4ー5.使い魔の集い
・2022/6/10 一部修正
ラング事務官は尻をもぞもぞと動かした。
目の前では、ジュード・スピネル所長が瀟洒なカップとソーサーを手に、近頃巷で流行という珈琲を澄ました顔で味わっており、少し離れた位置では、所長の弟であるアンバー・スピネルが歩哨の如く無表情で立っている。
兄弟喧嘩でもしたのだろうか?
ラング事務官は二人の様子を窺いながら、カップの中の黒い液体を啜った。
「苦っ」
カップに近づき過ぎたらしい。片眼鏡が曇る。
「ラング事務官、無理せず砂糖を入れるといい」
「あ、はい……」
ラング事務官は所長に勧められ、紙に包まれた角砂糖を一つ手に取る。
ロードナイト伯爵邸の応接室は、なんとも形容しがたい空気に満ちていた。一分一秒が異様に長く感じる。
いつまでこの状況に身を置けば良いのか―――
ラング事務官は再びもぞもぞと尻を動かした。
バタン!
不意に勢いよく扉が開き、ラング事務官の身体がビクッと震える。
「あなたたち、ちょっと手を貸して貰えるかしら」
「お嬢様、少しは立場を弁えた振る舞いをお願いします」
「お嬢、がさつすぎ」
この奇妙な沈黙を打ち破る赤髪の女神が颯爽と登場した。二人の従者を連れたローゼリアン・ロードナイト伯爵は、いつもの白シャツにズボン姿で応接室に現れると、挨拶もなおざりに口を開いた。
「別に良いじゃないの。ジュードとその手下よ。今更取り繕ってどうするのよ。それより、ジュード、この間、離れの本を虫干ししたのだけど、その中に遺物管理所の蔵書があったのよ。確認して持っていってもらえる?どうせ博士の話は長くなるでしょうから、先にお願いしたいわ」
「手下……」
少しは取り繕って欲しいものだとラング事務官は思った。顔を合わせる度、女伯爵の妖艶な美女としての偶像が崩れてゆく。
「ああ、分かった。それじゃあ、ラング事務官、アンバー、一緒に来てくれ」
所長が立ち上がり、二人を促す。ラング事務官は直ぐに所長に倣ったが、アンバーはその場から動かなかった。視線を女伯爵の二人の従者に向け、何事かを決意したように言葉を発する。
「先に行ってくれないか。そこの先祖返り……いや、伯爵の従者達に話があるんだ」
所長は意図を探るように弟を見つめた。
「……そうか、分かった。終わったら離れに来い」
所長は踵を返すと応接室を去る。女伯爵はスピネル兄弟の様子に首を傾げたものの、何かを察したのか従者たちに告げた。
「あなたたち、アンバー君のお相手をよろしくね」
そして、所長の背中を追った。
閉じられていない扉から、遠ざかる会話が漏れ聞こえる。
『クシュん』
『やだ、風邪?』
『色男だからね。誰かが噂しているんだろうよ』
『……つまらない冗談ね。そんなことより、王宮図書館の蔵書印が押されたのもあるのよねぇ……』
『え、あの人、王宮図書館の本もがめ……拝借しているんですか?』
『ねえ、そっちでコッソリ戻して置いてくれない?』
『断る』
『もう、ケチね』
銀灰色の髪をした眼鏡の従者、ユーレックが静かに扉を閉め、部屋にはアンバーと女伯爵の二人の使い魔、そして沈黙が残された。アンバーに従者達の刺すような視線が向けられる。その視線を避けるようにアンバーは俯いた。
「で、アンバー坊ちゃんは、俺たちに何の用かな?」
赤銅色の髪の従者、ギャスパーが沈黙を破り、口を開く。
「……しい」
「ん?」
「…………て欲しい」
俯くアンバーからボソボソと声が漏れる。
「ん?何か聞こえたか?」
と言うギャスパーの問いに、
「空耳でしょう」
と、ユーレックが答えた。
意を決したアンバーは顔を上げるや否や、ギャスパーの鼻先まで瞬時に詰め寄った。ユーレックはスッと一歩後ろに下がり、距離を置く。
「うわっ、何だ!?」
「教えて欲し……ください。どうやったら、”魔の誓約”を結べるのかを」
「は?」
「お願いします」
アンバーが深々と頭を下げる。
「あーえっと……?」
ギャスパーが助けを求めるようにユーレックに視線を向けるが、対岸の火事とばかり眺めるだけだ。
「高飛車過ぎた……かも……しれない」
「ん、あー、えーっと、黒髪の嬢ちゃんに誓約を迫ったけど、拒否られたとか、そんなとこか?」
「何故、あいつだと?」
ギャスパーの指摘にアンバーは再度詰め寄った。
「あー、近い、近い、近い……そもそも、他にいるのかよ?」
「誰でも分かりますね」
何となく状況が掴めた。
アンバーは上手く隠しているつもりだったのだろう。しかし、同じ“先祖返り”の目からは、彼が少女に惹かれているのは明らかだった。それは魔力故か、他にも理由があるのか―――
「まあ、未知の人物の可能性も否定できませんが、……例えば、規格外の魔力を持った巫女様が現れたとか?」
ユーレックの例え話にギャスパーが、にやにやとアンバーへ視線を向ける。
「で、どうなんだ?」
アンバーは少しムッとした表情でギャスパーに言う。
「なぜ、女性が前提なんです?魔力を持つ男性かも知れないじゃないですか」
「お前、真逆、そう言う趣味が……」
ギャスパーは身の危険とばかり、後退った。
「いや、無い!絶対!」
アンバーが慌てて否定する。
「ぷっ、何を想像したか知らねーけどよ。お前が男に従属することは無いと思うぞ?」
ギャスパーが思わず吹き出す。その反応にアンバーは揶揄われていることに気づいて、不貞腐れたように言葉を返した。
「何故です。先祖返りは、魔力に惹かれるのでしょう?主従に性別は関係ない筈ですよね」
「まあ、そうだけどよ。お前、博士に惹かれねーだろ。あの人、あれでも相当な魔力持ちだぞ。あの爺さんに従属したいか?」
「それは、そうですが……」
アンバーの回答にギャスパーが満足げに頷く。
「だろ?魔力があっても男には靡かないという証明だな」
何だかはぐらかされている気がする。
「とにかく、お前は男に従属しねーよ。根拠は俺の勘。まず間違いない」
アンバーが納得いかないと言う顔を見せた。
「まあ、ギャスパーの与太話は置いといて、巫女云々は単なる可能性の話ですよ。あなたの環境では今のところその可能性が否定できないと判断したまでです。他意はありません」
ユーレックが言葉を挟む。
「別に俺たち先祖返りは、魔力だけに惹かれるんじゃねーぞ。主従関係を結ぼうと思うってことは、魔力以上の付加価値があるのさ。尊敬とか恋愛感情とかな。俺は勿論、お嬢にメロメロだ」
「さて、本当のところはどうなんですかね……」
ユーレックがぼそりと呟く。
「何か言ったか?」
「いいえ、何も」
アンバーは、ちょっとした疑問を持った。
ユーレックは何故、女伯爵の使い魔なのだろう?
「前に、ユーレックさんは伯爵に恋愛感情はないと伺いました。では尊敬の念を抱いているかといえば……失礼ながら、とてもそうは思えないのですが……」
「そう見えるのであれば、その通りなのでしょう」
「……?」
ユーレックは口を噤む。これ以上、話す気は無いようだ。
「おいおい、今は弟、お前の話だろ。で、やっぱり、主に選んだのは、あの嬢ちゃんなんだろ」
「あ、ああ……」
「で、誓約を断られたので、俺たちの教えを請いに頭を下げに来たと……スカした坊ちゃんかと思ってたら、実はちょっと意地っ張りの可愛い仔犬だったのかよ」
アンバーに幻の耳と尻尾が見える。
「よし、俺が伝授してやろうじゃないか。とにかく、頼んで、頼んで、頼み込め。俺はそうやってお嬢の下僕になった」
ギャスパーの力技の伝授にユーレックは眼鏡の眉間部分を抑え、溜息をついた。
「全く、あなたはいい加減な事を教えないでください。“魔の誓約”は一方的に結ばれるものではありませんよ。双方の同意があって、初めて成立するのです。まずは主になる方の信頼を得ることですね。我々の助言もここまでです。後はご自分でお考えください」
そして、ギャスパーが付け加えた。
「駄目だったら、また来いよ。思い切り嗤ってやるから」




