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2−2.事情聴取

 室内に入ってきた少女の姿を見たラズは暫くポカンと口を開けて、……それから、ちゃんと目があったんだなと思った。


「あー、こういうの何てったっけ、確か馬が付くんだよな……『馬っ面にも化粧』?」

「絶対違う」

「えっ、私って馬面?」


 少女が両掌を頬に当てる。


「いや、どちらかというと丸顔だろ」

「そうだな、狸顔だな」

「いや、狸のような愛らしさはない。猫顔だろ」

「お前って、猫顔より狸顔が好みなのか」

「誰が好みの話をしている」


 少女を挟んでアンバーとラズが並んで座り、三人の馬鹿なやり取りがなされていた。


「…………こほん。君たち、そろそろ話を初めても良いだろうか」


 痺れを切らした遺物管理所長が口を挟む。この場には遺物管理所長と主計長、事務官、ラズの所属部隊の小隊長と副長、教会側から司祭、女性神職、立ち合いの女伯爵と二人の従者、そして、件の三人組の総勢十三人が会議用テーブルを囲んでいた。普段会議室として使用している部屋だが、広さに比べ人数が多く密な状態である。これでも他の職員や隊員、神職、さらには従属した魔獣までもが同席したがったのを遠慮願った結果ではあるのだが。


「それでは何があったか、話を聞こうか」


 ラズと少女の二人に(めくば)せするとアンバーが代表して昨日起こった出来事を話し始めた。詳細については既に所長を始めとする遺物管理所の関係者には伝えてある。問題は教会側がどこまで例の“禍々しいもの”に気づいているかである。所長一行が到着した時、少女が魔獣を従属させる術式を展開している場面であり、“禍々しいもの”の存在は何となく感じ取れたものの、視認まではされてはいなかった。ラズに至っては、『気づいたらアイツが魔獣と寝てた』と間抜けなことを言っている。敢えて“禍々しいもの”については触れないことも考えたが、神職、ましてや司祭がそれに気付いていないことは考えられないことから、隠さずそのまま事の顛末を話した。


「魔鉱結晶に閉じ込められていた魔獣が蘇り、暴れたのは分かった。では、そちらのお嬢さん。私はこの遺物管理所の所長のジュード・スピネルだ。まずは君の名前を聞こうか」

「あ」


 この場の複数人から声が漏れる。


「ん、何だ?」

「いえ、何でもない…です」


 ――そういや、アイツの名前知らねぇな。ま、どうでもいいか。


 アンバーとラズは、今更ながら少女の名前を知らない事に気づいた。

 少女が口を開く。


「名前……私の名前はセレ……いえ、名前は無いです」


 一瞬、沈黙がその場を支配した。


「あー、これ聞いちゃダメなやつ?」


 ラズがポロッと言葉を零し、慌てて口を閉じる。孤児の中には親に名付けられなかった者が結構存在する。それ自体は珍しいことではないが、その場合、自分で好きなように名乗ったり、渾名や通称で呼ばれるのが普通だ。


「それでは、周りからは何と呼ばれているのだろうか?」


 所長が尋ねた。


「“お前”とか“名無し”とか……」

「………」

「えーっと、母には………マイディアと……」

「………」


 更に重い沈黙。


 ――あー、何か色々とヤバい。


「ん、母親がマイ(私の)ディアって呼んでんなら、ディアって名前なんじゃねえの?何か問題あるのか?」


 ラズの呑気な言葉に何とも言えない微妙な空気になる。見兼ねた女伯爵が声を掛けた。


「マイディアってね。私の可愛い子とか愛しい子って呼びかけであって、人名じゃないのよ」

「お前、いつも言ってるじゃないか。マイハニー(愛しい人)とかベイビー(かわい子)ちゃんとか……あれと同じだ。このマセガキ」


 ついでに小隊長がラズの日頃の言動を暴露する。その隣で副長が額に手を当てて上を向いている。ラズは少女へのばつの悪さか、それとも己の言動を恥じたのか微妙な顔で口を閉じた。

 ともあれ、自己申告ではあるが、母親には愛されていたみたいなので、その点はまだ救われたと一同は思う。


 ――名付けられていない事実はひとまず置いておく。


「とにかく愛称ということで、ディーと呼ぶことにしましょう」

「ディー……」


 女伯爵の一声で少女はディーと呼ばれる事に決まった。


「では、話を進めても良いだろうか。ディー、君が魔獣を従属させる際に得体の知れないもの、魔力の塊が存在したと思われる。それについて聞かせてもらおうか」


 大きく息を吐くと少女―――ディーは話し始めた。


「私の中には災禍が封じられています。私の村といっても小さな集落ですが、数年に一度、全てを喰らい尽くす黒霧の災禍に襲われます。大抵の黒霧は魔法や魔鉱石の結晶で払うことができますが、数十年に一度発生する濃密な黒霧は払うことができません。濃密な黒霧はその力が消えるまで封印する必要があるんです。私の住む集落では、……人間を封印の器にします」

「それって………人身御供……こんな子供に……」


 誰かがボソッと呟いた。様々な考えが人々に行き交う。子供に災厄を封じる―――封印の器には意図的に名前を付けていないのか?生贄の子供―――

 人間の醜悪な部分が見えたように思う。


「あの、私、十七歳ですよ。子供じゃないです。ついこの間、誕生日を迎えて…………」


 少女は確か誕生日を迎えて…その時に―――

 黒、黒、黒、黒、アノ日、黒、黒、サイカ、黒、黒、黒、黒、黒、黒、セレ…、黒、黒、黒、封ジ…、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒……少女の思考が黒く塗り潰される。


「えっ、年上?嘘だろ」


 ラズが衝撃を受け、声をあげた。その声に少女の思考は引き戻される。


「………あ、えっと、黒霧を封じられている人間は、封印を維持するために術式に魔力を注ぎ続ける必要があります」

「つまり、術式にほとんどの魔力が吸われてしまい、自由に魔法が使えないと言うことか」


 それで、少女は以前『今は使えない』とラズに言ったのだ。


「でも、魔獣を服従させていますよね。あれはどういう事ですか」

「あの時はアンバー……様に術式の一部を繋げ、魔力を補って貰いました。その隙に従属契約の術式を展開して……。ゴメンなさい。獅子栗鼠を使役してみたかったんです」


 少女はしゅんと縮こまった。


「シシリス?」

「あの魔獣のことですよ。彼女の村ではあの魔獣を使役しているそうです」


 アンバーが所長の疑問に答える。その会話に司祭が興味深げに目を細めた。


「私の力ではいつまで災禍を封じておけるのかわかりません。だから代わりの封印の器が必要なのです」


 少女は、以前少女の対応をしたラング事務官に頭を下げた。


「すみません。先日は少し嘘を吐いてしまいました。村のためというのも嘘ではない……のですが、本当は自分のために封印の器が欲しかったんです」

「ああ、いや……その事は別に……」

「少し良いかな。ああ、なんたる事だ。複数人、それも司祭クラスの強力な魔力を持つ者によって術式が組まれておる。君の村には強力な魔力を持つ術者が複数いるのだね」


 いつの間にか司祭は少女の側に寄り、彼女の手を取ると探査の術式を発動させている。

 少女は首を傾げた。


「強力な魔力?村には特出して強力な魔力を持っている人は、居なかったかと思いますけど……」

「なんとまぁ、君の村では、この程度の魔力の持ち主は珍しくないのだね。ほほお、それは僥倖」


 白髭の司祭が食い込み気味に身を乗り出した。


「魔獣は今後の研究対象として……その村を訪れる必要があるな。貴重な魔獣にもお目に掛かれそうだ」

「ほうほう、それは是非、早急に進めていただきたいものですなあ。村を訪れる際には、教会からも調査員を派遣することといたしましょう」


 所長の言葉に司祭が飛びつき、会議の主題は少女の村への遠征の話となる。村の訪問に際し、旅の準備が必要となる。村の位置の確認、距離は?行程は?道中の危険は?調査隊の規模は?

 少女は地図を見たことがなく、その位置は曖昧であったが、彼女の記憶からおおよその検討をつける。少女の足で3、4日、そう遠くはないだろう。

 具体的に遺物管理所の方で検討することでこの集まりは終了―――


「お待ちください。この度の被害についてのお話がまだのようですが。建物については、管理所負担は当然として……」


 女性神職の言葉にスッとアンバーが目線を外した。


「遺跡の方ももちろん、管理所の方で復旧費用の負担をしていただけますよね」


 女性神職がニッコリ微笑んで言う。目は笑っていない。


「魔獣のやったことだからねぇ。天災みたいなものだよね。岩の下敷きとはいえ幸い門は無事だったみたいだし」

「こちらに魔獣を持ち込んだのは所長様ですよね」


 さらにニッコリ。もちろん目は笑っていない。


「うーん、別途話し合いが必要のようだね。主計長、後はよろしく」

「いや、無理です」

「上手く折り合いつけてよ」

「無理です」

「いやあ、うちの主計長は頼りになるなあ」

「だから、無理ですってば」


 うやむやのうちに事情聴取はお開きになった。


     ***


「教会側は例の“得体の知れないもの”にはあまり触れてきませんでしたね」

「まあな。“得体の知れないもの”より魔力の強い村人の方が重要だったのか、それとも敢えて触れなかったのか……」

「何故です?」

「触らぬ神に祟りなしって、言うだろ」


 遺物管理所の廊下を所長と事務官が会話をしながら歩いている。主計長は神職と今後について話し合い中―――生贄とも言う。


「さて、アレをどうしたものかな……封印具、そんな都合の良い遺物なんてあったか?まあ遠征準備と並行して何か考えるか。で、何で君がここに居るの?」


 女伯爵が所長の隣を歩いていた。当然、二人の従者を背後に従えてである。


「そりゃあ、今回の災難に巻き込まれた当事者ですもの。それに今後のことを考えたらあなたが私を頼らない訳ないもの」

「君じゃなくて、お抱えの研究者の方ね。でもまあ、会いに来てくれるなら、背後の余計なのは何処かにやって貰いたいものだな」

「おい、お嬢に手を出すなよ」


 赤褐色の髪の従者が牽制する。


「おお、怖い、怖い」


 意に介さず、所長は会話を続ける。


「しかし、あの子どう思う?名無しの封印具とは……あまり愉快な話ではなさそうだ」

「身なりも酷いものだったし……ね。ただ、その割にしっかりとした教育を受けているようなのよね。高度な術式も展開できるし……あの子、名前を名乗る時、何か言いかけたわよね。セレネ?セレン?」

「その名はありえないでしょう。セレネやセレンは金髪碧眼の娘に許された名前です」


 女伯爵の言葉を事務官が否定する。この事務官は若いのに随分古い考え方をする。


「親が異国人なのかも。黒髪、黒目はこの国では珍しいもの。……さっき、女神様の名前は女神様の容姿を持っている者だけに許されるって好いだけ言ったからなあ……言い出せなかったのかもね」

「確かに黒髪や黒目はこの国では殆ど居ませんが、この大陸ではほぼ神話は共通です。月の女神が金髪碧眼なのは、どこも同じですよ。それにあの娘の村はこの国にあります。この国の民が黒髪黒目の娘に月の女神の名前を付けるわけが無いし、もし異国から来たとしても、女神の名前ならば改名させられますよ」

「そうね。でも……だから、名無しなのかもね」


 女伯爵の呟きは所長の耳にだけ微かに届いた。


「何か言ったか?」

「ん、何でも無いわ。独り言」


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