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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第4章 たゆたう獣

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4ー10.公爵の遁走 2

 ちょび髭の初老の小男とカイゼル髭の壮年の大男が草を掻き分け禁域を進んでいた。

 ホーン公爵とその従者である。従者というよりも悪事の片棒と言った方が適切かもしれない。なお勿論、ちょび髭が公爵である。


「ここなんてどうです?」


 カイゼル髭の従者が大岩の割れ目を示す。


「駄目だ。屋敷から近すぎる。それに雨風が吹き込む」


 更に奥に分け入り、従者が地面に掘られた獣の巣穴を指さす。


「では、ここでは?」

「ここは駄目だ。水が漬く恐れがある。獣に荒らされるかもしれん」


 また別の場所で、従者が大きな木の洞を指し示す。洞を覗き込んだ公爵の鼻先を大きなゲジゲジが掠めた。


「ひやっ!足の多い虫は嫌いだ!」


 彼処は駄目、此処は駄目と彼らはどんどん禁域の奥へと進んでいった。


「全く、何故こんな目に遭わねばならんのだ……」


 公爵がぼやく。


「全くですなあ……隣国の使者が含まれていたのは不味かった……」


 従者が相槌を打つ。


「おい!誰の所為でこんなことに成っていると思ってるんだ!」

「私の所為ですか?」

「お前が奴らをちゃんと管理していないのが悪いんだろう」

「いやいや、そんなの無理ですって、貴族は良い獲物なんですよ。王の使者かどうかなんて、分かる訳ないじゃありませんか。いやあ、ほんと、運が悪かったですなぁ」

「運が悪いで済むか!そもそもお前らがクリソコーラの耄碌爺をちゃんと始末していれば、こんな事にはならなかったのだろうが!」


 公爵は自領の盗賊行為については、知らぬ存ぜぬで押し通し、そのまま逃げ切る腹積もりでいた。


 ――クリソコーラ侯爵の暗殺?は?それは一体、何のことですかな?


 ほぼ黒であろうと、決定的な証拠がなければ、あくまで灰色なのだ。罪には問われぬ。領主としての責任を免れることは難しいであろうが、平民や下級貴族相手であれば、補償など如何様にでも出来よう。

 しかし、その目論見が外れてしまった。

 露天掘りの大坑の底から隣国の貴族の馬車が見つかったのだ。

 庶民相手であれば補償を逃れる術もあろうが、相手が上級貴族となれば難しい。それも()()()()()()()国王の親書を届ける使者であった。国の損失も問われるかもしれない。

 補償額は一体幾らになるものか。

 窮地に追いやられたホーン公爵は、取り敢えず屋敷にある美術品や宝飾品、貴金属を隠すことにした。無い袖は振れない。丁度屋敷の裏手は禁域だ。隠すには持って来いの場所である。

 名案だと思った。

 こうして、公爵は秘密の通路を使い屋敷を抜け出すと、カイゼル髭の従者と公爵邸の裏手で落ち合い、隠し場所の下見のために禁域に足を踏み入れたのだった。

 彼らは適当な隠し場所を求めて、禁域の更に奥へ奥へと入り込み、やがて奇妙な洞窟を見つけた。従者が魔道具のランタンを灯すと、壁や天井が金色に輝く。


「金か!?」

「いえ、真鍮……黄銅ですな」


 公爵が興奮するが、従者が壁に触れ否定する。壁は光沢のある滑らかな金属製で、明らかに人工物であった。

 公爵は納得いかないという表情を浮かべると、従者に疑いの目を向けた。


 ――こいつ、私を騙して、金を独り占めするつもりなのではないか?まあいい、財産を隠し終えたらどうせ始末するのだ。労働力として、精々扱き使ってやろうじゃないか。


 洞窟―――否、通路は緩やかに下り、更に奥へと続いている。先に進むに連れ、土砂で覆われていた床部分も天井や壁と同様の金属製となり、そして―――落ちた。


「うわっ!」

「うおっ!!」


 公爵と従者が石畳の上にゴロゴロと転がる。


「痛てててててっ……」

「う゛~~~~~」


 腰を摩りよろよろと立ち上がる。従者の鞄が緩衝材となったため、幸い大きな怪我は無いようだ。ランタンも無事である。

 従者が掲げたランタンの灯りに、先程よりも天井が高く、幅の広い石造りの通路が浮かびあがった。天井近くの壁に彼らが落ちてきたと思われる坑が見える。


「あそこに戻るのは無理そうですね」


 あの高さから落ちて良く無事だったものだ。従者はゾッとした。一歩間違えば……

 公爵はまだ腰を摩っている。打ち身になっているかもしれないが、その程度で済めば御の字であろう。

 公爵達はランタンを片手に通路を進んだ。通路は所々分岐し、複雑に入り組んでいる。いつしか彼らは、方向感覚を失っていた。いわゆる迷子である。


「いやあ、まさかこの歳で迷子になるとは思いませんでした」

「迷子ではない。遭難と言え」

「その言い換えに何の意味が?遭難の方が悲壮感漂って何か嫌じゃないですか?」

「五月蠅い!公爵が迷子では恰好付かんではないか!」

「そういうものですかねぇ」


 公爵が従者を睨むが、従者は何処吹く風といった様子だ。


「それにしても、ここは一体、何なんですかね?」

「ふんっ、そんなことも知らぬのか。ここは前時代の首都と言われる遺跡よ」


 公爵がしたり顔で言う。


「はあ、そんなご大層なものがこんなところに……地下都市……いや、昔の都の下水道ですかね」

「それよりも、サッサと出口を探せ」


 代わり映えのしない通路が延々と続き、同じ所をぐるぐる回っているようにも思う。


「しっ!誰か来ます」


 従者が沈黙を促すと、微かに足音が聞こえる。それは此方に近づいて来ているようだ。一定のリズムを刻む足音が徐々に大きくなる。

 従者はカンテラに上着を掛け、極力灯りが漏れないようにした。

 通路の突き当たりが右から徐々に明るくなる。壁面に映った影が光を追うように左に消えた。従者の上着を通して漏れる灯りの中、公爵と従者は顔を見合わせると、音を立てぬよう急いでその影を追う。

 通路の突き当たりを左に曲がると、光球に照らされた人物が視界に入った。少年のようだ。十二、三歳ぐらいであろうか。光球が付き従うように傍らに浮かんでいる。


「全く、どこの子供だ。禁域に入るなど罰当たりな!こらっ!ここは、うぐっ……」


 従者が少年の元に向かおうとする伯爵の口を塞ぎ、拘束した。


「あの餓鬼の跡をつけましょう。ここから出られる筈です。餓鬼を責めるのはそれからでもいいでしょう」


 従者の顔が残忍に歪む。ここで子供に逃げられては、帰る手立てが無くなる。

 公爵は口を塞がれたまま顔を青くして何度も首を縦に振った。

 二人は付かず離れず少年の背中を追う。通路の行き止まりで少年が足を止めた。


「……道を間違えたのか?」


 少年が上着の内ポケットから紙片を取り出すと、足下に魔法陣が浮かび上がり、公爵達の目の前からその姿が消えた。


「馬鹿な!転移の魔法陣だと!?」


 転移の魔法陣は不完全なものだ。転移先が定まらないのだ。どこに飛ばされるか分かったものではない。地面の下か、海の中か、はたまた空中か―――まさに自殺行為だ。


「物知らずなのか、それとも頭がおかしいのか……」


 先程まで少年の居た場所には、何の痕跡も見当たらない。


「ここは行き止まりです。あの餓鬼は向こうの方から来ましたよね。何かあるのか行ってみましょう」

「あ、ああ……」


 直ぐに頭を切り替えた従者が公爵を促し、先になって遺跡の更に奥へと進む。


「おお!」

「これは……」


 そこは広い空間になっていた。

 天井は高く、その果ては闇で覆われて確認できない。壁面を突き破って見えているのは木の根だろうか。中央には杯形の祭壇のようなものがあり、その上で黒い炎のようなものが渦巻いている。まるで巨大な篝火だ。

 従者がランタンを掲げると、その灯りが寿命を迎えた光虫のように弱々しく震えた。


「ん、魔力切れか?」

「フン、どうせケチって屑結晶の魔鉱石でも使っておるのであろう」

「結構大きな魔鉱結晶を使用しているのですけどねぇ。まだまだ魔力は十分ある筈なんですが……」


 最近は魔鉱石の採掘量の減少から、良質な魔鉱結晶の確保が難しく、加工せずに屑結晶が含まれる魔鉱石をそのまま使用することが多い。しかし、従者はそれを否定した。


 パリン。


 魔鉱結晶が魔力を失い、玻璃となって砕け散った。

 一瞬にして暗闇に包まれる。


「光を!」


 従者の掌の上に光球が現れたかと思うと、直ぐに収縮し消えた。


「何を巫山戯ておるのだ!」

「いえ、巫山戯てなど……」


 突如、床が光を放ち、杯型の祭壇を中心に複雑な模様を描く魔法陣が浮かび上がった。


「!」


 突然の光に一時的に視力を奪われる。

 従者が膝から崩れ落ち、公爵は本能的に魔法陣の外へ飛び退った。

 身体が引き寄せられるような感覚に必死に耐える。


「うわあぁぁぁーーーー」


 視力を回復した公爵が見たものは、全身を黒い靄のようなものに包まれ、蠢く従者の姿だった。黒い篝火がまるで生き物であるかのように、獲物(従者)を飲み込もうと黒い舌を伸ばす。


「ぁぁぁぁぁぁ……」


 黒い塊となった従者が公爵へ手を伸ばし、助けを求める。


「ひぃぃぃぃーーーー」


 公爵は、その場から唯々闇雲に駆け出した。


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