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2−5.模擬戦 第一戦

 剣戟の音、怒号、掛け声、滴る汗。訓練場は兵士たちの熱気で充満していた。


「お前ら、場所を空けろ。これから模擬戦を行う」


 ぞろぞろと入ってきた一団に剣戟の音が止む。王都師団の筆頭部隊と末端小隊の登場に訓練に励んでいた兵士たちは好奇の目を向けた。


「隅で訓練を続けるのは構わんが、流れ弾が飛んで行っても文句を言うなよ」


 訓練に励んでいた兵士達はサッと中央を空け見物を決め込む。こんな面白そうな事止める理由がない。その様子を満足そうに見遣ったリーダー格の兵士が口を開いた。


「では、試合のルールだが、頭部への攻撃禁止、勿論、飛道具は禁止だ。剣と魔法のみ使用可とする。試合はどちらかが戦意喪失、怪我などで試合続行困難と判断された時点で終了とする」

「えーっ、銃も駄目なのか」

「当然駄目に決まっている!お前は対戦相手を殺す気かっ! 」


 ラズの抗議は即座に却下された。


「それなら魔法だって飛道具みたいなものじゃないか。禁止だろ」


 納得がいかない。


「我が国の兵士が魔法を否定するとは、問題発言だな。それと、アレもちゃんと管理しとけ。乱入は絶対に無しだ」


 その目線の先を辿ると獅子栗鼠が尻尾を緩やかに振って鎮座している。


「…………」


 ラズは獅子栗鼠からそっと視線を外した。


「まあ、魔獣のことは魔獣に任せるとして、…………銃は禁止、魔法は底辺、剣術だってむにゃむにゃ……俺詰んだな、大怪我しませんように」


 最後は神頼みである。見上げた空が青い―――訓練所には屋根がないのだ。


「いやいや、その間は何だ!獣に任せるな!ちゃんと面倒見ろ!」


 ――無理!


 そんな約束できる訳が無い。リーダー格の兵士の言葉は無視して、ラズは防具を装着する。革製の鎧、籠手、脛当て、衝撃吸収の魔法が付与されてはいるものの、軍の備品の中でも最低品質の防具だ。魔法攻撃への耐性もどこまであるのか疑わしい。


「戦う前から戦意喪失してんだけど……お、そうだ、開始早々に降参すりゃあいいんじゃね?」

「おい、敵前逃亡なんかしたらどうなるか分かっているよな」


 ラズの両肩がガシッと掴まれた。カンクリがラズの呟いた独り言を拾い、静かに脅しを掛ける。


「えーっと、どうなるんでしょう?」


 ラズの目が泳ぐ。カンクリがニヤリと口の端を上げた。頬の傷が更に凄みを加える。


「ほら、腹を括れ。木剣だ。腕の一本か二本、折ってこい」

「そんな殺生な……」


 逃げ道を塞がれたラズが訓練場の中央へと押し出される。対戦相手はこれ見よがしに炎を放っていたボブの髪型の若手兵士―――ではなく、隣にいたお下げの兵士だった。あれだけ思わせぶりだった癖に、ラズは肩透かしを食わされた気分になった。


「あれ?おかっぱじゃなくてお下げかよ」

「誰が、おかっぱだ。お前みたいな雑魚、俺が相手する訳ないだろ。まあ、奴も俺に及ばないものの、十分強いからな。怪我しないうちに降参した方が身の為だぞ」


 “おかっぱ”の言い分にラズの対戦相手である“お下げ”がちょっと顔を顰めた。彼の防具は軍の備品では無く自前のようだ。いかにも値が張りそうな装飾がしてある。


「白い革鎧なんて気障だね。直ぐに血で染まっちまうよ」

「ラズ、どうする?木剣じゃなくて、模擬剣を使う?それとも真剣で切り刻んじゃう?」

「いやいやいや、真剣なんて命がいくつあっても足りないじゃないか……」


 ネフェリンとカルシラの物騒な言葉にラズの腰が引ける。木剣は木製とはいえ、当たるとかなり痛い。模擬剣は刃を潰した剣だ、当たると無茶苦茶痛い。真剣は……当たると多分、大怪我する。それどころか死ぬ。白い鎧は一体誰の血で染まるというのか……。


「ふうん。じゃあ、頑張れ」

「負けんじゃ無いよ」

「えーっと、頑張って」


 ラズの隊服に身を包んだ少女も凡庸な応援の言葉を掛けると小隊の面々と一緒に見物人の群れへ混じった。

 練習場の中央にはラズと対戦相手の“お下げ”が残される。

 訓練をしていた兵士達もこれに乗じ勝敗を賭け、模擬戦の開始を待つ。揃いの軍服を着た兵士達が画一的に見える中、同じ軍服姿であるのにラズの小隊の面々は異彩を放っていた。

 くすんだ金髪のネフェリンは女性にしては大変大柄で筋肉質だ。剣も弓の腕前もかなりのものである。女性も鍛えると胸が筋肉に(硬く)なることをラズは知った。カンクリは坊主頭で、頬に刀傷のある大男。大剣を振り回し、基本的に拳で語り合うタイプの男だ。銀髪のカルシラは見た目が女性的でほっそりとしており、一見ひ弱そうだが、意外に筋肉質である。本人はカンクリのように筋肉がつかない事を不満に思っているようだが、ネフェリンや下働きの女性達に言わせるとそれが良いらしい。そして、その中でちんまりとした異質な存在である黒髪の少女、それと傍にお座りしている獅子栗鼠。


「うーん、どう見ても寄せ集めだよなあ……」


 筆頭部隊の兵士達の言い分も理解できなくも無い。その寄せ集め部隊の一員であるラズはそう思った。


「おい、余所見をするな。試合開始だ」


 対戦相手の兵士(お下げ)がいきなり木剣を振り下ろす。その動きに合わせ一本に纏められた長いお下げが鞭のように撓った。


「うわっ」


 ラズが大振りの剣筋を間一髪避ける。 “お下げ”は右手で握った木剣を構えると再び大きく振り上げ、振り下ろす。続いて横に薙ぎ払う。息つく暇も無く次々と剣が繰り出され、ラズは防戦一方だ。


 ガンッ、ガンッ、ガンッ。


 執拗に木剣による攻撃が繰り返される。


 ――あれ?


 “お下げ”の魔法攻撃を警戒しつつ、木剣での攻撃を受けていたラズは心内で首を傾げた。

 “お下げ”の片手持ちの剣筋はそれほど重くない。では、それを補う速さがあるかと言えばそれも無い。余りにも単純な大振りで隙が多すぎる。てっきり、左手から魔法攻撃が放たれるかと思えば、その様子も窺えない。魔法が使えない。またはラズのように貧弱な魔力しか無いのだろうか?


 ガンッ、ガンッ、ガンッ。


 いつまでも受けに回っていては埒が明かない。ラズは攻撃に転じる事にした。ガラ空きの左脇腹に木剣を打ち付ける。


 ボスっ。


 ――よし、手応えあり。


「あ、ずりぃ」


 “お下げ”の胴に的確に入った筈だが、少しよろめいただけで殆ど痛手はないようだ。彼の革鎧は明らかに木剣の衝撃を吸収していた。ラズが着用している革鎧に掛けられている魔法とは格が違う。これではいくら打ち込んでも決定打を与えられない。“お下げ”がニヤリと笑う。


「ぐえっ」


 決まったと思い気を抜いたラズの隙を突いて、“お下げ”の剣が脇腹を打つ。いくら軽い剣筋とはいえ、鍛えられている兵士が振るう剣だ、かなりの衝撃が襲う。

 ラズは意地でも倒れるものかと踏ん張った。


「いっ、痛ってえ……」


 涙が滲む。


 ――ホントに衝撃吸収の魔法が掛かっているのかよこの鎧。


 “お下げ”は、ここぞとばかり畳み掛ける。


 ガガッ、ガガッ、カカカカ、ガンッ。


 執拗な攻撃を躱し、時には受け、ラズは防戦を続けた。“お下げ”は基本、大振りだ。避けること自体はそれほど難しくない。しかし一方で、打撃によるダメージを殆ど入れられないため、攻めあぐねる。鎧に守られていない部分を狙うことも考えたが、ラズとしてはできればそれは避けたい。騎士道精神では無いが、何か卑怯なような気がするからだ。甘いと言われればその通りなのだが―――漢の美学って奴なのだ。分かる漢には分かってもらえる……筈、多分。

 吹き出した汗が顎を伝い落ちる。滴り落ちた汗は足元の固められた土に吸い込まれていった。


「はぁ、はぁ、クッ、ちょこまかと……」


 “お下げ”の方も息が上がっている。剣を振る動きが明らかにに鈍くなった。戦いは持久戦の様相を呈する。


「クソっ……喰らえ!」


 先に痺れを切らしたのは、“お下げ”だった。ラズの喉元を目掛け鋭く突く。間一髪、ラズは後ろに避けた。飛び散る汗、その頭上に木剣が振り下ろされる。


「っ、頭への攻撃は無しじゃなかったのかよ!」


 打ち下ろされる木剣をラズの一振りが払う。


 ガンッ、ヒュッ。


 “お下げ”の木剣は弧を描き弾き飛ばされた。見物人から歓声が上がる。


「ふっ、勝ったな……何か俺、カッコィィ……」

「まだまだ、氷の刃!」

「って、おい!痛てててて……」


 ラズが勝利に浸ろうとした瞬間、“お下げ”が氷の礫を飛ばしてきた。刃と自称しているが、実際は単なる小さな氷塊で石礫と変わらない。ただ、氷の礫でも当たれば当然痛い。


 カン、カン、カン、カン。


 木剣で防ぐが、次から次へと氷の礫を放ってくるため埒が明かない。流れ弾(氷塊)が見物人を襲っているようだが、勿論、構ってなどいられない。各々剣や魔法で対処してもらおう。


「頭を攻撃した時点で反則負けだろ?往生際が悪いって!」


 ラズがチラリと敵陣に視線をやる。


「別に頭に当たっていない。試合続行だ」

「は?」


 リーダー格の兵士はラズの訴えを一蹴した。


 ――何ダソレ?


 心の奥底に澱が溜まっていくような感覚―――ムカつく。ラズは唇をギュッと結ぶと、右手の木剣で氷の礫を払いつつ、左手の指先に小さな炎を灯し、相手に向かって放った。少しでも“お下げ”の気が逸れれば良い。そこを衝く。

 狙いは―――

 小さな火種は蛇のように揺れ動くお下げの先に当たり、―――一気に燃え上がった。


「あっ!」


 ラズの口から思わず声が漏れる。


「氷のや……」


 まさに今、氷の礫を放とうとした“お下げ”は視界の隅を掠めたものに動きを止めた。


 ――今、一体何が見えた?


 辺りに不快な臭いが立ち込める。“お下げ”は自分の背後に異変を感じ振り返った。背中、……否、一本に編んだ髪が炎に包まれている。己の尻尾を追いかける犬のようにくるくると回る。その動きに合わせ、炎が踊る。


「うわあああああぁぁぁぁ」


 シュン。


 とさり、と炎に包まれた毛髪の束が地面に落ち、少し離れた位置に短剣(ナイフ)が突き刺さった。続いて“お下げ”の頭上に大量の水が降り注ぐ。さんばら髪となった“元お下げ”が濡れ鼠となって地面にへたり込んだ。

 ネフェリンが短剣(ナイフ)を投擲し、カルシラが水魔法を放ったのだ。


「ラズの勝ちだね」

「髪が……私の髪が…」


 “元お下げ”の兵士はペタリと座り込んだまま、虚ろな目でブツブツと呟いている。


「ま、待て、頭部への攻撃は反則だろう」


 リーダー格の兵士が”元お下げ”を横目に慌てて反論する。


「頭じゃなく髪の毛でしょ。それも邪魔臭く背中にぶら下がっていたヤツ。ラズは腰元にある尻尾の先を狙って着火させたんだから、当然、頭への攻撃じゃ無いよね。そもそも、魔法攻撃を想定しているなら、ちゃんと対策してないと駄目じゃん。何?そんなことも出来ないの?魔力自慢の貴族様なのに?それにさあ、……コイツ、剣と魔法の連携が全然取れてないよね。苦し紛れにラズの頭かち割ろうとしてたしさ、ほらやっぱり、ラズの勝ちじゃん」


 “元お下げ”は貴族の出身で、子供の頃から剣術を習っているのだろう。それは基本に忠実な素直な剣だ。もちろん基本は大事だ。大事だが、ただそれだけに過ぎない。魔力も多少はあるものの、闇雲に魔法を乱発するのみ。それに比べ、ラズの剣は軍に入隊してから正式に習ったもので、僅か一年余り。指導者は個性的な小隊の面々、多少……かなり、我流が混じる。更に魔力も微々たるものだ。単純に剣に携わった期間や魔力で言えば、“元お下げ”の方がラズよりも遥かに上だろう。ただし、ラズは遺物管理所の野外調査に護衛として同行することがあるため、獣や野盗相手の実践経験はその辺の兵士より遥かに豊富と言えた。

 結果として、カルシラの弁でラズの勝利が確定した。


「それにしてもラズってば、容赦ないよね。おっかなーい」

「髪を狙うとはえげつないな……」


 カンクリが頭を摩りながらゴクリと喉を鳴らす。


「大丈夫、アンタには燃えるものはない」

「たまたま髪に火が付いただけで、別に狙った訳では……」


 ラズはオロオロと反論するが、誰も耳を貸さない。

 この試合以降、王都師団では、ラズは勝つためには手段を選ばない“危ないヤツ”であるとの認識が広まった。更に一部、特に頭部が薄い―――否、頭部に執着心を持つ者には、残虐非道な悪魔と恐れられる事になった。


「いや、だから態とじゃ無いって……」


     ***


「さて、次は僕の番だね」


 カルシラがスッと一歩前へ出る。既にその身は無骨な革鎧に固められていたが、どこか女性兵士のような優雅な佇まいを見せていた。


「カルシラって強いの?」


 黒髪の少女の問いにカルシラは首をかしげた。


「う〜ん、どうだろう?まあ、少なくとも、ラズよりは強いよ。さっきの戦いに倣って、氷の刃で(はらわた)をズタズタに引き裂こうかな?それとも、灼熱の炎で全身を焼き尽くした方がいいかな?……ねえ、おかっぱ君、どっちが良い?」


 カルシラは“おかっぱ”にどす黒い笑顔を向ける。

 “おかっぱ”の顔が一瞬で青白く変色すると、身体が瘧のようにぶるぶると震え、こめかみを冷や汗が伝った。


「い、いや……俺は……」


 蹌踉けるように数歩後退ると、落ち着き無くきょろきょろと辺りを見回し、一点に目を止めた。そして、声高に告げる。


「だ、誰がお前と対戦すると言った。俺の相手はコイツだっ」


 “おかっぱ”が勢いよく指さした。その先には―――


「は?私?」


 黒髪の少女がきょとんとした顔で立っていた。


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