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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第4章 たゆたう獣

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4ー11.捜索

「ぁちっ!」


 掌を擦るロープの熱に思わず手を離した。身体が滑り落ち、そして宙に投げ出される。


「のわわわーっ!」


 ドサッ!


 ラズにとっては幸運なことに、一方、カンクリにとっては不運なことに、遺跡の地下通路に投げ出されたラズは、カンクリの上に落ちた。


「っ、痛ってえな。気ぃつけろ」


 カンクリが足形のついた禿頭を撫でる。

 ふと自分が落ちてきた坑を見上げたラズが、スッとカンクリから身体を引いた。


「ぐへっ!」


 カンクリが潰れる。上からカルシラが落ちてきたのだ。


「あ、ごめーん。手が滑っちゃった。てへ」

「てへ、じゃない!お前は絶対、態とだろう」

「えーっ、そんな所にぼさっと立っているカンクリが悪いと思う」


 カルシラが悪びれもせずヘラヘラと嗤う。


「お前はぁーっ!一発、殴らせろ!」


 カルシラとカンクリがラズを中心にぐるぐると追いかけっこを始めた。偶にカンクリの拳がラズの鼻先を掠め、とんだ(とばっち)りである。

 先に遺跡内で待機していた王都師団第五大隊・第五中隊の第三、四小隊の面々が、騒がしい第五小隊を忌々しげに睨んだ。石造りの地下通路はよく反響する。


 先日、禁域内を捜索していたある部隊が、遺跡への入り口と思われる場所で人の痕跡を見つけた。公爵は遺跡内に逃げ込んだと推測され、直ぐに追っ手を―――とは成らなかった。

 遺跡は禁域の中でも特に不可侵とされている。現場では判断できないので、上にお伺いを立てる必要があった。その間、捜索隊は交代で公爵が逃げ出さぬよう入り口を監視である。一日経ち、二日経ち、……五日目で漸く遺跡内の捜索が命じられた。

 遺跡内での大人数による捜索は不可とのことで、第五大隊・第五中隊の第三~五小隊に割り振られた。それでも二十名程度の人数になる。遺跡の地下通路は比較的天井が高く、空間に余裕があるため、酸欠にはならずに済んでいるが―――


「誰も入ったことのない遺跡だし、どこにどんな危険があるかも分からないよね。ガスが発生したら、皆お陀仏だよ。絶対、僕たち貧乏くじを引かされたよね」


 カルシラの軽口に怨嗟の籠もった視線が周りの隊員達から向けられるが、向けられた本人は何処吹く風だ。


「おいおい、カルシラ、不吉な事を言うな。他の隊が怯えるだろ。さあ、皆、お巫山戯はここまでだ。これから公爵の捜索に入るぞ」


 アウイン第五小隊長がおざなりに隊員達を窘める。


「オホン、第三小隊長のトロワである。今回のホーン公爵捜索の指揮を執らせて貰う。さて、これより―――」

「俺は巫山戯てないよ。巫山戯ているのは、カルシラだけじゃん」


 カンクリの拳が当たった後頭部を摩りながらラズがむくれた。多分、過失を装ったカンクリの意趣返しだろう。


「しっかし、捜索の命令が下るの遅すぎねえか?あれから何日経ったと思ってんだ?」

「遺跡に立ち入る許可がなかなか下りなかったんだろうね。全く、お役所仕事だねえ」

「これじゃ、公爵はとっくに干からびてるんじゃない?」


 カンクリが上層部への疑問を呈し、ネフェリンが手続きの遅さを嘆き、そして、カルシラが(おど)けた仕草で言った。


「まず三隊が共に行動し、公爵の痕跡を追う。先頭は我が隊、第三小隊が勤め、殿は第五小隊とする。遺跡内は未知の空間である。各隊は―――」

「え?これって、木乃伊の回収任務なの?」


 ラズがカルシラの言葉に食いついた。


「全く、ラズは馬鹿だな。そんなに簡単に木乃伊になる訳ねーだろ。木乃伊にするには、煙で燻さないといけないんだぞ」

「いや、それ、燻製の作り方だろ。全く、これだから、脳筋は……」


 思わずアウイン小隊長がカンクリに突っ込んだ。そして、皆が『お前が言うな』と心の中で突っ込んだ。


「魔道具のカンテラは各隊に一つ支給する。なお、遺跡内での火魔法の使用は禁止、他の魔法も使用には十分注意し―――」

「じゃあ、木乃伊じゃなきゃ、何を回収するんだよ」

「決まっているだろ。腐乱死体だよ」

「うげえ!」


 カルシラがラズにより可能性が高い未来を告げた。


「……こ、こ、こ、この馬鹿もーん!第五小隊!いい加減にしろっ!ちゃんと話を聞け!お前らは子供の集まりかっ!」


 カァー、カァー、カァー……


 第三小隊長の怒号が通路に木霊する。


「トロワ、駄目だぞ、こんなところで大声を出したら。公爵に気づかれるぞ」


 アウイン小隊長が憐憫を込めた眼差しを向けた。


「未知の場所にはどんな危険があるか分からないですからね。慎重に行きましょう」


 ノゼアン副長が尤もらしいことを言った。


「そうそう、静かにな」


 カンクリが意味ありげにニヤッと笑う。


「本来の目的を忘れちゃだめよ」


 ネフェリンが慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。


「血管切れるよ」


 カルシラが身体を気遣う。おそらく。


「えーっと、えーっと……雉も鳴かずば撃たれまい?」


 ラズはソレっぽいことを言った。


「お、お、お前らが言うな-っ!!!」


 ナァー、ナァー、ナァー……


「しっ!」


 第五小隊員達が、揃って人差し指を口に当てた。


「おい!アウイン!ノゼアン!お前らの隊は、一体どうなっているんだ-っ!!!」


 ダァー、ダァー、ダァー……


 第三小隊長が爆発したのは言うまでも無い。


「うーん、トロワ小隊長が可哀想なので少しは静かにしましょうか」


 流石にノゼアン副長が皆を窘めた。



 捜索隊はカンテラを掲げ、公爵が通ったと思われる痕跡を辿った。所々埃が乱れた箇所があるものの、それが人によるものか、それとも動物によるものか判別が付きにくい。通路の分岐では、小隊が分かれて捜索することになった。

 通路を先に進んだ第五小隊は、広い空間に出た。天井は高く、巨木の根が壁の一部を突き破っている。そして、何より目を引くのは、部屋の中央にある巨大な杯とその上に渦巻く黒い炎である。


「何コレ?古代遺物?」


 隊員達がポカンと口を開けて見上げる。


「おいっ!何だ、ここは!」

「おお、すげー」

「何だこれ」


 遅れて第三、四小隊員達が次々と部屋に雪崩れ込む。


「トロワ小隊長、こんな物が落ちていました」


 カンテラの光の下、第三小隊長が隊員から差し出された物を確認する。


「カフス(ボタン)か……ホーン公爵家の紋章があるな。公爵がここに居たのは間違いないようだ。よし、第三小隊はこの部屋を探索する。第四、第五小隊は、更に遺跡の奥へ公爵の捜索を続けてくれ」

「えーっ、最初にこの部屋を見つけたの、俺たちなのに……」


 ギロッっと第三小隊長がラズを睨らんだ。その目に、『お前達には負けないぞ』との決意が滲む。


「さあさあ、ラズ、拗ねてないで行くぞ。ここは第三小隊に譲ってやれ」

「えーっ……」


 ラズがブツブツ言いつつも、第五小隊はその場を後にした。

 先の分岐で第四小隊と左右に別れ、第五小隊は何者かが通った痕跡を辿り、更に遺跡の奥へと進む。


「流石に五日も経てば、公爵もとっくに遺跡から逃げ出してるんじゃないの?じゃなきゃ、本当に腐乱死体の回収になっちゃうよ。…………ほら、その角を曲がったところに………………ぎゃー!!」

「「おわーーー!」」


 ワァー、ァー、ワァー、ァー、ワァー、ァー……


 カルシラの大声に釣られ、ラズが大声を上げた。声を上げたもう一人が素知らぬふりを装い、顔を背ける。カルシラがニヤニヤとカンクリを見上げた。

 そして、通路を曲がった先には―――


「あら、行き止まりね」

「なんだ」

「それじゃあ、戻るか」


 第五小隊は元来た通路を引き返した。分岐地点で第四小隊の姿を見かけ、アウイン小隊長が声を掛ける。


「よう、こっちは行き止まりだ。そっちはどうだ?」

「痕跡が見つかった。公爵はどうやら更に奥に逃げたようだ。途中の分岐で跡が追えなくなったので一旦戻ってきたんだが…………ところで、さっきの叫び声みたいのは何だ?」

「ああ、あれは……」

「な、何でも無いぞ、まずは第三小隊と合流だな」


 アウイン小隊長が説明しようとするのをカンクリが慌てて遮った。色黒で分かりづらいが、カンクリの頬が染まっているのをカルシラは見逃さなかった。ニヤニヤとしていると、カンクリに拳骨を落とされた。


「痛ったー」


 第五小隊は、第四小隊と合流し、第三小隊の居る件の部屋へ向かう。その途中で、彼らは異変に気づいた。


 ワァーン、ワァーン、ワァーン……


 空間が振動している。誰かの声が反響しているようだ。


「何だ?やけに騒がしいな」

「どうせまた、第三小隊長が叫んでんじゃないの?」

「ん?あれ?」


 ラズの視界の隅で見知った人影が角を曲がったような気がした。


「あっちは、行き止まりだよな?気のせいか?」


 そもそもその人物がこんなところに居る筈がない。


「ラズ、何してるんだい?早くしないと置いてくよ」

「えっ、ああ……今行く」


 ネフェリンに促されラズが振り向いた瞬間、クラッと目眩がした。


「え、目眩?地震か?」


 脱力感が襲う。ラズの視線の先で、ノゼアン副長とネフェリンが蹲っていた。ノゼアン副長は、ネフェリンを庇うように肩を抱いている。その先には、アウイン小隊長とカルシラが膝を突き、カンクリが額に手を当て、俯いた状態で立っているのが見えた。


「な、何だ」


 ラズの身体からガクンと力が抜け、膝から崩れ落ちる。




 ランタンの灯がフッと消え―――辺りは闇に包まれた。




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