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第五話・スキルと魔法

 少々の気だるさと共に俺は目を開けた。ベッドに寝転んだまま下肢を捻り腰骨を鳴らす。小気味良い音とスッキリとした感覚にひとまず満足した後、ノロノロと体を起こした。好き勝手に跳ねた寝癖を手の平で無理やり押さえつけながら階下へ降りると、既にヨルさんは着替えて朝食の準備を始めていた。こちらに気づいたヨルさんが右手を上げたので俺も軽く一礼して応じる。

「アイシャさんは?」

「まだ寝てるわよ」

いつの間にか後ろから現れたアリサがあくび混じりに答える。俺に負けないぐらいにはひどい寝癖だ。

「あれは昼まで起きないかな……。朝ご飯、いらないと思うわ」

 アリサは指揮棒のような形状をした杖を取り出すと、何やら唱えながら自身の髪に触れる。触れた場所から染め上げるように銀髪が濃紺に変わり、大きく波打っていた髪がサラリと肩にかかった。

「……それ、便利そうだな」

「いいでしょ」

 ふふん、とこちらを見上げるその目は今は薄紅色へと変化している。フライパンからスクランブルエッグを木皿に移しながら、ヨルさんが言った一言。


「ご飯食べたら身分証を作ろうか。学生証あるだろ? 使うから持ってきてね」


 学生証。この世界に来た解放感から真っ先にビリビリに引き裂いて宙に撒いたアレだ。

「……アッ、あぁ〜! アレですね。アレ、あの、外に置いてきちゃったので……取ってきますね……」

 俺がぎこちなく笑うと、ヨルさんは何かを察したように眉尻を下げ、アリサは呆れ顔で洗面台へと向かった。

「身分証がないと門を出入りできないんだ。午後、アイシャが野草を摘みに行くって言ってたから、ついてって一緒に通してもらうといいよ」

「……すいません……」


 戻ってきたアリサと三人で食事をしながら、スキルについて話をした。

「へぇ〜、鑑定スキル? 変わってるわね。……それって例えば、相手がどんなスキル持ちかとかもわかるの?」

「いや、今のところはそういう個人情報? 的なことはわからないな。……今はまだね」

「えぇ〜っ、つまんないなぁ。じゃあどんな時に使えるわけ?」

「その話なんだけど」

 スキルを貶された俺はアリサを横目に睨みながらヨルさんに向き直った。

「ヨルさん、俺、鑑定士になりたくて。ダンジョンから発見された未鑑定装備とか、新種のアイテムとか、倉庫の肥やしになってるもの何かありませんか? 俺が見ますよ」

「……あー……マコトくん、言いにくいんだけど」

「ダンジョンなんてないわよ」

「…………んっ?」

 サラリと言い放ったアリサに思わず固まる。

「だから、そう言う危険なモンスターが出るような前人未到の迷宮とかこの世界にはないの。そもそもモンスター自体いないし。……私これ、人が増える度に言ってる気がするわ。共通認識なの?」

 アリサはわざとらしくため息をつくと、もううんざりとばかりに天を仰いだ。

「モンスターが、いない? 異世界とか? えっ、ある……?」

「気持ちはわかるよ……」

 混乱しつつ率直な感想を述べる俺を、ヨルさんが頷きながらフォローしてくれた。

「ステータスも見られない。鑑定士にもなれない……。え? 俺のスキルって、人より新鮮な野菜買えるとか、そんなレベル……?」

「新鮮かどうかの判断なんて、見分け方さえわかってれば素人でもできるしね」

 アリサが追い討ちをかける。

「そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。ほら、僕のスキルもなんの役にも立たないからさ!」

 ヨルさんが励ましの言葉をかけながら自分の身分証を取り出して見せてくれた。名前や顔写真、在住地区などの情報の他にスキルという項目があり、そこには「剣術」「魔法:I」と刻まれている。

「ヨルさんは剣術スキルを選んだんですか?」

「うん、だって異世界に来たらやっぱり冒険者になりたいじゃない? 魔法は難しそうだし、子供の頃は剣道習ってたからさ」

 ヨルさんは「なんか恥ずかしいな」と言って頭をかいた。

「剣術ってなんか凄そうですけど、なんで役に立たないんですか?」

「この国じゃ異世界人はあまりよく思われてないのは昨日説明したよね。この街に入ってくる時に衛兵にスキルを聞かれたと思うけど、もし国に危害を加えられそうなスキルだったり、危険そうな人物だと判断されたらその場で排除されちゃうんだ」

 君は鑑定スキルで良かったね、と付け加えたヨルさんは呑気に笑った。

「なんですかそれ。横暴すぎる……。それに、スキルなんて異世界人が嘘ついたらわからないじゃないですか」

「でも君は素直に答えただろ? そういうことだよ」

 図星をつかれて俺は口をつぐんだ。確かに、不意打ちで当然のように聞かれたものだから、つい素直に答えてしまった。異世界人の扱いについては相手が一枚上手ということか。

「んで、僕は剣術スキルを持ってるけど弱そうに見えるからかな……。街には入れてもらえたけど、その代わり刃物を持たないよう制限されてるんだ」

 そう言えば、と、俺は食卓に目を移した。ソーセージと玉子焼き、パンにヨーグルト。包丁を使わないで作れる料理ばかりだ。

「剣を持ったら結構強いと思うんだよね、僕」

 ヨルさんがスプーンを構えてポーズを決める。意外にも俊敏な動きの後に、一瞬遅れて腹の肉がブルンブルンとついてくるのもだから、アリサが堪えきれず吹き出した。

「じゃあアイシャさんのスキルは…」

「私は危機回避〜」

 いつの間にか会話に加わっていたアイシャさんが、ヨルさんの皿から勝手にパンを取り千切って口に入れた。

「現実的でしょう?」

「……おはようございます」

「おはよ! 思ったより早かったわね?」

「起きたらいないんだもん。もう帰っちゃったかと思ったわぁ。……それより、本人のいない場でスキルを詮索するのはマナー違反になっちゃうから。私は別にいいけど、他の人にはしちゃダメね」

 確かにそうだと気づいた俺はすみませんと謝った。

「そう言えば、さっきヨルさんのカードに魔法スキルがあったと思うんですけど。……魔法って後からでも覚えられるんですか?」

 鑑定スキルを酷評された俺は、藁にもすがる思いで食いつく。

「覚えられるよ。僕は難しいこと苦手だからあんまり使えないけど……魔力があって知識があれば誰でも。スノーリアには魔術学校もあるし、アリサもそこに通ってたんだよね?」

「まぁね」

 俺は胸の前で小さくガッツポーズをした。魔法が使える! 俺も……と言いかけた時。

「最短でも五年かかるけど、通ってみる?」

 ……アリサ。こいつは本当に嫌なヤツだ。「まぁ私は五年もかからず卒業したけどね」と、隙あらば煽るのも忘れない。

「アリサ。お前、魔法スキル持ちなんだよな」

「えぇ」

「しかも、凄く優秀な頭脳も持ってる」

「……まぁね」

「成績がいいってことは魔法センスも抜群なんだろう」

「当然」

「ならお前が俺に教えてくれよ」

「……はぁあ!? 嫌よ! 嫌! 私そんなに暇じゃないもの!」

「頼む! せっかく異世界に来たんだから俺も一度ぐらい空飛びたい!」

 俺は嫌がるアリサの手を握り締め本気で駄々をこねた。

「図書館行ったら?」

 俺たちのやり取りを眺めていたアイシャさんが、また一口、ヨルさんのパンを口に放り込みながら言った。

「図書館あるんですか?」

「あるわよ〜。魔術学校を目指す子なんかは、ちっちゃなうちは絵本で勉強したりもするのよ」


 今日の俺の予定が決まった。まずはアイシャさんと一緒に門の外へ野草を探しに行く。俺は学生証を頑張って見つける。次に、ヨルさんに身分証を作ってもらう。そしてその身分証を持って図書館に行き、入門書を借りる。

 充実した一日になりそうだ。俺は気合を入れると、カップを手に取り、中のヨーグルトを勢いよく煽った。


「アリサは牛乳飲まないんだね。嫌いだったっけ?」

「だってここの腐ってるんだもの。気づいてないのヨルだけじゃない?」

 俺は勢いよく煽ったヨーグルト、もとい発酵してしまった牛乳をまた勢いよくカップに戻した。アリサはあからさまに引いている。あらまぁ、という顔を浮かべるアイシャさんの顔を見て、「危機回避」という言葉が頭に浮かんだ。

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