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リバース・ジョーカー  作者: 遥華 彼方
第1章 泣き虫の雷星
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泡沫の夢2

 大岩と向かい合って約二週間。

 少しずつひびが広がり始めてはいるものの、まだまだ先は長そうだと思いながら、璃空は岩に背を預けて休憩していった。


 「よう、やってるな」


 「……誰?」


 そんな璃空に、友達のように声をかけながら近づいてくる少年がいた。

 全く知らない少年の姿に首を傾げて疑問に思う。


 「俺か? 俺は隣のクラスの白蓮鏡夜(はくれんきょうや)だ」


 鏡夜は名乗りながら、手に持っていた二本のペットボトルのうちの一本を璃空に投げてくる。

 地面に落ちそうになるペットボトルを慌てて手を伸ばして受け取る。


 「急に投げるなよ……」


 「悪い悪い。まあ、お近づきの印ってことで」


 「……ありがと」


 何だかよく分からないやつだが、貰えるものは貰っておこうと、璃空はペットボトルを開けて、渇いた喉に水分を流し込む。

 実際、喉の渇きは限界だったので、飲み物を貰えたのはありがたかった。

 一息つく璃空の隣に鏡夜も座り、自分の持っていたペットボトルの中身を飲み始めた。


 「それで、白蓮は結局何しに来たんだ? まさか、飲み物くれるためだけに来たってわけじゃないだろ?」


 璃空は、鏡夜が喋れるようになったタイミングで質問を投げかけてみる。

 岩と向かい合ってから今日まで、ここに誰かが来たのは初めてだった。

 そんな彼が何を目的に自分に話しかけてきたのか、それが気になった。

 質問された鏡夜は、少しだけ考えてから口を開く。


 「まあな。お前に聞きたいことがあったんだよ」


 「……聞きたいこと?」


 「ああ」


 鏡夜の答えを聞いた璃空率直な感想は、面白くない、というものだった。

 どうせ、「何でこんなことしてるのか」とか「そんなことして何の意味があるのか」みたいな質問をされることは分かりきっていた。

 そんな質問は時間の無駄だからやめてほしいのが正直な気持ちだが、飲み物を貰っておいてそんな失礼な答えもよくないだろう。

 仕方ないので、適当にあしらってさっさと帰ってもらおうと、ため息交じりに口を開いた。


 「んー……まあ、答えられることなら」


 

 「ありがとう。……お前、何であんな辛そうな顔してたんだ?」


 しかし、鏡夜の口から出た言葉は、璃空の全く想像していない言葉だった。

 あまりにも予想外の質問に璃空は答えられずに固まってしまう。


 「まあ二週間も黙々と岩を殴ってる理由も気になるぜ? でも、俺は、何であんなに辛そうな顔をしてるのか気になったんだ」


 鏡夜は真っすぐに璃空の瞳を見据えてそんなことを言った。

 一切の自覚はなかったが、なぜ自分がそんな顔をしていたのかはすぐに分かった。

 自分の実力不足への嘆きでも、一向に変わらぬ現状への焦燥感でもない。

 結局のところ、璃空は、姉の死を忘れるために、夢中になれる何かが欲しかったのだ。


 「……一年前、俺は目の前で姉ちゃんを殺されたんだ」


 「……」


 鏡夜はその言葉に目を見開くが、何も言おうとはしなかった。

 璃空の言葉を全て聞きたいという表情だった。

 その表情に、璃空は意を決して全てを話し始める。



 当時の璃空は小学六年生、姉の未空は中学二年生だった。

 姉は誰にでも優しくて、姉の笑顔は周りの人に元気を与えていた。

 しかし、その分、悪いことをしたら人一倍厳しい人物でもあった。

 常にクラスの中心人物で、璃空はそんな姉の背中を追いかけ続けた。


 そして、一年前の雨の日。


 「ただいまー……」


 「おかえり──って、びしょ濡れじゃん。タオル持ってくるから待ってて」


 未空は急な雨に打たれ、ずぶ濡れになって帰ってきた。


 「んー……ありがとー……」


 璃空は慌ててタオルを取りに行き、そのついでにお風呂を沸かしてしまう。

 急いでタオルを手渡すと、未空はため息をつきながら自身の濡れた身体を拭きながらため息をついた。


 「姉ちゃん、天気予報見てなかったの?」


 「うん。急いでたから」


 折り畳み傘でも入れておけばよかったとぼやく姉に、「ドンマイ」と慰め、とりあえずお風呂に入るように促す。

 未空は頷いて、素直にお風呂場に向かっていく。


 それからしばらくして、部屋着に着替えた未空がリビングにやってくる。

 その間に、璃空は夕飯の準備をしていた。


 「今日は何?」


 「ん? 魚」


 「せめて魚の種類まで答えなさいよ……」


 璃空の適当な返事に呆れながら、未空も夕飯の調理を手伝い始める。

 夕飯は璃空が作ることが多く、未空が暇なときは未空が作っている。

 二人で夕飯の準備を終え、他愛もない話をしながら夕飯を食べる。

 片付けが終わる頃には、20時を回っていた。

 ダラダラとテレビを見ながら話していると、家の電話が鳴った。


 「はい、鳴神です。あ、はい。未空は私ですけど……え?」


 電話に出た未空の声のトーンが少しずつ低くなっていき、表情がみるみる内に暗くなっていく。

 数分後、電話を切った未空は、黙って俯いたまま、その場に固まっていた。


 「姉ちゃん……?」


 「……」


 一体何があったのか。心配する璃空に、未空は何も答えなかった。

 ただ、彼女が拳を強く握りしめ、何かを迷っているように感じた。

 しかし、それもわずかだった。

 顔を上げた未空は、璃空に力強い眼差しを向けて、自分の部屋に向かって走り出した。


 「は? え、姉ちゃん……?」


 事態が一切呑み込めないまま、璃空が呆然としていると、着替えた未空が部屋から出て来た。

 しかし、リビングには戻って来ず、そのまま玄関に向かっていった。

 璃空が玄関に駆け寄ると、靴を履き終えた未空が振り返って口を開いた。


 「ちょっと出かけてくるね」


 「こんな時間に……? 何で?」


 「……友達が、家に帰ってないんだって。最後に会ったのは私だから、何か気になっちゃって」


 未空は苦笑いをしながらそう言った。

 そう言った未空の手が震えていることに璃空はすぐに気が付いた。

 それでも友達を探しに行こうとしている未空をどうにかして止めたいと思った。


 「怖いなら……行かなくてもいいんだよ? 姉ちゃんが悪いわけじゃないでしょ……?」


 「うん。分かってる。……でも、どこかで泣いてるかもしれない友達を見捨てるなんて私には出来ない」


 未空は、璃空に背を向けてドアノブに手をかける。


 「姉ちゃん……!!」


 「日付が変わるまでには絶対に戻ってくるから。──行ってきます」


 遠くなっていく姉の背中に必死に手を伸ばすが、璃空の手は空を切った。

 そして、ドアの閉まる音が無情に響いた。



 それから数時間。雨の音が強まる中、璃空はリビングでずっと未空を待っていた。

 日付が変わるころになっても未空は帰って来ていなかった。

 璃空は未空を探しに行くべきか、ここで帰りを待つべきか悩んでいた。

 すると、インターホンの音が響く。


 「っ!! 姉ちゃん!?」


 その音に璃空は急いで玄関のドアを開ける。

 しかし、ドアの前に立っていたのは、未空ではなく、ずぶ濡れになった女の子だった。

 制服の所々が切り裂かれており、何かあったことは明白だった。


 「えっと……とりあえず、中に入って。タオル持ってくるよ」


 聞きたいことは色々あったが、こんな状態で外に立たせておくことは出来なかった。

 中に入ってもらおうとするが、少女はその場から動かなかった。

 どうしたものかと困惑していると、璃空は何か引っかかるものを感じた。

 目の前に立っている少女とどこかで会ったことがある気がした。

 少女のことを凝視しながら、懸命に記憶を探っていく。

 そして、ようやく目の前にいる少女が誰なのか分かった。


 「もしかして、ゆうちゃん……?」


 少女の名前は黒木優香(くろきゆうか)。未空の友達だった。

 未空が何度か家に連れてきていたので、面識があった。

 その声にようやく顔を上げてくれた優香は、ボロボロと涙を流していた。


 「お願い……未空を、助けて……!!」



 降りしきる雨の中、璃空は未空の元に向かって必死に走っていた。

 家を訪れた優香は、泣きながら自分が『アサルト』と名乗る人物に誘拐されたこと。

 その男は、何人もの人を誘拐しては殺していた殺人鬼だったこと。

 自分もじわじわと傷をつけられ、恐怖を刻み込まれこと。

 そこに未空がやって来て、戦闘になり、今も戦い続けていることを途切れ途切れに話してくれた。

 そんな未空を助けてくれる人を探して、たどり着いたのがこの家だったらしい。

 話を聞き終えた璃空は、優香にこの家で明るくなるまで待っているように伝えて家を飛び出した。

 優香から聞いた通りの方向に向かっていくと、未空の霊力を微かに感じ取れた。


 「姉ちゃん……今行くから!!」


 璃空は雷撃を纏い、雨の中を駆け抜けていく。

 近づくごとに、未空の霊力を強く感じ、その霊力が別の霊力とぶつかっているのが分かった。

 しかし、何か違和感があった。

 未空の霊力が、普段感じているものとは違う感覚がした。

 さらに、近づくたびに空気が冷たくなり、所々凍りついている場所があった。

 いつの間にか、降っていた雨も凍りついていた。

 間違いなく未空の能力だが、こんな広範囲に能力が及んでいるのは初めてだった。

 嫌な胸騒ぎがして、璃空は速度を上げた。


 「姉ちゃん……姉ちゃん……!!」


 璃空がたどり着いた場所は街の外れにある廃工場だった。

 ほぼ一面が凍り付き、生半可な覚悟で近づけば、死んでしまう気がした。

 璃空は、周囲に警戒しながら、ゆっくりと近づいていく。

 霧が立ち込め、視界が悪い中、氷を踏みしめて行くと、ようやく璃空は未空の姿を発見する。

 未空の背中にはうっすらと、白く透き通る羽が生えているのが見えた。

 璃空は急いで未空の元に駆け寄ろうとする。

 その瞬間、璃空の目の前で未空の心臓が貫かれた。


 「あ……あぁ……!!!」


 璃空はドバドバと血を流す未空の元に駆け寄ろうとする。

 未空の心臓を貫いていた人物は、璃空の存在に気が付き、貫いていた未空の身体を投げ飛ばした。

 それをどうにか受け止めるが、踏ん張りが効かず、後ろに倒れてしまう。

 抱きかかえた未空の身体からはとめどなく血があふれ出す。

 凍り付いていた部分もどんどん溶け出していき、美しい羽はボロボロと崩れ始めていた。


 「姉ちゃん……血、止めないと。どうやって……誰か、助けを……そうだ、病院。待ってて、すぐに病院に連れてくから……」


 「──り、く。お、ちつい、て」


 冷静さを失い、取り乱す璃空の手を、血に染まった未空の手が優しく包む。

 その手は氷のように冷たく、ほとんど力が入っていなかった。


 「姉ちゃん……」


 「ご、めんね。もっと……いっしょ、にいた、かった」


 未空はうわ言のように言葉を並べて行く。

 それは否が応でも未空が助からない事実を突きつけられているみたいで、璃空はそれ以上何も聞きたくなかった。

 こういう時に、物語の中なら奇跡が起きたり、ヒーローが駆けつけてどうにかしてくれる。

 それなのに、現実は奇跡も起きず、ヒーローも来てはくれない。


 「り、く……」


 「大丈夫、だって。今すぐ病院に行けば助かるから……だから、そんな最後みたいなこと言わないでよ……死なないでよ……」


 璃空はボロボロと涙を流す。

 その涙を、未空の力なく伸びた手が拭う。


 「な、かない、で。わたしは、ずっと、いっしょに、いるから……」


 「姉ちゃん……姉ちゃん……!!」


 優しく笑う未空を、璃空は力いっぱい抱きしめた。

 涙も嗚咽も止まらなかった。

 そんな璃空を未空はゆっくりと抱きしめ返した。

 不思議なことに、その時の未空の身体からなぜかいつものように暖かな温度を感じた。


 「だいすき、だよ……」


 「俺も、おれも、だいすきだよ……姉ちゃん……」


 璃空の一言を聞いたのを最後に、電池が切れた人形のように、未空の身体は崩れ落ちた。

 未空の身体から失われていく温度と血の感触に璃空は泣き叫んだ。

 いつの間にか、先ほどの男は消え、あるのは一人の男の死体だった。

 恐らく、あれが『アサルト』なのだろう。

 璃空はもうここにはいない未空を殺した男に向かって、怨嗟の念を込めて叫んだ。


 「俺は、お前を絶対に許さない……!! 絶対に……絶対に殺してやる!!!」


 璃空の怒号に答えるように、再び雨が降り始める。

 土砂降りの中、璃空は血に濡れた未空を抱きかかえたまま、家に向かって歩き始めた。



 「俺は何かに夢中になることで姉ちゃんのことを忘れたかったんだ。そうじゃないと、俺は何も出来ないで、その場に立ち止まってしまいそうだったから」


 璃空はそう言いながら、自分が姉の死について誰かに話せたことに驚いていた。

 心のどこかで、ずっと誰かに来て欲しかったのかもしれない。

 話を聞き終えた鏡夜は、何も言わず黙っていた。


 「あー……えっと、こんな話聞かせて悪かったな」


 静寂に耐えかねた璃空が、しどろもどろ言葉をつなぐと、鏡夜は深く息を吐いて、頭を下げた。


 「……悪かったな。そんなつらかったこと話させて」


 「いや、話すって決めたのは俺だから気にしないでくれ」


 璃空は持っていたペットボトルの中身を飲み干して立ち上がる。


 「それに、まだちゃんと姉ちゃんの死と向かい合えてなかったことに気づけて良かったよ。ありがとな」


 本当はまだ自分でもどう向き合えばいいのか分かっていなかったのだろう。

 今でもどうすればいいのか分からない。

 未空の笑顔を思い出しただけで涙が溢れそうになる。


 「姉ちゃんのことは多分、一生踏ん切りがつかないと思う。だから、今は姉ちゃんのことを思い出しただけで泣くようなことがないようになりたい」


 それが璃空の出した答えだった。

 とにかく今はこの岩を壊したい。

 その間は姉のことを思い出して泣きたくなったら、思いっきり泣こう。

 泣いて泣いて泣き疲れて、涙が枯れる頃には、きっとこの岩を壊せているだろう。

 再び岩に向かい合った璃空。


 「そうか。……だったら、俺も協力してやるよ。今のままじゃ、何年も泣かれることになりそうだからな」


 そんな璃空の決意に、鏡夜もまた、彼の助けになることを決める。


 「──じゃあ、手伝ってくれ、白蓮」


 「鏡夜でいいぜ。名字で呼ばれるのは慣れてないんだ」


 「だったら、俺も璃空でいいよ。よろしくな、鏡夜」


 二人は地平線の彼方に沈み始めた夕日に照らされながら、固い握手を交わした。

 未空が死んで以来、誰かと関わることを避けていた璃空が、一歩を踏み出した瞬間だった。


まだギリギリ9/28ですよね

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