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リバース・ジョーカー  作者: 遥華 彼方
第四章 黒き嘲笑の真実
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今も愛する君に

 甘音璃々は生まれた時から最強だった。

 物心ついた時には、自分の能力を理解し、近くにあるものを変換して遊んでいた。

 祖父の道場に遊びに行った際には、初めて握った刀で、門下生たちを一蹴した。

 そのあまりにも強烈な才能は、両親を差し置いて、道場の跡取りに決定されてしまうほどのものだった。

 だが、それがどんな偉業であっても、彼女にとっては、どうでもいいことだった。

 だって、やれば何でも出来てしまうのだから。

 何をやっても出来てしまう退屈さなど、彼女以外誰も理解できないし、してほしくもない。

 才能があるだけで、中身は空っぽ。

 それが、甘音璃々という少女の本質だった。

 道場の跡取りに選ばれてからも、彼女が変わることはなかった。

 祖父の厳しい教えもそつなくこなし、能力も剣術も、それ以外のスキルも、彼女は順調に成長させていく。


 そんなある日、彼女は学校の図書館で天霊についての資料を眺めていた。

 いくつかの事件と、天霊になった人物の事例。


「天霊……。もし天霊に至る方法が想像通りなら、これ私なら余裕じゃん」


 少ない手掛かりで、彼女は天霊に至る方法を推測し、簡単に実践してしまった。

 挙句の果てに、彼女は人間状態と天霊状態を行き来することまで可能にしてしまった。

 それ故に、彼女はOrpheusにバレることもなく、普通の生活を続け、高校卒業の前日を迎えた。


「──璃々、道場に来い」


 その日の早朝、彼女の祖父はその言葉だけを残して道場に消えていった。


「……分かった」


 彼の言葉が何を意味するのか。

 それを理解していた璃々は、庭で木の枝を拾ってから、道場に向かった。


「来たか。では、構えろ」


 道場の中では、祖父が正座し待っていた。

 彼女が来たことを認識した彼は、ゆっくりと立ち上がり、刀を抜いた。

 璃々は、能力を使用し、拾った木の枝を刀へと変換した。


「これから、儂が極めた七つの剣技の全てをお前に教える。しかと、その身に刻み込め」


 彼の言葉に、璃々は返事を返さなかった。

 どうせ、一度見れば全て覚えてしまう。

 真面目にやるだけ無駄だ。


「──っ!」


 そんな冷めた心で刀を構えていた彼女は、すぐに自分の過ちに気が付く。

 瞬きした一瞬の間に、祖父は璃々の眼前まで迫っていた。

 足元の床を粘液に変換し、転倒する形で彼の刃を回避する。


「……マジ?」


 だが、パラパラと落ちる自分の髪と頬から流れる鮮血が、彼の刃を回避しきれていないことを物語っていた。

 自分に能力がなければ死んでいたという事実に、璃々は生まれて初めて、命の危機を感じていた。


「あはっ。ねえ、本気でやっていいの?」


 そして、同時に、初めて本気を出せる場に巡り合った高揚感が、彼女の中に渦巻いていた。


「好きにせい。そんな余裕があればだが、な!」


 二人は、満面の笑みを浮かべながら、斬り合っていく。

 どれくらいの間、剣を交えていたのかは分からない。

 気が付けば、陽が沈み、夜が訪れようとしていた。


「──これで、儂が教えるべきことは全て教えた。この技を閉ざすも拡げるも、貴様の自由だ」


「何だ、もう終わり? つまんないの」


 唐突な戦いの終わりに、璃々はつまらなそうに刀を砕き、祖父に背を向けて、同情を後にしようとする。


「……璃々。これだけは覚えておけ」


 そんな彼女の背に、祖父は一言だけ投げかけた。


「思いなき刃で、斬れるものはない」


 それが、祖父の最後の言葉だった。


 高校卒業の日。

 祖父が亡くなり、彼女は卒業と共に、甘音道場の師範となった。

 卒業式を終え、葬儀を終え、ようやく一人になった璃々は考える。

 自分はこの先何がしたいのか。

 何をするべきなのか。

 考え抜いた結果、彼女は代々受け継いできた一族の剣術が最強であることを示すために、世界中を渡り歩く決意をする。

 空っぽの彼女には、それぐらいしか思いつかなかったから。

 そうと決めたら、彼女の行動は早かった。

 適当に荷物をまとめて、道場のことを両親に任せ、家を飛び出した。

 彼女は、世界各地を飛び回り、数多の強者と戦い、その力を知らしめていった。

 そんな戦いに明け暮れる日々が続いた4年後のある日のこと。

 彼女の運命を変える電話が鳴った。

 確認すると、相手は母親だった。

 何の用件か聞くと、どうやら道場の発展のために、勝手に縁談を組んでしまったという話だった。

 一体何をやっているのかと呆れる璃々だったが、少し面白そうだと思った彼女は、その縁談への参加を了承した。

 それが、彼女の運命を変えた。

 彼に何の才能もないことは一目見れば分かった。

 霊力量も筋力も平均程度。

 頭脳明晰というわけでもない。

 明らかに自分より劣る存在。

 だというのに、彼女の心は、目の前の少年に強く惹かれていた。

 弱さの中に染み付いた血と汗のにおい。

 どれだけの努力をし続けてきたのか。

 それは彼女には分からない。

 しかし、自分からはそんな血反吐を吐くような努力をしてきた匂いはしないだろう。


「──好き」


「え?」


「私と、結婚してください」


「……は?」


 完全な一目惚れ。

 これが、甘音璃々と鈴見直輝の出会いだった。



 直輝の首を狙って放たれた容赦のない一太刀。

 彼は、すんでのところで殺刃を回避し、距離を取る。

 離れていく直輝に向けて、逃がさないと言わんばかりに彼女は刀を振り抜く。

 放たれた剣閃は、一直線に彼に向かっていく。

 距離を離したところで、追撃が来ることは直輝も当然理解していた。

 彼女の射程圏内は、この世界全てなのだ。

 距離を取るなどという選択肢は、気休めであり、体勢を立て直す時間稼ぎにしかならない。

 だが、彼にはそれで十分だった。

 その一瞬で、彼は能力を使用する。


「ん?」


 璃々が、自分の身体に起きた異変を感じ取るのと同時、彼女の視界から直輝が姿を消す。

 剣閃は虚空を切り裂き、彼女の標的は、既に死角へと潜り込んでいた。


「あはっ……!!」


 自然と零れる笑み。

 誰と戦っても、こんな楽しさを感じることはないだろう。


「あぁ……本当に、大好きだなぁ」


 璃々は、死角から放たれた一撃を前に、満面の笑みを浮かべる。


「大好きだから、愛してるから──本気で殺してあげる」


 次の瞬間、彼女は指を鳴らし、その音の振動を何十倍にも変換し、炸裂させる。

 予想外の一撃。

 直輝は受け身も取れず、背後の壁へと叩きつけられる。


「がっ!」


 激痛を呑み込み、顔を上げた直輝の目に映ったのは、手の甲に痣を浮かび上がらせる彼女の姿だった。

 ゆっくりと近づいてくる璃々は、立ち上がろうとする直輝を見て、静かに呟いた。



「だって、殺したらもうどこにもいかないし、誰のものにもならないでしょ?」


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