4ー2.獣の贄
アンバーがロードナイト伯爵家の離れを覗くと、積まれた書物の間から丸い禿頭がぴょこぴょこと見え隠れしていた。相も変わらず博士は、書物と遺物に埋もれているようだ。乱雑な部屋の中を見渡すが、お目当ての人物は見当たらない。
「おう、小さい方の坊、良いところへ来た」
博士がアンバーを手招く。乞われるまま側に寄ると、本が宙を移動し、次々とアンバーの手の中に積み重ねられていった。
「うっ、何です?この本?」
突然、腕に掛かった本の重さにアンバーは、思わず蹌踉めく。
「大きい坊から預かった書物じゃ。ほれ、失われた町にあった書物じゃよ。一通り中を確認したから、返却しとこうと思ってな」
「これ全て、もう確認したのですか?」
書物は十数冊もある。結構な量だ。それぞれかなりの厚さがあり、サイズも大きい。一頁当たりに記載される情報量もかなりのものだろう。その上、これらの本は全て、古語で書かれている。
「うむ、それらは殆どが経典の写本じゃ。元本は、月や王宮にあるからのう。写本とはとはいえ、これだけ古い物は珍しいが、内容的には特筆すべきものはないのう。あと残すはこれ一冊じゃ」
博士の手元に一冊の本が浮遊している。アンバーの手にある書籍からみると随分小さく、かなり簡素な装丁だ。
「最初の方は裏帳簿であるがな、途中からある人物の手記になっておる。この内容については、改めて場を設けて、大きい坊に話すとしよう。興味があれば、小さい坊も同席するがいい」
手記等に関しては遺物管理所の方で内容を確認する筈であったが、どうやら博士へ依頼する書籍の中に紛れていたらしい。
「ええ、是非聞かせてください」
これで退室しようと思ったアンバーの視界に、魔獣関連の書籍が並ぶ書棚が入った。
「博士は魔獣にも造詣が深いのですか?」
「うむ、一通りはな。その辺の若造どもよりは遥かに詳しいだろうよ」
「……では、教えていただきたいのですが、そもそも魔獣とは何なのでしょう?何故、あれだけの存在が殆ど居なくなったのですか?」
先の遠征で、魔獣の強さを目の当たりにした。あれだけの強さを誇る生物が、何故今、地上に君臨していないのだろうか。そして、アンバー自身の中にも流れていると言われる魔物の血、魔物―――魔獣とは一体何なのだ。
「坊は、魔獣が何を糧としているのか知っているかね」
「魔獣は、魔力を喰らうのだと聞いています。だから、命の消える間際に放たれる魔力を喰らうため、生き餌が必要なのだと……」
「そう、魔獣とは文字通り魔力を喰らうのだよ。だからこそ、その昔、魔力の強い者は魔力を分け与える代わりに、魔獣を使役していた。魔獣は魔力に服従するのだ。魔物筋が強い魔力に惹かれるのも同じことじゃろうて」
博士が目を細めて、アンバーを見る。
「しかし、時代と共に強力な魔力を持つ者が減っていき、魔獣を従わせることが出来なくなった。魔力を失ったのは人だけではないぞ、全ての生物が魔力を失っていったのじゃ。その結果、この世界の生き物の多くが、魔獣の餌としては、十分とは言えなくなった。そこで飢えた魔獣はどうしたか―――」
博士はまるで秘密を打ち明けるように声を落とした。
「―――共食いじゃよ」
アンバーがハッと息を呑む。
聞き手の反応に満足すると、博士は話を続けた。
「この世界で最も魔力を持つ生物が魔獣の他に存在しなくなったのだ。お互いに喰らい合うより他なかろう。さもなくば、飢えて死ぬだけじゃからのう。そして、魔獣は数を減らし、今ではほぼ見かけなくなったと言う訳じゃ」
「あの……それは、実証されているのですか?」
「なに?坊は疑うのか?………………ふんっ、まあ、あくまで仮説じゃ。ついでに他の仮説も聞いていくか?」
アンバーの返答を待たずに博士は口を開く。
「魔獣とは誠に歪な存在でのう。この世界の生物として、枠を外れておる。まるで、前時代に何者かに生み出されたか、天か地か、異なる次元からやって来たようじゃ……」
これは、話半分に聞いておくべきだろうか?
博士の話が徐々に壮大になっていき、一段落着いた所で、アンバーはもう一つ疑問を呈した。
「それと、もう一つ宜しいでしょうか。我々が遭遇した魔獣の墓場とは何なのでしょう。……いえ、何故、あのようなものがあるのでしょうか」
ブラシカへの遠征で見つけたものについては、既に博士には報告済みである。地図から消えた町、魔獣の墓場、ついでに廃鉱に巣食った盗賊。
「ふむ、魔獣の墓場……先の遠征で見つけたという、アレか。……実はのう、あのような魔獣の墓場は、あちこちに存在するのじゃよ」
パチン。
博士が指を鳴らすと、丸められた紙が宙をよろよろと浮遊してきて、二人の目の前で広がった。この国の地図だ。博士が地図上を指さす。アンバーには、抱えた本が邪魔でよく見えないのではあるが……。
「西側に一つ、南側には三つも確認されておる。ここは、ほれ、あの黒髪の嬢ちゃんが使役している魔獣が発見された所じゃ。話を聞く限り、今回坊たちが見つけた場所は、魔獣がそのままの姿で、何頭も残っているようじゃのう。それほどまで魔獣が綺麗な状態で残っているのは珍しい。さて、何故このような所が存在するかであったな……ふむ、魔獣に襲われた場合、坊ならどうする?」
「戦います」
「うーむ、普通は逃げると思うがな。……まあ良い、坊は魔獣を服従させるか、倒そうとする。しかし、魔獣が坊の手に負えない場合はどうするかね?愚直に自分の命を擲ってまで戦うか?そうして、自分が倒れた後はどうなる?」
「それは……他の人に託します」
「そうして、引き継いでいるうちに次々と魔獣に倒されて、こりゃ困ったのう……最後に誰もいなくなってしまうのう」
「……」
「昔はな、自分達の手に負えないと思ったら、魔鉱結晶……結晶に含まれる魔力を利用することにしたのだよ。魔獣を魔鉱石の鉱脈に追い込み、魔鉱結晶の魔力を利用し、術式を展開させる。そうして、魔獣を結晶で閉じ込め、魔鉱結晶の魔力で何十年も何百年も掛けて、じわじわと魔獣の魔力を相殺する。それを何度も繰り返し、できあがったのが、魔獣の墓場じゃよ。そして、最後に魔力を失った魔獣は、玻璃となって砕け散る。パリンとな」
アンバーの脳裏に玻璃となって砕け散った魔獣の姿が蘇った。
魔獣を結晶で閉じ込める―――
「待ってください。いま、魔獣を結晶で閉じ込めると仰いましたよね」
「そうじゃが、それがどうした?」
アンバーが博士に詰め寄る。
「それが可能であれば、アイツの中に封じられているモノだって……」
「ふむ、坊は黒髪の嬢ちゃんのことを考えたのか」
「そうです」
アンバーは抱えていた書籍をドンと博士の前に置いた。
埃が舞い上がる。
「ゴホッ、ゴホッ。まあ、待ちたまえ、如何に嬢ちゃんの中にあるものを取り出すかね。そして、それをどうやって閉じ込めておくかね。それこそ、封印の器でもなければ、無理な話だろうよ。それに数人がかりの術式でも押さえ切れないようなものを閉じ込めるほどの魔鉱結晶となれば、どれだけの量が必要となるか……莫大な金額となるぞ。一介の娘を救うために誰がそんな金額を出すというのだね」
「庶民だから見捨てるというのですか……」
それが現実だろう。でも―――
「あいつの中のものが、放たれたら王都に災害をもたらすかも知れないとしてもですか」
「そもそも嬢ちゃんの中には、何が封じられているんだね。もし、そんな物騒なものなら大きな声で言わない方が良いのう。態々大金を費やして封印するより、人里離れたところで嬢ちゃんを始末した方が良い、と考えるのが普通であろうよ。犠牲は嬢ちゃんの命一つだけじゃからな」
アンバーは強く拳を握った。
あくまでも彼女自身の個人的な事情だ。王都が巻き込まれる謂われはない。
そもそも、少女の話を真面目にとっている者がどれだけいるのというのか。皆、田舎娘の戯言と思っているのではないか。大人達は、子供のお遊びに付き合っているつもりになっているのかも知れない。彼女に協力するのは、皆、打算と僅かな同情があってのことだ。
――多分、俺も含めて……
「それにな……たとえ、嬢ちゃんが王族であったとしても無理であろうよ。そもそも、それだけの魔鉱結晶がこの世にもう残っておらんからの」




