挿話 三人目の若者の話
むかしむかし、黒い森のほとりに小さな村がありました。
その村は豊かで美しい村でしたが、黒い森から湧き出す黒い霧にたびたび苦しめられていました。黒い霧に触れると、作物は枯れ、人々は病に倒れてしまうのです。村人は黒い霧が発生すると、家に閉じこもり霧が晴れるのをただただじっと待つしかありませんでした。
その年はいつもよりも黒い霧が多く湧き出し、村人は困り果てておりました。
そんなある日、三人の旅の若者がその村を訪れました。
一人目は剣を穿いた若者でした。
二人目は弓と矢を背負った若者でした。
三人目は魔法使いの若者でした。
一人目の若者が剣で黒霧を切り裂き、二人目の若者が放つ矢が黒霧を払い、そして三人目の若者が呪文を唱えると、黒霧が小さな器にどんどん飲み込まれていきました。
村人たちは大層よろこび、三人の若者をご馳走やお酒でもてなしました。
昼も夜も宴会が続いていたある日、一人目の若者と二人目の若者が旅立つことを伝えました。
それを聞いた村人たちは大慌てです。
黒霧が発生するのは一度だけではありません。
これからも何度も黒霧は発生するでしょう。
若者たちが居なくなれば、誰が黒い霧を払ってくれるのでしょう?
村人たちは若者たちに村に残るよう懇願します。
一人目の若者が言いました。
「私たちは古の都に行って新たな王にならねばなりません。しかし、このまま立ち去っては、あなたたちが気の毒だ。私たち二人は旅立ちますが、三人目の若者をこの村に残していきましょう。彼一人いれば、十分黒い霧を払えますからね。我々二人が旅立った事を気づかれぬよう酒樽の中にこの薬を入れて、たっぷり飲ませて酔わせなさい。そして、彼に何度もこの村に残ることを誓わせるのです。そうすれば彼は一生この村に留まることでしょう」
三人目の若者が酔い潰れて眠っている隙に二人の若者はその村を去って行きました。
それから村人たちは三人目の若者が立ち去らぬよう、綺麗な娘たちにお酌をさせて薬の入ったお酒をどんどん飲ませました。
娘たちは三人目の若者に代わる代わる問いかけます。
「この村にずっといてくださいな」
「ああ、もちろん」
「この村をいつ迄もお守りくださいね」
「ああ、わかった」
「これからもずっと黒い森の災禍を払ってくださいね」
「ああ、任せておけ」
三人目の若者は酔った勢いで考えなしに次々と答えました。そして、たまにぼんやりとかすみがかった頭で考えます。
どうして自分はここにいるのだろう?
今が楽しいからいいか。
そんな日々を繰り返すうち、酒樽がとうとう底を突き、三人目の若者は自分が古の都へ王になるために仲間たちと旅をしていたことを思い出しました。
しかし、仲間の二人の若者の姿がありません。
村人たちは二人の若者がもうずっと前に旅立ったことを伝えました。
三人目の若者は慌てて二人の後を追おうとしますが、村から出ることができません。村から出た筈なのに、気がつけば村に戻っているのです。
三人目の若者は自分の魂に呪が刻まれていることに気づきました。村の娘たちの願いに答えるうち、知らず知らず自ら呪を刻んでいたのです。彼は村と黒い森から外に出ることが出来なくなってしまいました。
「ここにはご馳走もお酒も綺麗な娘たちもおります。ずっとここにいればいいではないですか。そして、偶に私たちのために力をお貸しください」
村に囚われた三人目の若者は、失意の中で村人に勧められるがままお酒を呑み、村の娘たちとの間に子供を儲け、毎日を無為に過ごしました。
そうして時が過ぎ、新しい王様が誕生したと風の便りが届きました。
「ああ、私が王になるはずだったのに、私は何故ここにいるのだろう。恨めしい。二人の若者が、この村が、全てが恨めしい」
三人目の若者は毎日毎日、呪詛の言葉を呟いて村じゅうをふらふらと歩き回りました。そしてある日、黒い森へ入ってくとそのまま姿を消してしまいました。
それから、黒い森ではどこからともなく二人の若者や村を呪う呟きがぼそぼそと聞こえてくるようになりました。
村人たちは三人目の若者が亡霊となって、黒い森を彷徨っているのだと噂しました。
三人目の若者の子供たちが大人になっても、その子供たちの子供たちが大人になっても、さらにその子供たちの子供たちが大人になっても呪詛の呟きは止むことはありませんでした。
そしてそれからずっとずっと時が経った今でも、黒い森では三人目の若者の亡霊が怨みつらみを呟きながら彷徨い続けているのです。




