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第六話・手応え

 アイシャさんが起きてきたので、予定を繰り上げ、午後に行くつもりだった野草摘みを朝のうちに済ましてしまおうという事になった。街を歩くのに異世界風の服(がくせいふく)は目立つという理由から、布製の服を一着もらう。藍染のような色合いで、この国の伝統図柄が刺繍されたものだ。ヨルさんの古着らしいが、すぐにサイズ(主に腹囲だと思う)が合わなくなってしまったそうで、保管状態もよかったのかまだ新品同然だった。


 髪と瞳の色もアリサに魔法で変えてもらうことになった。

 人間種? と言うのだろうか。この国の人間と俺たち異世界人の顔立ちはあまり変わらないが、真っ黒な髪と目だけは異世界人特有のものらしく、逆に言うと服・髪・目だけ弄ればぱっと見では異世界人とはわからないそうだ。

 自分に後ろ暗いことがあるわけでもないのに、見た目を変え、自分を偽って生きるのは、不満と憤りを覚えないでもなかったが、まだしばらくこの国にいる予定だった俺は、無用なトラブルを避けるためにも周囲に馴染むことを選んだ。

 今朝見た魔法を思い出し、「簡単にでいいからチョチョイと頼む」と言ったら脛を蹴られた。自分と違って、他人にかける場合はどうやっても神経を使うそうだ。「私が手を滑らせたら全身まだら模様になるかもね」と脅された。


「そう言えば、アイシャさんの髪ってよく見たら赤いんですね」

 椅子に腰掛け、アリサが俺の頭をこねくり回して何やらブツブツ言っている間、暇そうにしているアイシャさんに話しかける。昨日薄暗い室内で見た際は黒髪に見えたが、今、陽の光に照らされた髪は、光を透かし深い赤色をしていることがよくわかった。

「ん〜……まぁ……最後の抵抗、みたいな?」

 アイシャさんは軽い口ぶりでそう答えたが、その胸中を垣間見た気がして、俺は何も言えなくなった。


 髪に僅かばかり色を足し、光が当たった時に緑や青に見えるよう調節してもらった。烏の濡れ羽色をイメージしてのリクエストだ。ついでに髪質も変えるか聞かれたが、それにはノーと答える。今の髪型はわりと気に入っているし、母親に似て跳ねっ返りが多少強いところも、存外嫌いではない。瞳の色は真紅にしてもらった。なぜなら真紅はカッコいいからだ。初めは赤と金のオッドアイを提案したのだが、流石に目立ちすぎると却下された。


 装いも新たに、アイシャさんと共に採集用のカゴをぶら下げて街へ出る。

 相変わらず街は綺麗だった。水道が整備されているのか、街中を流れる水路は底が見えるほど澄んでいる。ただ、川からそのまま水を引いているため、綺麗に見えても飲用には適さず、普段の生活水には主に井戸水を使っているとアイシャさんが教えてくれた。

 正門を出る際に軽い身体検査を受ける。アイシャさんが自分の身分証を出し事情を話すと、背の高い衛兵は初め嫌そうな顔をしたが、先程露店街で買った串焼きをコッソリ渡すと、今度は笑みを浮かべて通してくれた。


 門を出てすぐに、アイシャさんを呼び止める声がした。昨日俺を笑った衛兵だ。

「今日も精が出るな」

「クラウスさん。えぇ、貴重な収入源ですもの。今日もバリバリ稼ぐわ〜」

 そう言いながらアイシャさんは袖を捲り、ちからコブを作ってみせる。一応俺も軽い会釈をして、立ち去ろうとした時。

「あぁ、少年。昨日は悪かったな。異世界人ってのはなんでかこう、みんな決まってああ言うもんだから……つい、な。すまんすまん」

 すまんと言いつつ笑うのをやめない。裏表のなさそうな笑顔ではあるのだが、どうにも苦手なタイプだ。


「さっきの、何かあったの?」

 しばらく歩いたところでそう聞かれ、俺は渋々昨日の出来事を話した。アイシャさんは「わかるよ〜」と言いつつも、おかしくて堪らないという様子だった。あるあるネタらしい。

「でも、自分の国を『東の果て』なんて言うの変じゃないですか? 他の国を指して言うならまだわかりますけど」

 サクサクと草を踏み歩きながら、昨日から抱いていた疑問をぶつけた。

「マコトくん。……この世界ね、真っ平らなの」

「えっ?」

 俺は驚いて足を止め聞き返す。

「まさか、そんなわけないじゃないですか。地球平面説なんてとっくの昔に否定されて……」

「でもね、それが真っ平らなのよ。この国は文字通り、東の果てってワケね。……まぁ、それでいいじゃない?」

 アイシャさんは楽しげにくるりと回ると、芝居がかった口調で言った。

「なんたってここは異世界なんですもの」


 アイシャさんは予定通り野草を摘むために、俺は散らばった学生証を探すために、二手に分かれることにした。別れ際、「もし手が空いたら探してみてね」と、目当ての花を一束渡された。花の見分けなどつかないが、鑑定スキルがあれば名前で判別できる。俺は自信たっぷりに引き受けた。


 学生証を探し始めて十分もしないうちに匙を投げた俺は、花の収集に注力することにした。シロカラソウ。俺が鑑定スキルを使って初めて調べた植物だ。一瞬何か運命めいたものを感じかけたが、あたりを見渡せば同じ花がごまんと咲いている。運命とはそういうものなのかもしれない。

 採集カゴに入るだけ花を詰め込んだ俺は、意気揚々と集合場所である大きなアカシの木へと向かった。アイシャさんは先に着いていて、木陰に座って休んでいる。

「わぁ。随分たくさん摘んでくれたのね。助かるわぁ〜」

 採集カゴを見せて戦果を報告すると、アイシャさんはのんびりと労ってくれた。

「アイシャさんもさすがですね」

「ふふ。そうでしょう?」

 アイシャさんは自慢げにカゴの中身を見せてくれた。

「でもこれだけあっても、傷薬どころか軟膏くらいしか作れないの。頑張ればポーションが作れるみたいなんだけど、夢のまた夢ねぇ」

 残念そうにカゴを見つめるアイシャさん。俺はある事に気がついて声をかけた。

「アイシャさん。これ、他の花も混じってるみたいです」

「え〜。どれかな?」

「これとこれ、……あとこれもですね」

 木の根元に腰掛け、カゴをひっくり返して選別をする。結局、アイシャさんのカゴの中の半分ほどが「シロカラモドキ」というよく似た花だった。

「へぇ……これ違う花なの? マコトくんさすがね〜。私にはさっぱり見分けがつかないわ」

「俺も見分けがついてるわけじゃないんですけどね。スキルのおかげで、花の名前がわかるってだけで。俺にとっても間違い探しみたいなもんですよ」

 隣に並べて見比べたり、匂いを嗅いでみたりしたが、二つの違いを見つけることはできなかった。それでもそれぞれに名前がついているということは、この世界の植物学者であろう人々が、研究し分析し、この花達を分類したのだろう。スキルもなしにやってのけたのなら、それは努力の賜物という他ない。

「私ったら、今まで違う花を一緒くたに使っちゃってたのね。効果が落ちるのも仕方なかったのかも」

「なら、次に作る薬が楽しみですね」

「ふふ。そうね〜。マコトくんのおかげね。ありがとう」

 アイシャさんがにこにこ顔で褒めてくれる。俺は誰かの役に立てたのがたまらなく嬉しく、なんだかこそばゆかった。

 その後、正門でまた例の衛兵に捕まった俺たちは、これ幸いとばかりに薬の宣伝をして帰った。

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