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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第2章 従属する獣

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2−6.模擬戦 第二戦

 訓練場は一瞬の静寂の後、喧噪に包まれた。


『いやあ、引くわ。明らかに弱そうな年下の女の子を指名するって人としてどうよ』

『騎士の風上にも置けないな(騎士じゃないけど)』

『あんな子、王都師団にいたか?まだ子供だろう。子供でも入隊できるのかよ』

『後方支援じゃないか?戦えるのか?』

『何だそれ、かわいいな。ウチの隊にもくれ』


 兵士達は思い思いに言葉を発する。主に“おかっぱ”への非難と何故子供が軍にいるのかという疑問である。


「むぅ、失礼な。私は十七歳ですよ。もう大人ですよ」


 少女が頬を膨らませ文句をいう。


「えっ!?」


 少女の言葉に驚いたのは小隊の面々である。


「十七が大人かどうか置いといて……アンタ、ちゃんと食べてるのかい?」

「食べてますよ」


 ――主に馬鈴薯を。偶にはお肉が食べたいです。


 カンクリが顎に手をやり、少女を上から下まで眺める。


「うーん、出るとこは出てなくもないが、細すぎるな。同年代からしたら身長もちょっと小さいか?」

「カンクリ、それ問題発言(セクハラ)

「むっ、小さくないですよ。うちの村じゃ普通です」


 少女は更に頬をプクッと膨らませて抗議。


「まあ、身長に関してはラズよりちょっと低いくらいだしね。そんなに小さくもないんじゃないの?」

「ラズなんて、チビだろ。チビ」


 カンクリがラズの頭をグリグリと撫でる。今度はラズが頬を膨らませた。


「チビじゃない!カンクリが大きすぎるんだよ!」


 ラズは『俺はまだ成長期……』などとブツブツと呟いている。


「しっかし、こんなひょろっこいのを相手に選ぶとは……アイツは間違いなくクズだな」


 その言葉には全員が頷いた。冷たい視線が“おかっぱ”に突き刺さる。


「兵士に男も女もあるか!軍に所属する限り同等の訓練をして当然だ!!」


 劣勢に立たされた“おかっぱ”が唾を飛ばし反論する。

 その言葉にネフェリンがうんうんと頷いている。貴女、どっちの味方ですか。


「でも、コイツは……」


 『隊員じゃない』と言おうとして、ラズは言葉を飲み込む。部外者が隊服を着ている理由が立たない。そもそも正規に門の受付を通っていないので不法侵入に当たるのでは?


 ――これはマズイ……


 小隊の仲間に助けを求め視線を向けると、いそいそと少女に革鎧を着せいていた。


「おい、ちょっと、何やってんだ!?」


 何故、進んでコイツを差し出す?

 そして、――――


「何でお前も断らない」

「一応、自警団で鍛えていたよ」

「いやいや、村の自警団と軍隊では実力が違いすぎるだろ。何やる気になってるんだよ」


 明らかに比較対象が間違っている。


「まあまあ、ラズだって魔獣を使役する程の腕前、見たいだろ」


 カルシラの言葉を肯定するように、ネフェリンとカンクリの目にも好奇の光が現れている。

 彼らは例の会合に出席していないため、少女が魔法を使えないことを知らないのだ。彼女に封印されている“得体の知れないモノ”については箝口令が敷かれている。

 魔法が使えなければ、単なる非力な少女にしか過ぎない。


「皆んな、ちょっと耳を貸してくれ……」


 ラズは小隊のメンバーを集め、頭を突き合わせるとボソッと一言。


「コイツ、魔法使えねーから」


 理由は聞くな。

 ネフェリンが大きく息を吐くと、“おかっぱ”とその上官に大声で告げた。


「ちょっと、アンタら、ルール変更だよ。魔法は禁止、勝負が付いたと判断された時点で試合終了」

「待て、魔法禁止とはどういうことだ」


 魔法自慢の“おかっぱ”が反対する。


「はぁ?剣技だけで年下の、それもか弱い女の子に勝てないとでも言うの?まさか、女の子をボコボコにしようなんて考えてないでしょうね。傷でも残したら、あんた責任取れるの?」

「え、あ……」


 周りの白い目が無言の圧力となり、冷汗が顳顬(こめかみ)を伝う。

 これじゃあ、まるで悪者じゃないか。


「当然、俺が剣技で負けるわけがない。女子供に手を上げるようじゃ騎士とは言えないからな。ちゃんと手加減してやる」


 どうせ、ちょっと剣で脅してやれば降参するだろう。

 既に女子供に手を上げようとしている事実は、“おかっぱ”の頭に無い。


「それにしても、その防具……フッ、趣味悪いね」


 カルシラが誰もが思っていたことを指摘した。おかっぱの革鎧は金箔が貼られているのか金色に輝いて見える。そして、ゴテゴテと無駄な装飾が多い。あの棘は一体何だ?豪猪(やまあらし)


「なっっっっ!この高貴な輝きが分からんのかっ!!!」


 ――うん、分からない。


 無駄に騒ぐ“おかっぱ”を無視して、寄せ集め小隊は模擬戦の準備だ。


「ディー、アンタの獲物(武器)は何だい?長剣は使えるかい?」

「普段は、短刀(ファルシオン)を使ってるから、長剣はあんまり……一応、一通り使えるよう訓練はしているけど……」

 短刀(ファルシオン)は幅広の刀身を持つ鉈のようなものだ。近年王都の兵士で扱う者は殆どいないが、辺境の兵士や庶民にとっては未だ主要な武器と言えた。


短刀(ファルシオン)か……木剣は長剣しか無かったな。俺の短刀(サブ)を使うか?あ、お前は木剣使えよ」


 カンクリが腰に佩く短刀を少女に手渡すと、その腕が一瞬沈む。


「まて、それは真剣だよな」

「当然だろ、何故俺が模擬刀を使うんだよ。長剣(木剣)短刀(真剣)で丁度良いハンデだな」

「どこが丁度良いんだ!当たったら俺が大怪我するわ!」

「ギャアギャア煩い奴だな。非力な女の子の攻撃が当たるとでも?」

「そんな問題じゃない!」

「……」

「刃が潰されていても殴られだけでも痛いんだぞ!それなのに真剣だと!?」

「……」

「すっぽ抜けて、当たりでもしたらどうしてくれる!怪我するだろ!痛いのは嫌だ!」

「……」

「嫌だったら、嫌だ!」


 少女がカンクリの上衣の裾をクィッと引いた。


「……木剣でやりましょう」


 何だか少し可哀想になった。


     ***


 革鎧に着られている少女と金ピカ豪猪(やまあらし)な“おかっぱ”が訓練場の中央で向き合う。奇妙な絵面だ。結局、“おかっぱ”の猛抗議により木剣同士の試合に落ち着いた。

 少女が木剣を両手で持ち正眼に構える。一方、“おかっぱ”は木剣を持つ右腕をだらりと下げ、構えもしていない。


「完全に舐め切っているね」

「姐さん、何で止めなかったんだ?あんなんでも兵士だし、田舎娘じゃ剣では勝負にならないだろ」


 ネフェリンにラズが問う。


「ん、あの子の手がね……」


 掌があの普通の女の子にしては、硬くてゴツゴツしていた。結構、剣を握っている手だ。それでも勝てるかと問われれば、微妙ではあるが―――


「まあ、どこまでやれるか知りたいだろ。これから一緒に旅することになりそうだし、戦力になるのか、それとも護衛対象なのか……ね」

「大丈夫だ、危なきゃ、すぐ止めに入る」


 カンクリが言葉を挟む。


「俺の時は止めなかった癖に……」

「お前の場合は、必要なかったろ」


 ラズの心の奥底が少し温かくなった。なんだかんだ言ってラズを認めてくれているのだ。


「しかし、―――まさかあんな非道な手を取るとは……」


 カンクリが髪のない頭に手をやる。


「いや、だから狙ってないって!」


 ラズを信頼してくれていると思ったのは、どうやら錯覚だったようだ。


     ***


 少女は少し高揚していた。

 村にいる時は毎日、自警団で訓練していた。ここのところ碌に訓練していなかったので、勘を取り戻す意味でありがたい。それも本職の兵士と訓練できるなんて滅多にないことだ。村の仲間たちに自慢できる。相手は少し、―――大分、残念な人物ではあるが……。


「ふーっ」


 少女は大きく息を吐くと両手で握った木剣を正眼に構える。

 少女は長剣に慣れておらず、まともにやり合っても勝負にならないだろう。更に筋力が大分落ちているようなので、持久戦は不利、兵士に対抗するとしたら速攻しかない。


 ――あれ?……そういえば、何でここまで体力が落ちているんだろう?


 少女は疑問に思う。確かにここのところ、訓練と言えるような事はしていない。しかし、それだけでこんなにも体力が落ちるものだろうか?

 ()()()()()()()()村を出て―――

                                   ―――()()()


「フッ、さあ、きたまえ」


 “おかっぱ”は瞼を閉じ左手で前髪を掻き上げると、気障ったらしく少女に向かって言葉を発した。右手の木剣はだらりと下げられている。


 ――いけない、集中しなくては……


 少女は足に力を入れ、跳んだ。一か八か……。

 シュッ―――と風が起こる。

 次の瞬間、少女が“おかっぱ”の背後を取り、その首に木剣を当てていた。


「それまで!」


 勝敗を決する声が一瞬の静寂に包まれた訓練場に響く。いつの間にか軍服をかっちり着込んだ見覚えのない士官がその場に立ち、声を上げていた。


「は?」


 “おかっぱ”は何が起こったのか分からないと言った顔で固まった。首筋に当たるものは一体、何だと言うのか?


『馬鹿だな、あいつ』

『うわぁ、カッコ悪りぃ』

『あのちっこいの結構素早いな』

『相手を舐めすぎ。自滅だろ』

『おい、あれ、第一中隊長じゃないか?』


 訓練場は少女への賞賛と主に“おかっぱ”への侮蔑の声で溢れた。

 試合終了を告げた士官―――第一中隊長が、ぎろりと自隊の兵士達を睨む。その視線の先には震え上がった兵士達―――


「こりゃあ、一・一隊は大目玉だな」

「彼らに限らず、この国の兵士たちは魔法に頼り過ぎなんですよ。もう少し、剣技を鍛えた方が良いですね」


 二人の士官と思しき人物が会話をしている。一人は(くり)色の髪の堂々たる体躯の男、もう一人は金髪の美丈夫である。なお、一・一隊とは、王都師団内の通称であり、第一大隊、第一中隊を示す。ちなみにラズの所属部隊は、第五大隊、第五中隊、第五小隊の五・五・五隊である。


「隊長と副長、いつの間に……」


 五・五・五隊の隊長であるアウインは軍服の襟元をだらし無く緩め、対照的に副長のノゼアンは襟元までかっちりと留めていた。どちらも物語の登場人物を彷彿とさせる容姿をしていた。前者は冒険譚に登場する厳つい勇者、後者は御伽噺の麗しい王子様で系統(ジャンル)は異なるが。


「よお、楽しそうなことしてんな」

「んー、ラズがえげつない手段で勝利したあたりかな」


 アウインが片手を上げ隊員に挨拶し、ノゼアンがラズの問いに回答した。


「いや、あれは……」


 ――もう勘弁してください……。


 ラズはノゼアンにまで精神を抉られてしまった。虚な瞳を彷徨わせるともう一人、見知った顔がある。


「あれ?何でアンバーまで?」


 王子様が一人増えた。


「ああ、小隊が帰都したのでアウイン隊長とノゼアン副長に稽古を付けて貰おうと思ってな……で、あれは何だ?」


 アンバーの示す先には黒髪の少女の姿がある。


「何か、引くに引けないっていうか……何か流れ?」

「おい、ラズ、“流れ”じゃないだろ。馬房の馬たちが随分騒いでると思ったら、魔獣まで………まあ、勝ったからいいけどよ」

「「いいのかよ」」


 アウインのいい加減な言葉にアンバーとラズが声を重ねた。

 アンバーは訓練場の中央で対戦相手の首筋に木剣を突き付ける少女に視線を移した。どの様な流れであれば、こんなことになると言うのだ。

 少女は“おかっぱ”の首筋から木剣を離し、彼を解放した。剣戟にはならなかったが、これも訓練と言えるのだろうか?


 ――ま、いいか。勝ったのだから素直に喜んでおこう。


 訓練場には“おかっぱ”を揶揄する野次が飛び続ける。

 “おかっぱ”は俯いたまま肩を震わせた。


「……ッ……ク……ソッ……クソッ……クソッ……クソッ、クソッ、この餓鬼がっ!」


 “おかっぱ”は右手に最大の魔力を集めると、憎しみを込めて少女に向け放った。


獄炎(ごくえん)!」


 炎の渦が少女を包み込み燃え上がる。


「……この餓鬼が……悪いんだっ…………俺を……俺を馬鹿にしやがって!」

「こいつ、血迷いやがった!」


 炎の渦はやがて柱となって竜巻のように、高く、高く空へと伸び、熱風が辺りを襲う。


 ズンッ―――


 空間が震えた。


「魔法陣?見間違い……か?」


 一瞬、炎の柱の中に浮かび上がる魔法陣を見た者もいたが、直ぐに炎に飲み込まれてしまった。

 突然日が陰ったようにあたりが薄暗くなる。

 真っ赤に燃え上がった炎の渦が鈍色から闇色に変わり膨れあがる。渦巻く闇色の炎の柱からドス暗い粒子が放出され、辺りがモノクロームに染め上げられた。


「魔法の使えるものは、魔力障壁を展開しろっ!」


 どこからか指示が飛ぶ。


 ゴオォォォーッ―――


 黒い炎が太陽の紅炎(プロミネンス)のように暴れる。そして、闇の炎柱を取り巻くように光の鎖―――魔法の術式が幾重にも浮かび上がり―――


 パリン。


 その一本が光の破片となって砕け散った。その瞬間、黒い炎が膨れあがり、熱風が吹き荒れる。大男の兵士達が数人訓練場の壁に打ち付けられた。壁がギシギシと嫌な音を立てる。中には脚を踏ん張り倒れまいとしている者もいるが、じりじりと後退を余儀なくされている。黒い粒子が視界を遮る。


「これは、何だ?煤か?」


 黒い粒子に触れた兵士が膝を折る。


「まさか、瘴気か!?」

「分からん、ただ力が抜けて……」


 徐々に脱力感が兵士を襲い、魔力障壁が消えていく。


「不味いな……」


 次々と魔力障壁が消えつつある状況を横目にアウインは呟いた。

 アウインを始めとする魔力のある者は障壁を張って凌いでいるが、絶え間なく暗黒の炎の衝撃が襲ってくる。障壁を維持するのもきつい。何故か不自然に魔力が持って行かれる様な感覚がある。

 ラズは他人(ひと)の展開する魔力障壁の傘に隠れ、必死に耐えていた。情け無いが魔力が微々たるものしかないのだから仕様がない。黒い靄を透かして訓練場の中心部分を見るが人影はなかった。“おかっぱ”は既に吹き飛ばされてしまったようだ。ただ黒い炎が竜巻のように渦巻き、天に伸びているのが見える。

 ラズは必死で魔力障壁を展開しているアンバーに声を掛けた。アンバーの魔力障壁は拡張と収縮を繰り返し安定しない。


「アイツは?」

「クッ……あの中……だ」


 アンバーが顎をクイッと動かす。ラズは目を凝らした。光の鎖が黒い竜巻を取り囲み淡く輝いている。ラズの瞳はその中にぼんやりとした人影を捉えた。黒い竜巻、いや、黒髪が人影を取り巻くようにうねる。そして、―――嗤った。


「え、嗤っ……た?」


 炎が爆ぜる。

 その瞬間、獅子栗鼠が駆けた。


 ガァァァァァーーーーッ。


 炎の竜巻の中に飛び込み、人影に爪を立て、牙を剥く。


「なっ!!」


 漆黒の炎が弾け飛び、辺りが闇に塗り潰される。視界が効かない。

 使役した獣が主を喰い殺そうとしている。今見た有り得ない光景に助けを求めるようにラズはアンバーに視線を向けた。


「……?」


 アンバーの様子がおかしい。恋い焦がれるように―――否、違う。極上の獲物を見つけたように恍惚の表情を浮かべていた。


 ――アア、喰ッテシマイタイ。


 ラズがアンバーの異様な表情から目を離せないでいると、急に圧力から解放された。黒い粒子は霧散し、訓練場の四辺には兵士が累々と倒れ込んでいる。


「アハハハハ、シシィ、(くすぐ)ったい」


 訓練場の中央では獅子栗鼠が倒れ込んだ少女の顔を舐め回していた。


「なあ、獅子栗鼠だからシシィって、単純過ぎないか?」

「えっ、……ああ」

 

 惚けていたアンバーはラズの声に正気を取り戻す。

 軽口を叩いたラズの身体は小刻みに震えていた。


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