3ー8.野営
・2022/9/14 誤字修正
「だから森には近づいてはいけませんってか……」
炎の中で薪がバチンと爆ぜた。
焚き火を囲んで調査隊員達が遅めの夕食を取っていた。夕食の献立は堅くてパサパサの黒パンと焚き火に焼べられて真っ黒に焦げた馬鈴薯、そして萎びた玉葱と芋のスープである。
絶対、廃棄寸前の食材を押し付けられている。
ラズは黒パンをスープに浸して齧り付くと、力一杯噛みちぎった。もっきゅもきゅと咀嚼がいつまでも続く。
「それがディーの村に伝わる話ってわけね」
「三人の若者って建国の物語に登場する三人だよな。知っている話とちょっと違うな。三人目の若者は村の娘と恋仲になったから村に残ったんだよな」
「あの話にそんなのあったか?」
指についた芋を嘗め取りながらカンクリが首を捻る。カルシラがカンクリを一瞥し、肩を竦めると口を開いた。
「その話、教会関係者とか王族至上主義って人には話さない方がいいね。一人目の若者が悪者だもん。まあ、村人も大概だけどね。自分たちの恥を後世に残すってすごいよね」
「恥だと思っていないってことだろうな。それよりも自分達が三人目の若者の子孫だという事の方が重要という訳だ」
食後の珈琲を一口飲み、所長が口を開いた。この手の話に一番詳しいのが彼だ。
「じゃあ、ディーは三人目の若者の子孫ってこと?」
「まあ、ディーの村もその可能性があるかもしれないってところだな」
「 “も”?」
「結構、『我が村こそ三人目の若者が留まった村だ!』と主張しているところがあるからね。まあ、どこも村の美しい娘との恋愛譚としてだから、ディーの村の話はちょっと毛色が異なるかな」
「物語は時と共に変わって行くから、案外、真実はそういうことなのかも……」
アンバーが誰に言うでも無くポツリと漏らす。
「おお、弟よ。共に浪漫溢れる歴史研究の道に進む気になったかね?」
「いや、俺はこっちの道を行くよ」
声を弾ませる所長にアンバーは直ぐさま剣を持ち上げ、否定の意思を見せた。
「それにしてもさ、自称子孫の村が乱立って、みんな村おこしでも狙ってるワケ?」
「まあ、否定はできないね」
三人目の若者が暮らした家、三人目の若者の墓、三人目の若者饅頭、三人目の若者キーホルダー、三人目の若者ペナント、三人目の若者選手権、本家と元祖の対立……。
「ふうん。で、子孫様(仮)はさっきから何やってんの?」
少女がアンバーの左上腕に貼られた布片を剥がし、そこに新たにペタッと布片を貼る。少女の傍らには芽が出て少し皺の寄った馬鈴薯と数枚の四角い布片、おろし金と金属製の器があった。器の中には馬鈴薯を摺り下ろしたものが入っており、少女は器の中身を匙で救うと布片に塗り、それをアンバーの火傷した患部に貼り付けた。
「ん、火傷の布の交換。火傷した部分に摺り下ろした芋を貼ると熱を取ってくれるって、婆様たちがいつもやってるよ」
「んー、でも何か臭うよね。そんなことするより魔法で流水を当てた方が良くない?」
アンバーがカルシラを軽く睨む。
「誰もが水魔法を簡単に使えると思わないでくれ」
魔法には相性のようなものがある。例えば、アンバーなら雷、カルシラなら水の魔法が得意だ。勿論、不得手の魔法が使えないというわけではない。得意の魔法であれば、身体に負担無く大きな効果が得られるが、不得手の魔法の場合、効果の割に魔力の消費が激しく、身体への負担が大きいということである。ちなみにラズが水魔法を使えば水滴一滴であろう。
「あら、火傷?回復魔法で治そうか?」
「いや、遠慮する」
ネフェリンの申し出に、アンバーは即座に首を横に振った。
「ねえ、それ貸して」
カルシラは少女の手からどろりとした芋が塗りつけられた布片を奪うと、ラズの左頬にピタンと貼り付けた。
「へ?」
ラズが黒パンの最後の一欠片をゴクリと飲み込む。
「痣になってるから貼っておいた方が良いよ」
「え!ネフェリンの回復魔法で直った筈じゃあ」
「いや、腫れが残っている。貼っておくべきだ」
カルシラがラズの頬にグリグリと馬鈴薯の塗られた布を押し付ける。
「え、ホンひょか?でも、カルひラだし、うひょかも?いや、でもホンひょだったら……」
殴られた痕が残っていたら格好悪い。
ラズは不快な感触と青臭いようななんとも言えない臭いに我慢すべきか拒絶すべきか葛藤する。
カルシラがラズの目を見ながら、今までに無く真剣な様子で口を開いた。
「ねえ、ラズ、……軍を辞めんの?」
「……」
ラズの目が泳ぐ。
「…………ああ、辞めるよ」
カルシラがジッとラズを見つめる。
「……辞めてやるっ!フンっ、金が溜まって自分の店が出せるようになったらなっ!」
「じゃあ、一生軍人じゃん」
カルシラがピンとラズの額を指で弾き、下っ端軍人の現実を告げた。
「えっ!?」
軍人は士官を除いて、大抵三十歳前後で退役する。ラズもそのつもりだったのだが―――
「では、何処かの商家に婿入りする他ないのう……」
「そうか!婿入りすればいいんだ!……って誰?」
ラズが声の主を見ると、見慣れぬ老人の姿があった。
「失敬な小僧じゃの。共に戦ったワシの顔を見忘れるとは……。やあ、皆の衆、本日は大捕物ご苦労であった。どれ、ワシも食後の一杯をいただこうじゃないか」
鎧姿ではないクリソコーラ侯爵がどっかりと座り込み、焚き火を囲む輪に加わった。執事が珈琲を注いだカップをサッと手渡す。
一瞬皆、”誰?”と思った。
が、そんなことは噯にも出さず、副長は如才無く老侯爵に話を振る。
「ロック卿と御者のお加減はいかがですか?」
「彼奴らも今はおとなしく寝ておるわ」
大怪我を負った御者と怪我を負ったらしいロック卿は、元坑夫達の仮眠所かつ前盗賊達の寝床で就寝中とのことである。記憶の中にある換気の悪いその部屋の酸えた臭いが、隊員達の鼻腔を擽る。
調査隊は老侯爵一行に寝床を譲ったため、露営している―――ことになっているが、実際は「テントの方が遥かにマシ!」と誰も使用したがらなかったのである。
「侯爵はお休みにならねーのかい?」
「あんな場所で休めるとでも?」
老侯爵がカンクリをジロリと睨む。その背後で執事が見る見るテントを設営していった。
「しかし、ロック卿があれほどまで回復魔法に苦しむとは……」
先刻、ネフェリンが重傷の御者に回復魔法で応急処置を行なったのだが、その際、ロック卿が「私が先だ」と回復魔法を要求したのだ。ロック卿は護符を所持していたため、怪我らしい怪我といえば、後頭部のたんこぶと腹部の打ち身くらいであり、回復魔法が必要とは思えなかったのだが、まあ、色々と面倒だったので要求に応じ回復魔法を掛けた。
すると―――、何故かロック卿はもがき苦しみ出したのだった。
「怪我らしい怪我でもないし、”命の前借り”の影響も殆ど無いと思ったんだけど……ね」
「回復魔法がよほど体質に合わないのか、他に悪いところがあったのか……」
あれだけ脂肪の付いた身体だ、表に見えなくともどこか悪いところがあったのかも知れない。
「まったく、サンチョの奴め、大袈裟に騒ぎよって。少しは健康になったのだから感謝すべきであろう」
少しは健康になった―――果たして、それはどうだろうか。
回復魔法はあくまでも自身の持つ治癒能力を強制的に高める魔法だ。下手すれば逆に命を縮めてしまうこともあり得る。ゆえに”命の前借り”なのだ。
「……」
――まあ、いいか。
一同は気にしないことにした。
「しかし、ホーンの奴も堕ちたものよ。昔から魔鉱石の鉱山持ちで羽振りが良かったが、鉱石が枯渇したというのに、相も変わらず贅沢三昧。元々ホーン領では碌な農作物が取れず、採掘に頼っていたというに、どこに資金源があるかと思えば、まさか、盗賊団で荒稼ぎしとったとはな。こりゃ、恐れ入ったわい」
「これでホーン公爵も年貢の納め時ということでしょうか?」
「さて、それはどうかのぅ……」
ズズズっと音を立て老侯爵が珈琲を啜る。
隊長が二本の短剣を老侯爵に示した。かなりの上物である。
「騎獣乗りが所持していた短剣です。柄にホーン公爵家私設部隊の紋章があります。これが証拠にならないでしょうか?」
これに回答したのは所長だった。
「多分、無理だろう。騎獣乗りはホーン公爵家から騎獣と短剣を持ちだし逃亡、ホーン公爵家の威光を笠に着て勝手に悪事を働いていた、とでも言い逃れるだろうよ。精々公爵家の監督不行き届き程度に持っていくだろうね」
「おいおい、あいつらに自白させでも無駄ということか?」
カンクリが声を上げる。
「そうでもないだろ。盗賊達が背後に公爵がいることを証言すれば、公爵が否定したとしても疑惑は残り続ける。それに、これだけ大きな盗賊団が公爵の知らないうちに悪事を働いていたんだ。軍の駐留は免れないだろうし、資金源を絶つことができる。決定打とならなくとも公爵を徐々に追い詰めることは可能だ」
「ホーンの金庫が空っぽであることを公に出来るだけでも大きいからのう。あやつの唯一の強みが幻だったのじゃからな。回収できない金を貸す金貸しもおらんて」
老侯爵がカカカと嗤う。
副長が非難めいた視線を老侯爵に向けた。
「今回の襲撃はクリソコーラ侯爵、あなたを狙ったものですよね。この旅に同行されたのも態と襲わせる為ですか?我々を利用したのですね」
何らかの理由でホーン公爵にとってクリソコーラ侯爵は邪魔な存在なのだろう。老侯爵を亡き者にしようと画策していたが、その一方で、老侯爵は公爵の悪事を白日の下に晒す機会を窺っていた。
まるで狐と狸の化かし合いだ。
老侯爵は相手の尻尾を掴むため、自らを囮にすることを考えた。
大人数で、護衛を固めていては相手が動かない。罠と気付かれず、襲いやすいようにできれば少人数、しかも賊を撃退できるだけの能力が無ければならない。ちょうどホーン公爵領を経由して目的地に向かう少人数かつ能力の高い小隊がいる。
常識的に考えて無謀としか言えない行動である。
老侯爵は執事に手渡された珈琲を一口啜ると世間話でもするようにのんびりと口を開いた。
「ワシの娘がビックスバイト公爵に嫁いでおってのぉ……」
隊長と副長が口を閉ざしてしまったため、所長が代わりに口を開く。
「確か、ビックスバイト公爵といえば、ホーン公爵と同じ王家支持派ですが、ホーン公爵とは対立していましたね。閣下は教会支持派だと思っていたのですが……ホーン公爵は閣下がビックスバイト公爵側に付かれては困るというところでしょうか?」
「ワシは派閥など公言したことは無いのだがな。周りは好き勝手に言いよる。まあ、ワシはこれでもそこそこ発言権を持っておってな。ホーンのヤツめ。ワシを早々に亡き者にして、サンチョを後釜に据えたいらしい。サンチョはホーンにかなりの借金があるらしくての。首根っこを押さえられておる。しかし、サンチョも馬鹿なヤツよ。侯爵家を継げると思い込んでおるわ」
「ロック卿は次期クリソコーラ侯爵となるのでは?世間ではそのような認識ですが」
老侯爵は嬉しそうに目を細めた。
「ここだけの話だぞ。クリソコーラ侯爵家はワシの娘とビックスバイト公爵の子が継ぐことになっておるのだ。ワシが亡くなれば、ビックスバイト公爵が後ろ盾となって孫が継ぐように既に手続きも済ませておる。まあ、ワシはまだまだ死なんがな。今のうちに孫に仇なすことがないよう、サンチョの手足を捥いでおかんとならん。おお、其方にも我が孫を助けて貰わねばな、クォーツ子爵」
この老侯爵は、所長が近々子爵領を継ぐことを知っているのだ。
変なところで抜け目が無い。
「しかし、最悪の事態は避けられたとはいえ、今回は悪手です。何故我々に事前に一言もないのです」
隊長が怒りを滲ませた言葉を発する。
「敵を騙すには味方からと言うであろう。まあ、流石にワシも彼奴が盗賊団を抱えているとは思わんかったしのぉ……ホーンの奴の悪事が暴かれたので良いではないか。結果良ければ全て良しであろう?」
「無茶苦茶だよ、この爺さん」
考えている様で何も考えていない。
「ともかく、もう遅いですから明日の予定について話しておきましょう」
溜息と共に副長が話題を変えた。続けて隊長が口を開く。
「軍に盗賊を引き渡さねばならないのだが、侯爵をこのままここに引き留めておく訳にはいかないだろう。御者もちゃんと治療する必要もあるしな。そこで二手に別れようと思う。俺とカンクリ、カルシラはここで軍の到着を待ち、盗賊を軍に引き渡す。残りは侯爵と共に当初の目的通り、このまま西ブラシカに向かって貰う」
「この近くに町があっただろう?そこじゃダメなのか?」
「ここから距離的に一番近い町はホーン領内ですから、避けた方がよいでしょう。と言う訳で、私達は当初の予定通りこのまま西ブラシカに向かいます。幸い西ブラシカもそれほど距離はありませんから」
カンクリの疑問に副長が答える。
「問題は馬だな……盗賊の馬を拝借するか」
「何、ワシらなら問題ない。何せ神馬がおるからな」
「……シンバ?」
老侯爵の視線の先に痩せ馬と兎馬がいた。
「あやつらは大した奴らだ。この襲撃にもけろっとしておる。きっと神馬なのであろう。すまんが執事と御者はおぬしらの馬車に乗せていってもらえるかの」
執事がスッと一礼した。
「えーっと、……それじゃ、俺たちも盗賊を引き渡し次第、西ブラシカに向かうからな。現地で合流しよう」
「では、明日に備えて早めに休んでください。所長と隊長は今後について詳細な打ち合わせをお願いします。今夜の当番は私とアンバー君ですね」
副長の言葉にアンバーが頷く。
「交代要員は俺とカルシラだ。時間が来たら起こしてくれ。よし、カルシラ寝るぞ」
「えーっ、カンクリと一緒のテントは嫌だよ。だって、鼾がうるさいもん」
「何を言う。俺は、鼾はかかん」
「カンクリこそ何言ってるの?鼾かきまくりだって」
「いや、かかん」
カンクリとカルシラが賑やかに塒に足を運ぶ。
「御前、こちらのテントをお使いください」
「うむ」
「あ、俺、皿洗い当番だった……」
「手伝う」
汚れた食器を抱え、ラズと少女が連れ立って炊事場に向かう。
その背中を目で追うアンバーにネフェリンが耳打ちした。
「あなた騎士を目指しているなら、女の子をちゃんと守らないとダメよ」
「え……?」
アンバーは一瞬何を言われているのか理解できなかった。
どちらかというと自分の方が守られている気がするのは気の所為だろうか?
「あの子の首にね……。手の跡が残っていたわよ」
ネフェリンはアンバーを残し、その場を辞した。




