2−9.地図にない町
陽が翳りゆく部屋に洋燈が灯る。
遺物管理所の一室では、広げられた地図を覗き込み男達が頭を突き合わせていた。
「魔鉱石の鉱山と森が側にある町……”ナノハナ町”でしたっけ、地図上にそのような名前の町は存在しませんね。町の名前を間違えて覚えているのかもしれません。それとも通称で呼んでいて、正式名称を知らないのかも……」
「方角が違うのでは?」
「あの娘の話からすると、王都の南側、太陽の位置から王都より北は考えられないだろう」
「道が大きく迂回していた場合、それも当てにならないですがね」
遺物管理所長ジュードとラング事務官、アウイン隊長とノゼアン副長の四人が次回の遠征先の確認を行っている。目的地は黒髪の少女の村、しかしその村どころか、近隣にあると言う“大きな”町も地図上に見つけられなかった。
「まずは当てを付けて行ってみるしかないな。今までの野外調査の一つだと思えば、当てが外れても大したことはないだろうよ。いずれ、正解にぶち当たるさ」
「彼女が自分の村を地図で示せればよかったのでしょうが……」
少女は地図を見たことが無いと言う。
「本来地図は軍事機密ですからね。商人が独自で作成した地図は出回ってはいますが、一般庶民には縁の無い物でしょう」
少女の言う条件を整理してみる。森の辺りの小さな集落、一番近い大きな町は“ナノハナ町”、その町の側に魔鉱石鉱山がある。王都まで四、五日の距離。
「王都の南側で、魔鉱石の鉱山の近隣の町といえば、……ここですかね」
ノゼアン副長が王都の南東辺りを指差す。
「西ブラシカか……町の名前が全く違うぞ?」
「距離的にも想定よりも近いですが、悪路ということも考えられますからね。距離の割に時間を要するのかもしれません」
「では、先ず西ブラシカに向かうことにしよう。本人に確認させ、その後現地で情報収集、興味深い遺跡でもあるようなら調査だな」
アウイン隊長とノゼアン副長の会話に所長が決断を下す。遺物オタクの彼の場合、少女の故郷に辿り着くことが主なのか、それとも遺跡調査が主なのか。
「所長、自重してください。教会から同行者がいるとの連絡を受けています。あまり勝手は出来ませんよ」
ラング事務官の言葉に所長とアウイン隊長の顔があからさまに歪む。ノゼアン副長は一応眉根を寄せる程度に抑えた。
「あー、教会の息のかかった貴族あたりが送り込まれてくるのだろうな」
「優秀な術士、二、三人を巫女として連れてきて自分の手柄にしようとする腹でしょうね」
「教会に恩を売ろうという訳か」
この国で力を持っているのは、王家と国教会である。斜陽の貴族は何とか取り入ろうと必死だ。国教会が一声かければ、貴族たちが直ぐに群がるだろう。
「無能も面倒だが優秀だともっと面倒だ。凡庸が一番いいのだが」
野心家は得てして無能か有能のどちらかである。無能な野心家は揉め事を引き起こし、有能な野心家は他人の腹を探る。痛くもない腹だが、―――何も無いとは限らないのだ。
「えー、同行者はクリソコーラ侯爵とのことです」
ラング事務官が捕捉する。
「あの老侯爵か?」
「まさか流石に本人ではないでしょう。精々侯爵家の縁戚か、使用人でしょうね」
「そりゃあ、そうだよな」
三人の意見が纏まり、安堵の溜息を吐く。無能、有能以前に面倒な荷物を預けられても困る。
「ともかくだ、出発は十日後、それまでに準備を頼む。ラング事務官、教会側にも伝えておいてくれ」
「はい」
地図を丸めつつラング事務官が頷く。基本、雑用は彼の仕事だ。
「所長、今回はうちの坊主を連れていく。嬢ちゃんの護衛ぐらいは務まるだろう」
「ふむ、そうか、今回はウチのアンバーも参加させる。本人の希望でな」
「珍しいな。弟君が遠征に同行とは」
所長が笑いを堪えるようにアウイン隊長の問いに答える。
「それがな、巫女様の猛烈な求愛から逃げたいらしい。クククッ……」
弟の不幸を面白がる悪い兄である。
「結局、巫女送りの儀式は中断したままなのか?他の門を使って、さっさと送り込んじまえばいいものを。残っているのは件の商会のお嬢様と男巫女の二人か」
「教会も王家も他の門の位置が漏れるのが厭らしい。あくまで門の位置は機密ということだ」
「まあ、誰でも侵入できちまうと物騒だものな」
現在国教会の門は、先日の魔獣騒ぎで使用できない状況である。門を塞ぐ岩を避けても隠蔽の術式が完成するまでは、使用不可と通達されている。その使用できない国教会の門も厳重に警備されており、つい最近、王都師団にも警備強化のお達しがあったばかりだ。
「そういえば、アンバー君の姿を見かけないですね。午前中は毎日、私達と訓練していますけど」
「ああ、あの娘と博士の所で文献調査に当たらせている。本人は神話ばかり読まされると愚痴を零していたよ。『何の役に立つんだ』ってね」
「まあ、ここで巫女様に尻を追っかけられるよりマシだろうよ」
アウイン隊長の顔にニヤニヤと笑みが浮かぶ。
「しかし、意外だったのは、あの娘だな。まさか旧時代の文字を読めるとはね。この件が片付いたらウチで雇うか?ウチの職場、華が無いしな」
「所長、レース事務官が怒りますよ」
レース事務官は少しだけ年配の女性事務官だ。勿論、若輩のラング事務官は頭が上がらない。
「まあ、既にレース事務官は怒っていますけど。所長が野外調査にばかり出ていて、決裁が滞って困ると言っていましたよ。やっと帰所したと思ったら、またすぐに野外調査ですからね。ずっと機嫌が悪いです。こちらに余波が来るので何とかしてください」
「ウチの事務官は優秀揃いだから、代決でいいのになあ」
所長は執務室の机の上に積まれた書類を思い浮かべた。
「あれ、出発までに片付くのかねぇ」
「絶対に片付けてください」
――私の平穏のために!




