1−2.遺物管理所
扉を開け、訪問客を迎えた女性は一瞬困惑の表情を浮かべた。彼女の黒い頭巾に同色の長衣を纏った姿は神職者の雛型である。
「あ……え…」
訪問客の方も予期せぬ神職者の登場に困惑し、その口からは言葉とならない無意味な音が発せられた。
神職者は咄嗟に訪問客を値踏みする。年の頃は十四、五歳であろうか。手入れのされていない鬱陶しげな黒髪は腰まで伸び、前髪が顔の上半分を覆っている。着古した臙脂色の膝下丈ワンピースは、首回りが大きく開きすぎで明らかに身体に合っていない。裾からは痩せた脚がひょろりと伸び、長靴も大きいらしく足首を棕櫚縄で縛っている。明らかに貧困層の子供に見えた。
――ここでは給助は行っていないのだけど。
さて、何と声を掛けようか。『施しが必要ならば一本向こうの通りにある新興宗教の教会に行ってはいかかですか』か。いや、国教の神職がそれは可笑しいか。
「あの……ここは、遺物管理所では………」
神職者が声を掛ける前に訪問者が戸惑いがちに言葉を発した。
――ふうん、そっちか。
訪問客の目的は国教の給助ではなく、国の機関の方らしい。遺物管理所は国の行政機関の一つである魔術統括省の下部機関で、本省の建物が手狭とのことで、何の縁かこの国教会所有の建物に間借りしているのだ。
「遺物管理所へのご用命ですね」
愛想無くそう言うと神職者は右の掌を上に向け、青く輝く小さな光の珠を生み出した。光の珠は小さな蝶へと姿を変え、ゆらゆらと掌の上を舞った後、来客を告げるため建物の奥へとひらひらと飛んでいき、天井に吸い込まれるように消えた。
魔法による伝達――ある程度の魔力を持つ者であれば伝令を飛ばすことが可能だ。
「ではこちらにどうぞ」
神職者は扉を大きく開きこの奇妙な訪問客を招き入れた。国教会への客では無いので、遺物管理所の職員へ取り次いで終わりである。ただ、来訪者を放置するわけにもいかない――不届き者の可能性もある――ので、客に見合った部屋に案内くらいはする。
建物の内部は薄暗く、そこには玄関ホールと呼べるような空間はない。大抵の訪問客は、ここを通用口と見なすだろう。天井は低く、廊下の両側に一つずつ納戸と覚しき片開きの扉がある。廊下の突き当たりには、上部が弓状になった立派な両開きの扉が鎮座し、不釣り合いな印象を与える。そして、その扉の向こうは―――
陽光が薄暗さに慣れた目を刺激する。扉の向こうは中央に水場を配した中庭だった。怪物の頭部を模した三つの吐水口からは、途切れることなく水が溢れ続け、睡蓮の花が浮かぶ大きな長方形をした池へ流れ込む。
天頂に差しかかった太陽は中庭に陽差しを降り注ぎ、そこをぐるりと囲む二階建ての回廊に陰影を生み出していた。均等に並ぶ石の柱が一階から二階まで貫き、二階部分の柱と柱の間には木製の手摺りが設けられている。
来訪者は回廊を見上げ、陽差しに目を瞬かせた。
眩んだ目が捉えたもの――回廊の二階部分に巡らせた手摺りの隙間から出した脚をぶらつかせ、まだ幼い子供が見下ろしていた。
――なぜこんな所に子供が?
その視線は強く、歓迎されていないことは一目瞭然だった。そして、その背後の薄闇に目を凝らすと、獲物を狙うようなもう一対の琥珀色の瞳が奇妙な来訪者を睨め付けていた。
――獣が居る。
***
アンバーの琥珀色の瞳は階下に現れた不意の来訪者の姿を捕らえた。
身体に合わないブカブカの服に靴、ボサボサの長い黒髪を腰まで伸ばした不格好な娘。前髪が目元を覆い表情を読むことはできない。
「どこの田舎者だ。貧民街の餓鬼どもでももっとマシな格好をしているぞ」
ボソッと言葉が漏れる。不意の訪問客と聞いて身構えたものの、己の客では無いと判断すると警戒を解いた。
――大方ガラクタでも売りつけに来たのだろうな。
ここ、遺物管理所は国の行政機関である魔術統括省の下部組織にあたる。主な業務は、前時代の失われた技術による器物、遺跡等の“遺物”の研究及び管理である。業務の一環として遺物の収集を行っているため、貧民街の子供達がガラクタを遺物と偽って売りに来ることが偶にあるのだ。
管理所の敷地内に無造作に置かれた――放置されているとも言う――一見ガラクタにしか見えないアレやコレは、研究者に言わせると遙か昔に作られた英知の結晶であり、大変貴重なモノであるらしい――が、管理者である職員でさえ、実はこれらの遺物もまたガラクタではないのかと疑っている。実際、遺物の多くは使い道が分からない――つまり、実質ガラクタである。これが、遺物管理所が魔術統括省の物置、ガラクタ置き場と言われる所以である。
奇妙な来訪者は女性神職に先導され、入り口に一番近い部屋に姿を消した。それでこの来訪者については終わり、の筈だった。目の前の手摺りの隙間から脚を出し、ぶらつかせている子供――レビがその瞳に敵意が浮かべ、彼女が消えた扉を凝視していなければ。
――コイツ、絶対勘違いしている。
アンバーは一騒動あることを覚悟した。否、期待した。彼の口角は知らず上がっていた。




