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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第4章 たゆたう獣

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49/73

4ー12.月が墜ちる時

・7/10一部修正

 アンバーが窓から見下ろすと、遺物管理所長とラング事務官が足早に建物に入るのが見えた。


「今日、兄貴が博士のところに来るとは聞いていないが……」


 疑問に思いつつも、気まぐれな兄のことだ、予定変更はいつものことと、直ぐに興味を失い視線を部屋の中へ向けた。

 ロードナイト伯爵邸の離れの二階は、書棚が何本も押しこめられ、書庫と化していた。部屋の隅には書棚に入りきらない書籍が積まれている。この部屋以外も二階の部屋はほぼ同様の状態だ。床が抜けないか心配になる。

 アンバーと黒髪の少女は、いつものように文献を漁っていた。

 通常、これらの部屋は書物を日光から守るため、分厚いカーテンが閉じられているのだが、今は一部のカーテンが開かれ、外光を取り込んでいる。

 アンバーが半分閉じられたカーテンを全開にすると、埃が光の中を舞った。

 窓を少し開け、風を通す。

 風が傍らの少女の黒髪をサラサラと揺らした。

 今日は束ねられていないのだなとアンバーはぼんやりと思った。そして、本の活字を追う少女の横顔を眺める。

 彼が見る限り、少女が目を通すのは古語で書かれた文献ばかりだ。もう何冊目だろう? 少女の捜し物は未だ見つからない。


 カチ、カチ、カチ―――


 柱時計の振り子が規則的なリズムを刻む。

 あれから―――所長達が少女を害する冗談とも本気とも取れぬ話をした時から、アンバーは極力少女の側に居るようにした。

 その行為にどれだけ意味があるのかは分からない。ただ側に居ようと思ったのだ。


 カチ、カチ、カチ―――


 視線を感じたのか、少女が訝しげにアンバーを見上げた。

 アンバーがその頬をちょんと突く。


「何?」


 少女がムッと頬を膨らませた。その可愛らしさに、ついアンバーの手が伸びる。少女の左頬を摘まみ、ちょっと横に引っ張った。最初に会った時よりもふくよかになったようだ。ふにふにとして柔らかい。


「なひよ、ひゅる」


 少女が手にした本を傍らの書籍の塔の上に重ねると反撃した。アンバーの両頬が引っ張られ、端正な顔が歪む。負けじと、アンバーも少女の両頬を摘まんだ。

 暫くじゃれ合いが続き―――


「「ぷっ」」


 と、どちらとも無く吹き出した。

 少女は慌てて笑顔を隠し、両頬を擦ると、少し唇を尖らせた。一応、怒っている振り(アピール)である。


 カチ、カチ、カチ―――――――ボーン、ボーン、ボーン……


 柱時計の点鐘が時を告げる。アンバーは点鐘を数えた。


「今日はここまでだな」


 最近は日が傾くのが随分早くなった。直ぐに暗くなるだろう。できれば、明るい内に帰り着きたい。

 本を元の書棚に戻し、カーテンを閉め、部屋を出る。階段を下りると、足を踏み出す度ギシギシと鳴った。

 帰る前に博士へ暇を告げなければならない。

 少女が博士の部屋の扉をノックしようと―――


『―――そうです。間違いありません。―――がブラシカの民を虐殺したのです。何か手を打たないと、大変なことになります』

『やはり、ブラシカを死の土地にしたのは、―――か。恐ろしい事よのう』

『ですから!このままでは、王都はブラシカの二の舞ですよ!早急に―――を憲兵に引き渡すべきです』

『だが、憲兵が適切な行動を取るとも思えんな。下手なことをされたら、それこそブラシカの二の舞であろうよ』

『手に掛けるにしても王都に影響がない場所でなければならんのう―――』

『果たして、そんな都合の良い土地があるものか―――』

『何を暢気な!我々は騙されていたんですよ!―――の危険性について述べられていたのは、お二方じゃないですか。早く何とかしないと、王都が死の霧で真っ黒に覆われてしまいます。皆、死んでしまう!―――に殺されて!』


 博士の部屋の扉は歪んでいるのであろう。ぴったりとは閉まらない。その隙間から会話が漏れ聞こえる。


『いいですか、あの娘は化け物です!あの黒髪の娘は、人を喰らう化け物なんですよ!』


「聞くな」


 アンバーが少女の耳を塞ぐ――――――が、遅かった。


「私は……人を喰らう……ばけもの……私が…………殺した」


 心の奥底で何かが揺らいだ。

 少女の身体がガタガタと震える。

 アンバーは少女の手を強引に引っ張り、建物の外へと連れ出した。二人が行き着いたのは、いつかの本を虫干していた庭だ。


「アイツらの話は根拠の無い出鱈目だらけだ。お前には覚えのないことなんだろ?あんな巫山戯た話、真面目に取ることは無い」

「……私は…………」


 少女がアンバーを焦点の定まらない目で見る。


「村を出て……」


 ――『ソレハ、イツ?ドウシテ、村ヲ出タノ?』


「村の皆が……笑って…………」


 ――『アラ、随分都合ノ良イ記憶ネ』


「……何故、皆の顔が黒く塗り潰されているの?」


 ――『ソンナ事モ、覚エテイナイノ?―――ノ所為ナノニ―――』


「だって、―――が封印の器があればって……」


 ――『ソレハ、誰ノ言葉?ソモソモ、何故、封印ノ器ガ必要ダッタノ?』


「村に帰ったら……」


 ――『帰ル村モ無イノニ?』


「だって、だって、だって……」


 ――『ダッテ、村モ、町モ、人モ、皆、―――()()、壊シテシマッタジャナイ』


 少女の脳裏に真っ黒な霧に囚われ苦しむ人々の顔が浮かぶ。皆、彼女を責めていた。少女の頬を涙が伝う。


「…………私が皆を……殺してしまったんだ……私の……所為だ……」


 ――『ソウダ。オ前ガ悪イ。オ前ノ所為ダ!オ前ガ殺シタ!!』


 地面に崩れ落ちた少女の身体から黒い霧が染み出し、全身を覆う。

 少女に触れようと手を伸ばしたアンバーの身体が強く弾かれ、背中から樹木にぶつかった。樹木が色づいた葉を散らす。

 辺りが急に薄暗くなった。

 少女を取り囲む細い光の鎖が、黒い霧の中で淡く浮かぶ。

 少女から溢れた黒い霧が凝集し、徐々に人を形取った。アンバーは背中の痛みに耐えながら、樹木に寄りかかりその様子を見ていた。以前見た時より、それは鮮明になっている。黒一色(モノトーン)ではあるが、髪の長い目鼻立ちのハッキリとした美しい男だと分かった。

 人影が少女の髪を掴み、強引に身体を引き起こした。


「実体……が…ある……?」


 ガァァァァーーー!


 何処からともなく現れた獅子栗鼠が体当たりし、黒い人影を霧散させる。

 アンバーは立ち上がると、少女に駆け寄り手を伸ばした。少女は黒い靄を纏い地面に蹲っている。


「うっ……」


 少女に触れた瞬間、アンバーの身体から、ガクンと力が抜け、膝を突いた。


「だ、だめ……離れ……て……」


 アンバーの行動に少女が驚き、逃げるよう促す。少女を取り巻く靄がぐんと濃さを増す。少女は必死に内から溢れるものを押し止めようとしていた。最後の封印の鎖が弱々しく発光する。


「嫌だ……」


 アンバーが確りと少女の手を握る。


「俺と……主従の盟約を結ぼう…………頼む……俺を信じてくれ」


 ――『ドウセ、マタ裏切ラレルワヨ。アノ時ノヨウニ―――』


 徐々にアンバーから力が抜けていき、その身体が傾ぐ。それでも手は繋がれたままだ。

 アンバーの琥珀色の目が、少女の瞳をじっと見つめる。


「ああ、黒い瞳だと思っていたけど、本当は深い、深い、茶色なんだな……」


 アンバーはにこりと微笑んだ。そして、言葉を紡ぐ。


「俺、アンバー・スピネルは、君の(しもべ)となることをここに誓約する」


 少女の深く濃い―――黒と見紛う茶色の瞳が揺れる。

 繋いだ手から徐々に力が失われ―――

 少女はアンバーの唇にそっと自身の唇を重ねた。


「!」


 少女を取り巻く黒い靄が再び凝縮し、アンバーを取り込もうと襲う。咄嗟に少女がアンバーを突き飛ばした。


「シシィ、アンバーを……守って!」


 獅子栗鼠が戸惑ったように少女とアンバーを交互に見て、そしてアンバーの元に向かった。


 ――『皆ヲ見捨テタクセニ、ソノ男ハ庇ウノネ』


 少女の瞳が一瞬碧く輝いたように見えた。

 見間違いかとアンバーが再度確認しようとするが、ぐんと身体が後ろに引かれる。獅子栗鼠がアンバーの襟を加え、執拗な黒い触手を避ける。

 黒霧が凝縮し再び人型を取った。


「「時ハ来タレリ。永キニ渡ル我ガ怨讐、今為サン―――」」


 黒い人影が少女を拘束し、声を発した。

 何か違和感を覚える。

 声が重なって聞こえるのだ。アンバーはもう一つの声がする方を見た。

 樹木の影から、十二、三歳くらいの人形のように美しい少年が現れる。


「あいつは…………」


 少年は黒い霧が渦巻く中、平然と少女に近づくと、黒い人影と並んだ。アンバーはその少年が黒い人影と良く似ていることに気づいた。


「「時ハ来タレリ……時ハ来タレリ……時ハ来タレリ―――」」


 少年と黒い人影が同調し、呪詛のように何度も繰り返す。

 どこからか現れたのか、紙片が少年の掌の上でくるくると回り、足下に魔法陣が浮かび上がる。


「「我ガ怨讐ヲ……我ガ怨讐ヲ……我ガ怨讐ヲ―――」」

「雷撃!」


 アンバーは嫌な予感がして咄嗟に黒い人影に向け、魔法を放つ。放たれた雷撃は真っ直ぐ人影に向かって飛んでいき、人影を霧散させる。しかし、飛び散った黒い霧は瞬時に人影に戻った。少年と黒い人影がアンバーに虚ろな瞳を向ける。足下の魔法陣が妖しく輝いた。


「「此レハ貰ッテイク」」


 黒い人影が黒い靄を纏う少女の頭を持ち上げる。


「一体、彼女をどうするつもりだ!」


 少年と黒い人影が揃ってニィィィィィィと嗤う。


「「マダ器ハ壊サナイヨ……マダネ」」


 魔法陣が強く発光した。

 アンバーは眩しさに目を背ける。


「「我ガ怨讐ヲ……我ガ怨讐ヲ……我ガ怨讐ヲ…………思イ知ルガイイ!」」


 やがて、光が収束し、アンバーの目の前には、少年も、黒い人型も、そして、少女も―――消えていた。


「くぅん」


 獅子栗鼠が悲しげに鼻を鳴らした。黒い靄が残滓のように辺りを漂っていた。




 黒い、黒い、深い、深い、闇の中で―――


 パリン。


 最後の封印の鎖が砕け散った。

 少女の意識が深淵に沈んでいく―――



     ***



 急に陽が翳り、部屋に集っていた三人の男―――博士、所長、事務官は論議を止め、訝しげに窓の外へ目を向けた。


「!」


 窓越しに見上げる空は、真っ黒に塗り潰されていた。

 気温が下がったようで、博士は無意識に腕を摩る。老眼の目を凝らすと、王城付近を中心として暗雲が渦を巻き、稲妻が生物のようにその中を暴れ回っているのが見えた。

 ドン、ドンッと響く重低音と、バリバリと天を裂く音が不安感を煽る。


「これは一体……」


 三人はただ呆然とその様子を見つめた。

 突如、上空に王都全体を覆う程巨大な、黒く輝く魔法陣が浮かんだ。


「あれは、まさか……魔王のゆりかご―――」


 ズンッ――――


「ぐっ!」

「むっ」

「うっ!」


 突如、彼らの身体は重力が増したように重くなり、床に押し付けられる。

 全身から力が抜けていく―――

 這い蹲った床から、窓越しに見えないはずの月が見えた。

 その月は手が届きそうな程、今までになく巨大だった。

 低く垂れ込める暗雲を突き破り、二つ目の月が王都を押し潰さんばかりに迫っていた。






 月ガ―――墜チ―――

               テ―――クル――










恋愛ものの筈だったのに……何故かホラーテイスト強め?

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