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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第4章 たゆたう獣

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4ー9.公爵の遁走 1

 発端は、ホーン公爵夫人と令嬢が王都からの脱出を試みようとしたことだった。


 王都には二重の城壁がある。

 王侯貴族と一般庶民の居住地域を分ける城を中心とする内側の城壁と、そのさらに外側にある都市を取り囲む城壁である。しかし、外側の城壁は所々破壊され、城壁本来の機能は疾うの昔に失われていた。城壁を必要とするほどの獣や外敵が存在しない上、王都の人口増加により、街が城壁を越え拡大し続けているためだ。一方、内側の城壁は未だに健在であり、四方にある門では、不審者が王侯貴族の居住区に入り込まぬよう兵が立哨していた。


 数刻前、紋章を隠した不審な馬車が王侯貴族の居住区内から市街に向け門を通過しようとした。常時であれば、城壁の内側から外側に向かう馬車については、誰何されないのだが、この時は違っていた。

 馬車に乗っていたのはホーン公爵夫人と令嬢だった。

 裁判中の被告人と家族を含む関係者、及び財産の移動は王命により禁じられている。ホーン公爵は、拘置はされていないものの、現在被告人として裁判中の身である。二人は王命に反したとして身柄を拘束された。

 公爵夫人は街へ買い物に出るだけだと言い張ったが、令嬢が兄である公爵子息と共に隣国の祖父母に会いに行くのだと口を滑らせたため、逃亡と見なされたのだった。

 なお、公爵子息はホーン公爵領に滞在しており、当然彼の移動も禁止されている。


(わたくし)を誰だと思っているの?」

「はい、公爵夫人と存じ上げております」

「汚い手で触らないで頂戴!無礼者」

「では、ご自分で歩いていただけるでしょうか」


 公爵夫人と令嬢の服装は、普段着や旅装といえるものではなく、まるで舞踏会に出席するような豪華なドレスで、全身をゴテゴテと無秩序に宝飾類で飾られていた。ドレスの裾には宝石類が縫いこまれ、不自然に重く、馬車から降りるのも一苦労であった。


「裁判が終われば、自由になれるでしょう。それまで、大人しくしていることです」


 監視にあたる士官の言葉は、彼女達にとって気休めでしかなかった。

 ホーン公爵領の盗賊行為に、公爵及びその家族の直接的な関与が認められなければ、罪に問われることはないだろう。但し、領主として被害者達への補償は避けられないものと思われた。その金額は一体どのくらいになるのだろう。ホーン公爵の財産が没収されるのは目に見えている。

 大量の宝石類で禄に身動きの取れない二人は公爵邸に送り届けられた。

 その際、ホーン公爵の不在が発覚した。


 公爵邸の正門の監視にあたる兵士は、公爵が法廷から帰宅後一歩も門の外に出ていないと証言し、裏門の監視にあたる兵士―――彼は買収され、公爵夫人達の乗る馬車を通していたが、尋問の末、同様に公爵の姿は見ていないと証言した。

 直ぐ様、ホーン公爵の身柄を確保するため、王都師団の王都守備第五連隊が動員された。

 第五連隊の一、二大隊は内側城壁内の居住地域、三、四大隊は内側城壁外の市街地、そして、第五大隊は城壁内の北半分を占める広大な森の捜索が割り当てられた。その森は聖域、或いは禁域と呼ばれている。

 十中八九ホーン公爵は、禁域に逃げ込んだと思われた。なぜなら、公爵邸は禁域の端に存在しており、身を隠すのであれば持って来いであるからだ。


「で、何で僕たちが駆り出されるワケ?公爵の捕縛なら、近衛師団の騎士様が担当すればいいじゃない。その上、禁域に回されるってありなの?」


 カルシラが悪態をついた。ホーン公爵の捜索隊の中に末端部隊であるアウイン小隊長率いる第五大隊・第五中隊・五小隊、通称五・五・五隊の姿もあった。辺りは多くの兵士が集まり、ザワザワと落ち着かない。


「近衛師団や王都師団(うち)の上位部隊は貴族出身が多いからな。本人や実家がホーン公爵と関連している場合があるし、直接の捕り物に関わりたくないみたいだな。まあ、恨みのある奴や、名を上げるチャンスだと捕り物に積極的な奴もいるようだが……」

「やはり、多くの者達は様子見ですね。まだ裁判は結審していないですし、どちらに転ぶかわからないですからね。万が一ホーン公爵が盛り返すようなことがあれば、公爵に睨まれていては不味いことになるでしょう。触らぬ神に祟りなしってところでしょうか」


 アウイン隊長の説明にノゼアン副長が補足する。


「あー、やだやだ、政治って奴?」

「でもそれで、何で俺達にお鉢が回ってくるんだ?」


 カンクリが納得いかないと首を捻る。


「まさに我々だからでしょうね。間接的とはいえ、ホーン公爵に殺され掛けた当事者ですからね。恨みが溜まっていると思われたのでしょう」

「まあ、ムカつくことはムカつくわよね。それこそ八つ裂きにしたいくらい。でも、いくら捜索のためとはいえ、ワタシ達のような平民が禁域に足を踏み入れるなんて許されるの?」


 ネフェリンも疑問を口にする。


「それこそ心理的禁忌が働いて、上は入りたがらなかったんだろうな。禁域での捜索は下っ端中心でやれってことだ」

「うわあ、厄介事を押し付けられたんだ」


 カルシラが大袈裟に天を仰ぐ。


「それに、禁域ってほぼ森ですしね。普段の遠征から我々が最適と思われたのでは?」

「そうか、森だしな」

「あー、うん、何か森だね」


 カンクリとラズは何故かそれで納得したようだ。頷いている。


「でも、禁域って入っちゃ駄目なとこなんだろ。まさか、呪われたりとかしないよな?」


 ラズが不安気にキョロキョロと辺りを見回す。


「あー、残念。ここは既に禁域の中だからね。もう呪われてるかもよ~」

「えーっ、そんなあ……」


 カルシラがおどろおどろしく答え、ラズが涙目になる。

 捜索隊はホーン公爵邸の裏手に集合していた。公爵邸は端とはいえ禁域内に存在するのだ。


「カルシラ、ラズをからかうんじゃないよ。禁域ったって他と変わんないよ」


 ネフェリンの擁護にカルシラが唇を尖らせる。


「でもさ、―――禁域に屋敷を建てたから、ホーン公爵、呪われたのかもよ?」


 その時、何故かぼっかりと喧噪が止み、カルシラの声が辺りに響いた。


 ――否定できねえ。


 その場に居た捜索隊一同が思った。


「ところで、禁域って森しかねーのか?」

「奥に遺跡があるらしいですよ。そこまで逃げ込まれたらやっかいですね。日が暮れるまでに見つかるといいのですが……」


 此処のところ、大分日が暮れるのが早くなっている。既に太陽は西側に傾きつつあった。


「遺跡か……まあ、喜んで来そうな奴を約一名、知っているけどな」

「ええ、そうですね」


 この捜索に加われない事を嘆いている人物の姿がアウインとノゼアンの脳裏に浮かんだ。


「注目!これより、禁域内の捜索を開始する。各隊は―――」


 捜索隊の指揮を取る士官の声が響いた。


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