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第1話 帰ってきた日常

 水平線に消えゆく太陽から世界へ届けられる平等の祝福が徐々に薄まっていく。波間は陰影を濃くし、雲の端をこれが最後と鮮やかに焦げ付かせる。太平洋のほぼ中心といってもいい場所で本日も平和な一日の幕が下ろされようとしていたが、数日前から日常を侵食する存在がそびえ立っていた。


――赤いガラスで出来たような枯れた大樹――


 報道局も、軍も、無人偵察機も……大樹に近づくものは存在を消されるかのように溶けてなくなっていった。例え近づかなくともレーダー範囲ぎりぎりを飛行する早期警戒管制機や、遙か上空から監視する人工衛星、深海から海流にのって無音で近づく潜水艦のいずれも痕跡すら残さず姿を消していった。

 近づくことも監視することも出来ない大樹がまるで初めからを存在していなかったのではないかと人々の記憶から薄れ始めた頃、件の枝に小さな影を落としながら見下ろす者達がいた。


「闘技の飛燕だっけ? これ便利だね」


 永久〈とわ〉と呼ばれていた全身白尽くめで不気味な仮面を被った一番目の神が、脚をハの字に広げて空に座っていた。数十メートルはある大樹の遙か上空では穏やかな海上とは違い敵意を感じられる程の風が吹いていたが永久の服装を毛ほども揺らすことはなく、それは傍らにたたずむに二つの影にも言えることだった。


「そうですわね、使う魔素も少ないですし使い方によっては攻撃にも防御にも使えそうですわ」


 一目見ると落ち着きのある修道服に穏やかな眼差し、柔らかな言動にふさわしく心の波を鎮めるような美貌。唯一心に違和感というトゲを残しているのは、その者の容姿に目を奪われた後に気づく目の覚めるような修道服の色。形こそ修道服で纏う者の雰囲気に一瞬誤魔化されがちだが、原色に近い赤や黄色などの目が覚めるような、突き刺すような色合いを呈していた。


「いくら結界の外から様子をずっと伺っていたと言っても、何もしていなかったはずがないだろうが。いくら私でも破壊だけが能ではないぞ」


 三番目の神、解脱。白い泥人形で出来たような出で立ちを持ち、自らを最上位の破壊の神と名乗っていた不気味な存在。

 空中に座る永久の後ろに控えるように立ち、同じくガラスの大樹を見つめていた。


「分霊、解脱……継統樹に見つかったかも、一応逃げる準備をしといて」


 勢いよく立ち上がった永久の後ろでは分霊と呼ばれた毒々しい修道服の女と、見る者を不安にさせる解脱が周囲に意識を広げて永久の言葉を確かめようと、もてる力で継統樹の干渉を探るが何も捉えることは出来なかった。


「反衝世界には何も感じないぞ」

「同じく波瀾世界も何も感じませんわ。正相も逆相も感じないということは勘違いではなくて」


 永久は分霊と解脱の言葉を聴いたのか聴いていないのか、静かに左腕を空へと上げ己が体に組み込まれた兵装を起動する。


『ドゥリッド=ストル(第五種永久機関二機双偕励起)』

『クシィ=リーディス(区画空間感知)』

――起動――。


 永久の掲げた左腕を中心として、サイコロ状の蒼い編み目が空を浸食するように爆発的な勢いで広がっていく。すでに太陽はその姿を隠しきり最後の祝福も消え去りそうになる中、宵闇を否定する蒼い世界が出来上がった。

 朱を浸食する蒼、その勢いは止まらないのではと思うほどだったが、突如ひび割れたように朱い亀裂が永久達に向かって全方位から向かっていく。


「やっぱり。一三八億年前もこうやって波瀾世界と反衝世界を感知できない速度で行き来して私たちを襲ったんだ」


 永久は空へと伸びた腕を下ろし、分霊と解脱へ向かって見た目とは打って変わった肌白く柔らかそうな両手を向けた。何も言わずとも分かっているのか、二人はその手を掴みつつ永久へと体を近づける。


「またね継統樹。今回であなたの旅を終わりにしようね」

『ヴィーラ=レスティス(次元転移)』

――開始――。


 朱い罅が蒼い世界の中心へたどり着いた頃、そこには何も存在せず蒼は朱へと塗りつぶされた。

 世界が宵闇に沈む中、朱に染まった空はまるで吸い寄せられるように継統樹と呼ばれた大樹へと交ざり溶け合っていく。後には心地よい波音とほのかに朱く浮かび上がる継統樹だけを残して。




 いつもの様に朝の五時に起き、軽い散歩と朝食作りを六時までに終わらせる。私もお母さんもパンよりもご飯派なので特に意見がないとき以外は炊飯器に頑張ってもらっている。頑張ってもらう理由はいつも玄米を使用しているので一時間以上も炊くのに時間がかかるからだ。

 本当のお母さんじゃないって夏休みに知ったけど、夜遅くまで働いて私を育ててくれているお母さんはお母さん以外の何者でもない。

 いつも通りまだ起きて来るまで時間がかかるだろうからご飯は保温、お味噌汁は鍋の中で食べるときに温めてもらい、ベーコンエッグはレンチンでご勘弁。

 夏休み明けの最初の学校、不安と期待と気後れと……もういろんな気持ちがない交ぜになって落ち着きようがなかった。これまでと違って、みんなの笑顔の中に入れたらどれだけ楽しいのか。今までが今までだったのでどうしたら良いかなんて方法を思いつけるはずがなく、ノープランで挑むことに若干どころか心臓が勝手に暴れる手前までの早鐘を打っていた。


 始業式、校長先生の長いお話を聞きなが――さない方がましだった。周囲の私を伺う見えるけど見えない視線。私が顔や目線を向けるとバレバレなのに誤魔化す振りをして逃げてしまう。しかも生徒だけでなく教師までも同じ反応をしてくる。確かにいろいろやらかした、本当にやらかしまくった、セクハラーだのおっさんだの、痴女だの露出狂だのまともな話がない位に私という人物は敬遠されている。そう、そんなのは分かっている。でもこれからは違うんだ、やっと手に入れたんだから絶対に手放さない。決意と裏腹に背中を流れる大量の汗を感じ、じっとりと湿る手を握りしめた。


 始業式が終わり、私が通う市立向坂中学校に属する全ての人が会する時間が終わった。正直先輩や後輩、同級生とほとんど接点を持たないようにしていた私は、誰が誰だか分からない。なのに多分私以外の人は私の事を知っているのだろう。各々が所属する教室へ戻りきるまで周囲からの奇異の視線は鳴り止まなかった。

 滅入り気味の気持ちに引きずられたのか歩みが遅くなっていたようで、教室についた頃には顔も名前も覚えていないクラスメイトがグループごとに分かれて談笑していた、まるで私の席を避けるように陣取りながら。


「あ……その」


 見慣れた引き戸から中へ一歩踏み出し、すぐ隣で集まっていた男子三人組に声をかけようとしたのだが。


「お、おい。おまえの事呼んでるぞ」

「てめっ、俺を売り飛ばすなよ」

「ちょっとトイレ行ってくるわ」

「「逃げんな!」」


 三人のあからさまに歓迎していないやり取りを背中に聞きつつ私は窓際の一番後ろとなる自分の席へと向かって歩を進めた。背後からは聞き取れないけれど囁き合っている事は感じ取れ、私から解放されて安堵してるんだろうなと思った。やばっ、もう泣きそうになってきた。

 席へと着くと全員の視線が一瞬私へ注がれるのを感じたがすぐに霧散し、心なしか私との距離が開いた気がした。


「やっほー羽月ちゃん。今日はデレてくれるかな?」


 私の視界にいきなり入り込んできた彼女は、廊下側の後方から体を折り曲げるように私を覗き込んでいた。たしか、この学校で唯一私に毎日話しかけてきていた……伊勢ツカサさんだったと思う。あの里では普通に接することが出来たのに、今日から頑張るって決めたのに、ひりつくほど乾いた喉から肺からの空気が綺麗に流れることはなかった。


「うーん、今日も振られたか」


 眉根を下げ、困った顔で笑いながら伊勢さんが私のそばから離れようと後ろを振り向き、私はとっさに伊勢さんのセーラー服の裾をを人差し指と親指でつまむように引っ張った。ほんのちょっとの抵抗だから気付いてくれないかもと思ったけれど、勢いよく振り向き目を見開いて驚いた伊勢さんに、頭の中でバカ狐を思い浮かべながら声を振り絞り思いを伝えた。


「や、やっ……ほ」


 座ったままの私は伊勢さんを見上げる形になり、泣きそうになっていた私の目尻にたまり始めた情けない部分を止めることが出来た。そんな、全く余裕のない私を前に伊勢さんはスカートのポケットからすごい勢いでスマホを取り出すと、私に向かってシャッターを切った。


「ヤッバ、これヤッバ。デレた衝撃が一瞬で吹っ飛んだわ」


 怖いほど輝いた目でスマホを見つめる伊勢さんから無意識に距離をとったように仰け反り、後頭部が窓に勢いよくぶつかって少し痛かった。


「真琴ー! 賭けは私の勝ちだよ!」


 私と正反対の教室の廊下側で談笑している二人の女子生徒がこちらを振り向き、その内の一人が伊勢さんの隣に並ぶ形で私の前に立った。


「いきなり何言ってるのよ、あんなのただの冗談でしょ。それに第一栗原さんが可愛いからって無表

情じゃなければ人外レベルのセレスと同じくらい可愛いわけが――ぶっほぅ」


 伊勢さんに真琴と呼ばれた女生徒は伊勢さんが手に持つスマホを覗き込むと、咽せると同時に口元を手で隠してそっぽを向いてしまった。真琴さんは私の事をちらちらと伺い、伊勢さんの背中を仰け反らせるほどの勢いで叩きだす。


「真琴痛い痛いってば。やっぱり私の勝ちでしょ? これ反則だよね」

「ねえ、私の事呼んだ?」


 真琴さんの反対側には先ほどの二人組の片割れ、少し青みがかった銀髪を肩の辺りで揃え少し薄い蒼に透き通った目を持つバカ狐並にドン引くほどの美人が並んだ。確かロシア出身の母親との間に生まれたハーフだったか。容姿は目立ち過ぎる程だったので覚えていたけれど名前までは覚えていなかった、話の流れからしてセレスさんでいいのかな。


「これやばいね。ネットに流したら一瞬で拡散するよ」


 三人の視線が私と互いの残り二人をいったりきたりとせわしなく、私はいたたまれなくなり何かを言わないと耐えられなかった、もう何でも良かった。


「私みたいなチンチクリンの写真みたって楽しくないでしょ」


 バカ狐にあきれられるほどの顔なんだから見ても見られても嬉しくもなんともないでしょうよ。そういえば、なんでさっきからバカ狐の事が頭に浮かぶんだろ。


「よーし、その喧嘩買おうじゃないのさ」

「ツカサ、私にも取っておきなさいよ。延長戦は私がやるから」

「二人がやるなら、私は栗原さんを眺めてニヤニヤしてよっかな」

「セレスって顔の割に結構ゲスいよね」

「セレスには敵わないけどツカサ、あんたがそれ言わないでよ」


 和やかに見える会話をしながら私に二人の手が伸びてきて、後ろを窓に塞がれた私は逃げる選択肢を与えられず意味も分からないまま捕まった。

 床に押し倒されて二人に乗りかかられながらくすぐられ頬をひっぱられ、周りの机と椅子を方々へ押しやりながらも嬉しくて楽しかった。それに、そんな私たちを見つめるセレスさんの穏やかな笑顔が見れて少し得をした気分だった。私たちのバカ騒ぎは担任の教師が来るまで続き、教師も含め私たちを驚愕の表情で、その内の数名は口を半開きにしながらも凝視していた。

 とりあえず、これはクラスに馴染めたと言っていいのだろうか。


「二人とも重いよ」


 あっと思ったときには伊勢さんと真琴さんのが口角がゆっくりと上がり始め、心なしか私の腕や脚を掴む力が強くなった気がした。


「先生少しまってて、ちょっと第二ラウンド開始したいそうだから」

「栗原さん、そういえば今までの借金を返さないといけないのを忘れてたわ」


 さっきまでの攻防が嘘のように一方的に蹂躙され、いろいろなところに手を入れられ、もう見えちゃいけないところ寸前まで抵抗を許されることなく露わにされた。こんな事になっても頭の中ではこれが私が今までやってきたことなんだとか、バカ狐に裸を見られた時より恥ずかしくないなんて自分でも考えがずれているなと思った。


「ねえ、ま、まって。もう、やめ、まってって」


 三人して息が上がっており、息を整える時間がお互いに必要だったみたいで素直に私の言うことを聞いて止まってくれた。目はまったくやる気が衰えていないけれど。

 もう此処まで恥をかいたんだから最後までいけ!


「あの、その、私と友達になって……欲しい、です」


 頑張ったと思う、今までの事が事だから断られる確率の方が高いのは分かってるけど頑張った。どういう結果になってもいいと思い込もうとしてたけど、やっぱり結果を聴くのが怖くなって情けない顔を今してるんだろうなと思った。


「このタイミングで言うなんて、羽月ちゃんは羽月ちゃんだった。てかやっぱりそれ反則だから」

「ちょっと待って、私もスマホで写真撮るから」

「ねー私は? 私はー? 参加してないけど私も関係者だよね、私にも言ってくれたんだよね」


 クラスにいる皆が表情をめまぐるしく変えて私たちを取り囲む中、私に初めての友達が三人も同時に出来た。

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