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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第3章 さまよう獣

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30/73

3ー5.野党 3

 ガタガタと音を立て幌馬車が魔鉱石の採掘場跡に辿り着いた。


「おいおい、何だこりゃ。この世の終わりの風景か?」

「また、大っきな穴だねえ。地獄に繋がっているって言われたら、信じちまうよ」


 隊員達は、巨大な採掘坑を恐る恐るのぞき込む。坑から吹き上げる風が、調査隊員の髪(一部を除く)を揺らした。


 ゴォォォォ―――


「おお、(ドラゴン)の鼾が聞こえるぞ」

「はぁ?カンクリは脳まで筋肉で出来ているの?どう考えても単なる風の音でしょ」

「全くお前は、夢が無い奴だなあ。嬢ちゃんなら分かるよな。この穴は(ドラゴン)(すみか)かもしれんぞ」

「シシィ、(ドラゴン)が居ると思う?」

「ガフッ」


 黒髪の少女が腹這いになり、獅子栗鼠と並んで坑を覗き込む。一本に纏めたお下げ髪が坑の中で振り子のようにゆらゆらと揺れる。


「おい、危ないぞ」


 アンバーが背後から狼狽気味に声を掛けた。


「おや、アンタは高いところが苦手なのかい?」

「いや、……そんなことも無いが…………」


 ネフェリンの問い掛けにアンバーの歯切れが悪くなる。その様子にカルシラがいい玩具を見つけたとばかり食い付いた。


「あー、無理しなくてもいいよ。気にすんなって、誰にでも苦手なモノの一つや二つや三つや四つはあるからさ」

「おいおい、カルシラよ、いくら何でもそれはちょっと多過ぎやしねえか?」

「何言ってるの?苦手なものが一つや二つの訳無いじゃん。例えば、所長弟の怖いものと言えば、高い所、貴族令嬢、巫女様、食堂のお姉さん……」

「……なあ、後ろの三つは『女』って一括りでいいんじゃねえか?」

「ん、所長弟は、“色んな意味で”女が怖い……」

「色んな意味……」


 一同の視線がアンバーに向けられる。


「ちょっ!……色んな意味ってどう言う意味ですか!そ、そんなことより、アレ、放っておいていいんですか!」


 アンバーは慌てて話題を逸らし、断崖絶壁を指差した。この場から遠目で隊長達の戦闘の様子が窺える。戦況は崖上からの盗賊達の攻撃を受け不利な様子だ。


「あーあ、隊長、何やってんの?なんで、あそこに突っ込むかな」

「ありゃあ、どう見ても罠だよな。所長も巻き込んでやがる。もしかして、二人とも脳筋か?」

「……二人とも、多分、カンクリにだけは言われたく無いと思います」

「おいおい、ノゼアン、冗談がきついぞ。こう見えて、俺は知性派だぞ……何だお前ら、その目は何だ!?…………まあ、何だ……」


 カンクリの声が尻すぼみでか細くなっていった。


「カンクリが知性派……だったら、世の中には知性派しかいなくなるじゃないか……僕なんて賢者と呼ばれちゃうよ」

「随分安っぽい賢者だな。お前は単なる捻くれ者だろ」

「僕のどこが捻くれてるって?」

「いや、どう見ても捻くれているだろ。まさか自覚がない……のか?」

「失礼だなあ。そもそもカンクリは……」

「はいはい、あんた達、じゃれ合うのも大概にして、隊長達を助けに行くわよ」


 どこまでも脱線してしまう二人の会話にネフェリンが終止符を打つ。


「そうですね。流石の隊長もそろそろ限界でしょう。……さて、崖上にはどうやって上るのでしょうか?」

「ああ、あれ、あそこを見て」


 ネフェリンが指さした先、切り立った岩肌に張り付くように階段状の足場が見える。岩場に杭を打ち込んだような簡素なものだ。そこを盗賊達が連なって降りてくるのが見える。


「不味いですね。ディー、魔獣―――いえ、シシィに崖上の盗賊の始末を頼めますか?」

「うん、分かった」

「ガフっ」


 少女と獅子栗鼠が同時に頷く。


「馬車は目立たない所に移動しておきましょう。そうですね。あの辺りがいいでしょう。アンバー君、ラズを頼みます」

「了……」

「嫌だ!俺だってやれる!」


 アンバーが諾と答える間もなく、ラズが遮った。目は虚ろ、全身が細かく震えている。


「分かっています。しかし、馬達を守るのも重要な任務です」

「でも」

「これは、上官命令です。では皆さん、任務に当たってください」

「「了解!」」


 副長、カンクリ、カルシラの三人が崖道へと駆け出す。ネフェリンは憐れみの籠もった目を一瞬ラズに向けたが、直ぐに踵を返し、皆の背を追った。


「それじゃ、俺たちも移動しよう。ラズ、馬車を頼む」


 馬達を誘導しながら、幌馬車を岩場から少し離れた木々の影に移動させる。荒れ地に生える樹勢の弱い貧相な高木だ。


「ラズ、お前は馬車で休んでろ」

「いや、……」

「そんな酷い顔色で何言ってるんだ。俺たちの前で虚勢を張る必要は無いぞ」

「あ、ああ……」


 無理をしていたのだろう。ラズは素直に幌馬車に引っ込んだ。アンバーがそのノロノロとしたぎこちない動きを見届けると背後から声が掛かった。


「じゃあ、行ってくるね」


 少女が獅子栗鼠にひらりと跨がると勢いよく崖に向かい駆け出す。


「は!?待て!何故、お前まで行く?」


 獅子栗鼠に崖上の盗賊を殲滅するように指示するだけで済むことだ。態々少女が危険に飛び込む必要はない。


「おい、危ないぞ」


 獅子栗鼠が岩肌の僅かな突起を足掛かりに上っていく。後ろ足で蹴った岩が、前足が掴んだ岩が砕け、パラパラと破片が落ちる。


「ああ、おいっ、そこっ!……危なっ!」


 アンバーは今にも少女が転げ落ちるのではと生きた心地がしなかった。やがて、アンバーの琥珀色の瞳が追っていた姿は無事に崖の上に消え、どっと疲れが襲う。

 そして、何とも居心地の悪い静寂が訪れた。


「…………」


 戦闘の音が全く届かない訳ではないが、距離を置いた盗賊の叫び声など雑音のようなものだ。その雑音に味方のものが混じっていないとは言い切れないが、聞き分けることなど不可能である。信じて待つより他ない。


「カンクリあたりの声だと盗賊と変わらないしな……」


 少し大きめの独り言を言い、チラッと幌馬車を見る。反応はない。まあ、仕方が無い。盗賊とはいえ、初めて人の命を奪ったのだ。アンバーだって経験してきたことだ。

 士官学校の騎士候補生は実習と称して辺境の戦場に数ヶ月間送られる。基本的に騎士が配置されるのは、賊の侵入が不可能といわれる王の居城―――月宮または地宮である。通常であれば、まず戦闘などありえない場所であるが、要人を守る以上、いざという時に人を斬れぬようでは、近衛として用を成さない。そのため、戦場で実践経験を積ませるのだと言われている。その裏では、騎士になれなかった士官達のやっかみで戦場に送られるのだと専らの噂ではあるのだが―――

 人を斬る訓練なんて碌なものでは無いが、この実習に耐えられない者は騎士にはなれない。事実上の最終試験だ。ちなみに騎士候補生以外にはこの実習は無い。卒業後、嫌でも戦場で実践を積むことになるため、態々実習をさせる必要が無いのだ。

 だが、今は、周辺国は殆どこの国―――双月国に併合されるか、属国となっており、辺境においても小競り合いは殆ど無くなっている。人を斬る実習など直ぐに廃れるだろう。既に辺境の軍人でさえ人を殺めた経験がない者が大勢いる状況である。


「しかし、ラズが人の命を奪ったことが無いのは意外だったな……」


 管理所の野外調査の際に護衛として度々同行しているのだから、野党の一人や二人、屠ったことがあると思っていたのだ。


「さて、どうしたものかな……」


 アンバーは思う。

 一人目だから相手を一個の人間と認識する。これが二人、三人と経験していけば、何も感じなくなる。躊躇すれば、こちらの命が失われるのだ。命を奪うことに慣れなければ、軍人を辞めて別の道を行く方が良いだろう。きっと善良な人間と言うものは、そういう者の事なのだ。

 アンバーはラズの様子を見ようと幌馬車の荷台を覗き込んだ。ラズは積荷に隠れるように膝を抱えて蹲っている。気配を感じたのか一瞬、ラズの肩がビクンと跳ねた。そして、顔を上げぬままボソボソと言葉を吐き出す。


「なあ……俺さ、スッゲー田舎の農家の次男坊なんだ。……家は兄貴が継いで……兄貴は俺に家の手伝いしてくれって言ってたけどさ、……やっぱり……さあ…………で、張り切って王都に出てきたけど、どこも雇ってくれなくて、尻尾巻いて田舎に帰らなくちゃダメかなって思った時に軍の募集を見つけたんだ。……これだ!って思ったね。騎士になって、手柄をあげて英雄になってやる!ってね……でも、現実は………………騎士なんて夢のまた夢、魔力持ちの良いとこの出じゃないと騎士にはなれないし、田舎の爺さん達が言ってたように手柄を上げて英雄になろうと思っても戦争なんてもうやってないし………………うん、馬鹿な俺だって、英雄になんて、そう簡単になれないってことは分かってるさ。だから、現実を見て、軍を辞めたら……商売向きの愛想が良くて、勘定の得意な嫁さんを貰って店でも開こうと思ったんだ。でも……………どこかでまだ、夢を見てたんだと思う。戦いになれば物語の勇者みたいにカッコ良く、敵をバッタバッタと倒すんだ……ってな。………………でも、現実はこんなもんだよ………………」

「……慰めて欲しいのか?」

「いや、……別に…………ホント、情けないよな。まだ、手が震えてる。悪党も人間なんだよな」


 ラズは僅かに顔を上げ、震える己の掌を見つめた。


「一々、そんなことを思っていたらキリが無いぞ」

「ああ、分かってる。でも……、考えるんだ。もし、俺に帰るところが無くて、仕事も見つかっていなかったら……あんな風に死んでいたのは俺だったんじゃ無いかって……」

「お前、自分が盗賊に堕ちるなんて思っているのかよ」

「いや、そうは思わないけどさ…………でも…………もしかしたら、あの盗賊も奥さんや子供がいて、家ではパパなんて呼ばれてて、盗賊なんてことは家族には秘密で、奥さんに『今晩はあなたの好きなふかし芋だから早く帰ってきてね』なんて言われてて……」

「おい、何でふかし芋なんだよ……いくら何でも、考えすぎだ」


 また芋かよ……

 巫山戯たことを言えるくらい落ち着いたのかと蹲る塊に目を向けると、ラズの昏い瞳が射貫くようにアンバーを見詰めていた。


「……なあ、聞いていいか?お前は、………………初めて人を殺した時、どう思った?」

「俺は―――」


 ヒヒ、ヒヒヒーーン!


 馬達が一斉に嘶いた。


「なっ!騎獣!」


 突然目の前に現れた黄虎の鋭い爪がアンバーに振り下ろされた。


     ***


 盗賊の身体が獅子栗鼠に跳ね上げられ、崖下に落ちてゆく。

 崖下の獲物(調査隊)甚振(いたぶ)っていた盗賊達は、突如乱入した獅子栗鼠により獲物に立場を変えた。

 逃げ惑う背中に爪を立てられ、首筋を噛まれ、手足を噛み千切られる。もつれた足が油壺を蹴り倒し、油が衣に飛び散る。地面の油溜まりに誰かが火種を落としたのだろう。勢いよく燃え上がった炎が黒煙を撒き散らし、火だるまになった盗賊がゴロゴロと地面を転がる。

 崖上は獅子栗鼠と炎に蹂躙され、阿鼻叫喚の様相を呈した。

 命辛辛、獅子栗鼠から逃れた盗賊が、この場に場違いな存在を見つけ目を見張る。


「っ……」


 ――漆黒の髪に黒曜の瞳、まるで子供の頃に寝物語で聞いた魔物じゃないか。


 盗賊は瞬時に理解する。この娘の姿をした魔物があの恐ろしい獣を操っているのだと。

 一瞬躊躇したものの、相手は弱々しい娘だ。何を恐れることがあるだろう。盗賊は足下に転がる鶴嘴(つるはし)を拾うと、少女に向かい駆け出し、勢いよく(きっさき)を振り下ろした。

 盗賊に気づいた少女は反射的に魔法を発動しようとする。ズンと全身が沈む感覚がして、ゾワリとしたものが内から溢れ出す。


 ――そうだ。魔法は使えなかったんだ。


 血飛沫、そして悲鳴が上がる。


「ぐっ……」


 鶴嘴が地面を抉った。

 少女の握る短刀は血で濡れ、その刃先から血が滴り落ち、足下に血だまりを作る。

 少女は振り下ろされる鶴橋を間一髪で躱し、手にした短刀を盗賊の肩に斬りつけていた。


「ローゼリアン様から貰った服なのに……汚れちゃった……」

「この餓鬼っ!」


 激昂した盗賊が再度、少女を襲う。少女の短刀が盗賊の頸動脈を捉え―――

 一瞬の躊躇い。

 少女の身体が後ろに倒される。盗賊が馬乗りになり、少女の首に手を掛け―――そして、吹き飛んだ。


 ガァアアア―――


 獅子栗鼠が盗賊の身体に爪を立て吼える。


「ゴホッ、ゴホッ、…………ごめん……シシィ……」


 少女の脳裏に、村の自警団の代表が子供達に何度も繰り返し言い聞かせた言葉が蘇る。


 ――『敵は特に非力な女、子供を狙ってくる。そんな時、躊躇しては駄目だ。味方の足を引っ張ることのないよう。確実に仕留めろ。飢饉の時など、僅かな食料を求めて略奪者が現れる。それは昨日まで善良な農民だったかもしれない。でも、情けを掛けてはいけない。あれは害獣と同じだ。やらなければ骸となるのは、こっちなのだから―――躊躇うな。獣と賊、どこに違いがある?』


 獅子栗鼠がズタズタに引き裂かれた盗賊の身体を転がす。少女は虫の息の盗賊に短刀を振りかざし―――


「シシィ、もういいよ。行こう」


 獅子栗鼠に跨がり少女が去り、その場には微かな呻き声が取り残された。


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