最低の母親
鳴神璃空にとって、母親の記憶というのは数えるほどしか存在しない。
最初の記憶は、未空が電話越しに怒りを露わにしているときだった。
どうして彼女があれほど怒っていたのか、今となっては知る由もない。
ただ、その時、彼女は母親のことを「最低のゴミ屑女」と吐き捨てていた。
彼女にそこまで言わせるなんて、どこまで人でなしなのだろうと、璃空はどこか他人事のように考えていた。
そんな璃空が自分の母親の最低さを味わったのは、未空が死んだ2か月後のことだった。
一体何の用かと電話に出た璃空に、彼女はただ一言だけ呟いた。
「──あれは惜しい個体だったんだがな。残ったのは失敗作だけか」
「……は?」
「お前には何の期待もしていない。精々くだらない人生を過ごすことだな」
そう言い残して、一方的に彼女は電話を切った。
その日から、璃空は彼女のことを母親と認識するのを辞めた。
璃空は、天涯孤独になったのだ。
それが、璃空に残された母親の記憶だった。
◇
「ん? だって、鳴神千咲はセブンスの一人。嫉妬に溺れた女だから」
ルクスリアの放った一言。
その言葉に、璃空は何も言えなかった。
これまで、母親に抱いてきた情は怒りだけだった。
そんな母親が、セブンスの一員だったと知ったとき、璃空の中に渦巻く感情は自分でも理解できるものではなかった。
ただ、反射的にルクスリアの胸倉を掴んでいた。
「どういうことだよ……」
璃空の怒りに呼応し、迸る雷撃。
「何であの女が、セブンスにいるんだ……!!」
「落ち着いて、鳴神くん……! その人に当たったって、意味ないよ……!!」
「そうだぞ、璃空。お前の気持ちは分かるけど、少し落ち着け……!!」
ルクスリアを殺しかねない勢いの璃空を、灯里と鏡夜が止め、どうにか落ち着かせる。
粗く息を吐きながら、彼女を睨みつける璃空。
「教えなさい、アンスリウム・ルクスリア。その鳴神千咲は一体何者なの?」
そんな二人の間に、ブラックアリスが割って入り、話を続ける。
「んー……一言で言えば、天才かな。基本的にやってやれないことはない。それこそ本気で戦えば、四神穿螺にも勝てるぐらいには」
「へー……あれに勝てるんだ。そこまで強いのに、何でリーダーじゃないわけ?」
四神の強さを目の当たりにした甘音は、その言葉の意味を理解する。
それと同時に、新たな疑問が生じる。
それほどの強さを持ちながら、どうして自ら組織を率いないのか。
「それは本人に聞いたらいいんじゃない?」
懐から取り出した携帯を操作しながら投げやりに答えるルクスリア。
そのまま手に持った携帯を璃空に向かって投げつけた。
受け止めた璃空が画面を見ると、そこには着信中の文字と、見覚えのある番号の羅列があった。
「──役立たずの欠陥品が、よくもまあここまで来たな。正直想定外だ」
「鳴神、千咲……!!」
「母親を呼び捨てか?」
「お前を母親と思ったことは一度もねえよ……!」
電話越しの声に、怒りを露わにする璃空。
「私もお前が息子なんて思ったことはねえよ。まあいい。聞きたいことがあるなら私の所まで来い」
「は? おい、ちょっと待っ──」
一方的に言いたいことを言いきった千咲は、電話を切ってしまう。
「ふっっっざけんなよ、あの女!!!」
璃空は完全にぶちぎれながら、ルクスリアの携帯を彼女に向かって投げつける。
「おっと……。乱暴するなぁ……モテないよ?」
「モテなくて結構!!」
ルクスリアの軽口に、璃空はムキになって反論する。
その後ろで、灯里が小さく頷いていたことは誰も知らない。
「それで、鳴神千咲はなんだって?」
「……聞きたいことがあるなら、あいつの所に来いって」
「それって、セブンスの本拠地に行くってこと? いくら何でも危険すぎるんじゃ……」
「いやー……それがそうも言ってられないかも」
怪しむ鏡夜と灯里。
しかし、携帯を手に持つ甘音が苦い顔をしながら、全員の顔を見た。
「扇霞ちゃんが、セブンスの本拠地で待ってるって」
「扇霞……?」
甘音の言葉に元ゾディアックの面々だけが驚きを見せる。
「そういえば、璃空は会ったことなかったか。霧生扇霞。ゾディアックの一員だよ。」
「何で霧生さんがセブンスに……?」
「さあ? 何か色々あったらしいけど、とにかく来てほしいって。直接聞かないと信じられないだろうからって」
会議室に集まっていた一行は、顔を見合わせる。
「……行くしかない、のか?」
「まあ、どうせこの先の目的なんて決まってなかったし、いいんじゃないかしら? 全員で行く必要はないと思うけど」
「そうね。扇霞ちゃんからのメッセージとは言え、罠の可能性が消えたわけでもないし」
思うところはあれど、特に反論する理由もない面々は、これからの方針に同意する。
「それで、誰が行くかって話だけど……」
「俺とアンスリウム・ルクスリアは確定だろ」
セブンス本拠地へ向かう面々を選定するブラックアリス。
彼女の言葉に真っ先に応じたのは、本拠地に向かう理由のある璃空だった。
そして、案内役としてルクスリアを選ぶのは当然のことだった。
「はあ……。じゃあ、俺もか……」
璃空の言葉に、鏡夜はため息をつく。
ルクスリアは鏡夜が監視することを条件に、リバース・ジョーカーの本拠地にいる。
つまり、鏡夜はルクスリアと行動を共にし続けなければならず、彼女が璃空に同行するということは、鏡夜も同行しなければならないのだ。
「悪いな、鏡夜」
「気にすんな。俺とお前の仲だろ? どのみち、お前一人で行っても、霧生さんのこと分からねえだろ?」
鏡夜のことを巻き込んでしまったことを、璃空は申し訳なく思っていた。
しかし、彼は笑顔で、彼の罪悪感を払いのけた。
「じゃあ、私も──」
「あなたはダメよ、玖遠灯里。まだ回復しきってないでしょ」
「うぐ……。それは、そうだけど……」
灯里も同行しようとするが、天霊都市での戦いでの疲労と消耗しきった霊力が回復しきっていなかった。
そのことを指摘され、灯里は何も言えず、黙り込んでしまう。
「大丈夫だよ、玖遠さん。無事に帰ってくるから」
そんな灯里の頭を撫で、璃空は必ず帰ってくると約束する。
「……分かった」
そんな言葉を口にされたら、灯里は何も言えない。
不満そうな顔で頷くと同時に、約束を破ったら殺してやると念じた。
「……よし、行くか。二人とも、頼むぜ」
背筋に寒気を感じながら、璃空は鏡夜とルクスリアに声を掛ける。
「おう」
「私の意志一回も聞いてくれないけど、どうなの?」
「来てくれないのか、ルクスリア?」
「っ!? 行きます!」
不満を口にするルクスリアを鏡夜が説得し、璃空たちは会議室を後にした。
目指すべき目的地は、セブンス本拠地。
ここで、璃空たちは、多くの真実を知ることになる。
そして、それが全てを巻き込んだ最大の戦いの序章であることを、この時のリバース・ジョーカーは誰も知らなかった。




