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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第3章 さまよう獣

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3ー6.玻璃の獣

 黄虎の鋭い爪が左腕を掠め、始めに熱さが、そしてピリッとした痛みが襲う。

 間一髪、地面に転がるアンバーの視界を幌馬車に乗り込む盗賊の姿が過ぎった。黄虎に騎乗していた盗賊だ。


「しまっ……」


 つい気が緩み、周囲への警戒を怠ってしまった。有るまじき失態だ。

 アンバーは瞬時に立ち上がると、剣を抜き幌馬車へ駆け寄るが、牙を剥く黄虎に進路を阻まれる。


 グルルルルルル……


 黄虎が強く地面を蹴り、アンバーへ突進する。黄虎の牙が首筋に迫り、咄嗟に剣を盾とするものの黄虎はその刃を咥え、アンバーの身体は再び地面に押し倒された。


「ぐっ」


 背中を強く打ち付けられ、一瞬呼吸が止まる。更に黄虎は獲物を仕留めようと体重を掛け、のし掛かった。


「こいつッ!……いくら俺でもこれだけ近ければ当たるんだよっ!雷撃!」


 アンバーの左手から放たれた雷撃が黄虎を打つ。黄虎は堪らず後退し、その隙を逃さず黄虎の首に刃を振り下ろした。横倒しになった黄虎がピクピクと痙攣する。


「ラズっ!」


 アンバーは絡れる足で幌馬車へ急いだ。




 カチッ。


 突然の侵入者にラズは反射的に銃の引き金を引いた。


 カチッ、カチッ。


 逆光で顔が薄暗く染まった男が一瞬動きを止め、直ぐに短剣を片手にラズに迫る。

 弾切れだ。銃口が火を噴くことは無い。


「うわぁ!」


 ラズは手にした銃を盗賊に投げつけた。盗賊はひょいと銃を避け、剣先をラズの頸部に当てると勝ち誇ったように口元を歪めた。


「熱ぃ!」


 盗賊が短剣を取り落とし、反射的に手を退く。盗賊の視線の先、ラズの手には小さな炎が揺らめいていた。


「このクソ餓鬼っ!」


 盗賊の拳がラズの頬に飛ぶ。身体が後方に飛び、血の味が口中に広がる。引き続き来るであろう攻撃に備え、ラズはぎゅっと目を瞑り、身を固くした。


「あがっ……」


 しかし、痛みに声を上げたのはラズではなかった。盗賊が身体をピクピクと震わせラズに覆い被さるように崩れ落ちる。ラズが目を開けると、右手に剣を握り、左の掌を突き出したアンバーの姿があった。その呼吸は激しく乱れている。

 ラズは仰向けに倒れ込んだまま熱を持つ左頬を押さえた。


「ちぇっ、どうせならもう少し早く来て欲しかったよ……」

「おい、それを助けに来た人間に言うのか……」

「うう……」


 盗賊が意識を朦朧とさせつつ起き上がろうとしたので、アンバーがその背中を無慈悲に踏みつけた。


「「ぐぇっ」」


 ラズと盗賊が揃って声を上げる。


「ちょっと待て!俺が下に居るんだが……」

「お、悪い」

「悪いじゃねーっ!」


 ラズは盗賊の下から逃れようと尻を擦りながら後退し、最後に盗賊の頭を蹴って自由の身になった。アンバーが棕櫚縄を投げて寄越したので盗賊を拘束する。


「コイツ、俺を殺ろうと思えば殺れたのに、一体何がしたかったんだ?」

「まあ、お前を人質(エサ)にでもしようとしたんだろ」

「ちぇっ……弱くて悪かったな」


 ラズが唇を尖らした。


 ドンッ、ドンッ。


 幌馬車が大きく揺れる。


「な、何だ!」


 恐慌状態になった馬達が嘶き、暴れ、馬車が更に激しく揺れる。


「ラズ、馬を放せ!騎獣だ。チッ、まだ生きていたのか」


 ラズは揺れる荷台を四つん這いになりながら御者台に向かった。途中、積荷が倒れ掛かり進路を塞ぐ。何とか御者台に辿り着くと、盗賊の仲間が居ないか辺りを確認し、地面に飛び降りた。黄虎の姿はない。獣の関心は主にアンバーに向けられているようだ。

 アイツ、恨み買ってないか?


「ほら、逃げろ。後で合流な」


 幌馬車に繋がれていた二頭の馬を解放し、パンッと尻を叩く。馬達は勢い良く駆けて行った。他の馬達の姿は既に無い。馬は一般的に臆病な動物と言われている。しかし、軍用馬は別だ。魔法で特別な調教をされており、大抵の事には動じない。それでも手負いの獣を前にしては恐怖心が勝ってしまうらしい。

 ラズは再び荷台に乗り込むと、崩れた荷物を乗り越えてアンバーの元に向かう。途中で拘束した盗賊を足蹴にするのも忘れない。


「引き付け役、ご苦労さん。馬は逃したぞ。で、騎獣はどうだ?」

「あ、この馬鹿」


 ラズが幌馬車の荷台からひょいと顔を出すと、黄虎が爪を立てた前足を振り下ろした。アンバーが咄嗟にラズの後ろ襟を掴み引き戻すと、ラズは尻餅をついて転がった。


「あっ、ぶねえ」


 グアアアアアアア―――


 獲物を仕留め損なったことが悔しいのか黄虎が大きく吼える。


「なあ……、手負いの獣ってさ、ヤバイんじゃねえの?」

「多分、手負いじゃ無くてもヤバイと思うぞ」


 黄虎の前足が荷台に掛かる度、アンバーが剣で斬り付け牽制する。荷台の縁は既に爪痕でズタズタだ。


「どっちにしろ、ヤバイのかよ……。そうだ銃!って……さっきぶん投げて……どっかいっちまった!」


 ラズがキョロキョロと見回すが、お目当てのモノは見つからない。

 アンバーが荷馬車に飛び乗ろうとする黄虎の顔に剣を振り下ろす。黄虎は軽快な身のこなしで距離をとった。


「あ、あった!」


 ラズが黄虎に向け引き金を引く。


 カチッ。


「あ、そういや弾切れだった」

「おい!」

「予備の弾は……」


 積荷が散乱した馬車内の様子に目をやる。


「あー、これ、ホントに絶体絶命ってやつ?」

「お前だって剣ぐらい持ってるだろ!それで何とかしろ!」

「剣?ああ、剣ね……えーっと、あの辺……かな?」


 ラズは自分が蹲っていた辺りに視線を向けた。そこは荷物が崩れ積み重なっている。


「お前は、軍人なんてやめちまえ!あー、もういい、俺が何とかする」


 アンバーが左手に魔力を込めるとビシッビシッと音を立て稲妻が爆ぜた。徐々に稲妻が球状の塊となり、目映い光を放ち膨らんでゆく。成長した雷球を黄虎に向けて放つ―――が、黄虎はひらりと避け、その鼻先を稲妻の塊が天に向かい飛んで行った。


 ドンッ、バリン。


 アンバーの放った稲妻がどこかの壁面に当たったようだ。パラパラと玻璃の欠片が降って来る。


「チッ、この騎獣、学習してやがる」

「いやいやいや、単に制御不能(ノーコン)なだけだろ」


 アンバーはちらりとラズを睨み、再び左手に魔力を込める。


「やはり接近するしかないか?」


 黄虎は何度か隙を狙って飛び掛かるも、直ぐに一定の距離を取る。ジリジリとした睨み合いが続く。

 コンっと額に何かが当たり、黄虎がたじろいだ。


「ん、何だあれ?」


 隣を見るとラズが左腕に抱えた何かを黄虎に投げつけている。


「あ、芋。樽の中にあった。当たると結構痛いだろ」

「また、芋かよ」


 黄虎が鬱陶しいとばかり身を捩る。


「そう言うなよ。隊舎の倉庫に有り余ってるんだ。今回の遠征で芽の生えた芋を押しつけられたんだよ」

「貴重な食料を投げていいのかよ」

「芽の生えた芋なんて毒だろ、毒。それに……もう……芋は飽きたっ!」


 ラズの心情と共に放った馬鈴薯が黄虎の目に当たり跳ね返る。黄虎はラズに顔を向け、咆哮すると駆け出した。


「ほら、食べ物を粗末に扱うからだぞ」


 アンバーは右手の剣を確りと握り、左手に魔力を込める。魔法を使いすぎたためか、雷は小さくバチバチと心許ない音を立てた。アンバーは今一度、左手に魔力を込める。

 出来るだけ引き付けて撃つ。

 今まで距離を置いていた黄虎が迫る。これはある意味、仕留める好機(チャンス)だ。

 黄虎が牙を剥き飛び掛かる。

 アンバーは雷を纏った左手を前に突き出した。


「「あっ!」」


 アンバーとラズが同時に声を上げる。

 黄虎はアンバーの雷を避け、鋭い爪を振り下ろした。


 ドンッ。


 白。

 目の前を一瞬、白い影が過った。そして、黄虎が横に吹き飛び、視界から消える。


「は?」

「な、何だ?」


 幌馬車から顔を出し、白い影と黄虎が消えた方向を窺う。そこには黄虎の喉笛を噛み切る獣の姿があった。


魔獣(シシィ)か?」


 獣が頭を上げる。全身がキラキラと光を反射する真っ白な獣の姿―――


「違う、アイツ(シシィ)じゃない……(いたち)か……?」

「待て待て待て、どこがイタチだよ。あんな巨大なイタチが居てたまるかっ!」


 獣の真紅の眼がアンバーとラズを捉えた。その口元は血で濡れている。


 シャーッ―――


 白い獣が地を這う風のように二人に迫る。馬車から転げるように飛び降りると、獣の爪が馬車の一部を抉り、木片と細かな玻璃が辺りに舞った。


「大鼬の化け物かよ。それに何だこれ?……玻璃?」


 何故か大鼬は全身を玻璃に覆われており、動くたびにそれが砕け、飛び散る。

 大鼬の長い胴体を狙ったアンバーの剣は空を切り、左手で放った電撃はヒョロヒョロと明後日の方向に飛んでいく。大鼬が真っ赤な口を開き迫る。


「これでも喰らいやがれ!」


 ラズは握っていた芋を投げつけるが、大鼬はするりと避ける。そこに制御を失った電撃が偶然にも大鼬を撃った。


「え、アンバーのノーコン魔法が当たった!?」

「一言余計だ!」


 しかし、電撃は弱く一瞬動きを止める程度の威力しかない。ラズが慌てて腰の剣を抜こうとして、丸腰だったことを思い出す。大鼬の目は怒りでさらに赤さを増し、その口から炎を吐き出した。


「ひっ!」


 左右に別れたアンバーとラズの間を抜けた火球は一拍遅れたラズを擦り、その先にある枯れ木を燃え上がらせた。


「あちっ!何だこのイタチ、魔法を使うのか?それも俺より炎がデカいってどういうことだ!?」

「……不味いな…………コイツ魔獣だ」

「は、魔獣って……あの魔獣?アイツが連れているヤツとは随分違うんだが?」

「そりゃあ、魔獣にも種類が違うヤツが沢山いるさ。確認されているだけでも十数種類いるぞ。まあ、俺が実際に見たことあるのは一種類(シシィ)だけだけどな」

「何でそんな珍奇(レア)なものがこんなところに居るんだよ!」

「そんなの俺が知るかっ!」


 大鼬はアンバーを獲物と見定めたようだ。赤い口をまるで嗤うかのようにニイィと歪め、次々と炎を吐く。アンバーは炎を剣で切り、地面を転がり避ける。隙を狙いたいが、避けるだけで精一杯だ。


「熱っ」


 徐々に動きが鈍くなり、炎が皮膚を焼く。大鼬は後ろ足で大きく立ち上がると、鋭い爪を振り下ろした。剣でその爪を止めるが、大鼬はニヤリと嗤うともう一方の前足を横薙ぎにする。


「アンバーっ!」


 ラズが馬車に積まれていた木材を片手に飛び出すが―――、遅い!

 アンバーとラズが何ものかに吹き飛ばされた。アンバーの手から剣が離れ飛ぶ。

 視界を掠める血飛沫。

 地面に転がったアンバーは、大鼬の爪が()()()()の皮膚を裂くのを見た。


 シャーァァァァァァ―――


 玻璃の欠片を撒き散らしながら、二頭の魔獣が取っ組み合い、殺し合う。


「嘘……だろ……」


 そう呟いたのはアンバーか、それともラズか―――

 大鼬の細く長い爪が獅子栗鼠を甚振る。獅子栗鼠は明らかに劣勢だった。


アイツ(シシィ)でも勝てないのかよ……」


 大鼬が獅子栗鼠を踏み付け、その牙を喉元に立てる。


 キャウン―――


 獅子栗鼠の哀れな声。

 止めとばかり大鼬が喉笛を噛みちぎ―――


 ギャアアアアアアア


 天より現れた一振りの剣が大鼬を垂直に串刺しにし、大鼬が玻璃の欠片となって粉々に飛び散った。

 アンバーの目の前には剣先を下に向け、両手で剣の柄を握った少女の姿があった。その姿は禍々しい黒い靄とそれを取り巻く術式に覆われている。そして、その術式の一つがパリンと割れた。


 ――ああ、あれ、俺の剣じゃねーか……。


 アンバーは、四肢を大地に投げ出した。






『―――い、……おーい、無事かー?』



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