3ー4.野盗 2
念の為R15指定にしました。
侯爵達の馬車を追っていた二頭の馬は森を抜け、開けた場所に出た。
「これはまた壮観だな」
山は切り崩され、露出した岩肌が壁のようにそそり立っている。その一方で谷側は巨大な坑が奈落の底に続いていた。
魔鉱石の採掘場だ。否、だった場所である。廃鉱となってまだ間もないのだろう、砂利や礫、魔力の抜けた玻璃が目立ち、植物の侵食はあまり見られない。
「不味いな。仕掛けるとしたら彼処だろう」
所長が指さした先には、削られた山と巨大な坑の間を抜けるように道が続いている。その一方の側面が岩肌、他方が谷底という崖道を馬車が危なっかしく進んでいるのが見えた。
「一足遅かったか」
切り立った崖の上でいくつもの影が蠢く。
「クソッ、待ち伏せしてやがる」
崖の上から次々と転がり落ちる大岩に、馬車を牽く痩せ馬と兎馬が尻込みして嘶く。盗賊達が梃子を利用して大岩を崖下に落としているのだ。
「あっ!」
その内の一つが侯爵の乗る馬車を直撃した。馬車が横倒しになり、上になった二つの車輪が宙を蹴りカラカラと回る。痩せ馬と兎馬が馬車から放されコロンと投げ出されるが、直ぐに立ち上がった所をみるとどうやら無事であったらしい。逃げ道を失いオロオロしている。
「チッ、仕方が無いな。侯爵達の無事を確認する。すまんが魔法障壁を頼む」
「おい、そういうのを無謀と言うんだ」
「何、少しだけ時間を稼げれば良い。侯爵がぺちゃんこになったら、所長サマだって色々と困るだろう?」
隊長は馬の腹を強く蹴った。
「あっ、おい!全くこれだから、脳筋の軍人は……」
文句を言いつつ所長は隊長と併走し、魔法障壁で上からの礫を防ぐ。盗賊達は大岩を落とし切ったのだろう。降り注ぐのは精々拳ぐらいの石だ。それでも当たりどころによっては致命傷になる。
「おい、無事か?ま、無事じゃ無いわな」
隊長が馬から飛び降り、馬車から投げ出されて倒れていた御者を抱き起こす。派手な帽子も鬘も吹き飛び、栗色の地毛が血に濡れている。右脚はあらぬ方向に曲がり、口元は血に汚れていた。
「う、うっ……」
御者が薄らと目を開ける。脳震盪を起こしているのか視線が定まらない。
「聞こえていないと思うが、一応忠告しておく。今度から雇い主はちゃんと選べ」
「おい、盗賊だ」
所長が馬上から声を掛ける。隊長は御者を静かに横たえると、前方から迫り来る敵に向かい剣を構えた。歩兵が十名程、その背後に盗賊を乗せた黄虎の姿がある。
「おいおい、一体、何人いるんだ。しかも騎獣もいるとは……これだけの規模の盗賊団の情報が無いってどういうことだ?」
「確か、この辺りはホーン公爵領だったな……盗賊団が昨日今日結成されたのでなければ…………まあ、そういうことだ」
「まったく、世も末だな」
盗賊達が剣を振り翳し飛び掛かり、所長が雷撃を放ち盗賊を撃退する。
ガアッ!グルルルル……
黄虎の怒気の孕んだ唸り声に馬達が後退り、そこに直ぐさま礫が降り注ぐ。
「騎獣は分が悪いな」
所長が魔法障壁で上からの礫を防ぎ、隊長が隙を見て前方の敵に剣を繰り出す。しかし、多勢に無勢、戦況は芳しくない。
「前門の虎、上空の礫か……後門が狼でなくてまだマシというところか……」
「あー、不吉なことを口にするのは止めてくれ」
所長の呟きに隊長が反応する。
「ほら、言わんこっちゃない。来やがった」
背後から物々しい気配が近づく。盗賊達の援軍だ。退路が断たれた。
「前も後ろも上も敵、横は断崖絶壁、これ、アレか、絶体絶命ってヤツか」
前方から来る盗賊達と激しく剣を交え、魔法を放ち、二人はイヤーカフに魔力を流して会話を続ける。
『彼奴ら……背後からずっと追ってきていた奴らと別だよな』
『弟の事、気になるのか?』
『そりゃあ、可愛い弟だからな。否、違うな。可愛くて、可愛くて、可愛くて堪らない弟だな』
隊長が既の所で黄虎の爪を避け、炎を放つ。黄虎は炎を嫌い激しく動き、周りの盗賊を跳ね飛ばす。
『だってよ』
後方から盗賊達がそれぞれ剣や斧、中には鶴橋を構え、そして―――次々と前のめりに倒れていった。
『よう、アウイン、生きてっかあ?』
『良かったね、所長弟。愛されてるね』
『……ヤメテクレ』
イヤーカフから次々と緊張感の無い声が溢れる。
「ぐえっ!」
「がっ!」
「いっ!」
倒れた盗賊の身体を踏み越えてカンクリの姿が現れる。肩に血に汚れた大剣を担ぎ、白い歯を見せてニヤッと笑う。盗賊以上に盗賊感を醸し出している。
『もっと早く来い。生きた心地がしなかったぞ』
『遅れて申し訳ありません。想定外の騎獣の出現に手間取いまして』
『どうせ隊長の事だから、何も考えずに突っ込んだんでしょ。自業自得よ』
『黄虎が二頭もいたんだよ。二頭だよ。―――げ、こっちにもいる』
カンクリに続いて副長、ネフェリン、カルシラが姿を見せる。
『おいおい、何でお前ら全員ここにいるんだよ。崖上はどうした。お前ら全員脳筋か?』
崖上の盗賊を何とかしなければ、完全に形勢逆転とは行かないのだ。
『えーっ!隊長とカンクリだけには言われたくない!』
カルシラが水を生き物の様に操り、盗賊を包み込む。
『アウイン、それをお前が言うか!?―――って、おいっ!カルシラ!それはどう言う意味だ!』
カンクリが大剣で盗賊を薙ぎ払う。
『心外だ……』
副長が上から投げ落とされる礫を風魔法で盗賊へと向ける。
『一緒にしないでよ!』
ネフェリンの放った短剣が、黄虎の前足を射止める。
『……まさか崖上に子供達だけで行っている……なんてことはないよな?』
所長が心配気に崖を見上げ、黄虎に電撃を放つ。
ギャウン。
黄虎が声を上げ、たじろぐ。
盗賊達は体制を整えるために調査隊から距離を置いた。
『あー、ラズなら荷馬車でお留守番。所長弟が護衛ってとこかな』
『何かあったのか?』
まさか怪我でも?
隊長の頭の中を嫌な想像が巡る。
『まあ、ちょっとね。通過儀礼っていうか……誰もが掛かる麻疹みたいな?』
ガタン。
『ん?何だ?』
一同の視線が横転した馬車に集まる。扉がバンッと跳ね上がると、鉄兜がびょこんと現れ、辺りをキョロキョロと見回した。そして、腕、続いて上半身、全身が現れる。序でに臀部を押し上げる手も覗いている。
甲冑が―――クリソコーラ侯爵が横転した客車の上で仁王立ちし、口上を述べた。いつの間にか客車内から脱出した執事が侯爵にサッと槍を渡す。
「やあ、やあ、我こそはアロンソ・クリソコーラなり!この無礼者め、我に敵対する者は何人たりとも成敗してくれようぞ!」
侯爵の槍の先から雷が発生すると、盗賊に向けて放たれた。盗賊の隊列が乱れる。
『お、侯爵やるぅ』
カルシラが老侯爵を見遣ると、槍を掲げたまま老侯爵が硬直していた。どうやら己の電撃で痺れてしまったようだ。
『……前言撤回』
副長が執事に話しかけた。
「侯爵も御付の方もご無事で何よりです。―――ロック卿の姿が見えませんが、ご無事でしょうか?」
「わははははっ!この甲冑には防御の魔法がかけられておるからな。この程度、何のことはないぞ!」
痺れから復活した侯爵が執事に代わって声高に告げる。
「私も護符を持っておりますから問題ありません」
「それで、ロック卿は……」
「サンチョ様は樽の下敷きとなり、意識を失っております。ああ、ご心配なく、既に樽は取り除いておりますし、サンチョ様も護符の力でご無事ですから。まあ、そのようなものが無くとも有り余る脂肪が緩衝材となりそうではありますが。ともかく、あの方には、しばらく意識を失っていただいた方が物事を進める上では都合がよろしいかと存じ上げます」
「あ、ええ……そうですね……」
「ふふっ、あくまで私はクリソコーラ侯爵様に仕えております故」
執事は副長の反応に悪戯っぽく微笑むと、上半身を折り一礼した。彼の主はロック卿では無く、侯爵であるということを主張したいらしい。
「ああ、それと、これをお借りしております」
執事が乱れた髪を掻き上げるとその耳にイヤーカフ型通信機があった。
『サンチョ様には不要の物でしょう。……おや?盗賊たちの動きが何だか不穏ですね』
激しく攻め入っていた盗賊たちが一斉に後退する。その行動に戸惑っていると―――
ザバァーッ。
頭上から独特の臭いのある液体が降り注いだ。
『ちょっと、ヤダ、これ油じゃないの!』
次いで火の付いた布が幾つか落される。
『侯爵家の使用人を舐めないでいただきたいですね』
執事が横転した馬車を守る様に水の障壁を生み出す。
『火魔法と雷魔法は使用禁止!隊長分かりましたか』
『何故、俺に言う』
副長が風を起こし、油を坑底に吹き飛ばす。
『侯爵も分かりましたね』
「え、わしも?」
槍を振り翳し雷魔法を発動しようと構える侯爵を執事が諌めた。
ボワッ。
崖道の前方と後方、魔法の範囲が及ばなかった箇所から調査隊を閉じ込める様に火の手が上がる。
『盗賊が獲物を燃やそうとするってどう言うこと?』
『つまり、積荷が目的じゃ無いって事だろ』
『全く、僕たちを巻き込まないで欲しいよね』
カルシラの視線が横転した馬車の上で仁王立ちする老侯爵に向く、その姿が側を駆け抜ける影に煽られ、ひっくり返った。
『騎獣!一体、どこへ?』
黄虎が調査隊員の頭上を飛び越え、炎の壁を破り後方へ向かう。
『不味い!荷馬車に向かったぞ!アイツら、ラズ達を狙っている!!』
直ぐにラズ達の元に向かおうとする調査隊に向かって、更に油が振り掛けられる。風と水の魔法で吹き飛ばすが、道を塞ぐ炎の壁は更に勢いを増す。前方からは盗賊が襲いかかり、足留めされる。
『ああ、クソっ!』
焦りの声が誰からともなく漏れた。
ギャアーッ!!!
崖上で悲鳴が上がり、盗賊が次々と崖上から坑底に落ちていく。
『何が……起っている?』
崖上で何か起っているのか崖下からは死角となって見えない。
『魔獣よ。崖上で魔獣が盗賊相手に暴れているの』
副長達が皆、崖下に居る理由、それは獅子栗鼠が崖上の盗賊達を殲滅することが分かっていたからだ。
戦況不利と見た盗賊達が逃走を始める。
『出来るだけ盗賊は逃がさない様にお願いします』
執事の声がイヤーカフを通じて調査隊に届く。出来れば盗賊達の背後にいる人物への連絡を阻止したいと言うことだ。
『簡単に言ってくれるよ』
『全員は無理じゃない?』
『それでは、荷馬車には子供達しか居ないと言うことか?』
炎と盗賊を相手にする中、所長が気掛かりに思う事を口にした。
彼らからの通信は、しばらく途絶えていた。




