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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第3章 さまよう獣

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36/73

3ー10.獣の棺

 昔、ブラシカと呼ばれる町があった。そこは町の名と同じ黄色い花に彩られた美しく、豊かな町であった。ある日、町は恐ろしい災禍に見舞われ、壊滅的被害を受けた。多くの建物が壊れ、大勢の人々が亡くなった。逃げ延びた住民達は、ブラシカの西側に新たに町を興した。そして、長い年月と共にブラシカがあった地は森に飲み込まれ、人々はその存在を徐々に忘れていった。


「……という話だ」


 アウイン隊長達は不在であるが、合流までの時間を無為に過ごす必要もないと、遺物管理所長の旗振りでブラシカの跡地を調査することとなった。

 クリソコーラ侯爵達にも一応声を掛けたものの興味がないようで、同行はしていない。老侯爵の判断に胸をなで下ろす調査隊一同だった。


侯爵(じーさん)達、帰りは他の隊と一緒に帰ってくれないかな」

「そうしてもらえると助かりますね」


 ブラシカの跡地へは、高く生い茂った笹藪を掻き分け進む。獣道と呼ぶのも憚れるような道なき道だ。当然馬車の走行などできず、徒歩での進行となる。それも森に入ると状況が変わった。暗い森は日光がほとんど差し込まないため下草があまり繁茂しておらず、思ったほど歩きにくくはない。針葉樹が群生しているところなど、落ちた葉が地面に積もりふかふかの絨毯のようだ。根上がりした足元に気を付けながら森の奥へと進む。

 やがて木が疎らに生えた場所に辿り着いた。


 チチチチチッ……。


 木々の合間から差し込む陽光の中で鳥が歌う。

 建物の残骸と思しき石の塊を避けるように樹木が生え、包み込むように草本が茂る。


「ここがブラシカ……」

「……の残骸だな」


 比較的建物の形の残った石塊に近づく。木の根が絡みつき簡単には崩れないようだ。内部は薄暗く、植物は殆ど入り込んでいない。朽ちた長椅子と思しきものが均等に並び、その奥に祭壇がある。教会の跡のようだ。

 所長が先頭に立ち足を踏み入れると、空気が波紋を広げたように震える。


 プツッ。


 何かが破れた。


「結界の残滓か……」


 いつ、何者が施したのだろうか、辛うじて残っていた結界の術式が霧散した。

 祭壇に立派な装丁の書物が一冊残されている。所長が手を伸ばし触れると、瞬時に腐食したようにボロボロと崩れた。


「うわっ!」


 ドスン。


 大きな音に振り返るとラズが床に転がっている。寄りかかった長椅子が崩れたのだ。


「光を」


 所長の掌に光球が生み出された。祭壇付近をぐるりと見回し、魔力の残滓を辿り壁面に手を這わせる。


 ガゴッ。


 祭壇真後ろの壁板が外れ、空間が現れた。小部屋になっており、内部には紙製の書物、木板、石板、巻物、布袋などが雑多に押し込まれている。


「災禍の中、教会にとって重要なものを詰め込んだのでしょうね。よく持ったものです」

「外気に触れていなかったのが功を奏したのだろうな」


 手前の一冊を手に取ると、人物名とその横に数字が記載されている。信者の名とその寄付金の額であろうか。紐で綴じられた紙束には日々の献立が書かれおり、奥に積まれた金箔が貼られた立派な装丁の本は古語で記された経典のようだ。無造作に立て掛けられた木板には、蚯蚓の這ったような文字が書き連ねられている。

 アンバーが粗末な装丁の本を手に取り開いた。少女とラズが横から覗き込む。


「何だこりゃ、読めねーぞ」

「二代目町長である……るちゃるのふ?は、多額の寄付金を集め教会を建立し、ブラシカの町の発展に貢献した」


 馴染みの無い文字の羅列にラズは早々に白旗を上げ、その傍らで少女が一文を読み上げる。アンバーは文字を目で追い、内容を確認した。


「町の歴史っぽいな」

「お前ら、読めるのかよ」

「読みづらいが、古代文字と言うほど古い訳でもないしな。何とか読めるぞ」

「俺は読めねーぞ」


 ふて腐れるラズを副長が擁護する。


「百年も経てば同じ国の言葉でも変化しますよ。読みにくくても当然でしょう」

「読みにくいんじゃなくて、読めないんだが……」

「アタシも読めないけど、別に困らないからいいじゃない。そんなの読める人に任せりゃいいのよ」


 ネフェリンがアンバーの頭をグリグリと撫でる。ちょっと痛い。


「ま、そうかも?……な」

「しかし、良く今までこの部屋が見つからずにいたものです」

「結界に認識阻害の術式が組み込まれていたのだろう。教会にとって都合の悪いものでも隠していたのかも知れない」

「例えば、不正の証拠とか?」


 あの中のどれかが二重帳簿かもしれない。幾つかあった布袋の中身はもしかしたら……。


「それにしても都合良く、我々が訪れた時に結界の効力が消えたものです」

「日頃の行いであろうな」

「それはどうだろうか……」


 所長()の言葉をアンバー()は即座に否定した。


「ところで、その術を掛けた奴はどうなったんだ?後で取りに来なかったのか?」

「多分、取りに来られなかったのであろう。何せ、そこにいるからな」

「うへえ」


 所長が示す先には、法衣の残骸と思しきボロボロの布をまとった白骨死体が転がっていた。


「しかし、これは人を雇って、町まで運んで貰う必要があるな。ある程度中身を確認して、興味深いものだけ王都に持ち帰ることにするか。これだけの文献、目を通すだけでもかなりの時間を要するぞ。それに西ブラシカの歴史に関する文献も必要だな。役場に掛け合わねばならん」


 白骨などそこに無いかのように所長が目を輝かせ、声を弾ませる。そして、町史の本を手に取り、壁板を元のように戻すと、上機嫌で教会跡から外へと向かった。

 その後、辺りの残骸を確認したが、目ぼしいものは見つからなかった。教会が一番破損しておらず、教会から離れ森の奥に行くほど何も残っていない。町の大部分が樹々に飲み込まれていた。


「石造の建物が少なかったのだろうね」

「それにしても、この町に何があったというのでしょうか。おや、こちらに道がありますね」


 正確には道であった痕跡と言うべきであろうか。元々は立派な石畳だったのだろう。草木の根元に敷石が疎らに見える。


「何処に続いているのでしょう?」


 かつて道であった箇所に高木は疎らだが、敷石の間から生えた草本は腰高以上に伸び、歩行を阻害する。冷涼な気候とは言え、歩き続けると額から汗が滴り落ちた。

 やがて木本類が減り、乾いた礫が足下を覆うようになった。


「何か、この感じ、覚えがあるな……」


 足下に魔力の抜けた玻璃が積もり、踏み出すと靴底でパキパキと音が鳴る。


「廃鉱のようね」

「元々西ブラシカは魔鉱石の採掘が主立った産業だったのですよ。とは言えホーン領の鉱山に比べると大分小規模ですけどね」

「ホーン領……あの盗賊が巣食っていた鉱山か……」


 皆にとって嫌な思い出である。


「此処はホーン領の鉱山よりもかなり早くに廃鉱になっています」

「玻璃ばかりだな」


 アンバーが足元の塊を拾い上げると、パリンと弾けた。


「それでもまだ、屑鉱石を集めて出荷している人がいるそうですよ」

「ん、あれは西ブラシカの町か?」


 木々の合間から遠目に赤土色の屋根の集まりが見える。町まで荷馬車が通行できる道があるようだ。そして別方向にもう一本。


「ああ、こちらにも道があるのですね。町を通ると迂回になるので、王都への出荷用に町を通らぬ道があるのでしょう」

「ついでだし、廃鉱を覗いて行こう」

「珍しい……直ぐにでも町に戻って、文献の搬送を急がせるかと思ったのに」


 遺跡オタクである所長の言動にアンバーが意外というように言葉を発した。


「何処に有用な情報が転がっているかも分からんからな。好奇心は研究の糧さ」

「好奇心は猫をも殺す。というけどね」


 副長達五・五・五隊員にとって異論はない。依頼主の意向に従うまでだ。


「ところでさ、ここの鉱山は大丈夫なんだよな……」

「まさか、層々ゴロツキが居座る事なんてないだろ」

「それは、どうかしら」

「ええっ!」


 ラズが口にした懸念をアンバーが否定し、さらにネフェリンがそれを否定する。


「ネフェリン、あまりからかっては駄目ですよ」

「ふふふふふ」


 廃鉱に向かうと粗末な小屋が岩の影に隠されるように立っていた。


「ここ……知ってる」


 少女の手に汗が滲み心臓がドキドキと煩い。


「は?」

「お爺さんの家……」

「あ、おい」


 少女が転びそうになりながら駆け出した。

 上手く動かない足がもどかしい。

 ある筈の所に村も町も存在しなかった。少女はずっと老爺の存在さえも、自分が生み出した幻ではないかと不安に思っていたのだ。

 小屋の前で大きく息を吸うと、少し歪んだ隙間の空いた扉を数回ノックし、ゆっくりと内側に押した。


「お爺さん?」


 殺風景な部屋に少女の影が伸びる。そして影の数が二つ、三つと増え、部屋が影で満たされた。

 部屋は空っぽだった。


「何も無いな……空家か?」

「そんな筈……この間ここにお爺さんが……」

「ここで間違いないのか?人が住んでいる気配がないが……」


 小屋の中には木製のテーブルと椅子が一つ。装飾類は殆どなく、殺風景だった。竈門には長く火が入れられていないようだ。棚には食器類は殆どなく、寝具も洋服も見当たらない。


「納屋には馬も馬車もないわ」


 小屋の裏手を確認してきたネフェリンが報告する。

 ラズが床にある扉を開けると床下収納で、萎びた馬鈴薯が一つ転がっていた。


「うわあ、また芋だよ……」


 そっと扉を元に戻す。


「ここは……」


 所長が納戸と思しき片開き戸を開け、中を覗き込んだ。


「これは、また……」


 狭い納戸には書物が無造作に詰め込まれていた。手前の一冊を手に取り、パラパラと捲る。


「おい、勝手に」

「どうやら、日記のようだね。それにしても日付が飛び飛びだな。最後は……『ようやく私の役目が終わったようだ』か……」

「他人の日記を勝手に読むなよ」

「ほう、随分古いものもあるな。これなんか古語で書かれているぞ。民間の生活史か、これもまた興味深い」

「いや、だから勝手に読むなって!」


 所長とアンバーの兄弟の攻防の横で少女が呆然と立ち尽くしていた。

 老爺は何処に行ったのか?いや、それより―――


「……」


 兄を止める事を諦めたアンバーは、傍に立つ少女にチラリと目をやり、ぼんやりと抱いた違和感をぶつけた。


「なあ、本当に此処がお前の言う爺さんの小屋なのか?……お前は村から出てきて、爺さんに拾われて、爺さんの荷馬車で王都に来たんだろ?じゃあ、お前の村は何処にあるんだ?この辺になきゃ、変じゃないか?」


 少女は困ったように顔を歪ませた。

 それは少女自身が一番知りたい事だ。

 此処が老爺の小屋であるならば、自分は一体何処から来たと言うのだ……


「分からない……」

「あー、えっと、責めている訳じゃなくてな……」


 少女の様子にアンバーがオロオロとし、見かねた副長が助け船を出した。


「うーん、そうですね。似ているけど此処がディーの言うお爺さんの小屋ではないのか、ディーの村は思っていたよりももっと遠いところにあるのかもしれませんね。……それにしても小屋の住人はどこに行ったのでしょうか?」


 ジャリッ。


「!」


 サッと副長とアンバーが剣に手を掛ける。


「墓守の爺ちゃんなら、もういないよ。息子のところに行くって言ってた」


 戸口から小さな二つの影が覗き込み、少年の高い声が聞こえた。


「あれ?ルース達じゃないか、何でこんなところに?」

「よう、兄ちゃん達、また会ったね。魔道具(ポンプ)を動かすための魔鉱石を拾いに来たんだ」


 片方のルースが腰に下げた袋の口を開いて集めた魔鉱石を見せる。もう片方のルースは不機嫌そうに口を結んだまま戸口に立ったままだ。


「墓守?ここには墓守のお爺さんが住んでいたのですか?」

「うん、爺さんが自分は墓守だって言ってた。だからここを離れられないんだって。でも、少し前に、墓守の必要がなくなったから、息子のところに行くってさ」

「この近くに墓場があるのか?」

「うーん、町の墓地は全然違うところにあるよ。うーん、うーん、……墓かぁ…………ラズ兄ちゃん、秘密の話覚えてる?あの坑の奥の奥に……」


 少年が少し考え込んで口を開いた。


「おい、いい加減にしろ。早く帰らないと怒られるぞ。置いてくからな」


 もう一人のルース少年が痺れを切らし、町への帰路を歩き始めた。


「あ、待ってよ」


 慌ただしくルース少年がもう一人のルース少年を追いかける。

 少年達の姿が見えなくなると所長が口を開いた。


「ふむ、坑、坑道か……行ってみるか」


 鉱山の入り口に移動し、所長が光球を掲げ先頭で廃坑に入る。

 どこからか現れた獅子栗鼠が少女に並び、殿を務めた。


「護りの術式がまだ残っていますね」

「だが、これもいつまで保つものか……」


 周囲を見渡すと落盤しないよう魔法で強化した痕跡が感じ取れる。墓守と名乗っていた老爺が施したのだろうか?だとしたら、かなりの術者なのかもしれない。

 坑道の中は偶に魔力の残った結晶もあるが、殆どが魔力の抜けた玻璃ばかりである。その玻璃が光に反射してキラキラと輝く。


「綺麗だな。でも同じ魔鉱石の鉱山でもこっちは坑の中なんだな」

「ホーン領の鉱山では大規模な露天掘りを行っていましたからね。多くの鉱山はこのような坑道を掘って採取していますよ」

「坑道はどこまでも続いているようだし、このまま潜って行くのは危険そうだな。どこも玻璃だらけで、特に目ぼしいものもないようだ」

「そうですね。ただ穴蔵が続くだけですし、戻りましょうか」

「ちぇ、単なる暗い坑かよ」

「もう掘り尽くされているんだ。屑を拾うのが精々だな」


 探索は終わりと踵を返した時、獅子栗鼠がアンバーの上着の裾を咥え、ぐいと引っ張った。


「お、何だ」


 獅子栗鼠が横に伸びた細い坑道へと誘う。


「付いて来いってか?」

「がう」


 獅子栗鼠が先導して細い坑道を進む。やがて坑道は黒い岩肌に突き当たった。


「行き止まりか?」


 先を行く獅子栗鼠の姿が岩に吸い込まれるように消えた。


「いや、まだ先が……」


 行き止まりと見えた岩の後ろに人一人通れる隙間があった。岩の隙間に身体を潜り込ませると、その先に光が滲み―――暗闇になれた目にはあまりにも強い光に目を窄めた。

 歪な円形に切り取られた空が見える。縁がガタガタなのは樹冠に縁取られているからだ。そこは大きな穴の底だった。穴の切り立った壁面は魔力を含む結晶、あるいは魔力の抜けた玻璃で覆われており、陽の光を乱反射している。

 そして此処には―――


「何だこれ……」


 一同は息を呑んだ。

 虎のようなもの、狼のようなもの、鼬のようなもの……あれは獅子栗鼠か……

 まるで標本のように多くの魔獣がそのままの姿で結晶に閉じ込められていた。


「くうん……」


 獅子栗鼠―――シシィが悲しげに鼻を鳴らす。


「此処は……魔獣の墓場なのか……?」


 ピシッ。


 何処かで亀裂が入る音がした。


 ドオーンンンン!


 突然の大きな音に一同はサッと身構える。

 一頭の魔獣が壁から剥がれ落ち、辺りに玻璃の破片が飛び散った。

 舞い上がる玻璃の粉塵の中から狼型の魔獣がゆらりと立ち上がり―――


 バリン。


 粉々に砕け散った。


 ――『ああ、棺に罅が入ったね。最後はああして粉々になるんだよ』


 黒髪の少女はただじっと崩れて行く獣の姿を見詰めていた。


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