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第4話 過去と繋がり始める

「ただいまー」


 いつもは玄関に私の靴が一足しかなったけれど、今日は狭い玄関に靴がひしめき合っていた。一足だけ夏祭りに浴衣と一緒に履く様な草履があり、草履は私が今まで見た物より一段も二段も作りがよく上品に朱と黒が調和していた。

 小春ちゃんがおいしいご飯を作ってくれるのを期待して帰りにスーパーに寄ってきたら、顔なじみになっているレジのおばちゃんがニマっとした笑顔を向けてきたけれど残念ながらその予想は外れです、私は行きすぎた子供好きでもなければ花を愛でる趣味も無い。


「この! ふっとべ!」

「まだまだ! 華麗に戻って着地!」

「着地した途端に行ってらっしゃい」

「きったな、なんで皆私だけ狙うのよ」

「これぐらいしか仕返しが出来ないから……なっと」

「あああああああああ、また負けたー」


 朝と同じくありえない光景にまた意識と体が一瞬止まってしまった。朝にあれだけひどい目に遭いながらもこんなにほのぼのしているなんて。夕飯目当てに買い物をしてきた私も人のことを言えないけれど。


「もしかしてずっとゲームしてたの? 朝とは違ってずいぶんと仲良くなって」


 結構古めのゲーム機を中古屋で見つけて二束三文で買ったものなんだけど、近くに同胞の気配を感じてうかつに外出できない時の慰めとして遊んでいたものだ。

 歌泉と双子はなんというか粘っこい笑顔で心の底から嬉しそうな忍び笑いを漏らし、再戦の準備をし始めたが小春ちゃんが私の手に提げている袋に気付くと可愛らしい音が聞こえるんじゃないかと思えるように軽快に立ち上がって覗いてきた。


「負けてしようが無いから夕飯も私が作るけどさ、今度はイタメシとかチュウカとか、ラウメンにギュウドンとか食べさせてよ」


 夕飯のメニューを賭けてゲームしてたんかい。


「ねえ真琴お姉ちゃん、ハンバウグって作れる?」


 作れるかどうかと聞かれると一応家庭科の授業で一度は作ったけれど、セレスとツカサの可哀想な者を見る目が全てを語っていた。そういや料理が出来るのに羽月ちゃんの姿を家庭科の授業じゃ見た事なかったな。


「作り方ならなんとか、ね」

「それじゃ一緒に作ろう、ね」


 小さな手が私の手を包むと、弱くも強くもない力加減で私をキッチンへ引っ張っていく。本当に人外共は防御という言葉を知らないのか、こんな嬉しそうな無邪気な笑顔を知り合ってたった一日の他人に見せるなんて。


「瀬名、ハルッチを手伝ってあげてよ。せっかくのハルッチの料理が不思議な味になっちゃうよ」

「言われなくてもハルを手伝う、お昼の鯖の味噌煮は美味しかった。ハンバーグも期待できるから絶対にマコの魔の手から逃してみせる」

「私は材料の替えを買ってくるか。三回分作れるだけの材料があればさすがに事足りるだろ」


 小春ちゃんに手を握られてさえいなければ今すぐにもぶん殴りたいけれど、力的にも本当の事しか言われていないのもあって何も反論が出来ない。いつか絶対料理が上手くなって美味しいって言わせたい、その為に料理を教わりたいけど人外二号と三号しか上手な人が思いつかない。


「真琴お姉ちゃん?」


 三人の所為で意識があさっての方向へ行っていたけれど、意識を戻された私は指示だけをするという事で瀬名に釘をさされ、二人が手際よく料理をしているのを見ているだけだった。瀬名、料理が出

来たんだ。




 いつどこから持ってきたのか、私のベッドの隣には真新しい布団にくるまって双子が静かに寝息を立てている。六畳の部屋に五人が一緒に寝るのは狭いので歌泉だけはリビングに敷いた布団で寝ているが、一人だけ別の部屋で寝ると決まったときのほんわずかな表情の変化に少し心の中が綻んだ気がした……まるで昔みたいで。

 ここしばらく無かったけれど、久しぶりに熟睡できた所為か久しぶりにあの夢を見てしまった。徐々におかしくなっていく主様、いつの間にか隣にいた知らない女。私を大事に育ててくれた主様がおかしくなってしまったのに、のうのうとオリジナルと入れ替わるなんて出来ない。スペアの私の運命は受け入れられても、脳裏に主様の優しい声や表情が浮かび取り戻したいとう気持ちが私を突き動かして今ここにいる。


「どうしたの」


 私と一緒にベッドに潜り込んでいる小春ちゃんの目を覚まさせてしまったみたいで、小さな指で目元をこすると眠そうな顔を向けてきた。


「怖い夢でもみたの? もう葉月は弱虫なんだから、お母さんがいるから大丈夫だよ」


 小春ちゃんが体を寄せてきて穏やかに私の髪の毛を梳き、静かに私の頭を胸に包み込んできた。


「え? ハヅキって」


 また寝入ったのか顔に当たる小春ちゃんの胸が静かに鼓動を刻み、その心地よさに私も再び穏やかな闇へと落ちていった。

――聞きたいことがあったのに。




「あいつら何やってるんだよ」


 真琴達が静かに寝息を立てているアパートを視界に収めながら、向坂中学校の制服を着た中肉中背の男子生徒が民家の塀に体を預けている。言葉とは裏腹にその表情は柔らかく、相手の警戒心を解きほぐすような笑みを浮かべている。


「なあ、本当にさっきの女よりすげーのが三人もいるのかよ」

「あの女だってそこらの芸能人より上だと思うんだけどな」

「そうだよなぁ」


 男子生徒の足元の道路に腰を下ろし、先ほどの生徒とは違う制服を着た頭を染めた三人は煙草を吸いながら頷き合う。真琴が学校を出てから素知らぬ顔でここまで後をつけ、人通りがなくなる時間を待って男子生徒に声をかけてこの場に集まっていた。


「おめーが四人のうち誰を狙っているか知らねーけどさ、ちょうど四対四なんだから余りを俺たちが貰っても文句言うなよな」


 目に灯る明かりをぎらつかせ口角をゆっくり上げて三人は笑い合う。そんな三人を塀に背中を預けている男子生徒は冷めた目で見下ろしながら、好きにすればいいと吐き捨てるように言った。


「俺じゃ同じ学校だから尾行すると不自然になりそうだからな。仕事を依頼した対価は払うよ」


 さらに笑みを深くした三人の内、一番雰囲気の大人しそうな男が声上げる。


「なあ、どうやってほかの三人を監禁する場所まで来るようにしむけるんだよ」


 アパートを気にしながら男子生徒は塀から背中を離し、三人に向き直り見下ろす形でどうとでもない事のように口を開いた。


「かなり頭のおかしい……今は少し頭がおかしいか、その女の机に手紙を置いてきた。あの女の今までの行動と今の行動の違いを考えれば狂ったように釣れると思う」

「おい、その狂った女の相手なんかしたくねーぞ」


 互いに押し付けあう三人だが、男子生徒がその女の容姿を伝えると今度は取り合いになりまだ何も起こっていない前から暗い皮算用を立てていた。


「本当に、あの三人は何やってるんだよ。時間があるわけじゃねーのに」




 通りがかった車に引きずりこまれ、建材の倉庫の隅に捨てられたように放り出されている。三人の男の内の一人が私をずっと見張っていて、下手に動くことが出来ない。それ以前に三人に差し込まれていた針と似たような模様のある紐で手足を縛られ、私の中の魔素がかき乱されているのを感じる


「なんで」


 魔素を纏えないことに苛立ちをおぼえてつい口にしてしまった言葉を目の前の男は勘違いをしたようで、呆れたように笑い声をあげた。


「何でも何も美女や美少女を喰いたいのは万国共通だろ。しかもそれが四人も固まってるんだからな」


 今、こいつは何って言った? 四人?


「いつも仲良く固まっているだろ。おまえが化け物だと知らずにさ」


 足場板だと思う建材の影から毎日顔をみるクラスメイトの男が顔を覗かせた。同じ学校の制服、すれ違い際にこちらを見ていたような視線。すっかりセレスや羽月ちゃんを見ていると思ったのに私を見ていたなんて。それに化け物って――こいつもしかしなくても同じ眷属なのか?


「車に連れ込んだ残りの二人は倉庫の入り口で新しい獲物を逃がさないように見張っているけどさ、安心しなよあんたの相手は俺がしてやるから。なあ、スペア」


 スペア……そんな言葉を私に向けるこいつはやっぱり眷属なんだ。


「おいおい、これでもこいつが一番ブサイクなんだろ。俺たちが残り三人を貰って良いのかよ」

「貰うも何も三人で代わる代わるで遊ぶ気なんだろ。目の前のこいつだって俺が満足して居なくなったら逃がさないで仲間に入れる気だろうが、聞こえてたぞ」

「ひゃは。当たり前だろ、こんな楽しい事なんて人生で一度あるだけでも奇跡だからな」


 四人、いつも固まっている。こいつら、こんな私でも友達になってくれた皆に手を出す気か!くそ、くそ、くそ! 私が三人を巻き込んだ、同じ眷属のこいつは口封じをする目的ですぐに私をどうこうせずに三人を呼び出したのか。オリジナルから作られた偽物の私でも受け入れてくれて笑い合う関係をくれたのに、私の少しの油断で全て――。


「私はしようが無いけど、三人に手を出したら殺してやる。絶対に死にたくなるまで追い詰めて――殺してやる」

「おお、顔に似合わずこえー女だな。おまえこういうのを押さえつけるのが楽しいのか。どういう趣味かわからねーわ」

「これでも大人しい方なんだぜ。オリジナルなんて怒らせたら何するか分かんねーような奴だったからな」


 オリジナルから引き継いだ私の記憶にはこいつの姿はない。どこでこいつはオリジナルと繋がっていたのか。深く深く記憶を探ろうが顔や名前、取っ掛かりすら出てこない。


「なあ、さっきからスペアだオリジナルだの何なんだ」

「ああ、気にしないでくれ。それにこれから気にする暇なんて無くなるんだろ」

「あはははは、もう楽しみで楽しみで……」


――雨が降ったと思った。頬に、露出している手に温かい滴の間隔をおぼえ、目の前のコンクリートの床に雨のような染みがいくつも出来ていった。とても赤黒く吐き気を催す匂いと共に。


「なん……」


 私を見張った男が自分の頬に触れてなにが降ってきたか理解して顔を引きつらせた瞬間、それは落ちてきた。鈍い音と不快な水音を伴って。

 虚ろな目をしながらも下卑た笑みを浮かべているオブジェはこちらを見ているようにも仲間の男を見ているようにも見え、ほどなく目の前の男は嘔吐きだして体の栄養になるせっかく摂取した物で染みを作っていく。血の臭いや死体にはなれているけれど、この饐えた様な臭いにはなれておらず、私の体が気味悪く釣られて動き出すのを押さえるのに苦労する。

 地面に這いつくばっている男とは違う世界にいるかの様なクラスメイトは、いつの間にか朱い石をまとった様な姿になっており周囲を警戒していた。

 また一つ頭上から降り注いだ肉で出来たボールをキャッチすることなく、重い音を奏でたあとにこの惨劇を作った元凶が姿を現した。


「おはよう。ホームルームさぼって何してるの。あんな手紙残されたから私もホームルームさぼっちゃったじゃない。しかもあの子の机に残すなんて、いつ手のひら返しして関わりたいって思ったのかな」

「おまえ」

「あ……ああ……あ」


 眼の前に立つ朱く染まった女性徒、とてもよく見知った女生徒の姿を視界に収めてしまった私は喉がひくつきまともな言葉が出せなかった。

 クラスメイトの男も同じようですぐに動くことができず、言葉を発したあとも動く気配がなかった。


「人がずっとずーっと前から今の状況になるまで待っていたのにこんな事であの子を揺さぶりたくないの。わかる? あなたがしたことは神に喧嘩を売っているんだよ」


 だからさっさと死んで。

 最後の言葉はとても小さく聞き取れなかったけれど、雰囲気とわずかに動いた唇から何を言葉にしたか分かってしまった。

 目の前の見知った女生徒の腕の先側がわずかに二つに裂け、腕の長さからはありえない蒼い光を伴った刃が生える。


「はは、よく分からねーけどおまえも化け物だったのかよ。だけどこっちはほとんど不死なんだ、いくら力があっても無駄なんだよ」

「だから?」


 眼に捉えられない早さで振り抜かれた刃は朱い岩を物ともせずに真っ二つに切り裂いた。反対側ではいつ切り落としたのか、仲良くボールが三つ転がっている。


「だから無……駄、あ? ぎぃ、なん……で」

「だから、さっさと死ね」


 何回切ったのか、肉片と呼べるような物すら残さずヘドロの様な朱い山を残して無様な言葉は霧散した。


「なん……で……」


 やっと言葉にできた質問は、女生徒の指が私の唇に触れることで言い切る事が出来なかった。


「私の事は秘密にして欲しいんだけど。いつもは仮面とマントで隠してるんだけど、ホームルームをさばった人が誰か分かれば結局私だってバレちゃうからね」


 静かに顔を寄せてくる見知った顔はおでこ同士をくっつける程まで近づいてくる。目の前の綺麗で透明な眼はとても先ほどの惨劇を作り出したとは思えない。


「真琴が超越の眷属とは思わなかったな。少しもそぶりを見せないんだから」


 なんで主様の事を知ってるの。私はスペアとして生まれてから小春ちゃんへしかその言葉を発していないのに。


「私はね、一番目の神の永久<とわ>。真琴が私の邪魔をしない限り友達のままだよ。だから内緒にしてね」


――一人倉庫に残された私は己の命があることに安堵すると同時に、永久と名乗った友達に何を最後に言ったか思いを馳せた。私がいま無事にいる事がなにを言葉にしたか明白なのに、先ほどの事を否定したくて何度も何度も抜け出せない考えに陥っていった。

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