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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第3章 さまよう獣

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3ー9.西ブラシカ

 緩やかな登り坂が延々と続く。

 副長とアンバーの二頭の馬に先導され、痩馬は甲冑姿の老侯爵を、兎馬は丸々と肥えたロック卿を乗せ一歩一歩進んでいく。当初難色を示していたロック卿だが、老侯爵に押し切られ渋々兎馬に跨がることになった。次期侯爵となるためには、老侯爵の機嫌を損ねてはいけないのだ。


「あの子たち凄いね。本当に只の馬と兎馬なのかな?」

「実は魔獣だったりしてね。ところで、ディーはこの辺りに見覚えあるかい?」

「うーん、分からないです」

「あははっ、そりゃそうだ。どこも同じようなもんだものね」


 御者台から馬たちの臀部を眺めながら、女性たちは取留めもない話に花が咲く。街道の両脇には樹木が並び、代わり映えのしない景色が続く。標高が上がったのか空気が少しひんやりとしてきたようだ。

 幌馬車の荷台では、老侯爵付きの御者が目を閉じグッタリと樽に持たれ掛かっていた。捻れていた脚は一見問題無い様であるが、添木が当てられ固定されている。その側には執事が頭陀袋に腰掛け、そしてラズが居心地悪そうに縮こまっていた。一応後方の見張りとして形だけでも外を窺う。

 チラチラと姿が見えるのは獅子栗鼠だろうか?


「確か、ラズ様でしたね。ラズ様は―――」

「はひぃ、ラズ……様?」


 突然執事に“ラズ様”なんて呼びかけられて、舞い上がってしまったようだ。何だか余計なことをベラベラと話したように思う。

 ラズは目的地到着まで、そのまま“テンパった”状態が続いたのだった。

 やがて隊列は森を抜け、鮮やかな黄色が視界を奪う。


「わあぁ、綺麗」


 馬車は一面の黄色い花畑を進む。偶にそよ風が黄色い波を起こす。


「あ、この花に見覚えが……王都に向かった時、黄色い花畑があって……」

「ディーの村が近いのね。あれは菜の花かしら?」


 少女は王都に向かう荷馬車に揺られながら眺めた景色を思いだす。

 魔鉱石を届ける老爺の荷馬車についでに乗せて貰ったのだ。その時借りた老爺の妻のものと思われる洋服はちゃんと洗濯して畳んである。

 まずは行き倒れていたところを助けて貰ったお礼を言って―――


 ――行き倒れていた?


 あれ?どうして行き倒れなんて……?


「―――ィー」


 村から出て、そして―――


「ディー」


 ネフェリンの声に少女はハッと顔をあげる。


「ほら、町が見えてきたわよ」


 いつの間にか道は下りに変わり、その先に黄色い花に埋もれた赤土色の屋根の集まりが見える。西ブラシカの町だ。

 近づけば一面の黄色い花が畑に植えられたものだと知れる。子供達が畔を走り、花の合間に畑の手入れをする人々の姿が見え隠れする。黄色い花の中にポツン、ポツンと佇んでいた建物が徐々に増え、やがて幌馬車は建物の密集する町の広場に辿り着いた。

 広場の中心には大きな円形の水飲み場があり、早速馬達とラズが顔を突っ込む。


「うわっ、冷てっ」


 山の湧き水を引いているのだろう、水はとても冷たかった。


「私とスピネル所長は侯爵達と町の代表者に挨拶してきます。怪我人を一人で残しては行けませんので、ラズはここで番をお願いします」

「へ?」


 副長が背後の立派な煉瓦造りの建物を示した。この町の庁舎であろう。


「それじゃ、アタシとディーは町の散策ね。堅苦しいのはパス」


 ネフェリンが早々に宣言した。


「アンバーはどうする?一緒に挨拶に行くか?」

「あー、俺、宿探しとくわ。医者も必要だろうし……」


 アンバーも所長()の誘いを何とか理由を付けて断る。老侯爵とロック卿、彼らと同席は遠慮したい。


「え!?じゃあ、俺、一人で留守番かよ」

「御者の人がいるよ」

「ああ……」

「では、ラズ様、私も一緒に残りましょうか?」


 優雅に一礼し、和やかに執事が言った。


「「「ラズ様!?」」」


 一同の目が一斉にラズに向けられる。


「いえ、どーぞ、どーぞ、一緒においでになってくださいデス。ここは自分が引き受けますですので」


 もうあの何とも言えない異様な空気は遠慮したい。

 執事怖い。


「仕方がないですね。アンバー君、申し訳ないですが、ラズが寂しがっているので一緒に残っていただけますか?医者は役所で手配して貰いますので」

「それじゃ、アタシが寂しがり屋さんのために散策ついでに宿を探しておくわね」

「いや、寂しがりって……」

「みんな、ラズに甘いよね」

「ああ、甘すぎるな」


 隊員達のやり取りに少女がラズへニコニコと笑顔を向け、アンバーが同意する。


「いや、違う。みんな単に面白がってるだけなんだ……」


 アンバーがニヤニヤしてラズの肩をポンと叩いた。


「仕方ないな。寂しがり屋のラズの為に俺が残ってやるよ」

「お前まで便乗するなよ……」


     ***


「ああ、平和だなぁ……」


 ラズが御者台に腰掛け空を見上げると、白い雲がゆっくりと移動していく。盗賊と死闘を繰り広げた事がまるで夢の―――銃声―――飛ばされて行く盗賊の目を剥いた顔―――

 ラズは慌てて頭を振った。

 視界の隅に捉えたアンバーの姿に何だかホッとする。アンバーは馬にブラシを掛けていた。ラズはその姿をボーッと眺める。


「なあ、兄ちゃんたち、どこから来たんだ?」


 声変わりをしていない少年の声にラズの意識は現実に引き戻される。七、八歳くらいだろうか、鳶色の瞳がラズを見上げていた。


「ん、何だ?坊主」

「坊主じゃない。おいらはルースだ」

「そうか、ルース、俺はラズだ。あっちはアンバー。王都から来たんだぜ」


 アンバーがチラリと視線をラズと少年に向けたが、ブラシを掛ける手を止める事はなかった。会話に加わる気は無いが、聞き耳は立てておく。


「王都!?スッゲー!なあ、王都には月が二つあるんだろ?月ってどんな所だ?王様にあったことある?」

「あー、王都には月が二つあるぞ。月は王様の城みたいなもんだな。王族と騎士と巫女さんがいるぞ。王様には……そうだな、遠くから会った事あるぞ」


 それ、会ったとは言わない。

 アンバーは心の中で突っ込んだ。


「スッゲー!スッゲー!スッゲー!」


 ルース少年にとって王都は遙か彼方の憧れの地なのだろう。ラズの一言一句に感嘆の声をあげる。それに気を良くしたラズは色々と誇張して王都について話し、アンバーの心の中の突っ込みの頻度が増していった。

 嘘ではない。嘘ではないのだが、王都について過った認識を植え付けているような気がする。


 ――屋根の上を跳び回る獣って何だ?アイツか?アイツだな……


 一通り王都についての話が終わると、話題はこの町へと移った。この町の名産品はあの黄色い花から採れる植物油で、花の名はブラシカというらしい――町の由来もそこから来ているとのことだ。


「ところで、何でこの町、西ブラシカなんだ?東ブラシカとか、他のブラシカの町もあるのか?」

「うーん、なんか、昔、ブラシカって町があったらしいけど……よくわかんね」

「そっか」

「うん、西ブラシカは、西ブラシカだよ。……あっ、じゃあ、兄ちゃんまたな!」


 ラズ達に近づく人影を見つけ、ルース少年が慌てて走り去った。


「二人ともお待たせしましたね。おや、お客様でしたか……」


 副長と所長がルース少年の背中を目で追う。そこに丁度、少女とネフェリンが戻ってきた。


「あら、挨拶はもう終わったの?待たせちゃったかしら?」

「いえ、そんなことは無いですよ。侯爵たちは町長の屋敷に滞在することになりました。医者の手配もしてくれるとのことですので、御者を町長の屋敷まで運んで欲しいとのことです」

「侯爵の馬と兎馬はどうするの?」

「侯爵達は町長の馬車で移動するそうですから、二頭も一緒に町長の屋敷に連れて行きましょう」

「あいつら、侯爵のお気に入りだもんな。神馬だったっけか……」


 貧相な馬と愚鈍な兎馬、その二頭からは神々しさの欠片も見えない。


「あとは我々の宿か……」


 所長の言葉にネフェリンが応えた。


「すぐそこに宿屋があったけど、隊商が来ているらしくて満室ですって。この近辺に他に宿はないみたい」

「えーっ、町に来て野宿かよ」


 ラズの視界を茶褐色の頭が過った。


「おっ、丁度いいや、おーい、ルース!どっか宿を知らないか」


 先程別れた顔を見つけ手をブンブンと振る。茶褐色の髪の少年が不審げに足を止めた。


「おい、ルース、どうしたんだ?俺だよ、ラズ兄ちゃんだ。さっき王都の話をしただろ」

「誰?」


 少年の鳶色の瞳に訝しげな色が浮かぶ。


「なあ、本当にどうしたんだ?ルース……だよな?」

「僕はルースだけど……アンタは知らない」


 先程まで快活に会話していた少年とは思えない様子にラズだけでなくアンバーも首を傾げる。そこに小さな影が走り込んできた。


「あー、いたいた。母ちゃんが早く帰ってこいって。あ、ラズ兄ちゃん、まだここ居たんだね」


 茶褐色の髪に鳶色の瞳、同じ顔が並んだ。


「あ」

「ラズ兄ちゃん、ルースとも知り合いだったんだ」

「……知り合いじゃない」


 片方の少年がボソッと否定する。


「は?ルースはお前だろ」

「うん、おいらたちどっちもルースだよ」

「マジかよ……」


 双子で同じ名前とは、流石に命名者は手を抜きすぎだろう。


「何だ、兄ちゃん、宿屋を探しているのか?宿屋ならあそこと……町の東外れにもあるよ」


 一方のルース少年が宿屋の方向を指さす。そして、ラズに耳を貸すように促した。


「それと、ラズ兄ちゃんだけに教えてやるよ。東側の森の中に魔獣が沢山いるんだぜ。これ秘密な」

「あ、それ、僕たちだけの秘密だろ」


 もう一方のルース少年が唇を尖らせた。


「いーじゃん、それより早く帰らないと母ちゃんがまた雷落とすって。じゃあな、また王都の話を聞かせてくれよ」


 去り際にルース少年が一同を見回し、黒髪の少女に一瞬目を留め、ギョッとした表情を見せた。そして、何度も振り返りつつ二人並んで駆けていった。


 ――またか。


「ふぅ」


 少女はため息を一つ吐いた。

 二つの背中が小さくなっていくのを眺めながら、アンバーはラズに問う。


「で、ルース少年は何だって?」

「森の中に魔獣が沢山居るって……あ、秘密だった」

「は、魔獣?そんなの大量にいたらこの町が無事に済まないだろ?」


 アンバーが首を傾げた。


「ディーの故郷が近いなら、それも有りかもね。ディーの故郷には隊長と合流してから向かうことになるのかしら?……でもそれより、まずはサッサと御者を送り届けて宿探しよ」


 ネフェリンの言葉で出立の準備を始めたところで、所長がディーに声を掛けた。


「ところで、ディー、君の村はこの町の近くにあるのかい?」


 ピクッと少女の肩が震えた。


「えーっと、それが……この町は、知らない町……です」

「ふうむ、この町は君が知っているナノハナ町じゃないのか」


 少女が無言で首を縦に振る。そこにラズが割り込んだ。


「は!?じゃあ、ここどこだよ?」

「いや、西ブラシカの町だろ」


 アンバーが答える。


「そうでした。……じゃなくて、何だよ。無駄足かよ」


 侯爵に振り回されたり、盗賊に襲われたのは一体何だったんだ?

 ラズが感情に任せ少女を責める。


「ごめんなさい」


 少女が益々縮こまった。


「何で自分の村への帰り道を知らないんだよ」

「あら、ラズだって、ここから一人で帰りなさいと言われて帰れるのかしら。馬車に揺られているだけだとなかなか道を覚えられないものよ」

「そんなの簡単だろ。王都への道を誰かに聞けば良いんだから」

「誰も王都の場所を知らなくても?」

「いや、それは……でも王都を知らない人間なんている訳ないじゃないか」

「でも、こいつの村を誰も知らない……」


 アンバーの言葉にラズはハッとした。


「……悪い。言い過ぎた」

「まあ、こんなこともあるさ。我々の調査が甘かったということだ。これも想定されたことだし、ディーが責めを負うことはない。それより、行ってみたいところがあるのだが」


 所長がニヤリと笑った。


「この町の東に遺跡があるらしい。気持ちを切り替えて遺跡調査と行こうじゃないか」


     ***


 夜が更け、町は静かに眠りについていた。町外れの森の中ではガサガサと夜行性の獣が動き回り、鳥がギョッギョッギョと奇妙な声で鳴く。

 森に面した建物の二階の窓がゆっくりと外側に開かれた。


「シシィ」


 建物の中から小さく呼ぶ声がする。ガサッと下草が音を立てたと思うと、獅子栗鼠が飛び出し、両開きの窓からするりと室内に入り込んだ。

 少女が迎え入れ、ギュッと抱きしめる。それから獅子栗鼠は静かに床に寝そべり、少女は顔を埋め―――声を殺して泣いた。

 ネフェリンは壁側を向いて寝たふりを続けた。


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