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第四話・東の魔女

 なぜ光を背に立つ人物を一瞬で魔女と認識できたのかと言うと、真っ先に大きな三角帽子が目に入ったからだ。

「アイシャ……私この前、ドアノブ取れそうよって教えてあげたよね? なんでそのままなの。っていうか案の定取れてるし」

 呆れた声の主は一歩、室内に足を踏み入れようとして出入り口に帽子のつばを引っ掛けた。帽子がそのまま真後ろに落ち、長い銀髪がキラキラと陽の光を反射する。

「う〜ん……やっぱりそれ、ちょっと大きすぎるんじゃない?」

「これがちょうどいーの!」

 歳の頃は十二、三だろうか。背中の辺りまで伸ばした髪と、頭の両サイドには小さな三つ編みが揺れている。拾った帽子を軽く(はた)いて被り直した少女は、少し考えてからまた脱いだ。

「ずっと蝋燭じゃ目悪くなるでしょ。魔法灯でも買ったら?」

 言いながら少女が棒のようなものを一振りすると、その先端から光の玉が現れ宙を漂う。蛍ほどの大きさをしたそれが天井付近に吸い込まれると、やがて部屋全体が柔らかい光に照らし出された。

「ほら、ここに蜘蛛の巣あるの気付いてた? 暗くしてるからわからないのよ。昼間っから閉じきって埃っぽい……」

 部屋を見回すついでに俺に気付いた少女は、形の良い深緑色の目を細め唇に笑みを乗せて首を傾げた。

「こんにちは」

「あっ。は、初めまして……」

「ねぇアイシャ。また髪結ってよ」

 俺が言い終わらないうちに、少女はアイシャさんの元へ駆け寄り、身体をくるりと半回転させて後ろ髪を預けた。アイシャさんの手によって編み込まれていく長い髪。露わになった耳は先が尖っているという事もなく、髪色などからエルフかとアタリをつけていた俺は意外に感じた。自己紹介の機会を失った俺は、まるで姉妹のような二人のやり取りをぼんやり眺める。それにしても、こんなに小さな子がギルドなんかに何の用だろう。

「あなた今、私を見て侮ったわね?」

 突然の指摘にドキリとする。獲物を狙う猫のような目に見据えられ、後ろめたい事はないにも関わらず思わずたじろいだ。

「……私は東の魔女。無貌(むぼう)のアリサ」

 アリサは目を細め、片手で前髪を軽く払った。唇が怪しげに弧を描く。

「私のギフトは()()。目に映るものが真実とは限らない。覚えておくといいわ」

 

「まぁ実際あれが素の姿だけどね」

「ふふ、今十四歳だっけ?」

「十六よ! 今年で十六!! だって知らない人が来てるなんて思わなかったんだもの!」

 ヨルさんとアイシャさんに茶化され、アリサは顔を赤く染めじたばたと腕を振り回した。そのギャップに思わず苦笑いする。

「アリサちゃ……さん、は、この世界の人なんですか?」

「アリサでいいわ。敬語もナシ。私も……えーと、あなた名前は?」

「俺は佐藤誠。高校三年。よろしく」

「マコトね。私もマコトと同じ異世界人よ。ねぇそれよりあなたやっぱり高校生なのね? あれは持ってる? 『ケータイ』!」

 先程のツンケンした態度と打って変わって子供のように声を上げるアリサ。言われてその存在を思い出した俺は、足元の通学カバンを漁って携帯を取り出した。蓋を開くと充電は六十パーセント程になっている。電波はもちろん圏外。

「あるけど、電話もメールもできないぞ」

 そう言いながら、まだヘアアレンジ途中のため椅子から動けずにいるアリサに、携帯電話を差し出した。

「わかってるわよ。……ねぇ、写真はどうやって見るの?」

 キーを出鱈目に押すアリサに、何か変なものを見られたら困ると急に不安になった俺は、フォルダを開くふりをしながら密かに中を確認した。我ながら面白みのない写真達ではあるが、一応倫理的には問題なさそうだ。俺は一番新しい写真にカーソルを合わせてからアリサに携帯を返してやった。

「大した写真は撮ってないけど……」

「それでいいのよ。あ、猫だ」

 やたらと晴れた日の空だとか、バイト先のシフト表、ネットで見つけたネタ画像や、パンの袋の成分表示にバス停の時刻表。整理もせずただ溜まっていった画像の数々に、アリサはいちいち「可愛い」だの「感性が変」だのと好き勝手に感想を述べた。友達と並んで撮った自撮りが画面に現れる。人間を撮るなんて我ながら珍しいな、と思っていると、アリサが目を輝かせた。

「マコト! ねぇ! これって大きくできる!?」

 そんなに珍しい物でも写り込んでいたのだろうか。俺が画面を覗き込むと、アリサは画像の一点、豆粒のように小さなそれを指差して言った。

「ここ! 見て! 女子高生が写ってるの!!」


 アリサがこの世界に来たのは、まだ小学四年生の頃だった。幼い頃からオシャレに関心があった彼女は、女子高生になったら髪を染めて爪を飾り、アルバイトをしたり、可愛い格好をして友達とプリクラを撮ったりするのを夢に見ていたそうだ。それが叶わなくなった今では、自分の他に日本から飛ばされて来た人間から女子高生の話を聞くのを楽しみにしている。そう語るアリサは、どこか遠くを見るような目をしていた。

「ねぇ。マコトは女子高生とどんな話をしたの? その子達ってどんな髪型してた? 香水とかはつけてた?」

 目をキラキラさせるアリサに、俺は勝手に申し訳ない気持ちになる。

「いや、俺は女子とはあんまり……共通の話題もないし」

「……そっか……」

 残念そうに口を尖らせたアリサはまた下を向いて携帯を弄り出す。

「……あ。でも姉貴が女子高生だった頃はすげー靴下が流行っててさ」

 俺は薄い記憶をなんとか掘り返して、象みたいな太さの長い靴下や、瞼をくっつけるための液体糊のことなど、少しでも自分の知っている情報を伝え、アリサも相槌を打ちながら興味深そうにそれを聞いていた。


 やがて日が暮れ、四人揃って夕食にパンとスープを食べた俺は、ギルドの二階にある個室で休んでいた。異世界に来たばかりで住む場所もない人たちに、ギルドは仕事が決まるまでの仮の宿を提供している。全部で四つある部屋のうち、俺とヨルさんは一部屋づつ、アイシャさんとアリサは同じ部屋で寝ることになった。アリサがここへ来るのは久しぶりだそうで、積もる話があるのだろう。絞った布で体を拭き、借りた室内着に腕を通す。着心地の悪い生地をなんとか揉みほぐそうと、ベッドに横になったまま手を動かし、明日は服を調達しなきゃいけないな、などと考えながら、俺は意識を手放した。



 次の日、身分証作成に必要だからと、ヨルさんから学生証の提出を求められた俺は、昨日気持ちよく撒き散らした自分を呪いながら草原中を探し回る羽目になった。

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