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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第3章 さまよう獣

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3ー2.黒髪

 自動車のエンジンから白煙が立ち上る。

 ボンネットを開けて覗き込んでいた運転手が、お手上げと言うように肩をすくめ首を振った。


 神都を出立して二つ目の町で調査隊一行は足止めを食っていた。道中、ロック卿ご自慢の自動車のエンジンがオーバーヒートを起こしたのだ。白煙の他に焦げ臭い匂いも混じっている。自動車のバンパーは歪み、擦れたような傷が目立つ。調査隊の馬が牽引してきた際の(ロープ)の痕である。


「まだ町に近い場所で幸いでした」


 所長は自動車の傷が目に入らぬかのように、しれっと言った。事実、町が遠ければ自動車はその場に放置して行くより無かった。とはいえ、ロック卿のことなので、どんなに距離があっても無理矢理牽引させられていたかも知れない。それもあって調査隊員達は、比較的町が近い位置であったことに胸をなで下ろした。


 ボンっ!


 エンジンから黒い煙が上がる。


「何をしている!直ぐに修理工を呼べ!」


 ロック卿が怒鳴り立てるがここは田舎町、自動車の修理をできる者などいない。鍛冶屋はあるが農具専門だ。


「修理工は王都から呼ぶより他ないですね」


 所長のその言葉に激昂していたロック卿がハッと何かに気づき大人しくなると、口元に浮かぶ笑みを隠しつつ口を開いた。


「そ、そうか、ならば仕方が無いな。私はここで……」

「うむ、では馬車に乗り換えるとしよう。最初からそう言う話だったからな」


 ロック卿の言葉を遮って老侯爵が決断を下す。


「え!?」

「え、まだ行く気かよ」


 皆を代表するラズの本音が漏れ、ロック卿の驚きの声に被さった。老侯爵はラズをギロリと一睨み。


「粗野な輩に好き勝手されても困るからな。わしが同行するのは、重要な事実を秘匿されぬよう監視の意味もあるのだよ」

「で、では、私はこの町で修理工を待つ事に……」

「サンチョ、お前も来るに決まっているだろう。自動車のことは運転手に任せておけば良い」

「は、はい……」


 ロック卿の提案は当然のごとく却下され、彼は大きく肩を落とした。


「この後、目的地までは地図上に町はありません。馬を休ませる必要もありますし、今日はこの町で一泊し、明日早朝に出発しましょう。クリソコーラ侯爵もロック卿も必要なものがあれば、この町で揃えてください」

「……………………伯父さん、私はもっとマシな馬が居ないか探してきます」


 傷心でとぼとぼと立ち去るロック卿―――


「……こらっ!お前ら邪魔だっ!見世物ではないぞ!!」


 彼は田舎ではまだまだ珍しい自動車に集まっていた人々を蹴散らして行った。大して傷は深くなさそうだ。

 喚いていたロック卿が立ち去ったことで、遠巻きにしていた子供たちがソロソロと近づいてくる。


「すっげー!格好いい。でも何で、煙りが出てんだ?」

「馬鹿だな。蒸気で動くからに決まってんだろ」

「そっかー!あったま良いー!」

「触ってもいい?乗せてもらえないかな?」


 ガチャン、ガチャン―――


 子供達の目の前を甲冑がゆっくりと横切っていく。


「何あれ?鉄のお化け?」

「馬鹿だな。勇者だよ。勇者!きっと、悪い竜を倒すんだぜ!」

「そっかー!すっげー!勇者か!初めて見た」


 その様子を眺めていたカルシラがポツリと呟く。


「勇者の正体は、萎びたジジイ……」

「なあ、侯爵ってさ、寝る時も甲冑着てんのかな?横になったら起きれなくね?」


 ラズの問いかけに、皆がひっくり返った亀のように手足をジタバタする侯爵の姿を思い浮かべた。


「立ったまま寝てるのかもよ」


 宿屋の廊下に立哨する甲冑―――そりゃ、ちょっとした怪談(ホラー)だなとアンバーは思った。


「普通に脱いで、横になってお休みになられますよ」


 通りすがりの執事が答えた。


     ***


「おい、宿で夕飯が出るのだから、程々にしておけよ」


 アンバーがラズの行動を窘める。振り向いたラズの両手には肉の串、口にはイカ焼きを咥えていた。


「ほーひ、ほーひ、ほへへうぶ」

「何言ってるか分からん」


 ーー末端とはいえ、軍人がコレで良いのか?


 ここは田舎町ではあるが、東方の国との貿易の主要ルート上にあるため、交通の要所としてそこそこ栄えていた。遺物管理所の調査隊一行もこれから先は目的地まで集落が無いため、皆この町の宿に泊まり、英気を養うことにしている。獅子栗鼠は周囲が森であることを良いことに、町に入る前に自由行動(放し飼い)である。


 特に仕事の無いアンバー、ラズ、少女の三人は、半ば追い出されるように町中を散策していた。町の中心の広場には露天商が様々な店を開いている。ラズの興味は専ら食べ物だ。

 店先の彩りと漂う匂いにキョロキョロしていると、人々の視線がちらちらとこちらに向いていることにラズは気づいた。最初は軍人が珍しいのかと思ったが、ラズの隊服は士官のような如何にも軍人といった制服ではなく、その辺の職工と殆ど変わらない。普段軍人を目にしない田舎の住民がラズを軍人と認識するとは思えなかった。さらにアンバーも少女も隊服では無く、私服だ。不思議に思い様子を窺うと多くの女性の視線がラズではなく、アンバーに向けられていた。


「ふ、ふっごごごごっ!(けっ、この色男が!)」

「何か言ったか?」

「ふごっ……(何も……)」


 アンバーは慣れているのか女性達の秋波に無関心だ。そして、アンバーへの秋波以外も混じっているようだ。


 ――こいつか?


 いくつかの視線は黒髪の少女に向けられている。まあ、この国の美の基準からは外れるものの、美人と言えなくも無い顔立ちだ。注目を浴びてもおかしくないのかもしれない。でも、向けられる視線には何か違和感がある。

 少女は色鮮やかな果実水の露店を眺めている。その背中にアンバーが声を掛けた。


「何か欲しいものがあるのか?どうせ金を持っていないんだろう?果実水くらいなら奢ってやるぞ」

「……もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ、ごくん!俺は杏の果実水な」


 口の中のイカ焼きを急いで飲み込みラズが便乗する。


「誰がお前に奢ると言った」


 二人の様子に少女が笑う。


 ――俺、ラズと同列で見られてないか?


 ちょっと複雑なアンバーだった。


「ん?ありがとう。でもお金なら少しはあるから大丈夫だよ」


 上着の内ポケットには僅かながら、芋の皮剥きで稼いだお金がある。


「それより、あれ、ルーンって何?」


 屋台には木札が出ており、そこに“百ルーン”や“二百ルーン”と書かれている。多分、値段と思われるが、少女には“ルーン”という通貨に覚えがなかった。


「何だよ、お前、どんだけド田舎に住んでんだよ。ルーンは、この国の通貨だろ」

「外国との貿易のために制定された通貨だからな。馴染みが無いのかも。制定されてから結構経つが、田舎や年寄りには浸透していないらしくて、未だに昔ながらの銅貨何枚とか併記する店もあるし、―――小銅貨が百ルーン、銅貨が千ルーン、小銀貨が一万ルーン、銀貨が……」

「あー、それ以上の高額硬貨は庶民には縁がないからどうでもいいよ。他に補助硬貨として四片硬貨とかあるけど、流通量が少ないから……」


 ラズは食べ終わった串をアンバーに押しつけ、ポケットを探った。


「あ、おい、何だこれ、ゴミをよこすな」

「十ルーン未満は、大抵の店で釣り代わりに飴玉とかで渡される。ほらっ」


 ラズが少女に飴玉を投げて寄越した。慌てて両手で受け取る。


「よし、金持ちのアンバーに果実水を奢ってもらおうぜ。えーっと…………あー、あっちの店にしよう。俺が行くわ。アンバー、お前は絶ってー来んなよ」

「おい……何だいきなり……」


 ラズがいそいそと屋台に向かう。その先の売子は赤毛の可愛い女の子だった。


「「……」」


 ラズの背中を二人が生温かい目で見ていると、つんつんと少女の袖を引く者がいる。目線を下げるとまだ幼い栗色の髪の男の子がいた。


「ねえ、お姉ちゃんは魔物なの?お母さんが悪い子は目も髪も真っ黒になって魔物になっちゃうって言ってたよ」

「えっ……」


 少女は思わず息を呑んだ。笑って否定すれば良いことなのに咄嗟に言葉がでてこない。


 ――『黒髪黒目は魔物だな』『ああ、間違いない。この子は魔物だ』


 誰かが頭の中で言う。


「こらっ、こっちに来なさい」


 母親が慌てて子供の手を引き連れ去った。


「気にするな。田舎はまだまだ古い考えの人間が多いからな。俺なんて黒髪ではないが魔物の血筋と言われているぞ」


 この辺りは東方出身の旅人の往来もあるだろうに、未だに黒髪への抵抗があるようだ。少女に好奇の視線が向けられるが、それには気付かぬ振りをする。余計な荒波を立てる必要は無い。


「うん、大丈夫、慣れているから」


 少女が微笑む。アンバーの瞳にはその笑顔がどこか虚ろに映った。思わず少女の頭をポンポンと叩く。少女の黒い瞳がジッとアンバーを見つめ―――

 アンバーは少女の髪をぐちゃぐちゃにかき回した。


「ひどーい!」


 少女が抗議の声をあげる。


「なあ、お前の故郷では黒髪は珍しく無いのか?」


 口に出してアンバーは失言だと思った。黒髪でなければ少女は“名無し”でも“封印具”でもなかったかも知れないのだ。


「黒髪の人?…………一人だけ」

「そいつも……その……“名無し”……なのか?」

「ううん、ちゃんと名前があるよ」


 ()()()()()“名無し”な訳ではないのか?


「女か」

「ううん、男の人。絹のような黒髪に翡翠のような瞳で……みんなの憧れ……」


 少女の頭の中である場面が蘇る。

 青年の翠の瞳が少女の顔に近づき、少女の唇に青年の唇が重ねられ―――


 少女の頬が赤く染まった。

 その様子にアンバーは何だかイラっとした。


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