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第三話・出会い

 俺は地図と目の前の看板とを何度も見直した。役所の職員が印をつけた建物は、確かにこの胡散臭い店に相違ない。「職業紹介所」。堂々と、そしてハッキリとそう書かれていた。職業安定所なら聞いたことがある。確かハローワークの正式名称がそれだ。

 イメージしていたギルドとのギャップに、本日三度目の目眩を覚えた。俺は力なく、目の前のドアノブを捻った。ノブと扉を繋ぐ部品が変な音を立てて左にずれ、僅かにできた隙間から吹く風が手の甲を撫でる。少しばかり埃臭い。もうどうにでもなれと力強く、ただし扉を壊さない程度の力加減で、扉を開けた。


 ギルドといえば公共機関だ。強力なモンスターと戦う手段を持たない一般人が、金を払って冒険者に討伐を依頼する。冒険者は自分の実力に見合った依頼を受注して現地に赴き、目的を達成して報酬を受け取る。その橋渡しをするのがギルドの役割だ。ギルドは依頼の危険度を判定し、それに見合った報酬を依頼人に求める。逆に冒険者には、期限内に依頼達成証明の提出を促す。ギルドを通さない仕事は非公認依頼と呼ばれ、実際の危険度と報酬が見合うものではなかったり、酷い時は依頼を受けたまま何もせず行方をくらます冒険者や、達成したにもかかわらず難癖をつけて支払いを渋る依頼人がいたりとリスクが高い。


 ーーと、これが俺が知っているギルドだ。

 窓の締め切られた室内は昼間でも薄暗く、壁に取り付けられた蝋燭が風を受けチラチラと光を揺らした。

「悪いけど、早めに閉めてくれると有難いな。風で明かりが消えちゃうからさ」

「あ、すいません」

 そう男性に声をかけられた俺は、慌てて中へ滑り込むと、後ろ手に扉を閉めた。ゴトリと扉の向こうで音がし、ノブを掴んだままの手に違和感が伝わる。あぁ、やってしまったかもしれない。先程まで扉についていたドアノブは、今は俺の右手の中にある。恐る恐る振り向くと、ドアノブのあった辺りには代わりに大きな穴が空き、そこから外の光が差し込んでいた。

「あ〜……いい、いい。もうすぐ取れそうだな〜って思ってたの。それがたまたま君の番だっただけ」

 奥の方から今度は女性の声がしたので、まだ暗がりに慣れない目をそちらに向けてもう一度「すみません」と声をかけた。

「ん? おぉ、その格好は新人か! 学生さんなんて久しぶりだ」

 先程の男性が椅子を軋ませて立ち上がる。短く刈られた髪に太い眉。垂れ目がちな目は優しそうだが、恰幅のいい身体を揺らし緩慢な動作で近寄ってくる姿は、どこか熊に似ていた。正面まで来たかと思うと、勢いよく両肩を掴まれる。俺が突然の出来事に固まっていると、少し膝を曲げ視線を合わせた男性は、にっこり笑ってこう言った。

「ようこそ、ギルドへ」

 やっぱりここがギルドだったのか。


 温厚な顔つきの男性はヨルと名乗った。女性はアイシャ。髪を耳の高さでまとめ、それでも肩を越える部分を胸側に垂らしている。二人とも日本人で、本名は別にあるが、この世界ではそう名乗っているらしい。一瞬、犯罪絡みではという考えが頭を過ったが、そうでない事はすぐにわかった。

「誠くんも偽名使った方がいいかも。日本名はここじゃ目立っちゃうから。こっちに馴染むような名前、一緒に考えてあげよっか?」

「あの、目立つと何か悪いことでも……?」

 尋ねながら、俺はアイシャさんから手渡されたカップに顔を近づける。色と香りからどうやら発酵乳製品らしい事がわかった。二人は顔を見合わせた後、ヨルさんが少し言いにくそうに話してくれた。

「誠くん、こっちの世界に来る時に、何かお願い事をしただろ?」

「えぇ、はい。僕はスキルが欲しいって願いました。もしかして、お二人も?」

「そうそう。だってなんでも叶えてくれるって話だからさ。せっかくだから何かお願いしておこうってなるよね、普通」

 ヨルさんは少し安心したように肩の力を抜いた。

「この世界では、先天的なスキルはギフトって呼ばれてる。後天的に習得するスキルと違って、ギフトはとても珍しいものなんだ。遺伝するって説が有力で、王族や貴族の一部にはギフト持ちを一族に取り込むことで能力を独占しようとしてる奴らもいるらしい」

 ヨルさんは手元のカップを指先で小突きつつ話し続ける。

「僕ら異世界人は、必ず一つギフトを持ってこの世界に現れるだろ? しかも自分の希望通りのものを。

そりゃあ向こうからしたら面白くないよね。そんなわけで、僕たち異世界人は、正直あまりよく思われてないんだ」

 そう話す彼の顔は、蝋燭の不規則な光に照らされてどことなく寂しそうに見えた。ヨルさんがため息を飲み込むようにカップを煽るのを眺めながら、俺は今日の出来事を思い出していた。他人の視線が刺さるように感じられたのも、もしかしたらそんな感情が混ざったものだったからかもしれない。カップを置いたヨルさんは、口元に白い()()をつけたまま、上着のポケットからカードを取り出した。

「後で君の分も用意するけど、この身分証は、僕ら異世界人を管理するためのIDでもあるんだ。正当な理由のない不携帯も処罰の対象になるから、肌身離さず持ち歩くこと」

 先程までのどこか気の抜ける話し方から一転、子供に言い聞かせるようにじっとこちらを見つめてくる。

「息苦しくはないんですか」

思わず口をついて出た言葉に、俺は青褪めた。今日会ったばかりの相手になんてデリカシーのないことを。失言をなんとか取り繕おうと言葉を探したが、結局吐いた唾はどうすることもできなかった。

「……生意気言ってすみません」

「そんな顔するなよ。誠くんの言いたいことはわかるからさ」

 ヨルさんは落ち着いた口調で続ける。

「まぁ、管理だとか処罰だとか言ったけど、それはあくまでこの国に限った話だ。北のスノーリアや南のサンブルグなら比較的僕ら異世界人にも寛容だから、そっちに行ってみるのもいい」

 個人的に南はおすすめしないけど、と、何を思い出したのか、苦笑いをしながら付け加えた。

「別にこの国に縛られる必要はないんだよ。それでも僕たちがここにいるのは、時々君みたいに新しい人がくるからさ。いろいろ手解きしてやるのは先人の特権だろ?」

 そう言って微笑むヨルさんの顔に刻まれた笑い皺からは、本心でそう思ってるのが伝わってくる。

「……ヨルさんもアイシャさんも、なんて言うか、まともな大人なんですね……」

 頭に浮かんだ感想をそのまま口にすると、二人は揃って目をパチクリさせた。

「えぇ〜、やだ、ふふふ。まともな大人だって。褒められちゃった」

 アイシャさんはカウンターに寄りかかり目を細めて笑った。ヨルさんはポリポリと頭をかいている。

「過大評価じゃないかなぁ」

「まぁ私は衣食住が目当てだけどね。こんなでも一応公務員だし。いいよ〜、ギルド職員」

「それに、時々古い知り合いが……」

 ヨルさんが何か言いかけたその時、出入り口の扉がガタンと音を立てた。驚いて振り向くと、扉の向こうに人の気配がある。その人物は扉をコツコツと叩きながら何か文句を言っているようだった。アイシャさんがのんびりした動作で客人を出迎えに行った。

「……なんかすごい怒ってますけど大丈夫ですか?」

「ちょっと気が短いんだよ」

 俺が小声で確認すると、ヨルさんは「大丈夫」、とヒラヒラ手を振った。

「はいはい、ちょっと待ってね〜……んっしょ、っと」

 アイシャさんが扉全体を無理やり持ち上げるように外すと、光の指す向こう側には、小さな魔女が立っていた。

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