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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第2章 従属する獣

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2ー8.博士

 その部屋には書物と遺物(ガラクタ)が溢れていた。

 部屋を訪れた者は、まず長椅子を占拠している書物を自ら除けることが求められる。『超難解魔法術式概論』だの『魔法時代の遺物理論とその応用』、『図解あなたもこれで魔法使い』、『チャート式らくらく魔法陣』、『決定版!魔法増毛法』など専門書から趣味の本まで雑多な書物を、応接テーブルの上に積まれている書物の更に上に積み重ね、(ようや)く確保した空間に腰を降ろす。


「博士、少しはお片付けになったら如何です。メイドが愚痴っていましたよ。お掃除させて貰えないって」


 女伯爵が狭い空間で器用に足を組む。二人の“使い魔”は仕事のため同席していない。書物の山を挟んだ向かいには、アンバーと黒髪の少女が遺物に囲まれ所在無げに座っていた。

 女伯爵の視線の先には硝子窓があり、それを背にする形で大きな机と椅子が置かれている。机の上は書物や書類が(うずたか)く積み重ねられており、その山の合間から椅子に座った老爺の影絵(シルエット)が覗く。老爺の影絵(シルエット)は薄闇で塗りつぶされており、目を凝らせば頭部は丸く、長い髭を持つことが伺える。きらりと光って見えるのは鼻に乗せられた丸眼鏡であろう。


「あやつらはこの秩序ある空間を壊すからいかん」


 この部屋のどこに秩序が?

 左右の壁は一面本棚となっており、収まり切らない書籍が溢れ出ている。部屋は所狭しと積まれた書物や書類、遺物(ガラクタ)の山で占められ、僅かに見える床が獣道の様だ。

 この部屋だけではない。ロードナイト伯爵家の離れは、書物と遺物(ガラクタ)で占拠されていた。離れの住人は通称“博士”、魔術の研究者にしてロードナイト商会の技術顧問である。伯爵家は彼の後援者(パトロン)として住居の提供、研究の資金援助を行っている。


「それで例の件、どうなったのかしら」

「はて、何の話だったかのう………………………………」

「うふふふふ…………お忘れですか?」


 女伯爵の顔に黒い笑みが浮かぶ。


「嬢ちゃん、顔が怖いぞ…………そうさのう……おお、思い出した。坊から頼まれとった奴だな。すっかり忘れておったわ」

「やっぱり、忘れていたんじゃないの」

「…………」


 来訪者達には見えてはいないが、博士の目が泳ぐ。


「ほう、そこのが坊の弟か……坊にそっくりじゃな」

「げっ……」


 窓際にいた筈の博士が突然前の前に現れ、アンバーが息を呑む。浮遊の魔法だ。

 博士がテーブルの脇に置かれた遺物の上にちょこんと腰掛ける。


「邪魔じゃの」


 博士がちょいと指を振るとテーブルの上に積み重ねられた本が次々と宙を飛び部屋の隅に移動した。


「博士、移動させただけじゃ片付けた事にならないですからね。……ちゃんと聞いてます?」

「ふむ、こっちの黒髪の嬢ちゃんは……坊と嬢ちゃんの娘か?似とらんの……」

()()()っ、笑えない冗談ですわね」


 女伯爵がキッと睨み、ドス黒い笑顔に変わる。

 その博士のちょっとした意趣返しの裏で、少女が地味に落ち込んでいた。


 ――ガーン、また子供扱いされた……


 女性陣の醸す淀んだ空気に博士が慌てて話題を戻す。


「ま、まあ、冗談は置いといてだ、その嬢ちゃんが封印の壺だか鍋だかを探しておるんじゃったな。うーん…………、そんな物聞いた覚えがないが、嬢ちゃんはどこで封印の鍋とやらを知ったのかね」

「あ、ヒャい」


 いきなり話を振られた少女の声が一瞬裏返る。


「昔、森の中で髪の長いすごく綺麗な男の人が黒霧の災禍を器に集めていて……」


 ふと少女の内に疑問が浮かんだ。


 ――子供の頃に森に行ったことがあった?


 黒い森は禁忌である。大人はともかく子供は近づいただけで叱咤される。

 自分は言い付けを破って黒い森に行く様な子供だったろうか?


 ――でも確かに幽霊みたいに透けた人を見て――――――     本当に?


 脳裏に閃光が走った。


『私、見たのよ。黒の森の奥ですっごく綺麗な人が黒霧を器に集めていたの。銀色の長い髪の男の人でね。それで、あの人透けていたわ。あれは、きっと精霊ね。うちの村も人間に封じるのなんか止めて、あんな風に器に封印すればいいのよ』


 ――誰?―――私?


「ふうむ、その器に力があるのか、それともその人物に力があるのか……」

「……ぁ」


 博士の声が少女をこの場に引き戻す。少女の左手に先程まで無かった感覚がある。知らずアンバーの上着の裾をギュッと握っていた。


「あ、ごめんなさい」


 慌てて離す。


「い、いや、別に……それより綺麗な男って……ホントにそんな場面見たのか?夢でも見ていたんじゃ無いのか?」

「夢……なのかな?」

「おい、大丈夫か?」


 少女が何処かぼんやりした様子でアンバーを見る。


「まあ、その人物の実在はおいといてだ、似通った物が無きにしも非ず。……ふむ、近しいと言えばあれか」


 博士の指先から小さな光の玉が放たれ、本棚の一画へゆらゆらと向かう。光の玉が本棚に吸い込まれると一冊の書物が本棚から抜き出される。書物はふわふわと宙を移動し、テーブルの上でパラパラと頁が捲られ、ある箇所で止まった。

 テーブルを囲んでいた三人がその頁を覗き込む。


「これ、神話ですよね……この世のあらゆる災厄を閉じ込めた箱、それを開けてしまい世の中に災厄が放たれ、最後に希望が残ったという……」


 アンバーが要約した神話の内容に少女が首を傾げる。


「でも、箱に希望が残っていたら、世の中には希望は無いんじゃないの?」

「箱に残っていたのは”希望”じゃなくて”前兆”、”先見の力”じゃな。これから起こる災厄を人々が知ることがないため、世の中に希望が残ったという訳じゃ。まあ、これも一説に過ぎんがな」

「で、その箱が実在するっていうの?」


 女伯爵が疑わしそうに言葉を発した。


「それは分からん。お目に掛かったことが無いからな。在ることは証明できても、無いことは証明できん」


 俗に言う悪魔の証明である。


「まあ、ちょっと調べてみるかの……どっかの文献にあるやもしれん」

「それって、神話や御伽噺の類いではないですよね」


 三人の顔に不信の表情が浮かぶ。


「神話や御伽噺を馬鹿にしたもんじゃ無いぞ。あれらから読み取れる真実もあるものじゃ。例えば、そうさのう……建国の物語があったじゃろ」

「三人の若者が―――というやつですか?」


 建国の物語を知らない民は居ないだろう。文字が読めない者でも分かるように各地の教会のステンドグラスや壁画に描かれ、神職者が国教会を訪れた者に語る物語だ。


「そうそう、あれは嘘まみれじゃのう」

「やっぱり駄目じゃ無いですか」

「まあ、待て、嘘まみれでもその背景を読み取れるものじゃ。あの物語はこの国が前時代の魔法国の正当な流れをくむことを喧伝し、建国の王を神格化するために作られたんじゃよ。もともと卑怯な”猫の王”だった男を神様にするためにな。建国の王を神格化するため、土着の信仰を利用し、土着の神を祀る神殿に建国の王を祀って土着の神と同格にしたのじゃ。人々は土着の神に祈っていたものが、いつの間にか建国の王へ祈っているものとすり替えられたと言う訳だ。荒唐無稽な物語であるがな。僅かでも真実が含まれておるものじゃ」

「建国の王が卑……怯者であったことですか」


 騎士志願のアンバーが建国の王を卑怯者呼びするのは流石に憚られる。


「それもあるが、何故この国だけが魔法の国であるのか、何故三人の若者が強い魔力を持っていたのか―――」


 博士はアンバーと少女の顔をジッと見つめ、徐に口を開いた。女伯爵はまた始まったと言うように背もたれに身を預け、その場を博士に任せた。


「この国に魔力を持つ者が多いのは、魔鉱石の鉱脈があるためと考えられる。結晶に含まれる魔力が人体に吸収されることで魔力のある人間が誕生するのじゃ。だから魔鉱石の鉱脈のあるこの国に魔力ある者が集中しておる。勿論、吸収できる魔力量に個人差があるがのう。建国の物語の若者達の村は鉱脈の近くにあったと考えられよう。更に彼らは魔力を吸収しやすい体質だった。そのため、他者より魔力が多く、建国の王となりえた」


 博士が一息つき、アンバーと少女の反応を窺う。


「あの物語では、王都は古の魔法国の都とされているが、実際は辺境の地であろうよ。何故、この国のみが魔法の国であるのか考えてみたまえ。この国に魔鉱石の鉱脈が集中しているのは、都から遠く離れた辺境だったため手付かずだった。そうは考えられないかね。物語の中で魔法の力が結晶となって地上に降り注いだとされている。降り注いだ結晶とは、魔力が失われた魔鉱結晶……玻璃であろう。魔鉱石が掘り尽くされたことを暗示しておるのじゃ。この国でも近年、魔力を持つ者が減っているのは魔鉱石が掘り尽くされたことに影響していると考えられるのではないかね」


 一瞬の沈黙の後、アンバーが口を開いた。


「そう言えば、以前兄が言っていました。そもそも王都近郊は殆ど人が住んで居なかった。王都の地の本来の名前“朽ちた地”はそれを示していると……」


 この国の正式名称は“双月国”、王都の正式名称は“双月の都”である。ただ、外交の為に定められた名称であり、殆どの国民が口にする事はない。この国の民は“二つ月の国”、“二つ月の都”または単に“王都”と呼ぶ。


「のう、坊はこの国が建国して何年になるか知っておるか?」

「え、ああ確か、おおよそ八百年だったかと……」


 アンバーは国史の記憶を掘り起こす。


「わしは、な、長く見繕って六百年と考えておる」

「しかし、確か学校では八百年と……」

「教本も嘘っぱちじゃな。残されたモノが語っておるわ。諸外国に虚勢を張るために嵩まししたのだろうよ。ほらのう、ちゃんとした文献とされているものと御伽噺に何の違いがあろう」


 博士が得意げな顔をする。

 流石にそれだけで学術書と御伽噺の信頼度を同列に扱うのはどうかと思うが。


「あの……一つ質問があるのですが、二つ目の月は―――月の玉座とは一体、何なのですか」


 国史では二つ目の月は旧魔法国の玉座とされている。

 博士はアンバーの疑問に大きく頷き、話を続けた。


「二つ目の月は前時代の玉座ではなく、地方に配置された防衛拠点の一つ、浮遊要塞ではないかのう―――ま、あくまで仮説だがな」


 女伯爵は博士の講説が終わると大きく溜息を吐いて口を開いた。


「博士はこの説を唱えたため、異端者扱いで、王立魔術学院を追われたのよね。王族や教会にしてみれば都合の悪い真実よね」

「ふん、学徒とは真実を追究するものじゃ……………………さて、で、何の話をしておったのだったかな?」


 この場に居合わせた者達が深く溜息を吐いた。


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