二つ月の都
この国の都は、天に二つの月を戴く。
一つは世界を遍く照らす月。もう一つは王の椅子。
人々はこの都を『二つ月の都』と呼ぶ。
***
ガタン。
少女は荷馬車の揺れに眠りの端から呼び戻された。いつの間に眠っていたのだろう。何か夢を見ていたように思うのに瞼を開けると霧散してしまった。
胸元に涎の痕が残っている――が、手で拭って無かったことにする。まだ残るシミは……どうせ直ぐに乾くだろう。気ニシナイ。
少女は荷馬車の後方、幌の無い荷台に腰掛けていた。ぶらぶらと揺れる足の下を地面がゆっくりと流れていく。
ガタッ。ガタッ。
使い古された荷馬車の歪んだ車輪が跳ねる。街道は馬車の往来により轍が刻まれ、ガタガタと揺れる。それは眠りを誘うようなものではない。よく眠れたものだ。
――危ない。危ない。
歩みの遅い兎馬が牽く荷馬車とはいえ、荷台から転げ落ちていたら怪我を免れなかっただろう。しかも御者は幾ばくか耳の遠い老爺だ。気づかずにそのまま道端に放置されていてもおかしくはない。西も東も分からぬ草原の真ん中で途方に暮れていた可能性もあったのだ。
少女は荷台に深く腰掛け直した。積荷である魔鉱石がゴツゴツと背中に当たる。あまり……否、かなり座り心地はよく無い。それでも乗せて貰えるだけでありがたい。
無蓋の荷台に日陰は無い。まだ春の日差しとはいえ、陽光はジワジワと攻撃してくる。日差しを避けようとブカブカで不格好な帽子の鍔をグイッと引いた。
辺りは一面の草原。
――あそこから向こうまでズーッと草っ原。偶に灌木。
その中を一本の道が突っ切っている。代わり映えのしない景色を後に残して荷馬車が進む。
ガタッ。ガタッ。
草原を渡る風が頬を撫でる。
「ほぅれ、二つ目の月が見えてきたなぁ」
御者台の老爺の声に少女は上半身を捻り、進行方向に視線を向けた。
――街が溢れている。
そうとしか思えなかった。向かう先にある巨大な街には、外敵を防ぐためにぐるりと巡らせた壁が存在しない―――否、街を囲むはずの壁から建物が溢れ出し、増殖していた。
――王都だ。あれが王都なんだ。
「あれが二つ目の月だぁ」
老爺が中空を指差す。
王都の空には真昼の白い月。そしてもう一つ、太陽光を反射する硝子玉のようなものが薄らと見える。それは王都に近づくにつれ、ハッキリとした球体を現す。
二つ目の月だ。王都の空に浮かぶ二つ目の月は、王の居城であり、この国が魔法の国であることを示す。
ザザーッ。
波打つ草原。
一陣の風が少女の頭から草臥れた帽子を奪い、二つ目の月へと舞い上げて行った。