幕間 ***
恐怖、悍ましさ、怖気、怖い、怖い、怖い――――
逃げろ。
息詰まる濃密な瘴気の中、私は闇雲に走る。
恐ろしい“アレ”から逃げるため、必死に四肢を動かす。
怖い、怖い、怖い――――
ねっとりした瘴気がまとわり付き、足が思うように動かない。
足が重い。息が上がる。
逃げろ。
「……っ」
地面から盛り上がった木の根に躓き、身を投げ出される。湿った土の感触と匂い。
――ああ、ここは森だったのか。
瘴気が辺りを黒く塗りつぶし、右も左も分からない。ただ闇雲に逃げ、方向感覚など疾うに失われている。
ゾワッ―――
全身が総毛立つ。
“アレ”が直ぐ側まで迫ってきている。
このままだと喰われてしまう。
無駄だと知りつつ、巨木の根の間に縮こまり息を潜める。
――喰われる。喰われる。喰われる。
ふと、何かに強く引っ張られる奇妙な感覚―――
「……?」
視線を上げると朧げで、禍々しい影―――何者かが怨嗟を込めた呪文を唱え、瘴気の中に魔法陣を浮かび上がらせている。
恐ろしい“アレ”が、多くの生命が魔法陣に次々と吸い込まれていく。そして、それは私も例外でない。
私は僅かな下草にしがみつき必死になって耐えた。下草が引き千切られ、身体が宙に浮く。私は必死に四肢を動かし暴れる。ジタバタと見苦しく、必死に抗う。爪を立て、牙を剥き―――
『クッ……』
術者の低いうめき声。吸い込まれる力が弱まる。
――今だ。
逃げる。
森を抜ける。
逃げる。
景色が変わる。
逃げる。
辺りには何もない。
逃げる。
白い、白い、無の世界―――
その白い空間に建物がポツンと一軒立っている。私はドアを開け逃げ込んだ。
肺が悲鳴を上げる。
苦しい、苦しい、苦しい。
『まあ、どうしたの?マイディア。まるで恐ろしいものにでも追いかけられていたみたいよ』
懐かしい声が私を出迎える。
「何でもない。もう大丈夫」
『あら、本当に?……………………ソンナニ喰ワレテイルノニ?』
顔を上げるとそこに居る筈の人は黒く塗り潰され―――
「ぁぁぁぁぁ……」
黒い霧が纏わり付く。
手を見る。
右側の手が黒い靄に覆われ輪郭がない。それは、手だけではなく――――
私ノ半分が喰ワレテ存在シナカッタ。