親友
全て乗った戦いが終わり、炎も消え始めた天霊都市。
赤く染まっていた夜空も、元の色を取り戻し始めていた。
そんな街の中で、璃空と沙織は、拳を交えていた。
殴り、殴られを繰り返しながら、地面に倒れてもすぐに立ち上がり、二人は戦い続けていた。
そんな時間が、どれくらい続いたのか、お互いに分かっていない。
何時間も経ったのか、あるいは1分も経っていないのかもしれない。
既にボロボロだった二人に、正常な時間感覚など残ってはいなかった。
静寂の中で戦い続けていた二人だったが、最初にその静寂を破ったのは璃空だった。
「──お前、花梨を殺したこと、悩んでるのか?」
息を切らし、地面から立ち上がった璃空は、ふらつく沙織にそう言った。
彼女は、その言葉に何も言えなかった。
そんな質問に答える必要はないし、本当は、鼻で笑って、一蹴してやりたかった。
だというのに、口が全く動かない。
「……そんなこと、ない」
辛うじて絞り出した言葉も、掠れて震えた声だった。
「いや、お前は悩んでる。普段のお前なら、玖遠さんが暴走している緊急事態に、俺の相手なんかしなかっただろ。いくら英雄様が相手してくれてるとはいえ、そのサポートをしないなんてありえないだろ……?」
璃空は、この天霊都市で彼女と再会してから、妙な違和感を覚えていた。
異常なまでの執着と怒り。
彼女の親友である花梨を救えなかった自分に向けられる感情としては当然かもしれない。しかし、返ってそれが、沙織らしくないと感じた。
璃空にとって、沙織は気に入らない相手であるのと同時に、初めて強敵だと認めた人物だった。
誰よりも真っ直ぐな心の持ち主で、悪を許さないその気高く優しい炎を認めていた。
そんな彼女が、破壊を振りまく灯里の暴走を放っておくわけがなかった。
だから、嘘でも何でもいいから、璃空の問いかけを否定してほしかった。
あの時、灯里よりも璃空を優先したのは、それだけ璃空を危険視していたからだと。
花梨を殺したのは、自分の正義を信じたからだと、そう言ってほしかった。
「私は……迷ってもいないし、悩んでもない……」
しかし、返ってきた答えは、璃空が望まない答えだった。
沙織は苦しそうな表情で、バレバレの嘘をついた。
「だったら……何で、そんな苦しそうな顔してんだよ!!」
そんな彼女の胸倉を掴み、璃空は怒りを叫んだ。
「お前は……お前の正義を信じたから、花梨を殺したんだろ……!? 中途半端な覚悟で、あいつを殺したっていうのか……!!」
「……に」
「答えろよ、篠宮……!!」
一方的に怒りを叫ぶ璃空の腕を、沙織がゆっくりと掴む。
「……君に、私の、何が分かるの!!」
そして、そのまま璃空の顔面を思いきり殴り飛ばした。
その目に映ったのは、沙織のつらそうな表情だった。
「私は……私は!! ずっとこの世界で戦ってきた! 奪い奪われるしかないこの世界で、必死に戦ってきた!!」
その苦悩も、つらさも、沙織にしか分からないことだ。
「君も、花梨も、誰も知らないところで、ずっと戦い続けてきた!!」
それを、知ったような口ぶりで言われて、怒りを抑えられるわけがなかった。
くしくも、数年前の初対面の時とは、真逆の構図になっていた。
姉の死から、大事な人を失うことを恐れて、花梨から逃げていた璃空。
そんな璃空をたきつけるために、彼を殺そうとした沙織。
あの日、怒りのままに拳を振るっていた璃空は、沙織の怒りを黙って受け止めていた。
「私が、どんな思いで、あの子を殺したか分かる……!? 分からないでしょ!! 初めてできた親友を、自分の手で殺す気持ちが、分かるの!?」
そして、かつて璃空の怒りを冷静に受け止めた沙織は、自分の中の怒りや葛藤を吐き出すように、璃空を殴り続けた。
感情の制御を会得しているはずなのに、溢れ出る感情を抑えることが出来なかった。
「私が、どれだけ悩んで、迷って、覚悟して、あの子を殺したと思ってるの……! 君たちに憎まれて、恨まれる覚悟だってしてたのに、よりにもよって君がそんなこと言うの……!? 花梨を、大事な幼馴染を殺されたのに、何で……何で、私のやったことを否定しないの……」
それが、彼女の心からの声だった。
沙織は、璃空からぶつけられる怒りは、花梨を殺されたことへの憎しみによるものだと思っていた。
だというのに、璃空がぶつけた怒りは、全く違うものだった。
沙織が花梨を殺したことよりも、それを悩んでいることに、璃空は怒りを露わにした。
そんな璃空の態度が、どうしても沙織は許せなかった。
憎まれて、恨まれて、怒りをぶつけられる方が、よっぽど楽だというのに。
まるで、花梨を殺したことを憎んでいないと言われているようで腹が立つし、溢れる涙を抑えることが出来なかった。
「──否定できるわけないだろ。……俺も、親友を殺したんだ」
力なく振るわれた沙織の拳を受け止め、璃空は悲しそうな顔で笑った。
「俺は、人食い鬼になった悠斗を、この手で殺したんだ。俺が弱かったから……俺に何の力もなかったから、殺すしかなかったんだ」
璃空は、彼女の拳を放すと、力尽きたように、地面に座り込んだ。
それと同時に、沙織も地面に崩れ落ち、うつむいたまま璃空の話を聞いていた。
元の色を取り戻した夜空には、綺麗な星がいくつも浮かんでいた。
「でもさ、俺は思うんだ。殺す方にも覚悟があるように、殺される方にだって覚悟とか決意があるんだよ。俺たちが迷うってことは、悠斗や花梨が抱いた思いの全てを踏みにじってるんじゃないか、って」
顔を上げ、星を見る璃空の脳裏に浮かぶのは、死の間際の悠斗や花梨の顔だった。
二人がどう思っていたのかなんて分からないし、他の人がどう思うのかも分からない。
それでも、あの二人は最後に笑顔を浮かべていた。
その笑顔の裏には、きっと多くの思いがあるはずなのだ。
「だから、どんな葛藤があったにせよ、誰かを殺したあとに、そのことを迷ったり、悩んだりしちゃいけないんだよ。少なくとも俺はそう思う」
沙織は、彼の言葉を、黙って聞いていた。
そして、璃空と同じように夜空を見上げると、しばらくして、大きなため息をついた。
「はあ……本当に、鳴神にそんなこと言われたのが、腹立たしい」
「俺だって、ここまでする気はなかったっつの。……でも、お前がそうやって悩んでるのは見てられなかったんだよ。……花梨が大好きだったお前には、変わらずそのままでいて欲しい」
それが、璃空の偽らざる本心だった。
もうこの世界に花梨はいないが、彼女の愛したものは残っている。
そんなかけがえのないものを守っていくのが、残されたものの役目だと、璃空は思っていた。
「……やっぱり、鳴神は嫌い」
「俺だって好きじゃねえよ、バーカ」
それを聞いた沙織は、真顔で璃空を罵り、璃空もそれを投げ返す。
いつも通り、そりの合わないやりとりに、二人は顔を見合わせて笑う。
「……鳴神の言うとおりだ。私は、花梨を殺したくなんてなかった。出来ることなら、彼女を守りたかった。それでも、自分の役割を選んだのは、私が弱いから。この世界に抗う覚悟のない私が招いたこと」
沙織はいつも通りの表情で、璃空を見つめた。
「──でも、もう迷わない。花梨の死を背負って、私は進む。私の英雄の力になるために」
その眼には、前よりも強い覚悟が見えた気がした。
「……って言っても、この身体じゃ戻る場所なんてないんだけどね」
沙織は、困ったような表情を浮かべた。
「そう言えば、鳴神はこれからどうするの? 私だけ答えてるの、ムカつく」
そして、思い出したように、璃空に問いかけた。
明確にOrpheusを敵に回した彼には、この世界を生き抜くだけの理由が必要だった。
「……戦うよ。この理不尽な世界と。もうこれ以上、悲しい思いをする人が生まれないように。それが俺の答えだ」
しかし、沙織の心配は杞憂に終わった。
璃空はもう、戦う理由を見つけていた。
「──そっか。ならよかった」
花梨を失った時とは違う、迷い無き瞳で、力強く言い放った璃空の姿を見て、沙織は、初めて璃空に対して微笑んだ。
それを最後に、沙織はゆっくりと地面に倒れ、意識を失った。
ぼやける視界でそれを見ていた璃空も、既に限界だった。
薄れ行く意識の中、璃空は、沙織の本心を知れたことを嬉しく思っていた。
それは同時に、本当の意味で、沙織と肩を並べることが出来たことを意味していた。
あの沙織が、自分より弱い相手に、本心を見せるわけがないから。
彼女がどう思っているかは知らないが、ようやく、彼女の親友になれたことを喜びながら、璃空も意識を失った。
──こうして、天霊都市での戦いは終わりを告げたのだった。
ここで執筆活動を開始してから3年を迎える日に、この決着を書くことが出来て嬉しいです。




