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1−10. 巫女送り

 『巫女送り』の儀式が始まった。

 巫覡が遺跡―――閉ざされた門に手を触れ、魔力を注ぐと『二つ目の月』への扉が開く。元来、巫女送りとは、巫覡を選別するための儀式である。昔は巫覡候補の中から、門を開くことができる魔力の高い者のみが巫覡となった。しかし、今は巫覡候補さえ中々見つからない状況だ。以前であれば巫覡になれなかった魔力の低い者でも、巫覡になって貰わなければ困る。そこで、魔力不足の者がいても神職がこっそり魔力を補い、門を開き、二つ目の月に巫覡を送る。その事実は見届け人である貴族にも知らされていない。中には気づいている者もいるであろうが、今回の見届け人は果たしてどうか。

 この場には白髭の男性司祭と二人の女性神職、見届け人である美貌の女伯爵と二人の従者、そして巫女四人と覡一人が居る。さて、本来の巫覡の能力がある者はこの内、何人いるのか。

 神職に促され一人目の巫女が門の前に歩み出る。彼女は平民だが魔力の高い貴族の庶子、貴族の血筋は魔力の高い者が多い。閉ざされた扉に掌を添え、魔力を送り込むと白い光が門扉全体を包む。扉が開いた。娘が光に飲み込まれ、姿が消える。二つ目の月に送られたのだ。

 二人目と三人目は農民の娘、どちらも魔力不足のため、素知らぬ顔で神職が魔力を注ぐ。

 四人目は、珍しいことに貴族の娘だった。魔力のある貴族の娘は、貴族や商人に結婚相手として引く手数多であるため、本来であれば巫女になる者は殆ど居ない。意に染まぬ婚姻から逃げるため、巫女になったのだろうか。巫女の任期が過ぎれば、変わらぬ状況が待ち構えており、僅かに先延ばしされるだけだとも思われるが、二つ目の月で運よく結婚相手を捕まえるか、神職になることができれば、彼女に取って事態は好転するかもしれない。

 如何にも勝気といった表情の娘は門の前に進み出た。

 ドンっと空間が揺れた。


「地震?」


 天井からパラパラと破片が降り注ぐ。


 ドンッ、ドンッ、ドンッ―――


 地震ではないが、何らかの危険な状態にあるのは明らかだった。


「とにかく、ここから移動しましょう」


 女伯爵が避難を促す。遺跡は大きく揺れ、ミシリと嫌な音がする。

 女性神職の一人が老体の司祭の手を引き、遺跡の外への通路へ、その後を二人の巫覡ともう一人の女性神職が続き、女伯爵と二人の従者が殿を務める。先頭を行く神職が、魔法で生み出した光の球を掲げ、一行を先導する。通路は簡単に遺跡に辿り着けぬよう迷路のように入り組んでいた。遺跡が地上にあるものか、それとも地下にあるのか分からぬよう通路を辿ってきた者の方向感覚を狂わせる。王の居城である『二つ目の月』に簡単に近づける訳にはいかないのだ。それがいざ逃げるとなるともどかしい。彼らはミシミシいう音の中、崩落の恐怖に耐え、通路を進んだ。


     ***


 魔獣が見えない壁に体当たりを繰り返す。

 魔獣がぶつかる度、魔力が稲妻のように飛び散る。魔力障壁だ。魔力で作り出された見えない障壁が“何か”を隠蔽している。その“何か”には魔力の群れ―――魔獣の餌が集まっている。魔獣は空腹を満たすため、爪を振り下ろし、牙を立て、執拗に魔法障壁に体当たりを繰り返す。


 ドシンッ、ビシィッ、ドンッ、ビシッ、ドンッ―――


「一体、何をしているんだ?」


 アンバーが訝しげに魔獣の動きを見遣る。傍には全身埃だらけの少女の姿がある。


「魔力障壁を破ろうとしている。多分、大きな魔力が障壁の向こうにあるのだと思う」

「巫女達か!それに司祭様もいる筈……そうか、この向こうに門があるのか」


 国の不可侵領域、二つ目の月への門は機密事項だ。国教会にその一つがあることは有名だが、それがどこにあるのかは部外者には明らかにされていない。目の前にあるのに見えない。門は魔法で秘匿されていたのだ。魔法の障壁は、そこは何もないように誤認させている。それも魔力を喰らうという魔獣には無意味であったが。

 アンバー達の瞳には何も無い空間が映っていたが、この向こうでは巫女達が儀式を行っている筈だ。巫女達を守らなければならない。

 この場所ならラズがやろうとしていたように魔獣を火ダルマにしても良いかもしれない。


 ――いや、街中に逃げられでもしたら大変なことになるか……


 ラズは今、応援を呼びに行っている。最初は戦闘能力の無い田舎娘が行くべきだと抵抗していたが、土地勘がある者の方が良いと説得され、近くの隊舎へと駆け出していった。ついでに武器を調達するつもりだ。


『いいか、絶対無茶するなよ。魔力がない娘が敵いっこないんだからな。足手纏いはさっさと逃げるか、物陰にでも隠れてろ』


 ラズは少女にそう念を押していたが、何故か当の少女はアンバーの隣にいる。その黒髪も洋服も顔も薄汚れていた。アンバーの制御を失った魔法は、ラズと少女の二人を傷つけはしなかったものの、巻き上がった粉塵が二人を埃まみれにした。アンバーは二人が無事であったことに今更ながら安堵した。


 ドンッ、ビシッ、ドンッ、ビシッ、ドンッ、ビシッ―――


 魔獣は執拗に体当たりを繰り返す。とにかく、応援が来るまで持ち堪えさせなければならない。

 アンバーは掌に魔力を集め、今までに無い威力の大きい電撃を魔獣に向かい放つ。が、またもや制御を失い、障壁にぶつかり激しい電撃を飛ばす。これではどちらに味方しているのかわからない。


「クソッ」

「……ヘタクソ」


 少女がポツリと呟く。


 グワアアアアアアァァァ……


 魔獣の咆哮と共に障壁がついに破られる。そこには岩の塊があった。


「門……なのか?」


 半球状の岩に囲まれ門自体は見えない。

 魔獣が体当たりすると岩が大きく崩れる。


「不味い」

「ねえ、アレ、私が貰ってもいい?」

「えっ、ああ……」


 魔獣に気を取られていたアンバーは少女の言葉に訳も分からず反射的に返事をしてしまう。遺跡を破壊していた魔獣はふと視線を聖堂の方向へ向けた。遺跡と聖堂の距離はそれほど離れていない。聖堂の入り口に複数の人影がある。

 魔獣が聖堂へ標的を変え、跳躍―――


「させない」


 強烈な閃光。


 ギャン。


 魔獣が横倒しに吹き飛んだ。


「は?」


 何が起こった?アンバーが隣に視線を向けると全身黒い靄に包まれた少女が立っている。少女から黒い何か得体の知れないものが溢れ出す。アンバーの足が恐怖で竦む。


 ――何て、(おぞ)ましい。


「協力して。少しの間でいい」


 黒い靄がボアッと広がる。その瞬間、それを取り囲むように十重二十重に金色の鎖が浮かび上がり、黒い靄を拘束するように巻きつく。金色の鎖をよく見ると、文字のようなものが連なっている。術式、それも複数人によるものだ。


「逃がさないように魔力を流し続けてくれればいい」


 術式がアンバーに繋がれ、黒い靄がアンバーを包む。グンっと魔力が持っていかれる感覚、ゾワっとした不快感。


「あ、おい」

「大丈夫。すぐに終わらせる」


 起き上がった魔獣が少女を見据え、牙をむく。攻撃された恨みか、それとも餌と認識したのか。

 魔獣が少女を目掛け飛び掛かる。彼女の動きに一拍遅れた服の裾が切り裂かれ、黒髪が散る。前髪が大きく揺れた。


 ――碧い瞳?


 アンバーが少女に気を取られた隙に、得体の知れない何かが術式を破ろうと激しく暴れる。慌てて魔力を込めるが、意識がもぎ取られそうになる。キツイ。

 少女が魔法を放つと魔法陣が浮き上がり、魔獣が拘束される。魔法陣から放たれる光が強くなると、逃れようと暴れていた魔獣は大人しくなった。


「従属を……」


 少女の赤い唇が魔獣の口元に触れる。魔法陣が消えると、魔獣はまるで猫のように喉を鳴らし、少女に頭を擦り付けた。従属契約は成された。

 一方で、アンバーは魔力がむしり取られて行く感覚に声にならない悲鳴をあげていた。悍ましさ、嫌悪感―――ナンダコレハ。

 それがフッと解放される。

 アンバーから術式が切り離された。術式の鎖は少女の周りに展開され、彼女を拘束するように収縮し、そしてその身体の中に消えた。


「終わった……のか」


 魔獣が少女に擦り寄り、甘い鳴き声をあげる。


「ちょっと疲れた……」


 少女が小さく欠伸をした。




「おいおい、また派手にやったな」


 突然の声にアンバーが振り返る。


「……兄さん、予定より早いお帰りじゃないですか」


 アンバーの兄である遺物管理所長と護衛部隊の姿があった。傍にはラズの姿があり、大きく手を振っている。隊舎に向かう途中で偶然にも帰所途中の一行に遭遇したのだ。


「ああ、今回はハズレだったからね。それよりこっちは随分面白いことになっていたようだな」

「少しも面白く無いですよ」


 アンバーが少し膨れる。視線の先には、魔獣に包まるように少女が眠っていた。


 ――これ、どうする?誰も寄り付けないぞ。


 丸まって眠る姿は黒い毛玉のようだとアンバーは思った。


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