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プロローグ

 突き抜けるような青い空。風は草花の香りを伴って優しく頬を撫でる。ビルの隙間から見える窮屈そうな空や、排気ガスを含み澱んだ空気ではない。俺は深呼吸を繰り返し、しばらく日の暖かさを堪能した後、息を吐き出すと同時に上体を起こした。吹き抜ける風が伸びた前髪を捲り上げ、広大な草原が目の前に広がる。遠くの方に石造りであろう壁が見えた。


 あぁ、俺はついに、異世界に来たんだ!!




 少し前の話をしようと思う。

 佐藤誠。17歳の高校3年生。趣味はゲームと読書、それから映画鑑賞。

 昔から何をしてもそこそこの成績を修めてきた俺は、「所詮こんなものか」とどことなく世の中を斜に構えて見ていた。昨日のバラエティ番組がどうのとか、隣のクラスの女子がこうらしいとか、そんなくだらない話題に笑いを返して適当に相槌を打つ。目の前でベラベラと話し続けるコイツ――修司とは一年の頃からの付き合いだが、どうせ高校を卒業したら二度と連絡もとらないだろう。学生時代の人間関係など、ほどほどでいいのだ。

 授業中はずっと、教室の窓から空を見上げて過ごしていた。好きな小説に出てくる異世界。人と亜人が共に暮らし、魔法を駆使してモンスターと戦う。上辺だけじゃない、心の底から信頼できるパーティメンバーに背中を預け、危険と隣り合わせのダンジョンを攻略する。神から授かったユニークスキルで窮地から救った、可愛くて優しい女子に一方的に惚れられて……そんな俺だけの物語を夢想していた。


 ある日の放課後、いつも通りの一日を終えた俺は、惰性と共に帰路についた。今日出た課題をどんな順番で片付けようか、そんな事を適当に考えながら信号待ちをする。


 次の瞬間、俺は真っ黒な空間にいた。


 停電か? いや外でそんなのあり得ないだろ。急に夜になった? それもない。気絶でもしたのか? 誘拐? ここはどこだ?

 突然放り込まれた異様な空間にパニックに陥る。暗闇という本能的な恐怖に足が震えたが、尻もちをつくのだけはなんとか耐えきった。

 目が慣れれば何かしら見えるようになるかもしれないと、自分を落ち着かせるために頭の中で数字を数えつつ周囲を見回す。しかしいくら経っても状況が変わることはなかった。ただの暗闇ではない。

 吸い込まれそうな空間に向かって意を決して声をかけた。

「……あのー……」

 自分でも情けなくなるくらい小さな声だった。

 虚空に消えていった自分の声に、もう一度、と息を吸う。途端、辺りが薄明るくなった。

「誠さん」

 響き渡るような、耳元で囁かれたような、はたまた頭の中に直接流し込まれたような、不思議な声だった。声の主を探したがどこにも見当たらない。声はこちらの事などお構いなしに続ける。

「これからあなたは、今までいた場所とは別の世界で生きていかなければなりません。新しい世界はまだ若く、危険で、過酷な日々が待ち構えているでしょう」

 どこかで聞いたようなセリフに期待が背筋をゾクゾクと駆け上がる。

「そこで、貴方の望みを一つ、叶えましょう」

 言葉の先を聞くたびに心臓が鼓動を増していく。俺は目を瞑り、胸に手を当てた。

「あなたが生き抜く為に一つだけ。あなた自身で選びとってください」

 待ち望んだ言葉に、力強く頷き目を開く。


 俺はこの日のために、ずっと勉強してきたんだ。色々なパターンの小説を読み、自分だったら何が向いてるだろうかと空想を繰り返した。自分の希望ではなく適正を。異世界で生きるため現実味のある選択を。唾を飲み込み、用意してきた言葉を発する。


「俺に、鑑定スキルをください」



 ――そして今に至る。

 異世界()()ではなかったのを残念に思ったが、こういった中世ヨーロッパ然とした世界では生まれた家柄によってはいきなりハードモードだってあり得る。それなら出自不明の冒険者として、何に縛られることもなく自由に動き回れると思えば悪くない。

 立ち上がった俺は尻に着いた土を払った。装備品:学生服・指定カバン。一応カバンの中身を確認した俺は、ジャケットの胸ポケットから生徒手帳を取り出す。表紙を開くと冴えない表情をした自分と目が合った。適当なページを開くと千切るように引き裂いて、草原の風に散らした。校則も、校歌も、風に煽られヒラヒラと好き勝手な方向に飛んでいく。さらば、過去の自分。

 これからこの世界で生きていくのだ。目に映る全て、心に映る全てを肯定的に捉え、俺は偉大なる最初の一歩を踏み出した。

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