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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第3章 さまよう獣

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3ー3.野盗 1

念の為R15指定を追加しました。

 そよ風がサワサワと葉を揺らし、木漏れ日がゆらゆらと踊る。葉擦れの音に馬の蹄の音、車輪の軋む音、そこに砂利を弾く音が偶に混じる。

 隊列は遺物管理所長とアウイン隊長の騎馬を先頭に、クリソコーラ侯爵一行の四輪馬車、調査隊の幌馬車と続き、ノゼアン副長とアンバーの騎馬を殿(しんがり)として、森の中を常歩(なみあし)で進んでいた。


『スピネル君、気づいていますか?』


 アンバーの耳元に併走するノゼアン副長の声が届く。アンバーは副長をちらりと見て、イヤーカフ型の通信装置に僅かに魔力を込めた。この通信装置には小さな魔鉱結晶が埋め込まれており、結晶に触れるか、魔力を流すことで送信が可能となる。


『ええ、町から付いて来ていますね。野盗……でしょうか?』


 森が静か過ぎた。鳥の囀りは遠く、獣の気配もない。その代わり、背後から不穏な気配が一定距離を置いて追ってくる。どうやらロック卿ご自慢の無駄に豪華な馬車が不穏な輩を引きつけたようだ。


『え!?ちょっと、この辺りには盗賊は居ない筈でしょ』


 ネフェリンの声がイヤーカフから響く。この通信装置は伝達相手を選ばない。登録された装置を持つ者全員に伝わってしまう。


『と、言う話だったのですけどね。知らぬ間に盗賊団が結成されていたみたいですね。大丈夫、貴女は私の命をかけても守りますから』


 ノゼアン副長が返答する。後半は明らかに私信である。


『そういうことじゃ無いっ!』

『おいおい、惚気るなら他でやってくれ。…………そもそもネフェリンを守る必要があるのか?』

『惚気てなんかいないわよ!隊長、ちゃんと聞こえてますからね』

『あっ……』


 いらぬ声も伝達されてしまったようだ。


『まあまあ、まずは盗賊だろ。廃坑になった鉱夫が食扶持でも稼ぐために盗賊になったんかねぇ?……全く、不景気な話だぜ』

『まあ、理由はどうあれ、盗賊は頂けないな。それで、後ろの奴等で全員か?』

『うーん、後を付いて来ているのは、十三、十四、……十五人かな?他はいないみたいだけど』


 カルシラが周辺を魔法で探索する。カルシラの探索魔法の有効距離は直線距離で精々一キロ米程度、それも四方八方を一度に探索しているため精度が少々落ちる。


『思ったより多いな。何処かで待ち伏せしている可能性はあるだろうか?』

『地の利は相手にありますからね。どこで仕掛けてくるつもりなのか……』

『どこでもいいじゃねえか。蹴散らしゃ良いんだよ。蹴散らしゃよ』


 上官達の話し合いにカンクリが茶々を入れる。


『そういう訳にもいかないな。こちらには侯爵たちがいるからね。出来るだけ危険は回避する必要がある』


 所長がカンクリを窘めた。


『お、……お、お前達、何のんきな話をしている!盗賊がいるんだぞ!盗賊が!!』


 隊員達の会話にロック卿の怒声が割り込んでくる。


『おい、御者、逃げるんだ!馬車を全速力で走らせろ!は、早くしろっ!』

『いや、でも……』

『何をしている!お前の雇用主は私だぞ!!主人の言うことが聞けないのか!契約不履行で報酬は鐚一文支払わんからな!』

『えっ!……ああっ、もうっ!分かりましたよ』


 派手な衣装に身を包んだ御者が鞭を振るうと痩せ馬と兎馬が驚き、侯爵達の乗る馬車が所長と隊長の騎馬の間を押しのけて駆け抜けていった。


『あっ、待て!』


 突然の事態に所長と隊長の馬が暴れ嘶く。なんとか宥め前方を見た時には、侯爵達の乗る馬車は既に視界から消えていた。


『やれやれ、痩せ馬と兎馬でどこまで逃げ切るつもりやら……』

『兎に角、スピネル所長と俺が侯爵達を追う。すまんが、お前達は盗賊の相手を頼む』


 二人は侯爵達の乗る馬車を追って馬を駆った。直ぐに通信装置から声が届かなくなる。


『あーあ、サンチョの奴に魔道具を渡したの誰だよ』

『自動車の運転手用にと渡したものを勝手に自分用にしていたからな……サンチョの奴、どうしようもねえな』

『アンタたち、ロック卿をサンチョ呼ばわりするのは止めな。本人に聞かれたら面倒なことになるよ』

『えーっ、サンチョをサンチョって呼んで何が悪いのさ』

『はいはい、サンチョ談義で盛り上がっている所ですが、背後から野盗が迫って来ていますよ。皆さん、気を引き締めてくださいね』


 今までつかず離れずいた盗賊達は、侯爵の馬車が全力で走り出したことで一気に距離を詰めて来ている。隊員達は盗賊から距離をとるため速度を上げた。道に張り出した枝葉がバシバシと幌馬車を叩く。


「うおっ!」


 御者台のカンクリが枝に打たれたのか声を上げ、その隣でカルシラが頭を低くして上手く躱す。


「うわっ!」


 石を踏み荷馬車が跳ね上がると荷台から悲鳴にも似た声があがった。主にラズの声である。

 盗賊の騎馬が剣を翳し背後から迫る。

 アンバーが駆ける馬の上から後方に向け雷の弾を放った。雷の弾は大きく曲がり、狙いを逸れて樹木に着弾する。しかし、着弾時に稲妻が広がり、恐慌状態に陥った馬は大きく前足を跳ね上げ盗賊を振り落とした。その陰から別の騎馬がすぐさま襲いかかる。副長が風魔法で盗賊を切り裂き、盗賊の姿が後方に消える。大剣を振り回す盗賊がアンバーに向かい、アンバーはその(きっさき)を僅かに躱すが、バランスを崩して馬にしがみつく形となった。その隙を突き盗賊の大剣が振り下ろされる。


 バンッ!


 キーン―――


 銃声が響き大剣を振り回していた盗賊の巨体が馬の嘶きと共に地面に落ちた。ラズが撃った弾が盗賊の大剣に当たったのだ。


「あ、あれ?」


 幌馬車の荷台からラズの間の抜けた声が微かに届く。


『おい、ラズ。お前、絶対違う奴を狙っただろう』

『え、ええっと、そんなことは……馬車が揺れたからな。うん』


 ラズがイヤーカフの魔鉱結晶に手を触れ魔力を流す。このイヤーカフ型の通信機は、受信は勝手に行うが、送信する際には一手間必要となる。


『この下手くそ(ノーコン)。危ないからもう撃つな』

『むっ、お前にだけは言われなく無い!』

『でも、…………助かった』


 通信を切り、アンバーは背後を確認する。副長の魔法もあって、盗賊の姿は後退している。しかし、盗賊の騎馬はまだ数騎居るのだ。落馬した盗賊たちも大怪我で無ければ、引き続き追ってくるだろう。


 ヒヒーン―――


「うわっ」

「きゃあ」


 突然、馬の嘶きと悲鳴と共に荷馬車が急停止した。

 前方から道を塞ぐように現れたのは淡黄色の毛並みの黄虎だった。その背には盗賊を乗せている。


「騎獣がいるって、詐欺じゃん」


 馬が獣を恐れるため騎獣は盗賊の集団から離れていたのだろう。後方から盗賊たちが追いつき、調査隊を取り囲んだ。途中で馬を乗り捨てたのだろう。騎馬は殆どおらず歩兵が多い。


「こいつら元坑夫なんて絶対嘘だよね。もう何人も殺してますって面しているよ。手加減する必要なくない?下手したらこっちが怪我するしさ」

「おっ、出番だな」

「もう、これだから厭なのよ。ラズ、ディー、あんた達はできるだけ馬車から降りるんじゃ無いよ」

「えーっ!俺も戦えるって!」


 カンクリ、カルシラ、ネフェリンの三人は幌馬車から飛び降りると、サッと剣を構える。


 グルルルル―――


 黄虎が低く唸る。

 黄虎が馬車を牽く馬に飛びかかった。それを合図に盗賊達が一斉に斬り掛かる。


「ぎゃっ!」


 血飛沫が飛ぶ。

 盗賊達が悲鳴を上げた。


 ギャウン。


 カルシラが咄嗟に魔法防壁を展開し、黄虎が見えない壁に弾かれる。


「クソっ!魔術師を潰せ」


 カルシラを狙って投げられた槍は目標を外れ、馬車馬の足元に突き刺さる。馬が嘶き、荷馬車が大きく揺れた。


「うわわっ!」


 ラズが声を上げる。少女は声を殺して耐えている様だ。それとも恐ろしさの余り声を上げることが出来ないのか―――

 盗賊の一人が隊員達の隙をつき、荷馬車へ乗り込もうと手を掛け、その左腕を残して後退る。


「舐めた真似してくれるんじゃ無いよ」


 ネフェリンの剣から血が滴る。

 腕を切られて喚く男を押し退けて盗賊達が幌馬車に乗り込もうとするが、カルシラによる魔法の水流に阻まれ、カンクリの大剣に薙ぎ払われる。

 騎獣がカルシラに狙いを定め、爪を振り下ろす。副長の放った風の刃が獣の前足をズタズタに切り裂き、アンバーの雷撃が鼻を打つ。獲物を見失った獣の爪が荷馬車の幌を引き裂く。


「副長、所長弟、ナイス!」

「流石に騎獣は面倒ですね」


 荷馬車の周りには盗賊の血塗れの身体が転がり、残った数名の盗賊が距離を置いて剣を構える。


「カルシラ、スピネル君、騎獣は我々で相手をが相手をしましょう。カンクリ、ネフェリンは残りの盗賊達を頼みます」

「了解!」


 その瞬間、後方から幌馬車を黄虎が襲った。


「は?騎獣がもう一体!?」


 二頭目の黄虎だ。

 調査隊が怯んだ隙を逃さず、盗賊の一人が幌馬車の荷台に飛び乗る。


 バンッ。


 銃声とともに盗賊の身体が後方に飛んだ。

 荷台ではラズが尻餅をついた状態で固まっていた。両手で握られた銃の銃口からは白煙が上っている。

 黄虎が再度、荷馬車に襲いかかる。


 ピィー―――――


 荷馬車の中から指笛が響く。

 森の木々がザッと靡いた。

 森から何かが飛び出したかと思うと、黄虎が騎乗している盗賊共々跳ね上げられる。

 

 ガアアアアアァァァァァ!


 姿を見せた何か―――獅子栗鼠が黄虎の喉笛を食いちぎり、咆哮で空気を震わせた。

 馬達が狂ったように暴れる。


 グルルルル―――


「うわぁぁぁっ!!おいっ、こいつ!どこに行く!」


 もう一頭の黄虎が騎手の意思を無視して恐慌状態で遁走する。獅子栗鼠がその後を追い―――


 ガアアアアアァァァァァ!


 時を置かず勝利の雄叫びを上げた。

 獅子栗鼠が血に汚れた口元をベロリと嘗める。両の前足はどちらも血に濡れ、金の目は爛々と輝き、そして―――尻尾が『褒めて!褒めて!』というように忙しなくパタパタと揺れていた。


「シシィ、えらい。えらい」

「ガオッ」


 獅子栗鼠は主人に頭を撫でられ、ひどくご満悦だった。


「これは長閑な光景……なのか?」

「地獄絵図でしょ」

「……ねえ、もしかして僕たち要らなかったんじゃない?」

「言うな」

「では、我々にしかできないことをしますか」

「え、何、何?」

「もちろん、後始末に決まっているじゃ無いですか」


 足下には盗賊達が呻き声をあげ、累々と転がっている。


「えーっ!やだ、メンドクサイ」


 カルシラが先程まで黄虎に騎乗していた盗賊の頭を蹴る。盗賊の手から投擲しようとしたナイフが滑り落ちた。



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