表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第4章 たゆたう獣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/73

4ー7.町の記憶 2

「子供はどうなったんですかね。まさか、司祭に食べられてしまったなんてことは……」


 博士が手記を読み終え、最初にラング事務官が口を開いた。彼の頭の中で悍ましい光景が繰り広げられる。

 聖職者の残した手記は、冒頭は文章として読めたものの、最後は支離滅裂だった。ただ、空腹を訴える言葉と、食人を匂わせる言葉が乱雑な文字で書き連ねられている。


「可能性はあるな。悍ましいが、極限状態だ。非難はできないだろう」


 所長の言葉にラング事務官は顔を顰めた。


「心情的には容認できない、したくないですね。残された三人はその後どうなったんでしょう?」

「少なくとも司祭はその場で亡くなっている。白骨化した遺体があったからな。ある意味、死亡が確認されているのは司祭だけとも言っても良い……」


 教会に残されていたのは法衣の白骨遺体のみ。他に遺体は見当たらなかったが、既に風化してしまったのかもしれない。司祭の骨が残っていただけでも奇跡的だ。


「まあ、登場人物は、現時点では確実に皆、死んでいるじゃろ。ああ、一人だけ生きている可能性があるか……」

「え?誰です?」


 あの手記に確実に生きているといえる人物など存在しただろうか?


「黒い人影……ですか」


 所長がポツリと呟いた。

 ラング事務官とアンバーの頭に疑問符が浮かぶ。


「ああ、そうじゃ。ブラシカを壊滅させた黒い人影、多分、それは―――」

「は?」


 最初アンバーは聞き間違えたのかと思った。

 アンバーは、頭の中で博士の言葉を反芻する。


 ――『ブラシカを壊滅させた黒い人影、多分、それは―――あの嬢ちゃんだろうて』


「は!?何の冗談です?」


 意味がわからない。


 “嬢ちゃん”、嬢ちゃん”とは誰だ?


 博士にとって若い女性は皆、“嬢ちゃん”だ。博士にとって、アンバーも兄の所長もどちらも同じ”坊”なのと同じように。


「そう……でしょうね。考えたくありませんが……」


 所長の口から博士を肯定する言葉が零れる。


「なっ!そんな馬鹿なことが、あり得る訳ないじゃないか!何でアイツなんだよ!」

「そうですよ。そんなのおかしいじゃ無いですか!ブラシカの町が滅んだのはどれだけ昔だと思っているんですか!」


 ラング事務官がアンバーに同調する。

 博士は、少し考え込むと口を開いた。


「そうじゃの……二百年よりは昔、大体三百年ほど昔かの?」



     ***



「何を……書いて……いる……すか?」


 掠れた声が頭上から聞こえ、司祭はビクッと肩を揺らした。

 青年が幽鬼のように司祭の目の前にゆらゆらと立っている。教会に逃げ込んでからずっと蹲り、存在感のなかった青年の突然の行動に戸惑いを隠せない。


「……あ、あ、これ……ハ、気ヲ紛らセルた……に、適トに、書き連ねてイル」


 口が乾き、上手く発声できない。

 司祭は手元の帳面に視線を落とし、書かれた文字にギョッとした。そこには乱れた文字で『腹が減った』と何度も、何度も書かれている。そして、『子供が旨そうだ』とも―――司祭は青年に気づかれぬよう頁を捲る。


「遺書……ですか?い……ですね。僕も…………かな」

「遺ショ?い、いや、そんナ、ものでハなくて……」


 この青年は、何と不吉なことを言うのだ。今、あの熊のような男が助けを呼びに行っているではないか。もう直ぐ助けが来る―――否、本当にそうだったか?

 司祭がぼんやりと考えていると、いつの間にか帳面は司祭の手元から消え、青年の手の中にあった。


「あっ」


 司祭はそれが表に出せないものであったことを思い出し、ギョロッとした目で青年を注視する。

 否、大丈夫だ。なに、こんな若造に書かれた内容の意味など分かるものか。


「ん……?これ……は……」


 気づかれた!?


「ァァァァァ……」


 マズイ、マズイ、マズイ。身の破滅だ!


 司祭は咄嗟に側にあった燭台を手にし、青年の頭に打ち付けた。青年が崩れ落ちる。


 ああ、何てことだ。直ぐに帳簿を隠さねば。隠さねば。隠さねば……


 司祭には、既に冷静な判断力など無かった。

 司祭は認識阻害された祭壇裏の壁に触れ、小部屋の扉を探す。小部屋を見つけると裏帳簿を放り込み、念の為認識阻害の術式を重ね掛けようと、左袖口の隠しを探った。司祭が一枚の紙片を取り出す際、袖口から他の紙片がこぼれ落ちる。それに構わず、司祭は手に持った紙片を何枚も戸口に貼り付け、魔力を流した。いくつもの術式が展開する。


 ああ、これで安心だ。


 ホッとして司祭が振り向くと、その様子を子供が見ていた。

 司祭の目がギョロリと動く。元々目立つ司祭の目は、更に落ち窪み狂気が宿って見えた。


「ヒッ」


 少年は恐怖のあまり立ちすくむ。

 司祭の手が少年に伸びるが、少年の足は石化したように動かない。


「あ……あ……」


 司祭の骨張った指が少年を捕らえようとした時、何者かが司祭の足首を掴んだ。頭から血を流した青年が倒れ込みながら司祭の邪魔をする。


「邪魔ヲ……すルナ」


 目の前には貴重な食料がある。逃がすわけにはいかない。


「ああ、オ前モ……私ノ…食料を……狙っテ……のダな」


 貴重な食料を奪われる訳にいかない。司祭が青年を足蹴にしようと、掴まれていない足を上げた瞬間、天地を失った。


「逃る……ぞ」


 青年が逃げるよう少年を促す。呪縛が解けた少年は青年に手を引かれ、教会の戸口へと駆ける。


「待テ、……そノ小僧は、私ノもノダ」


 司祭が少年に手を伸ばす。

 青年が一枚の紙片に魔力を流す。


「神よ……守りたまえ」


 魔法陣の光が青年と少年を包む。

 二人の姿が消え、司祭の手が宙を掴んだ。


「転移……魔法……」


 司祭はまるで発条(ゼンマイ)が切れた人形のように崩れ落ちた。

 青年は転移魔法の護符を隠し持っていたのか?皆を欺いていたのか?


 ミシ、ミシミシミシ……


 ガタ、ガタ、ガタガタガタ!


 バタン!


 建物が軋み、音を立て、扉が開き、黒霧が侵入する。

 現実が迫って来る。

 青年が転移魔法の術式を発動する際、結界を破っていたのだ。


「け…結界ヲ……」


 司祭は結界の紙片を取り出そうと袖口隠しを探り、そこに何も無い事に気づく。振り向くと祭壇付近に数枚の紙片が散らばっている。四つん這いで祭壇まで戻り、一枚ずつ紙片を確認するが、目当ての紙片が見つからない。

 背後から漆黒の闇が迫る。


「あ、あっタ……」


 漸く結界の紙片を一枚見つけ、術式を展開する。

 そのまま、落ちている紙片を一枚、一枚、確認する。


「無い、無イ、無イ……」


 転移の術式が記された護符はかなり高額であり、そう簡単に入手することはできない。青年が使用した護符は、司祭がばら撒いたものの中に紛れていたものだろう。

 転移の術式は魔法陣の中にいるものを別の場所に転移する。ただし、どこに転移するかは誰にも分からない。宙に投げ出されるのか、岩の中か―――高額で取引されるものの、実際に使用したことのある者が殆どいないのはそのためだ。あくまで最終手段なのだ。青年と少年は何処に転移されたのだろうか。

 拾い集めた紙片に転移の術式が記されたものは、一枚もなかった。

 そして、結界の術式が記された紙片も無かった。あれが最後の結界の紙片だった。


「ウオオオオオォぉぉぉぉぉ……」


 司祭は慟哭した。

 ……

 ……

 ……

 ……

 ……



 あれからどれだけの時間が経ったのだろう。もう魔力も尽き、水魔法も使えない。


 喉が渇いた。

 腹が空いた。


 教会の外に出ていった者はまだ帰らない。


 ああ、喉が渇いた。水が欲しい。

 女は帰らない。

 男も帰らない。

 青年も帰ってこない。

 子供も帰ってこない。

 誰も帰ってこない。

 外はどうなっているのだろうか。


 司祭は這いながら扉に向かい、結界を越えようと手を伸ばし―――躊躇する。

 また手を伸ばし―――

 何度も、何度も、何度も―――

 怖い。ここを越えるのが恐ろしい。もう結界の紙片はないのだ。


 水、水が欲しい。



 喉が渇いた。




 もう動けない。





 何も見えない。












 そして、司祭は何も感じなくなった―――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ