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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第4章 たゆたう獣

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4ー4.兄と弟

「やあ、皆、ご苦労さん。今日も忙しそうだね」


 シュード・スピネル所長が遺物管理所の事務室を覗くと、いつもの様に喧噪に包まれていた。職員達は次々と余計な仕事を持ち込む厄介な上司の登場にチラリと視線を向けたが、直ぐに各自の仕事に戻る。所長は忙しなく働く職員達の机の間を縫って、自分の執務室へと向かった。


「所長、決裁が停滞中です。早急に処理願います」


 執務室の扉に一番近い机の横を通った時、痩せぎすの女性が声を掛けた。


「全くもう、忙しいのに余計な仕事を増やさないでくださいよ。で、裁判はどうだったんです?」


 銀縁眼鏡に付けられたチェーンがキラリと光る。彼女は上席事務官だ。髪に少し白髪の交じる知的な印象の女性である。


「まあ、今のところ想定通りと言ったところかな。ホーン公爵はやはり、『知らぬ、存ぜぬ』で通しているよ」

「あまり、波風立てないでくださいよ。うちのような末端機関、直ぐに吹き飛びますからね」


 上席事務官が眉根を寄せた。

 この貴族のお坊ちゃま上司のせいで眉間に皺が増えたような気がする。


「やだなあ、うちは不運にも巻き込まれただけですよ。クリソコーラ侯爵とビックスバイト公爵が、責任もって何とかしてくれるでしょう」

「もう、何を暢気に……」


 貴族の気まぐれには、何度泣かされてきたことか……。当然、主たる加害者は目の前の人物である。上席事務官は恨みがましい視線を所長に向けた。


「あら?」


 不意に目の前の空間が針を刺したように僅かに穿たれ、歪み、光が滲む。


「伝令ですね」


 光の染みがゆらゆらと蠢き、光の鳥が形作られる。所長が掌を差し出すと、光の鳥はその上で羽を休め、軽く突くと光の粒子となって霧散した。


「ノゼアン副長からだな。ふむ、ホーン公爵が所在不明らしい。公爵邸に姿が無いと言う事だ」

「ホーン公爵邸といえば、禁域に強硬手段で建設したアレですよね。まったく、不敬も良いところですよ」


 王都には禁域が存在する。そこはこの国のはじまりの地、二つ目の月が眠っていた場所と言われており、何人も不可侵とされている。正確には”いた”というべきかも知れない。その禁忌を侵し、広大な土地を放置しておくのは無駄、有効活用すべきと、ホーン公爵が強引に禁域の端に屋敷を構え、一部の取り巻きもそれに追従したのだ。実は王都に屋敷を建てるにあたり、十分な土地を確保できなかったため、禁域に目を付けたという益体もない理由であったのだが、この一件は王家の権威の失墜と、ホーン公爵への更なる反発を招くこととなった。


「全くだね。禁域に建てるとしたら、遺物管理所(ウチ)が一番相応しいというのに」

「それも不敬ですよ。この国の始まりの地ですから。それにしても、ホーン侯爵はどこに行ったのでしょう?真逆……、遺跡に逃げ込んだ……?」

「それは、許せんな。我々を差し置いて、遺跡に足を踏み入れるとは……何て羨ましい」

「それが本音ですね」


 禁域には一般に知られていないが、巨大な遺跡が存在する。遺物管理所としては、是非調査を行いたいところであるが、王家の聖域ということで、何度申請しても許可が下りないのだ。


「兎も角、王都師団にホーン公爵の身柄確保の命が下ったらしい。アウイン隊長のところも含めてね。ということで、明後日の遠征は延期だな」

「は?遠征?聞いていませんけど?」


 上席事務官の眼鏡のレンズがキラリと光った。

 辺りの室温が少し下がったような気がする。


「あれ?話していなかったか?西ブラシカに借りていた文献を返す序でに、追加の調査の予定だったのだが……」

「はあ?どこにそんな予算があるんですか!却下です。却下!」


 上席事務官が椅子から立ち上がり抗議する。その隣の席では主計長が何度も首を縦に振っていた。


「ああ、うん。しばらくは、遠征は止めておこう……でも、文献の返却が必要だからね。その際には私自ら……」

「そんなの配達業者を使ってください!所長の長期出張は却下です!」


 上席事務官の言葉にまたもや主計長が強く首を振る。


「ああ、うん。ええーっと、それより、持ち帰った資料の内容確認はどうなっているかな?」


 形勢不利を見て取った所長が慌てて話題を変える。


「全く、また余計な仕事を持ち込んで、皆、他にも業務があるというのにそんな時間、一体、どこにあると言うんですか!」


 藪蛇だった。

 しかし、所長は知っているのだ。この上席事務官が口では文句を言いつつ、ちゃんと所長の希望を叶えるべく、対応してくれることを。

 所長はジッと上席事務官を見つめる。


「……」


 ただジッと見つめる。


「はぁー、もぉ、分かりましたよ。……重要と思われる文献に関しては、例の博士に委託していますから、そちらから報告を受けてください。はい、これ、都合の(タイミング)良いことに博士から連絡入ってますよ」


 上席事務官が所長にメモを手渡す。


「その他のものについては、ラング事務官や弟君(おとうとくん)らにお願いしています。ラング事務官、例の進捗状況は?」


 上席事務官が室内の喧噪に負けじと声を張り上げる。


「例のって、どの例ですか!」

「所長案件!」


 ラング事務官が書類から徐に顔を上げ、所長の存在を確認すると背筋を伸ばした。


「……教会に隠されていたという資料にいくつか目を通しましたけど、殆どが裏帳簿でした。今更、大昔の不正を暴いても時効と思われます。当事者も遙か昔にお亡くなりですし……あとは村の歴史と献立表、子供向け布教本が数冊というところですね。残すのは採掘場の小屋にあったという個人的な手記ぐらいで……これがまた、ものすごい量ですよ。あれ、何百年分あるんですか?殆どが古語で書かれているし、ボロボロだし、読みづらいったらないですよ。数人で手分けして取り掛かっていますけど、日記にしては日付が飛んでたり、意味不明の落書きがあったり……、そうそう、今読んでいる手記の主は、賭け事ばかりのどうしようもない男で、あちらこちらで借金ばかりして……」

「おほん、ラング事務官!」

「はっ、すみません。……後で整理した一覧(リスト)をお渡しします」


 遺物管理所の職員の多くは、興味ある事に関して饒舌になる傾向がある。


「よろしく頼むよ。ブラシカの町がなぜ消滅したのか、解明の鍵(ヒント)があるかもしれないからね」


 所長も西ブラシカの町史に目を通したが、ブラシカで何が起こったのかは曖昧だった。ブラシカの崩壊に関する記載が極端に少ない。『黒霧の災禍に見舞われ、ブラシカを追われた人々が西ブラシカを興した』程度しか記されていないのだ。


「黒霧の災禍か……」


 黒髪の少女の顔が脳裏を過る。

 町を壊滅させる程の“黒霧”とは一体何なのだ?

 当時の人にとっては敢えて記載するまでも無い、有り触れた事象だったのだろうか?


「ああ、それから所長」

「ん、何だね」


 所長が思考の迷宮に入り込もうとした時、上席事務官がそれを阻止した。


「執務室で寝泊まりするのは止めてください。近所にご自身で借りている部屋(アパルトマン)があるじゃないですか。それと―――」

「ああ、うん」

「同じ事を弟君(おとうとくん)にも伝えておいてください。遺物管理所(ここ)は宿泊施設ではありません」


 似たもの兄弟だった。


「……で、私の可愛い弟はどこにいるのかな?」


 上席事務官が持っているペンで所長の執務室を指し示めす。


「そう、ありがとう」


 執務室に消える所長の背中から自分の机に目を移した上席事務官は、積まれた書類の山に溜息を吐くのだった。



 ガチャ―――


 ノブが回り、執務室の扉が開かれる。

 扉の向こう側では、応接用の長椅子でアンバーが項垂れていた。

 実を言うと、ここ数日この様子である。部屋の空気が重い。


「これはやはり、振られた……のだろうなあ」


 所長の呟きにアンバーの肩がピクンと反応する。


「うーむ、こういう時は……」


 所長は机の引き出しを開け、そこにあったものを取り出すと、アンバーの向かい側に腰を下ろした。そして、その内の一つをアンバーの目の前にそっと差し出す。


「伯爵令嬢、十五歳」


 パシッ。


 アンバーが差し出された女性の肖像画を払った。


「子爵令嬢、十九歳」


 パシッ。


「豪商の娘、十八歳」


 パシッ。


 テーブルの上にはうら若き女性達のツンと澄ました肖像画が次々と積み重ねられていく。

 アンバーが琥珀色の瞳に怒りを滲ませ、所長を睨んだ。


「おい、一体、何の真似だ」

「失恋には、新しい出会いが良いかと思って……ほら、これなんか何と、絵姿じゃなく、写真だぞ。中々の美人だし、良いと思うけどね」


 唇は緋色、頬は桃色に淡く色づけされたモノクロ写真の中で、儚げな美人が微笑む。華やかな肖像画の中で、それは異彩を放っていた。肖像画と比べ、修正が利かない写真なのは、容姿に自信がある証拠だろう。


「俺は別に失恋なんてしていない。そんなに良いなら、兄貴が見合いすればいい」

「残念ながら、私には意中の人がいるからね」

「は?何だそれ、初耳だぞ」

「誰にも言ってないからね。まあ、それは置いといて……だ、コネの臨時雇いとはいえ、真面目に働かない奴は、流石にクビにするぞ。さっさと見合いでもして、軍人になれ。それが嫌なら、仕事しろ」


 アンバーは痛いところを突かれ、口を噤んだ。あくまで彼は兄の庇護のもとにいる子供なのだ。悔しいが、年下のラズの方が自立している。


「博士から、ブラシカの文献について、話があるそうだ。お前も来るか?」


 所長が指で摘んだメモ用紙をぴらぴらと振る。

 アンバーはムスッとした顔でこくりと頷いた。


「よし、そうと決まれば―――」


 所長は事務室に続く扉を開け、大声で叫んだ。


「ラング事務官、ロードナイト伯爵家まで馬車の用意を頼む。それから、君も同行してくれ」

「はっ!?これから外出!?溜まっている仕事はどうするんですか!」


 上席事務官が悲鳴を上げる。

 所長は振り返ってアンバーに声を掛けた。


「あー、そうそう、枕を濡らすなら、私のアパルトマンを貸してやろう。遺物管理所(ここ)じゃ、思う存分泣けないだろうからな。さあ、何なら私の胸を貸そうじゃないか。弟よ!思いっきり泣くがいい」

「泣かねえよ!」


 アンバー()所長()のそういうところが嫌いだ。


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