にはなかなか同行させてもらえず、ついでに給料は安い。


 今回も管理所の警備を任すと言われたが、実際にはまたもや鍋磨きだ。

 そもそも管理所の職員や国教会の神職には、彼など足下にも及ばない魔力を宿している者もおり、彼が管理所の警備として期待されているとは思えない。


「そういや、管理所の所長は『魔神の血脈』とかいうご大層な血筋のお貴族様で、魔力も高いって話だ。で、その弟が先祖返りの魔物筋の坊っちゃまだな。あれ?弟が先祖返りってことは所長も先祖返りの可能性あるのか……?」

「アイツは魔物筋だが、先祖返りじゃ無い」

「へ?…なんだアンバー坊ちゃんじゃないですか」

「誰が坊ちゃんだ」


 噂をすればもう一人の先祖返りの魔物筋、『アンバー坊っちゃま』が登場。獅子を思わせる金茶の髪に琥珀色の瞳の美丈夫だ。ラズは世の中不公平だなと改めて思う。


「ずいぶん暇そうっすね」

「暇じゃねーよ」


 アンバーが不機嫌そうに答える。虫の居所が悪そうだ。ラズは合点がいったという表情を浮かべる。最後はニヤついていたかもしれない。


「あ、また例の関係の客が来やがっ…いらしたんすね」


 アンバーは顔を顰めた。どうやら『当たり』のようだ。


「いやあ、おモテになるようで羨ましい」


 これは少し本音。

 アンバーは更に不機嫌になった。

 辺りは重い空気が――


 ゴロン。


「これでお仕舞い」


 そして、空気を読まない奴が一人いた。剥かれた芋の山を見てアンバーとラズは思う。


 ――誰がこんなに食うんだよ。


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